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第205話 トパースの訪問
ココリ街まで残り約3日という地点まで、オレ達は戻ってくることが出来た。
馬車はオレ達が乗る1台と物資を積んでいる1台の計2台だ。
エルルマ街を脱出したオレ達の馬車は、途中で物資を積んだ馬車と合流。以後、警戒しているが、ココノを襲った黒ずくめの男達――金クラスの軍団、処刑人のメンバー達が襲ってくる気配はなかった。
そういえばココノといえば……
「たしかココノってまだ僕のことを『ガンスミス様』って呼んでるよな。いい加減、他人行儀っぽいから名前で呼んでくれないか」
「ふぇ!? お、お名前ですか」
声をかけるとココノは明らかに動揺する。
「いや、もちろんココノが名前で呼ぶのが嫌なら別に今のままでもいいけど」
「嫌じゃありません! わ、わたしも名前で呼びたいです!」
そんな力強く断言せんでも……。
「それじゃ折角だし、呼んでみてくれないか?」
「で、では失礼します……り、リュートしゃま!」
あっ、噛んだ。
ココノも噛んだことに気付いて、顔を真っ赤に染め縮こまってしまう。
何この可愛い生き物!
気を取り直して、彼女はオレの名前を呼ぶ。
「り、リュート様」
「おう、ココノ」
「リュート様」
「ココノ」
いつのまにか互いの名前を呼び合う。
オレとココノの間に二人の世界が広がる。
そんな二人の世界にメイヤが突然、割って入ってきた。
「リュート様!」
「どうしたメイヤ? まさか処刑人の追撃者が来たのか!?」
「いえ、そういう訳ではないのですが……と、兎に角! リュート様!」
「? うん、だからどうしたんだ、いったい」
オレは本気で分からず首を捻る。
そんな態度が気に喰わなかったのか、メイヤが拗ねてしまう。
「ふんですわ。どうせわたくしなんて……」
馬車の隅で膝を抱え、床板の木目をなぞり始める。
いったい彼女は何がやりたかったのだ?
そんなやりとりをしていると、クリスがオレの袖を引っ張ってくる。その表情は嬉しそうに輝いていた。
『前方、お姉ちゃん達が来ました!』
この中で一番目がいいクリスが、スノー達が馬に乗って駆けつけてくる姿に最初に気付く。
ラヤラに頼んで、先行でココリ街に救援を求めていた。
ココリ街まで約3日の距離。
ラヤラが辿り着き、スノー達が駆けつけてくる時間を考えれば妥当だ。
「リュートくん、みんな!」
馬車を一旦止めてスノー達の到着を待つ。
救援に来たのはスノー、リース、シアだ。
スノーは1人で、リースはシアが操る角馬に乗り駆けつけて来てくれた。
馬車と人数を引き連れては、移動速度が落ちてしまう。
また新・純潔乙女騎士団本部やココリ街の守護もあるため、事前にラヤラにこの3人を救援に出して欲しいと頼んでおいたのだ。
スノー達が来てくれたら、もう安心だ。
処刑人が100人だろうが、1000人来ようが怖くない。
むしろ馬鹿正直に集まり襲撃をかけてきたら、リースの『無限収納』から汎用機関銃のPKMや自動擲弾発射器、パンツァーファウストなどの乱れ撃ちで殲滅してやるのに。
とりあえず無事、スノー達と合流することが出来た。
オレ達はすぐには移動せず、スノー達が乗ってきた角馬を休ませるため一旦休憩を取る。
街道の脇に移動し、角馬に水と塩、エサを与える。
その間にリースは2台目の馬車に積んでいた物資を『無限収納』にしまう。さらに皆が希望する武器・弾薬、足りなくなってきた物資を取り出す。
今回改めてリースの『無限収納』の便利さを実感した。
足りなくなってきた物資の一部――香茶や甘いお菓子を食べながら、合流したスノー達に現状を聞かせる。
天神教でおこなわれていた、巫女や巫女見習い達の無自覚なハニートラップ。
トパースの裏切り。
ココノが、金クラスの軍団・処刑人のメンバーに断ればオレ達を殺すと脅され、無理矢理自殺に見せかけて殺されかけたこと。
一通り話を聞くとスノー、リース、シアが憤る。
クリスも改めて話を聞き腹を立てていた。
「ココノちゃんをそんな酷い目に合わせるなんて! 天神教も、処刑人も絶対に許せないよ!」
『スノーお姉ちゃんの言うとおりです!』
「さらに腹立たしいのは、人質を取るようなマネをしてココノさんを苦しめたことです。軍団の風上にも置けません!」
「リースお嬢様の仰る通りかと。さらに業腹なのは、我々PEACEMAKERメンバーを皆殺しにすると仰った点です。婦女子をいたぶるしか能のない下種共の分際で、我々を見下すような発言をするとは決して看過出来るものではありません」
魔術師Aマイナス級で早撃ち技術ならオレより上のスノー。
長距離射撃技術なら、全メンバー中断然トップのクリス。
さらに『無限収納』を持ち、手榴弾から対戦車地雷、戦闘用ショットガンなどPEACEMAKERの武器・弾薬なら全て所持している圧倒的火力を誇るリース。さらにいつも彼女に付き従う護衛メイドのシア。
処刑人は、そんな彼女達を本気で怒らせたのだ。
敵ながら思わず同情してしまう。
「気持ちは分かる。でもココノの安全を考えて、兎に角今は本部へ戻ろう」
処刑人の奴等が1000人来ようが倒す自信はあるが、と最後に付け足す。
この提案に皆が同意してくれる。
そしてオレ達は、再び馬車へ乗り込み新・純潔乙女騎士団本部を目指して走り出した。
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新・純潔乙女騎士団の本部に戻って――団員達に、状況を伏せてオレ達を狙っているかもしれない敵がいる、念のため皆も身辺には注意するように、と告げた。
しかし、それから約1ヶ月経っても、天神教や処刑人達は何のアクションもおこしてはこなかった。
さらに1ヶ月後――ようやく天神教支部のトパースが新・純潔乙女騎士団本部にオレを尋ねてきた。
オレは門前払いせずシアに指示を出し、彼を初めて顔を合わせた時のように応接間に通す。
シアはオレ達の前に香茶を配り終えると、部屋の隅に移動した。
オレの護衛のため、出てはいかないらしい。
「本日はお忙しい中、お時間を頂きまして誠にありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず。むしろ、何時いらっしゃるのか首を長くしてまってましたよ。どんな愉快な言い訳が聞けるのが楽しみで」
「……色々上と話をしなければいけないことがありまして。お待たせしたようで申し訳ない」
オレの嫌味にトパースは苦い表情を浮かべたが、すぐに消して下手に出る。
「それで本日はどのようなご用件で?」
「……できればガンスミス卿とお2人でお話をしたいのですが」
トパースはシアを一瞥すると、要望してくる。
「彼女は全てを知っているのでお気になさらず。また口外するほど口は軽くありませんので」
「……ガンスミス卿のお言葉を信用しましょう」
迷った後、『信用』などと口にする。
別にトパースに信用などしてもらいたくもないが。
トパースが切り出す。
「実は天神様のお告げに間違いがありまして、ココノを嫁がせる話はなかったことに。なのでPEACEMAKERに身を寄せている彼女を引き取りたいのですが」
「そしてまた自殺にみせかけて殺すつもりですか?」
部屋に重い沈黙が漂う。
最初にトパースが口を開く。
その眼光は裏社会の人間のように鋭くなる。
「大人しくココノを引き渡していただき、全てを忘れて、黙ってさえいてくれればPEACEMAKERには決して手を出しません。天神様の名に誓いお約束しましょう。もちろんタダで渡せとは申しません。望む金額は積みますし、今後天神教から支援もお約束いたします。ガンスミス卿が望むなら他に巫女を嫁がせましょう。お好みの女性を仰ってください。私達の下には多種多様な種族、年齢、女性がいます。きっとガンスミス卿に納得いただける女性が――ッ」
さすがに相手の言い分が聞くに堪えないレベルのため、睨み付けて黙らせる。
先程まで裏社会の人間のように鋭かったトパースの瞳が、狼狽える。
こっちは裏社会どころか巨人族やツインドラゴンとだって戦い生き残ってきたのだ。そんな魔物達に比べれは、トパースの睨みなどおままごと以下でしかない。
逆に眼光で黙らせるぐらい訳ない。
しかし、彼は狼狽えながらも弱気にはまったくなっていない。
自身の背後にいるのはこの異世界の宗教である天神教だ。一介の軍団など恐れるに足りないのだろう。
彼は額に汗を掻きながらも、醜く微笑み脅しの言葉をかけてくる。
「よろしいのですか? 天神教はあらゆる場所に権力の根を生やしています。そんな我々を本気で敵に回すつもりですかな?」
懐柔が無理だと分かると脅しに切り替えてくる。
前世、B級映画の悪役的な態度に逆に笑えてくるぐらいだ。
しかし、トパースの言葉は本当なのだろう。
天神教はこの異世界の宗教の頂点。また今回のように巫女や巫女見習いを嫁がせ、権力者達との関係を深めてきた。
彼らに楯突くと言うことはそれらを敵に回すということだ。
オレが黙り込むと、トパースは脅しが利いていると畳みかけてくる。
「上層部は、今回の一件について世界を代表する暗殺集団処刑人に仕事を依頼しております。余計なことを知った者達を殺せ――と。ココノはただの巫女見習い。一時の感情で自分の部下達を危険にさらすのは、組織を束ねる長の判断として如何なものかと思いますよ? それに今回の一件はあくまで内部の問題。お話を持ち込んだのは我々ですが、ガンスミス卿は部外者です。これ以上、身内事に首を突っ込むのは止めて頂きたい」
確かに現状、世間的にはオレが無理矢理、天神教所属のココノを一方的に攫ったことになる。
また彼女を渡さなければ天神教だけではなく、この異世界で最強の暗殺者集団を敵に回すことになる。
彼の言い分通り、たった1人のため軍団の皆を危険にさらすのは是だろうか?
だったらココノを彼らに引き渡すのか?
ココノは恐らく何も言わず、笑顔で引き渡されるだろう。
オレ達を守るために死ねるなら構わないと。実際に彼女は一度、オレ達を楯に脅され自殺しようとした。
転生する前、前世の地球での出来事を思い出す。
オレはまた友人を――あの時田中を見捨てたように、ココノを見捨てるのか?
相手が天神教、異世界の大陸最強の暗殺集団処刑人が敵に回るからと言って、彼女を見捨てるのか?
答えは否だ!
もしここでココノを見捨てるのなら、自分は今まで何のために努力して、冒険者レベルを上げ、PEACEMAKERを立ち上げたのか。
全ては今回のように――弱者が強者から一方的に虐げられるときに、自分達が彼女達を守るためだ。
『困っている人、救いを求める人を助ける』。それがPEACEMAKERの理念だ。
自分が今、その理念をねじ曲げたら、この異世界での目的を見失ってしまう。
生きたまま死ぬようなモノだ。故に、オレは強い口調で断言する。
「何を仰っているのですか? ココノは天神様のお告げで僕に嫁いできたんですよ」
「ですから、あれは間違いだったと……」
「間違いだろうがなんだろうが、ココノとオレは好きあって結婚したんだ。今更引き裂かれるいわれはない」
トパースの台詞を遮り断言する。
ココノをオレの嫁と断言すれば、世間も無理矢理連れて来たとは思うまい。現に彼女は彼女自身の意志でオレの元へ来たのだから。
オレは、相手の『有力な権力者に巫女や巫女見習いを送る』というシステムを逆手に取る。
「オレの大切な嫁や団員達に手を出そうっていうなら、天神教だろうが処刑人だろうが容赦しない。毛ほどでも傷でも付てみろ……関係者全員、天神の元へ送り届けてやるぞ」
「ひぃ!」
自分でも想像以上に怒りを伴った低い声が、殺気と共にトパースへと向けられる。
彼はあまりの恐怖に顔色は青を通り越し、白くなって悲鳴を上げる。
初老男性のそんな情けない姿を前にして、逆に気持ちがなえてしまった。
「シア、お客様がお帰りになるそうだ。玄関までお送りしろ」
「畏まりました」
シアは先立って移動し、扉を音もなく開く。
待機していたのか、シアのメイド部隊が部屋に入り、壁の隅に陣取る。
それだけでも結構な威圧感がある。
トパースはオレが眼光を弛めたせいか、慌てて立ち上がり虚勢を張って怒鳴るように叫ぶ。
「ガンスミス卿は本当に天神教を敵に回すつもりですか! 今ならまだ先程の脅しの撤回はできます!」
「シア」
「はっ!」
気付けばいつのまにか彼女の手にMP5が、壁際のメイド達もスカートの下から『H&K USP(9ミリ・モデル)』などを取り出し握り締める。
皆、シアの動きに合わせて『ガチャリ』とコッキングハンドルやスライドを引く。
壁際で可愛らしいリアル人形のように控えていたメイド達から、オレ以上に濃厚な殺意がトパースに向けられる。
見た目は古風なメイド服の少女達だが、シアの訓練でPEACEMAKERでも上位を占める練度を誇っている。
恐らく室内の集団戦では、最も強いだろう。
オレ、スノー、クリス、リースでもそう簡単には勝てない。
そんな彼女達に睨まれているのだ。
今、トパースの金玉は無くなりそうな勢いで縮み上がっているだろうな。
オレは手を挙げ、彼女達に殺気を押さえるよう指示を出す。
すぐに彼女達はいつも通りの静かなメイドに戻る。
「それではまた一昨日来てください。シア、お連れしろ」
「こ、後悔しても知りませんからね!」
トパースはメイド達の殺気が収まると、慌てて廊下を抜けて玄関から外へと飛び出す。
まるで獰猛な肉食獣に追われているネズミのようだった。
オレはソファーへと背中を預ける。
「…………」
メイド達が室内で次の指示を待つ。
「……全メンバーを集めろ。戦争の準備だ」
「かしこまりました、若様」
シアが一礼して部屋を出る。
続いてメイド達も後へと続いた。
こうしてPEACEMAKERvs処刑人の戦争の火蓋が切られる。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、10月2日、21時更新予定です!
活動報告を書きました! よかったらご確認してください!
また近日中に軍オタ1巻の表紙を活動報告にアップしたいと思います。
そちらもどうぞよろしくお願いします。
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