加齢による筋肉の衰えからは誰しも逃れることはできません。
多くのメディアやブログでは、加齢に負けず若々しい身体でいるために「筋トレ」を推奨しています。しかし、現代の運動生理学は次のようにいいます。
「筋トレだけでは不十分である」
2014年、筑波大学のYamadaらは、日本人を対象にした加齢による筋肉量の減少についての大規模調査を報告しました。
対象は40〜79歳の男性16,379名、女性21,660名です。その結果、全身の筋肉量は79歳までに男性で10.8%、女性で6.4%減少することがわかりました。
Fig.1:全身の筋肉量の加齢による変化率(Yamada M, 2014より筆者作成)
さらに、腕の筋肉量は男性で12.6%、女性で4.1%減少し、足の筋肉量は男性で10.1%、女性で7.1%減少することがわかりました。
Fig.2:腕の筋肉量の加齢による変化率(Yamada M, 2014より筆者作成)
日本人は40歳以降から筋肉量が減少し始め、男性は女性よりも筋肉の衰えが多く、特に腕の筋肉が衰えやすいことが明らかになっているのです(Yamada M, 2014)。
このような加齢依存的な筋肉の衰えは「サルコペニア(sarcopenia)」と言われています。ギリシャ語でサルコは筋肉、ペニアは喪失を意味します。老年医学では、このサルコペニアの予防がトピックスになっています。
今回は、加齢による筋肉の衰えをどのように予防すれば良いのか?という疑問について、近年の運動生理学の知見をもとに考察していきましょう。なぜ筋トレだけでは不十分なのでしょうか?
Table of contents
- ◆ 慢性炎症が筋肉量を減少させる
- ◆ 慢性炎症が筋タンパク質の合成を抑制する
- ◆ レジスタンストレーニングとロイシン摂取はmTORを活性化させる
- ◆ 有酸素運動との並行トレーニングが炎症性サイトカインを抑える
- ◆ 読んでおきたい記事
◆ 慢性炎症が筋肉量を減少させる
加齢によって筋肉が衰える要因はいくつかありますが、現在では「慢性炎症」が注目されています。今年5月に放送されたNHKのガッテンでも慢性炎症が健康寿命を延ばすということで取り上げられていましたね。
慢性炎症は、捻挫などで生じる急性炎症とは異なり、低いレベルの炎症が年余にわって持続することが特徴です。老化による死んだ細胞の処理能力の低下(Arnardottir HH, 2014)やマクロファージなどの免疫細胞の異常な活性化(Goronzy JJ, 2013)、内臓脂肪の増加(Nishimura S, 2008)などが階層化され慢性炎症を起こす原因とされています。
このように加齢特異的に慢性炎症が生じることから、現在ではinflammation(炎症)とaging(加齢)を合わせて「inflammaging(加齢による炎症)」という造語が作られるほど、その関係性が注目されています。
そして近年では、加齢による慢性炎症が筋肉の衰えに関与することが明らかになっています。
今年7月に報告された名古屋大学のHidaらの研究では、八雲市に住む335名を対象に慢性炎症のマーカーであるCRPの値と筋肉量の減少の間に負の相関が認められました。これは慢性炎症が強いほど、筋肉量が減少することを示唆しています(Hida T, 2017)。
また、今年5月にも慢性炎症が全身の筋肉量を反映する握力の低下に関与することが報告されており(Granic A, 2017)、その他にも慢性炎症が筋肉量の減少に寄与する知見が多く報告されています。
では、慢性炎症が筋肉量を減少させるメカニズムはどのようになっているのでしょうか?
◆ 慢性炎症が筋タンパク質の合成を抑制する
筋肉は、筋肉のもとである筋タンパク質の合成と分解のバランスによって24時間、増えたり減ったりしています。筋タンパク質の合成量が分解量を上回れば筋肉量は増えますが、分解量が上回ると筋肉量は減ってしまいます。わたし達が筋肉量を維持できているのは、合成と分解のバランスが保てているからなのです。
加齢による筋肉量の減少は、慢性炎症によって生成される炎症性サイトカインが起因することがわかっています。炎症性サイトカインは、筋タンパク質の合成を促すタンパク質キナーゼ(mTOR)を抑制します。さらに筋タンパク質の分解を促すユビキチン・プロテアソーム経路(UPP)を活性化させます。
炎症性サイトカインによるmTORの抑制、UPPの活性化が筋タンパク質の合成量を減少させ、分解量を増加させた結果、筋肉が衰えてしまうのです。これが加齢による筋肉量の減少のメカニズムとされています(Xia Z, 2017)。
Fig.3:Xia Z, 2017より筆者作成
では、このようなメカニズムにおいて、レジスタンストレーニングやタンパク質の摂取はどのように効果的なのでしょうか?
◆ レジスタンストレーニングとロイシン摂取はmTORを活性化させる
筋タンパク質の合成量を増やすためには、レジスタンストレーニングとタンパク質の摂取が有効です。
レジスタンストレーニングは、成長因子や代謝ストレスによって筋タンパク質の合成を促すmTORを活性化させることがわかっています(Glass DJ, 2005)。近年では、低強度のトレーニングでも筋タンパク質の合成作用を十分に高めることが明らかになっており、高齢者の筋肉量の維持にレジスタンストレーニングが推奨されています。
また、レジスタンストレーニングとともに適切なタンパク質の摂取は、さらにmTORの活性化、筋タンパク質の合成量の増加に寄与します。特に、分岐鎖アミノ酸(BCAA)のロイシンは他のどのアミノ酸よりもmTORを活性化させることが明らかになっています(Dickinson JM, 2013)。
特に高齢者では、高用量のロイシン摂取が筋タンパク質の合成を高めることが報告されており(Kim HK, 2012)、加齢にともなう筋肉量の減少にロイシン摂取の有効性が示されています。
これらの背景から、レジスタンストレーニングとロイシン摂取は、炎症性サイトカインによって抑制されているmTORの活動を高め、筋タンパク質の合成量を高めることで加齢による筋肉量の減少を防ぐ有効な方法とされているのです(Xia Z, 2017)。一般的に筋トレが推奨されているのはこのような理由からでしょう。
FIg.4:Xia Z, 2017より筆者作成
しかし、レジスタンストレーニングによって間接的に筋タンパク質の合成量を高めることはできますが、炎症性サイトカインによる筋タンパク質の分解量の増加を止めることはできません。これでは本質的に筋肉量の減少を予防したことにはなりません。
◆ 有酸素運動との並行トレーニングが炎症性サイトカインを抑える
そこで近年、注目され始めたのがウォーキングやランニングなどの有酸素運動による抗炎症性サイトカインの作用です。
有酸素運動には慢性炎症の原因である内臓脂肪の減少を促し、炎症性サイトカインの発生を防ぐことが示されています(Park S, 2003)。また、有酸素運動により炎症性サイトカインを抑制することで、筋タンパク質の分解に関与するUPPの活動を抑制することが明らかになっています(Xia Z, 2016)。
このような有酸素運動の効果から、現在では、レジスタンストレーニングとともに有酸素運動を行う並行トレーニング(concurrent training)がもっとも加齢による筋肉量の減少を予防することが示されています。
12週間の並行トレーニングによる筋肉量と炎症反応を調査した報告では、高齢者の筋力が38%増加したとともに、炎症反応の有意な低下が認められました(Stewart LK, 2007)。
また、並行トレーニングと有酸素運動のみを比較した報告では、単独の有酸素運動よりも並行トレーニングを行ったほうが抗炎症作用が高いことが示されています(Balducci S, 2010)。さらに、並行トレーニングとレジスタンストレーニングのみを比較した報告では、やはり並行トレーニングで有意に炎症反応が減少されることが示されています(Donges CE, 2014)。
これらの結果から、レジスタンストレーニングと有酸素運動をそれぞれ単独で行うのではなく、両方を組み合わせた並行トレーニングが加齢による筋肉量の減少を予防する最適なトレーニングとして推奨されているのです(Xia Z, 2017)。
FIg.4:Xia Z, 2017より筆者作成
進化形態学や進化解剖学の発展により、ヒトは走るために進化したことが明らかにされています。長いアキレス腱や分厚い大殿筋、背中に広く分布する広背筋や僧帽筋。これらの筋肉の発達は走るために進化したと推察されています(Bramble DM, 2004)。
このように考えると、ランニングのような有酸素運動がヒトの肉体の維持に寄与していることも頷けます。狩猟時代では、加齢で走れなくなることは獲物が取れなくなることを意味します。餓死しないためには走り続けなければなりません。有酸素運動が抗炎症作用を促進するのも、走ることで走れる肉体を維持するシステムが進化の過程で備わったのかもしれませんね。
いつまでも若々しい筋肉を維持するためにも、40歳を超えてからは筋トレだけでなく有酸素運動を取り入れてみる価値はありそうです。
◆ 読んでおきたい記事
シリーズ①:筋肉を増やすための栄養摂取のメカニズムを理解しよう
シリーズ②:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう
シリーズ③:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取タイミングを知っておこう
シリーズ④:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう
シリーズ⑤:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取を知っておこう
シリーズ⑥:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取の方法論
シリーズ⑦:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)について知っておこう
シリーズ⑧:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)の実践論
シリーズ⑨:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう
シリーズ⑩:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間について知っておこう
シリーズ⑪:筋トレの効果を最大にするトレーニングの頻度について知っておこう
シリーズ⑫:筋トレの効果を最大にするタンパク質の品質について知っておこう
シリーズ⑬:筋トレの効果を最大にするロイシンについて知っておこう
シリーズ⑭:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ
シリーズ⑮:筋トレの効果を最大にするベータアラニンについて知っておこう
シリーズ⑯:いつまでも若々しい筋肉を維持するためには筋トレだけじゃ不十分?
シリーズ⑰:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう(2017年7月版)
シリーズ⑱:筋トレとアルコール摂取の残酷な真実
References
Yamada M, et al. Age-dependent changes in skeletal muscle mass and visceral fat area in Japanese adults from 40 to 79 years-of-age. Geriatr Gerontol Int. 2014 Feb;14 Suppl 1:8-14.
Arnardottir HH, et al. Aging delays resolution of acute inflammation in mice: reprogramming the host response with novel nano-proresolving medicines. J Immunol. 2014 Oct 15;193(8):4235-44.
Goronzy JJ, et al. Understanding immunosenescence to improve responses to vaccines. Nat Immunol. 2013 May;14(5):428-36.
Nishimura S, et al. In vivo imaging in mice reveals local cell dynamics and inflammation in obese adipose tissue. J Clin Invest. 2008 Feb;118(2):710-21.
Hida T, et al. Sarcopenia and physical function are associated with inflammation and arteriosclerosis in community-dwelling people: The Yakumo study. Mod Rheumatol. 2017 Jul 25:1-6.
Granic A, et al. Grip strength and inflammatory biomarker profiles in very old adults. Age Ageing. 2017 May 25:1-6.
Xia Z, et al. Targeting Inflammation and Downstream Protein Metabolism in Sarcopenia: A Brief Up-Dated Description of Concurrent Exercise and Leucine-Based Multimodal Intervention. Front Physiol. 2017 Jun 22;8:434.
Glass DJ, et al. Skeletal muscle hypertrophy and atrophy signaling pathways. Int J Biochem Cell Biol. 2005 Oct;37(10):1974-84.
Dickinson JM, et al. Exercise and nutrition to target protein synthesis impairments in aging skeletal muscle. Exerc Sport Sci Rev. 2013 Oct;41(4):216-23.
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Xia Z, et al. Hypertrophy-Promoting Effects of Leucine Supplementation and Moderate Intensity Aerobic Exercise in Pre-Senescent Mice. Nutrients. 2016 May 2;8(5).
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Bramble DM, et al. Endurance running and the evolution of Homo. Nature. 2004 Nov 18;432(7015):345-52.