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【社会】

東京五輪 平和感じたい 1943年 神宮外苑 出陣学徒壮行会 答辞読んだ江橋さん

 二〇二〇年東京五輪・パラリンピックに向け、新国立競技場の建設が急ピッチで進む。太平洋戦争のさなか、大学生たちを戦場に送り出す壮行会が開かれた明治神宮外苑競技場があった場所である。答辞を読んだ東京帝大(現・東京大)生の江橋慎四郎(えばししんしろう)さんは九十七歳になったいま、「参加者が平和の尊さを味わうことが五輪開催の意味」と静かに語る。十五日は終戦の日-。

 一九四三年十月二十一日の出陣学徒壮行会。東条英機首相の訓示の後、江橋さんは「生等(せいら)(われわれ)もとより生還を期せず」と激烈な答辞で応えた。

 当時は文学部二年生。選考理由は知らされなかった。各学部教授の会合で、代表を文学部から出すことになり、体育会総務だった自らに白羽の矢が立ったと考えている。「味も素っ気もない文を書いたら、文才のある先生に添削された」答辞。「全学生の代表だから個人的には名誉。本当は流れ弾に当たったようなものだった」と振り返る。壮行会の会場で二十一年後にアジア初の五輪開会式が開催されるとは想像もしなかっただろう。

 江橋さんは壮行会を経て入営、新型機の性能を検査する陸軍の航空審査部に回った。最前線に出ることはなく、東京・立川から疎開先の滋賀県八日市で終戦を迎えた。

 特攻で命を捨てた学徒兵も多い。出陣学徒の代表を務めながら命を永らえたことで中傷めいたことも書かれ、九十歳を過ぎるまで口を閉ざした。今でも多くを話すのをちゅうちょする。「物言えば唇寒し。みんな過去の話。自分は過去を背負って生きてはいない」

 「一度犯した過ちを繰り返してはいけない」とも。

 戦後、東大に戻り教育者の道を歩み、鹿屋(かのや)体育大(鹿児島県鹿屋市)の初代学長に。「心も体も爽やかな人間をつくること」を目指した。戦前の体育が、頑健な兵士供給の一翼を担ったとの反省があった。鹿屋市は、戦時中の海軍の特攻隊出撃基地。「こだわりはなかった。目的は全く違う。平和を愛好する人材の養成だから」という。

 六四年東京五輪では、水泳競技の選手を紹介するアナウンス役を務めた。三年後に再び開くスポーツの祭典。「もう一度、平和の重さを感じてほしい。平和を守るには国、民族、政治家が自分を抑える忍耐が必要だ」。江橋さんはこう訴えた。

◆64年開会式を見て 故杉本苑子さん当時寄稿

 一九四三年の出陣学徒壮行会に立ち会った作家の杉本苑子(そのこ)さん(故人)は、三十九歳となった六四年に東京五輪の開会式を見た。当時、共同通信に寄稿した「あすへの祈念」の抜粋を再録する。 (原文のまま)

 二十年前のやはり十月、同じ競技場に私はいた。女子学生のひとりであった。出征してゆく学徒兵たちを秋雨のグラウンドに立って見送ったのである。オリンピック開会式の進行とダブって、出陣学徒壮行会の日の記憶が、いやおうなくよみがえってくるのを、私は押さえることができなかった。

 音楽は、あの日もあった。軍楽隊の吹奏で「君が代」が奏せられ、「海ゆかば」「国の鎮め」のメロディーが、外苑の森を煙らして流れた。しかし、色彩はまったく無かった。私たちは泣きながら征く人々の行進に添って走った。髪もからだもぬれていたが、寒さは感じなかった。おさない、純な感動に燃えきっていたのである。

 オリンピック開会式の興奮に埋まりながら、二十年という歳月が果たした役割の重さ、ふしぎさを私は考えた。同じ若人の祭典、同じ君が代、同じ日の丸でいながら、何という意味の違いであろうか。

 きょうのオリンピックはあの日につながり、あの日もきょうにつながっている。私にはそれが恐ろしい。祝福にみち、光と色彩に飾られたきょうが、いかなる明日につながるか、予想はだれにもつかないのである。私たちにあるのは、きょうをきょうの美しさのまま、なんとしてもあすへつなげなければならないとする祈りだけだ。

 もう戦争のことなど忘れたい。過ぎ去った悪夢に、いつまでもしがみつくのは愚かしいという気持ちはだれにもある。そのくせだれもがじつは不安なのだ。平和の恒久を信じきれない思いは、だれの胸底にもひそんでいる。東京オリンピックが、その不安の反動として、史上最大のはなやかさを誇っているとすれば問題である。二十年後のために-永久にとはいわない。せめてまためぐってくる二十年後のために、きょうのこのオリンピックの意義が、神宮競技場の土にたくましく根をおろしてくれることを心から願わずにはいられない。

<学徒出陣> 太平洋戦争で戦局が悪化すると、兵力不足を補うため、1943年10月に26歳まで猶予されていた大学、旧制高校、専門学校などの学生や生徒の徴兵猶予を停止。20歳以上の学徒が徴兵検査を受け、法文系の学徒を中心に休学扱いで兵役に就いた。軍医として必要な医学生や、兵器の開発・運用など戦争継続に不可欠な理工系は引き続き徴兵を猶予、軍の研究所などに勤労動員された。

(東京新聞)

神宮外苑競技場で行われた出陣学徒壮行会

神宮外苑競技場で行われた出陣学徒壮行会
 

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