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大炎上したテレビ朝日「ビキニ事件とフクシマ」番組を冷静に検証する

悲劇を報道に「利用」するのではなく
林 智裕 プロフィール

(1)証言ばかりで客観的根拠に乏しい

番組では、水爆実験が行われたビキニ環礁から約180km離れたロンゲラップ島に取材に赴き、「1957年、米国が発した安全宣言によって島民たちは帰島を始めたが、そこから新たに悲劇が始まった」としたうえで、「島の環境は放射能によって汚染されたままで、若者は白血病で亡くなり、女性は死産や流産を繰り返した」という島民の証言を取り上げました。

しかし、汚染や健康被害の度合いに関する具体的なデータは提示されず、因果関係が明確ではない事実を羅列しての「こうだと思う」といった推測や証言が続くばかりで、「裏取り」の形跡も番組中ではみられませんでした。

もちろん、水爆実験による汚染や健康被害があったことそのものは否定しません。しかし、それを番組で取り上げる以上は、本来ならば具体的な被害状況や被曝線量などの根拠が必要不可欠です。何故、具体的な数値やデータを示さず、証言のみで番組を構成しようとしたのでしょうか。

福島に関しても、たとえば東日本震災直後に週刊誌『AERA』の「放射能がくる」特集や、東京新聞特報部の「子供に体調異変、じわり」と題する記事などのような、恐怖と不安だけを煽る報道が溢れたことを思い出します。2014年には、漫画『美味しんぼ』で、実際の被曝量から見れば到底有り得ない「放射能で鼻血が出る」という現象が科学的根拠を無視して描かれ、大騒ぎになったことを覚えている方も多いと思います。

これらについても、体調不良や鼻血そのものがあったこと自体は事実なのでしょう。しかし、身の回りに起こり得る一般的な事象の原因を、全て無根拠に放射能に結びつけるべきではありません。

たとえば被曝によって鼻血を出すには、一般的な空間線量の数千万倍レベルの大量被曝を一気にしなければなりません。しかも、本当にそのような大量被曝をした場合には、鼻以外のあらゆる粘膜からも同時に出血が止まらなくなり、命にかかわる事態になっているでしょう。

福島での原発事故でそのような被曝をした人はいませんし、当然そうした出血の症例も報告されていません。「福島県内のいくつかの病院を調べたかぎり、震災後にも鼻血による受診者数は変化していない」という調査結果も複数あります。「命にかかわる深刻な被曝」であるならば、ほとんどの人が病院に行きもしなかったとは、おかしな話です。

 

「水爆実験による深刻な健康被害は、鼻血のような身近な事例とは全く違う」という指摘もあるでしょう。その通りです。しかし、起こった事実に対してある「原因」を仮定し、それに説得力を持たせるためには、具体的な数字や根拠が必要です。本来は科学的見地から捉えるべきものごとの因果関係を、「証言」と「情緒」をもとに推測するのは、結局はビキニ事件の歴史を「『美味しんぼ』鼻血騒動」と同じ構図に貶めてしまうことになるのです。

それは水爆実験による被害者や、そこに存在した事実に対して失礼な姿勢ですし、また世界にそれを伝えようとする報道のあり方としても、不誠実ではないでしょうか。

(2)線量計を地面に「直置き」

番組の中盤では、ロンゲラップ島へ帰島した住民に「放射能の除染が十分ではないという指摘があるが、心配ではないのか?」と問いかけ、住民がそれに対して「その意見は正しいんですか?  私はここで生活していても何の影響もない」とコメントする様子が紹介されます。

番組中で紹介されたロンゲラップ島住民の証言

その後に場面が変わり、日本原子力研究開発機構元研究員の加藤岑生氏(現・原水爆禁止茨城県協議会会長)が、線量計を島の地表に「直置き」する様子が映し出されます。線量計は0.042μSv/hという数値を示し、加藤氏はこれを「高い」と指摘します。

この一連のシーンは、いったい何を表現したいのでしょうか。「帰島した住民は騙されている、汚染の実態を何も知らない」と言いたかったのでしょうか。だとすれば、あまりにも現地の住民に失礼ではないかと思います。

番組より、地面に「直置き」される線量計

そもそも、線量計を地面に「直置き」するという測定方法からして間違っています。たとえるならば、室温を測ろうとするときに、部屋のストーブに温度計を直接当てて「この部屋は暑い」と言ったところで、何の役にも立たないことと同じです。室温がストーブの直近で出てくる数字を前提としないように、健康への影響を考えるための放射線基準値は、そのように恣意的で杜撰な測定方法で出てくる数字を前提としていません。