2017.08.12
『寿司 虚空編』単行本発売記念!小林銅蟲先生インタビュー「はい」
▲フジテレビ「ザ・ノンフィクション 会社と家族にサヨナラ…ニートの先の幸せ 前編」(2017年6月18日放送分より)
『ザ・ノンフィクション』でのやり取り。そのままを語るも取材陣を混乱させる銅蟲先生。作風と人柄がリンクしています。
──今回は「三才ブックス」さんから単行本が出版される訳ですが、そうなるまでの過程などを教えて下さい。
小林銅蟲先生(以下、小林):pixivからは出ないんですよね。出ない理由ってなんでしたっけ?
編集担当・坂本(以下、担当):「寿司」はpixivコミックで連載しているんですけど、pixivは出版社でないので本は出せない、と。なので、単行本を出したい時は出版社さんに頼む訳ですけど、当然出版社的には儲けが見込めないと本は出せない。「寿司」に関してはたまたま三才ブックスさんがウチで出したいと言ってくれて。
小林:更に詳しい経緯については、単行本の巻末に描き下ろしが6ページあって、そこに寿司が始まって単行本になるまでを描いてます。
──詳しくは単行本を読めばわかるんですね。
小林:わかる。
担当:いや、わかるかなぁ〜……。
小林:最後のところだけは非常にはっきり書いてある。
担当:途中は色々ボカしてますけどね。
小林:最初は全部本当のことを描きすぎて。元は〜(数分ここに書けないような話が続く)──すごい。記事には一文字も書けない話ですね……。では、元は裏サンデー連載だった「寿司」が、pixivで連載が始まるまでの話などを。
小林:正式名は忘れましたけど、裏サンデーの「連載投稿トーナメント」という賞が設立され、そこにWebの馬の骨たちが集まって、そこで自分が総合2位だったと。
その後に裏サンから描ける場所を用意してもらい、トーナメントの投稿では「ラスボス刑事」という漫画を描いて、ラスボス刑事のラストは寿司屋へ入るってところで終わってるんです。それで次は寿司食う漫画にしようと。そしたら、寿司の知識が全く自分にはない。2ページ目にして何を描いていいのかわからなくなるという事態が起こって、しょうがないから自分が描ける事を描こうとして、それでグラハム数の話を。それがめちゃくちゃ自分でウケちゃって。もうこの方向性にしようと。
──pixivコミックでの連載はどういった経緯があったのでしょうか?
小林:寿司を描いている途中にpixivから何かやらないかと連絡があって、そこで「寿司」とは別のコンテンツである「さいはて」が始まったと。
担当:「寿司」を描かれていた時に、ねとらぼの記事で話題になってたじゃないですか。それで発見して、こっちでもなにか描いてもらいたいと。それで話を聞きに行った際に、小林銅蟲先生から(ここで書けないような話が繰り広げられます)という話を聞いて、pixivでも連載する形に。
小林:裏サンでは「Web連載ってなんでも載せてくれるのか」と思って、数式が10ページ続く回とか描いたりしました。
担当:それが結果的に話題になるという。
小林:次はページ数が2のn乗になっていくとか色々やって。最終的に一話で64ページまでいきました。自分で漫画をどれだけやれるんだっていうのもあって。
担当:最初は4ページでしたね。「寿司」の第6話の64ページがこれまで描いた最長。「裏サンでの原稿が終わったら連絡します」と言われて、いつまで経っても終わらないから何しているのか見てみたら一話64ページとかやっていて、何に挑戦しているんだこの人は……って。
小林:それで寿司の連載媒体が終了する形になって、完全にpixivに移籍する形になった時に「さいはて」と「寿司」のコラボとかやって。
──6話はそんなに気合が入った話だったんですね……。
担当:6話は2ヶ月くらいかかりましたよね。
小林:たぶん。それで、描いている途中でこの間の「ザ・ノンフィクション」の取材がきて。だから、あの時の場面は6話を描いている最中。
担当:寿司だけど数学でプロレスですみたいな、インタビュアーの方との要領を得ない会話がTwitterで話題になりましたね。すごくいいタイミングで取材されたなと思いました。
小林:説明するのが面倒くさかった。
──「寿司」のメインテーマである、数学部分への思い入れなど教えてください。
小林:あれは2002年頃かな。2ちゃんねるの数学板に「史上最大の数 グラハム数」(※グラハム数=特殊な表記法を用いる巨大数 詳しくは銅蟲先生の作品を読みましょう)というスレッドがあったんですよ。それを読んでて、多分グラハム数を知ったのもそれが最初なのかな。
それからグラハム数を越える更に大きな数を作ったヤツが優勝って盛り上がって、じゃあどうやってグラハム数よりデカい数を作るかと。メソッドが全くない時代ですよ。
そしたら「ふぃっしゅっしゅ氏」という方がでてきて、なんか凄い事をやって「ふぃっしゅ数」なる物を作ったんですよ。ただ、何やってるのか誰もわかんないですよ。
──「寿司」では、そのあたりを銅蟲先生が漫画で解説している訳ですね。
小林:そうそう。ふぃっしゅっしゅ氏は凄くて、本人はめっちゃ理解してるんだけど、説明がスレ住人に届いてなかった感じで。で、僕が一個ずつ検証していくって事をして、現在に至る的な。
巨大数の歴史も色々あるんですよ。あるとき海外に「バード数」ってのがあることが分かって。バード数とふぃっしゅ数、どっちが強いんだろうってなったんですよ。そしたらバード数を超えるためにふぃっしゅ数バージョン2が作られたり。最近も色々研究が進んでいて〜(以下、巨大数の解説を数十分)
担当:巨大数のウィキが「寿司」の解説のお陰でだいぶ整備されるっていう 笑。
小林:しかも「寿司」が何故かpixivではマルチリンガルだったんで、韓国の方から読まれたり。
担当:おそらく韓国の方がTwitterで「これは意外とちゃんとしてるぞ!」って感じで(笑)。MANGA pixivは翻訳もやっていたんで、面白いから「寿司」も翻訳してみようと。描き文字とかの翻訳は苦労したんですけど、数式に関してはそのままで良いので、意外と難しくなかったんですよね。
コミックを購入した方は、簡体字版や英語版を読んで、これどうやって訳しているんだろうって見比べると面白いかもです。
──銅蟲先生の作品って、内容や絵面のインパクトはともかく漫画としてはコマ割りが大分読みやすいので、海外ウケも良さそうですよね。
担当:コマとコマの繋がりの意味論的にはだいぶちゃんとしてますよね。こうなったら、こうなって、こうなりました、みたいな。翻訳適正がある作品だった。「めしにしましょう」もそうですよね、実は漫画としてはちゃんとしている。
小林:どちらもトバしていくと混線するんです。その辺は「ねぎ姉さん(※)」で学習している。あの時考えていたのは「わからないって事をわからせている」を伝えるためにどうしたら良いのかというのが、積まれていったのかな。
「寿司」も「めし」のどっちも、エヴァンジェリスト的な立ち位置という意識でやっています。「学術ネタで他人になにかわからせよう」っていうのは、子供の頃に学習漫画が好きで読んでいたのがあるんで。
※ねぎ姉さん:銅蟲先生の発表しているWeb漫画
──読んでいたのは、あさりよしとお先生の「まんがサイエンス」とかですか? 銅蟲先生の描くかわいい女の子のルーツになってそうだなって勝手に思っていたんですけど。
小林:そうです。僕の描く女の子がかわいいと思ったなら、それはあさりよしとお先生の描く女の子がかわいいからです。僕が考える漫画のかわいいってコレ(80〜90年代のディフォルメ絵)しかない。『魔法陣グルグル』とかも凄い好きで。
担当:最近は「めしにしましょう」しか描いてないから、「かわいい女の子を描く練習を絶やさないようにして下さい」ってお願いをしました。「寿司」の単行本のカバーを描いてもらった時に、かわいい女の子を描く手法を大分忘れかけてるなって(笑)。
小林:目が大きいと逆に感情が出てこないじゃないですか。あれが無理、こわい。
担当:「寿司」が3話くらいの頃は黒目が大きかったですよね。
小林:黒目が大きい方が可愛いんですけど、その代わり感情のディテールに失われる部分があるというか。
担当:今はどんどん青年誌に絵柄が寄ってきて。だから3話くらいのうるかちゃんが一番かわいい。これは意識してないと描き方を忘れちゃうから。
小林:「かわいく描こう」って機会が失われているんですよ。だから本当は普段から「かばん(けものフレンズ)」とか描いていかないと。
──なるほど。作画の環境なども連載中で変わっていったんですか?
担当:製作スタイル的に言うと6話までは完全フルデジ。「コミックスタジオ」で作られていて、それ以降pixivに移ってからはアナログ。アナログで描いて仕上げでデジタル。
小林:アナログになった理由は、「さいはて」がアナログだったから。「さいはて」はまた使っている画材が違う。あれはミリペンで描いてたから。そっから「コート紙」っていう広告チラシの裏のようなピカピカで原稿用紙くらいの厚さのヤツが売っていて、それを1000枚買っちゃって。
……ていうのは、ピカピカの紙につけペンでビビビって描くとエッジが滲まないんですよ。すごい綺麗なエッジがでて、スキャンした時とかに見栄えいいから。寿司の7話とか8話って単行本で読むとわかるけど、絵柄に味がある。7話は多分ミリペンで描いてて、8話と9話はGペン。
──色々な素材を研究しているんですね。
小林:マイナー画材とか好きな方なので。変な紙とか。投票用紙に使われている「ユポ紙」も試供品を取り寄せたり。鉛筆での描き心地が良いってやつ。じゃあGペンで描いたらどうなるんだろうって試したら、めちゃめちゃインク吸うのが早くて。だからあんまり使わなかったんだけど。あれはあれで好きな人居るかも知れないけどね。「ユポ紙は買える」という、読者の皆さんへお得情報を。
あとアナログだと展示なんかの時に現物があるってのも強くて、絵って「立体」なんですよ。寄ってみると絶対に凹凸があって。それはデジタルじゃ出せないんです、どうしても。それをどう捉えるかは色々あるんでしょうけど。
──生の原稿を見ると違いますよね。話は変わりますが、銅蟲先生の描くクリーチャーのような迫力のある絵が好きで。アレってなにかルーツはあるんでしょうか?
小林:中学の時に池田くんって人がいて。彼はいま銅版画家をやっていて「池田俊彦」で検索すると出てくるんだけど。異形の怪物のような……人間が「死」を拒否して何万年何億年と歳をとり続けた姿というものをモチーフに銅版画をやっている。
彼は中1の頃から独自性のありすぎる絵を描いているんですよ。あれに引っ張られているところは非常にある。そこにあさり先生とか吾妻ひでお先生とかの、ああいう佇まいの物が乗っかっている。
「クリーチャー」というモノのデザイン自体にハマったのは「BLAME!」の影響。
──あさりよしとお先生の影響が大きいんですね。あさり先生のデザインでは、どの使徒が好きですか?
小林:ゼルエル。昔のSF大会で関連イベント的な即売会があって、そこにあさり先生が出ていて。その時に使徒の設定本を出されていたのを買って。ゼルエルの模様って人の顔になっているんだよね。アレがすごいカッコいいなぁって。
──なんとなくシャムシエルとかも好きそうだと思っていたんですけど。
──同人誌の……。
──他に影響が強かった作家などはいますか。
──坂本太郎先生とか。
小林:そう。「ギャグ王」も買っていました。それから4コマというモノに惹かれて。そのあたりから「伝染るんです。」とか「ゴールデンラッキー」の不条理系もでてきて影響を受けた。それで自分が漫画描くって時に4コマになって。
子供の頃に「コボちゃん」スクラップしてたり、家に原作の「サザエさん」があって、4コマにはそこの影響もあるし、それ以降に「コボコラ」という物がでてきてそれが凄まじかったと。
──グルメ漫画の文脈はどこからなんですか?
──「鉄鍋のジャン!」とかは、どうでしたか。
小林:「鉄鍋のジャン!」も読んだ。「鉄鍋のジャン!」とか「ミスター味っ子」みたいに、リアリティのない料理でも美味しく描くっていうのは凄く大事で、これは僕が「実際に作っている」事が逆に凄く弱点に感じる。今は実際に作った料理を写真に撮ってから描いてるんだけど、「これ絵で美味しく見えるのかな〜」って疑問は常につきまとう。
テカリとか煙とか入れて、リアリティよりも「漫画的に美味しく見える記号」を守った方が美味しく見える気がする。
──もう一時間半しゃべっちゃいましたね。8割くらい数学の解説でしたが。そろそろインタビューとして纏めに入りましょうか。
──今後の「寿司」への抱負で締めましょう。
担当:先生的には「寿司」を続けたい気持ちはある?
小林:僕の漫画ってきちんと完結したことないんですよ。だから終わらせはしたい。でも平行して連載するなんて器用な事はできないんで、「めし」がいつか安息の日を迎えた時に描けたらいいなと。
「寿司」ってキリの良いところで終わらせると、実世界で新しい数式とか出てきやがるので止めにくいんですよね。総括しにくい。今はあんまり動きない(めっちゃある)けど。とにかく機会があれば「寿司」を通してまた数学の話を皆さんに伝えたいですね。
という訳で、小林銅蟲先生へのインタビューでした。途中でもっと「無限」という概念の数学的な種類の話やあやしいわーるどの話などもありましたが、あまりに脱線しすぎているのでその場に居た人間だけの胸に閉まっておく事にします。もしかすると、近々開催されるトークショーなどで語ってくれるかも知れません。
さて「寿司 虚空編」の単行本は、今のところ初版でそれほど大きな部数が出るわけでもなく、重版の予定などないので逃さず買いましょう。自分も「グラハム数」などの巨大数の話は、「寿司」を読むまで知ろうとも思いませんでした。このインタビューや単行本を読んだ方が、一人でも多く数学に興味を持ってもらえたら、インタビューした側としても幸いです。
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