2017-06-23

透明人間

もし透明人間になれたら何がしたいかな。

俺はやっぱり銭湯に行くだろうな。

ちょうどうちの近所に銭湯があるし。

しか歩いて五分ぐらいの場所だったはず。よし、行ってみよう。せっかく透明人間になれたんだし。

で、喜び勇んで銭湯に行くんだけど、シャッターが閉まって貼り紙がしてある。どうやら潰れてしまったらしい。

参ったな。せっかく透明人間になれたのに。

でも俺はまだ諦めない。たしか隣の駅にも銭湯があったはず。Googleマップで調べてみる。うん、たしかにある。俺は電車に乗って隣の駅で降りて、すぐにまた銭湯に向かった。

あった!でもシャッターが閉まってる。また貼り紙

『浴槽のメンテナンス本日はお休み

ちくしょう、こうなったら意地だ。俺はまたGoogleマップを調べる。隣の駅にもその隣の駅にもそのまた隣の駅にも銭湯はある。でも行ってみたら、すべて閉店になっていた。

足がくたくたになってしまった。閉店ならネットにそう書いといて欲しいよ。銭湯の閉店って、必ず貼り紙で発表しなきゃいけないんだっけ? そうか、電話確認するべきだった。

疲れた今日はもうあきらめて家に帰ろう。俺は駅に向かって歩いた。そしたらロータリーにでっかいバスが停まってたんだ。ボディに横断幕

さくらんぼ狩り御一行様』

俺はふらふらとバスに乗車してみた。中にはお婆ちゃんの団体がいた。とてもにぎやか。誰も俺には気づかない。当然だ。透明人間からね。

俺は空いてる席に座った。バスが発車するとすぐに寝てしまった。目が覚めたら車窓から河口湖が見えた。いい天気だなー。

畑に着いて、俺はお婆ちゃん達と一緒にさくらんぼ狩りに参加。40分間、好きなだけさくらんぼを摘まんで食べた。種は紙コップに吐き出す。茎は引っこ抜いちゃダメ。必ず実だけもぎ取ること。

俺はさくらんぼをたらふく食べた。うまかったー。もう一生さくらんぼはいいや。お婆ちゃん達も満足げ。

帰りのバスでも俺はすぐに寝たけど、しばらくしたら目が覚めた。バスが停まり、お婆ちゃん達がぞろぞろ降りて行った。着いたのかな?俺は車窓から外を見てみる。すでに夜だった。

サービスエリアだ!ここはどの辺りなんだろう?真っ白い建物ライトに照らされて、でっかい窓の向こうにおみやげ売り場やフードコートが見える。

俺もバスを降りた。焼きそばフランクフルトを食べよう。売ってるかな?たぶんあるよな。定番だし。あ、でも俺、透明人間なんだ。じゃあ買えないか

フードコートでたくさんの家族連れがいろんなものを食べてる。いいなー、ソフトクリームうまそう。

テラステーブルに女の人がひとりで座ってる。誰かを待ってるみたいだ。あれ、なんか見憶えがあるな。俺はゆっくりと近づいた。

うわ、昔の恋人!ずっと昔の、ほんっとに大昔の、やばいぐらい昔の、初めて長く付き合った恋人。お互い大学生で、俺は彼女下宿先に転がり込んで、そのまま四年間同棲したんだ。

で、卒業と同時に別れた。なんで別れたんだっけ?たぶん俺が愛想を尽かされたんだよな。

あの時はごめん。ふたりとも学生はいえ、俺がやってることは完全にヒモだった。生活費もろくに入れなかったし。

君は料理が得意で、毎日作ってくれてたけど、当たり前のように思ってたよ。あれ、すごいことだったんだな。今は自炊してるからよくわかるんだ。

君は今、幸せなの?相変わらずきれいだね。俺はいちど結婚したんだけど、それも失敗しちゃって...。

俺は必死彼女に話しかけるんだけど、その声は絶対に届かない。透明人間から

俺はため息をついて空を見上げる。満月だ。まだ付き合いたてのころ、ふたり公園散歩してるときに見たのと同じやつ。

俺は彼女にもこの月を見て欲しいんだけど、教えてあげたいんだけど、どうしてもそれが出来ない。透明人間から

ところで君はこんなところで何してるの?誰かを待ってるの?

もうじきバスが発車してしまう。帰らなきゃ。いつまでもここにはいられない。ああ、透明人間じゃなければ君に話しかけることができたのに。最悪だー。

なーんてことにはならない。だって透明人間になれるはずがないから。

俺はくっきりと存在してるし、君もどこかでくっきりと存在してる。よかったー。

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