・・・・
民家から物を抱えて出てくる兵二人に、
次郎太らが背後から脇差で斬りつけた。
倒れた兵を家の裏へ引きずって次郎太が、
「あと十四」
出て来た家人の中年女性が次郎太らを見て驚いたように、
「ああ、次郎太さんと房太郎さん」
次郎太は一礼して、
「おかみさん、お騒がせしました。
他にもいて先を急ぐので、
遺体の始末はしばらく後にさせて下さい」

房太郎が遠く前方を見て、
「前方と左の家はほぼ同距離だ」
「旦那（名主）んちに近い方を先に始末。
戻られたら面倒だ」
「じゃあ前だな････あれ？」
「どした」
「ここは旦那んちの北側だが、
南側にもあったよな、八軒」
言われた次郎太も、
「････急がねえと向こうに行った奴らが戻っちまうな。
とにかく近くから始末しよう」

・・・・
民家の中
斬りかかる次郎太の刃を銃で防ぐ敵兵。
が、すぐに左手、次に首を斬られて倒れる。
次郎太が大きく息を漏らして、
「危なかった････撃たれるわけにも
撃たせるわけにもいかねぇ」
次郎太は脇差の刃を確かめ、
「刃こぼれしちまった。取り替えだ」
倒れている兵の脇差を引き抜き、
自分の腰に差した。
「旦那さん、遺体の始末は後でまとめて
やりますんで、しばらく外に置きますが
勘弁して下さい」
と、次郎太らは二人の兵をそれぞれ外に運び出した。
房太郎が、
「あと十二人か････兼吉に銃があれば楽だよなあ」
「向こうの隊長と副長を撃つのは簡単だが、
銃声で他の兵に気づかれたら面倒だ」
「同じように不意打ち食らわせりゃいいんでねえか」
と、房太郎は軽く斬る振りをした。
「どうやって？　二対一なら一人囮でいいが、
堂々の二対二じゃ返り討ちになりかねねぇ。
まだ死ぬわけにいかねえ････ん」
「どうした？」
「猟師がいたよな。二軒」
「ああ、そういえば････でも頼んでる場合じゃねえよ、
今いるかどうかもわかんねえし、
だいぶ離れちまうよ。近くから削るんだろ」
「････うん、しょうがねぇ、このまま続けよう」
しばらく歩くと、
「！」
前方で兵士二人が物を抱えて歩いて来るのが見えた。
次郎太が、
「やべ、見つかった、房太、着いて来いよ。
俺が話しかけてから一気にやるからな」
と言うと、
「おーい、兵隊さーん」
次郎太は手を振って兵隊二人に走り寄り、
「おい、ちょっと！」
房太郎は驚くも後に続いた。
「なんじゃおはんら、何もんぞ」
訝しげに叫ぶ兵1に次郎太は息も荒く、
「へぇ、村の者でして、さっき隊長さんから、
若いもんは手伝って来いと言われまして」
「そうか、そいではこれを持って････」
と、兵1が両手に持った風呂敷包みを渡そうと
したところ、斜め後ろにいた兵2が、
「おい、その背負ってるのは銃では」
と言い切らぬうちに、次郎太は脇差を抜いて
目の前の兵1の首を一気に斬りつけた。
直後、兵2が銃を構えようとするが、
これも房太郎が突進して叩きつけるように
首に斬りつけた。
兵は共に崩れ落ちるように倒れ込んだ。
次郎太は大きく息をついて、
「あと十人」
「あっぶねぇ････いきなり声かけて
走ってくから慌てたよ」
次郎太は軽く笑って、
「それよりこんなとこで遺体が見つかったら
警戒されるな。ひとまずそこに隠そう」
二人は目の前の畑の端に遺体と荷物を運び、
急いで遺体に砂をかけた。
次郎太が手の砂を払いながら、
「よっしゃ、次行こう」
と小走りに進んだ。
房太郎が、
「なあ、薩摩といえば示現流だよな」
「ああ、剣の流派か････見敵必殺
････一撃必殺だっけ」
「それって今俺らがやってることだよな」
「あ〜、確かに。先に殺んねぇと殺られるからね」
「にわか示現流遣い手、房太郎、まかり通る！」
と、走り出す房太郎。
「おい、あんまり走るなよ」

・・・・
「何でも差し上げますからお許しを！」
住人の婦人の声が響く中、次郎太と房太郎が
民家の開いている出入り口の左右に近づき、
中の様子を見る。
兵士二人は土間で土下座する婦人に向かい、
出入り口に背を向けている。
次郎太が房太郎に手振りで、
（俺とお前が中に入って、俺が奴らに声かけるから、
振り向いたら一気に斬れよ）
と伝えると、房太郎はうなづいた。
次郎太と房太郎は密かに中に入り、
「おい」
と声をかけて、振り向いた兵の首に
それぞれ叩きつけるように斬った。
「あと八人」
と、遺体を外へ運び出した。
「はぁ、なんか疲れた」
遺体を前に房太郎は肩口で顔の汗を拭うと
ため息をついた。
次郎太は袂から手拭いを出して顔を拭き、
「俺はとっくに疲れてら。まあ、もうちょいだ」
と、また袂にねじ込んだ。
「なあ、水もらおう。カラカラだよ」
「あー、そういやすっかり忘れてた」
房太郎が家に顔をのぞかせて、
「おかみさん、こんなときにすんませんが、
水を頂けませんか」
と、合掌して頼んだ。

・・・・
房太郎は弥兵衛宅方向に目をやりながら、
「旦那んちからだいぶ離れたな････
先に兼吉に銃渡してえな」
「こだわるね。先に隊長と副長を撃って、
そのあと残り六人と撃ち合いか？」
「待ち伏せれば三対六でも勝てねえか？」
「相手がどこにいるかわかんねえ。
どこに待ち伏せればいいんだ？
囲まれたら終わるぞ」
「うん････」
「もうちょいだから焦んなよ、手堅く削るんだよ」
「とりあえず兼吉の分の銃は持ってくか？」
「そうだな。言い出しっぺがな」
「････わかったよ、俺が持ってくよ。
でも重いんだよなあ」
房太郎は自分の銃を後ろへやってベルトを
きつくすると、もう一丁を肩に担いだ。



・・・・
弥兵衛宅の庭では、隊長が床机に座って苛立ちながら、
「遅いな。兵は何しとるんか」
副長が、
「迷う広さでもないが････では、呼び戻しもんそ」
と、傍の兵二人に指示を出し、
一人は弥兵衛宅の裏の北側、
もう一人は門を出て南側へ走り出した。

次郎太達が山道を下りて来て、
「残りの兵は六人、隊長の護衛と
あとはたぶん南の家廻ってるだろう。
戻る前にやっちまいたいが････」
「だいぶかかったからなあ、もう戻ってんじゃねえか？」
「････一旦旦那（弥兵衛）んち見てみるか」
そのまま山道を下ると、
「！」
敵兵士が一人上がって来るのがみえた。
「隠れろ、敵兵だ」
次郎太は房太郎を抑えて横の茂みに身を隠した。
兵は、
「おーい、官軍兵士は戻って来ーい」
と叫んでいる。
房太郎が、
「････戻って来いって？」
「うん････」
兵は目の前を通り過ぎ、
そのまま山道を歩いて行った。
次郎太達は目立った山道を外れつつ
南の弥兵衛宅に急いだ。
弥兵衛宅の裏に近づいて南側の庭を望むと、
地べたに正座の三左衛門らの一部と
側に銃を構えた兵一人が見える。房太郎が、
「兵は一人だ。銃構えてる」
次郎太は、
「あと五人いるはずだが、
こっからじゃ右っ側が見えねえな。
前行こう」
二人が移動して家の壁越しに
更に庭を見ようと共に顔を出すと、
兵と目が合った。兵は、
「誰だ！」
と叫び、
次郎太が、
「見っかっちゃった････」
「ぶ」
二人は直ちに銃を構え、走って来た兵二人に発砲した。
倒れた兵に構わず進むと、視界の開けた庭には、
三左衛門らと、隊長と副長がいた。
「何もんか、会津兵か！」
立ち上がった隊長の叫びに次郎太は、
「幕府方だよ」
と答えて隊長に発砲し、隊長は後ろへ倒れた。
三左衛門らは頭を抱えて伏せた。
副長が抜刀して、
「こん賊めが！」
と目前まで走ってくるが、
房太郎が発砲して同じく転倒した。
鈍く起きようとする副長の頭に次郎太がとどめを
撃ち込むと、副長は動きを止めた。
倒れた隊長も唸りつつ起きようとしている。
三左衛門が驚いた調子で、
「次郎太、おめえら何やってんだ！」
「話は後だよ」
と、次郎太は気にせず房太郎に、
「房太」
「うん」
房太郎が村人と並んでいた兼吉に、
「兼吉、使え」
と銃を差し出し、
兼吉は立ち上がって受け取った。兼吉は驚いて、
「何してたんだ？」
次郎太が兼吉に、
「敵兵の一人はさっき北へ行ったが、
あと三人はどこだ？」
「いや、一人はさっき南へ呼びに行ったようだけど、
あと二人は来てないよ」
次郎太は起き上がりけた隊長の前に進むと
頭に撃ち込んだ。隊長は仰向けに倒れて動かなくなった。
房太郎が心配して、
「銃声で戻って来るだろうな」
と、門に移動して外を伺う。
次郎太は弥兵衛達に、
「みんな、ちょいと家に入っててもらえますか。
ここじゃ危ないし」
そう伝えると兼吉に、
「残りは四人だ。そいつらやっちまおう」
次郎太は弾を補充すると、
「房太、門を頼む。兼吉、北から一人戻ってくるから
隠れて見張ってくれ。来たらよく引きつけて撃ってくれ」
「でもこれ、使ったことが････」
「仕組みはおんなじだよ。元込めの連発式だ。
覚えてるだろ？」
次郎太は房太郎に、
「俺は外に出る。挟み撃ちにする」
房太郎は慌てて、
「おいおい、間に合うようにしてくれよな」
次郎太は塀の無い西側から迂回し、
南へ身を隠すように進んで行った。
南側の民家は弥兵衛宅の前からやや東側に散在し、
主要な山道は東側に通っている。
（三人の兵が慌てて戻るとすれば、
山道を駆けて来るだろう）
と、近過ぎず遠過ぎず、段々畑の下に隠れて、
駆け上がって来るだろう三人を待った。
間も無く弥兵衛宅から銃声がした。
直後に再び銃声。
（兼吉か？）
すぐに三発目の銃声が響いた。
（兼吉、大丈夫か？）
と、路上遠く兵三人が見えた。
（来た！）
次郎太は生い茂る雑草の間から様子を伺い、
ゆっくり銃を構えた。
兵達は小走りだったが、塀のある距離まで来ると
先頭の兵が身を屈ませてゆっくりと進み、
後ろに兵二人が続いた。
そこへ再び銃声が響き、三人の兵は
身をすくませるもそのまま門へと進んだ。
（････房太、何やってんだ？　早く撃てよ、
おめえこそ俺任せじゃねえだろな）
兵が門に近づく。
「しょうがねぇな」
と、次郎太は狙いを定めて先頭の兵に発砲した。
兵は衝撃を受けて膝をつき倒れた。
近くにつながれていた馬が驚いたらしく
前足を軽く上げ、慌てた兵一人は引き返して
走り出し、もう一人は馬に乗って走り出した。
次郎太は、
（房太、まさか逃げたんじゃねえだろうな）
と苛立ち、走る兵に発砲、しかし外れる。
「房太、何やってんだ！」
と叫ぶと、房太郎と兼吉が門から姿を見せた。
「いた！」
房太郎と兼吉が道に出て走る兵に発砲し、
兵は前のめりに転がり倒れた。
次郎太は馬に乗って走り去る兵を狙い、発砲した。
弾は兵の背に命中したらしく後ろへ落馬し、
馬はそのまま走って行った。
「全員か」
次郎太が銃を担いで歩き出した。
房太郎と兼吉は倒れた兵の所に歩いて行く。
次郎太は小走りに二人に近づき、
「兼吉、どうだったんだよ、心配したぞ」
「ああ、兵が来たから撃ったんだが、
当たったものの一撃ってわけにいかなくて、
向こうもこっちを見つけて撃って来てさ････」
房太郎が、
「俺も敵が見えたから距離はあったが
撃ったんだよ。それで決着して、
兼吉の様子を見に行ったんだよ」
「この通り、無事でした」
兼吉が笑った。次郎太は房太郎に、
「持ち場離れちゃ困るね。焦ったよ」
「ああ、ごめん、前後挟まれたらまずいから、
門前の敵はひとまず次郎太に引きつけてもらって、
先に裏の一人を確実にしとこうと思ったんだ」
と言うがすぐに、
「おい、おめえも人のこと言えねえだろ」
「あ････そうだっけ」
と苦笑した。
倒れた兵に近づく次郎太と房太郎と兼吉。
「あ」
房太郎が声を出した。
「どうした」
「さっき、御母堂様から着物や櫛をもらった奴だ」
房太郎が兵のポケットをまさぐると、
母堂と夫人の櫛が出てきた。
更に上着を開けると、
母堂が渡した着物が腹に入っていた。
弾は着物も撃ち抜いたらしく、鮮血にまみれていた。
「････こりゃまずいな」
房太郎が落馬したもう一人の遺体も見て、
「こいつもだ、さっき隣の家に来た奴だ････
こいつは、乞食じゃないって断ってたよ。
真面目そうな奴だったが････」

・・・・
弥兵衛宅の隣家
「村人は全員無事、西軍部隊を殲滅致しました」
次郎太と房太郎と兼吉、三左衛門も母堂のいる家に揃い、
房太郎が着物と櫛を母堂に返した。
着物には穴が開き、大量の血が付いている。
「さきほどの二人が････そうですか」
母堂は神妙な面持ちで答えた。
「彼らにも親御さんや妻か恋人が
いらしたでしょうね････お痛わしい」
「畏れながら、あの二人を仕留めねば敵に知られ、
再び更なる軍勢をもって、
この村を遠慮なく襲うと思われます」
「わかっていますよ。仕方のないことです」