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第204話 クリスとココノの涙
「うん?」
力なくぶら下がっているココノを囲む男達の部屋に、缶が投げ込まれる。
放り込まれたのは特殊音響閃光弾だ。
瞬間的に175デシベルの大音量と240万カンデラの閃光が寝室を満たす。
『あぁぁぁああぁッ!!!』
ココノを囲んでいた男達が顔を押さえて蹲る。
オレは部屋に突入すると、蹲る男達に7.62mm×ロシアンショートをたたき込み沈黙させる。
本来ならMP5SDを使う場面だが、リースがいなかったため馬車移動で荷物になると思い置いてきてしまった。
オレは一緒に突入したクリス部隊の一人に指示を出す。
「プランBに作戦変更するよう指示を出せ! 以後は周辺警戒に移行しろ!」
「了解!」
彼女は寝室の鎧戸を開け、ポケットから取り出した筒のスイッチを入れる。先端部分が光る。魔石で作った懐中電灯だ。
彼女はモールス信号で、オレ達の援護に着いているクリス達へ作戦変更を伝え始めた。
オレはその間にナイフを取り出し、縄を切りココノを優しく床へと寝かせる。
脈を取る。
彼女の心肺は停止しているため、すぐに人工呼吸と心臓マッサージをおこなう。
「落ち着け、教練で教えた通りにすればいいんだ」
オレは気持ちを落ち着かせ、過去、訓練で少女達に教えた手順で人工呼吸と心臓マッサージをおこなう。
そのお陰で――
「げほッ! ごほぉ! ごほ!」
彼女は息を吹き返し、何度も吐き出すようにむせる。
ココノは涙目で、涎を流しながら状況を確認しようとする。
「こ、ここは天神様の元?」
「違うよ、まだここは此岸だよ」
「リュー……ガンスミス様!? どうしてここに! げほッ、ごほ……ッ」
「詳しい話は後だ。ここから脱出するから掴まってくれ。……先頭は任せる」
「了解しました、団長」
ココノの了承を得る前に彼女を抱き上げ、部下に指示を出す。
そして一緒に突入した少女がAK47を前に出しながら、来た道を戻り建物から出る。
オレ達が裏側に出ると、丁度いいタイミングで馬車がかけこんでくる。
馬車の荷台にはすでにクリス達が乗っていた。
「出してくれ!」
オレは皆の搭乗を確認すると、声をかける。
クリス部隊の少女が角馬に鞭を入れて、馬車を急発進させる。
夜の高級住宅街を駆け抜ける。
しかし敵もそう易々とは逃がしてくれない。
部屋に居た男達と同じ黒ずくめが、角馬に跨り追撃をしかけてくる。
「……ッ!」
敵が馬上から片手を突き出し、攻撃魔術を使う仕草をする。
本来なら、逃げ切るのは不可能。こちらの馬車が敵の攻撃魔術によって破壊されるのがオチだろう。
しかしこちらにはクリスが居る。
彼女は珍しく眉間に皺を刻んでいた。
ココノに手を出した黒ずくめ達に腹を立てているのだ。
彼女は体格に合わないSVD(ドラグノフ狙撃銃)を構える。
なのにその姿は堂に入っていた。
石畳をしかれているとはいえ、勢いよく走らせているため振動は激しい。
SVD(ドラグノフ狙撃銃)の銃口が小刻みに上下する。
だが――クリスにとってはそんなこと何の障害にもならない。
ダァァーン! ダァァーン! ダァァーン!
まるで的当てゲームのように次々黒ずくめ達を狙撃していく。
敵はシールドを展開するが、セミオートマチックの利点を生かし同じ箇所に連続でヒット。貫通させ落馬させる。
黒ずくめ達もさすがに分が悪いと悟ったのか、追撃を諦め転進。
オレ達はその間に、高級住宅街を抜けエルルマ街を飛び出した。
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とりあえず追撃を回避したオレ達は、周辺に注意しながらココリ街へと向かう街道を夜にもかかわらずひた走っていた。
本来、夜は見通しが悪く、街道とはいえ魔物に不意を突かれて襲われる危険がある。そのため馬車を止め歩哨を立て、野営するのが基本だ。しかし、まだココノを襲撃した黒ずくめ達が仲間を大量に連れて、後を追って来ているかもしれない。
足を止めるのは危険だが、落ち着いて話をする余裕ぐらいはある。
「メイヤはココノの傷を魔術で治癒してやってくれ、ラヤラは馬車の上に乗って周辺を警戒。もし何か発見したらすぐに知らせてくれ」
「フヒ、りょ、了解」
「了解ですわ、ココノさん傷を見せてくださいまし」
オレの指示にラヤラは未だ走る馬車から飛び降りるが、落下せず背中の羽を広げて馬車の上へと器用に下りる。
メイヤはココノの傷、見える限りでは首と指を魔術で治癒する。
メイヤを連れてくるつもりは最初はなかったが、今は彼女が側に居てくれてよかった。
こうして魔術でココノを治癒することが出来るのだから。
一通り治癒を終えると、ココノに魔術液体金属で作った水筒を渡す。
彼女は中に入っている水を飲み、喉を潤した。
ようやく気持ちを落ち着かせると、彼女は切り出す。
「助けてくださってありがとうございました。で、でもどうして皆様がこちらにいるのですか? トパース司祭様からココリ街にお帰りになったと聞いたのですが……」
「これから話すことはココノにとって色々、ショックなことが多いかも知れないが……それでも聞くか?」
「……お願いします」
僅かな逡巡の後、ココノが返事をする。
オレは馬車の荷台に残ったクリス、メイヤの順番に目配せしてから話を切り出した。
「なぜ、オレ達がエルルマ街に残っていたかと言うと。約十数日前――」
ココノが天神教支部へ一人帰宅したことを告げに戻った後。オレ達はのんびりと宿で休息していた。
午後になって、天神教支部の使いの者が宿を訪れて来た。
使いの案内で天神教支部に行き、トパース達から歓待を受けた。
……だが、ココノの姿はなかった。
トパース曰く、旅の疲れが出たのか体調不良で寝こんだらしい。
見舞いを申し出るが、あっさりと断られた。
この時点でオレは強烈な違和感を覚えた。あれほどオレとココノを夫婦にしようとしていたトパースが見舞いを断るなんて。しかも歓待中、ココノを妻にして欲しいと一言もいわず、むしろ話に触れないようにしていた。
この時点で何かあると思うのは必然だ。
そして、その日は天神教支部で泊まることを勧められたが、オレは辞退した。
「宿に荷物などがあるので、一度戻らないと」と。
宿に戻ったら、メンバーを集めて緊急会議。
ココノの様子がある日を境におかしくなったのと、トパースの態度急変に何かあると確信したことを告げ、当分の間、彼らと天神教支部を監視することを伝える。
運良く、今回旅に同行しているのはクリス部隊だ。
狙撃手に求められる技能として敵を仕留める射撃技術はもちろんとして、敵や犯人が立て籠もっている建物などを監視する技術も求められる。
今回は長期の監視になるので、クリス部隊の練習にも最適だ。
オレ達は監視するローテーションを組み、早速行動に移す。
暗い夜のうちから天神教支部の監視を始めた。
そのお陰で翌日の昼頃、不自然に周囲を気にする一台の馬車が支部から出てきたのを察知。その後をつけると高級住宅街へと向かい、ある建物へと入っていき――そして、旅の疲れから自室で寝こんでいる筈のココノが、その馬車から出て来て建物内に入る姿を確認。
この報告を聞いて何かあると確信した。
オレ達は一旦、ココリ街に戻る振りをして再びエルルマ街へと戻り監視を続行。
特にココノが居る建物とトパースを中心に監視を続けた。
後日、トパースが片道2日ぐらいの町へ向かう。所用で出かけたらしいと、天神教支部に出入りしていた信者らしき人から確認した。
その途中の街道で、背格好や荷物はエルルマ街へ向かう商人の一団だが、目つきや動作がいかにも妖しい一団とトパースが接触。
彼らは野営で火を焚き、会話を始める。
トパースと代表者2人が話をする間は、他男達は周辺を警戒していた。武器の類を持っていないにも関わらず物腰が落ちついていることから、手練れの魔術師の可能性が高かった。
翌日、トパースは町へ、男達はエルルマ街へとそれぞれ移動を始める。
ちなみにどうしてオレ達が、トパース&男達との詳細を知ることができたかというと――その種明かしはまた後日ということで。
話を戻す。
オレは報告を聞いて、町へ向かったトパースは一旦保留して、商人達の監視に切り替える。
結果はビンゴ。
男達は町にはいると、昼間の内にココノがいる建物の周辺を調査。
夜にも同様に周辺をチェックしていた。
昼と夜の違いを確かめていたのだろう。
そして数日後、男達が散らばり、配置につく。
ココノがいる建物に二人組の男が向かったという報告を聞いて、オレ達も行動を開始する。
相手の男達に気付かれないように、監視ポイントを縫いながらマンションへと接近。様子を窺うため、寝室を除くと――ココノが首を吊り、二人組の男が脈を測って頷きあっていた。
後は先程の流れになる。
危険に陥っていた場合、助けようとは考えていたが……まさかいきなり男達がココノを殺害するとは思わなかった。
『プランA』は監視、場合によってはココノの救出。
だったが、『プランB』の敵勢力の強制排除&ココノを連れてココリ街への帰還に切り替わった。
オレの長い話を聞き終えると、ココノは暗闇でも分かるほど青い顔をする。
「そ、そんな……トパース司祭様が、わたしを消すため殺し屋を雇うなんて……」
「あの司祭がココノを殺し屋まで雇って消そうとするなんて、ただ事じゃないぞ。いったい何があったのか教えてくれないか?」
オレの言葉に、瞼を伏せるココノ。
逡巡の後、その小さな唇を開く。
「……分かりました。全てお話しします」
そして今度はココノが話し出す。
天神教上層部が、巫女や見習い達を無自覚のハニートラップ要員としていること。
ココノもその一人。
体調を崩した日にその証拠となる手紙と本が届いた。
トパースに話をしたら、自身が調査すると宣言。
ココノは安全のために彼が用意したマンションで待機させられていた。
彼女を狙った黒ずくめの男達は、処刑人。
オレ達を皆殺しにすると脅されて遺書を書き、ココノは自ら首をくくったらしい。
一通り話を聞き終え、オレが怒りで声を出すより早く――
「ば、かぁ!」
「く、クリス様!?」
クリスがココノを怒る。
ミニ黒板ではなく、白い喉から声を出す。
彼女は真珠のような涙をぽろぽろ零し、両手でココノをポカポカ叩く。
「ばかぁ! ばっ、か! ば――」
「く、クリス様、あの、その……」
クリスはココノをギュッと抱き締め、涙を流し泣き続ける。
ココノはどう対処していいか分からずおろおろしていた。
オレに助けを求めるように視線を向けてくるが、救いの手を伸ばすつもりはない。オレだって彼女には怒っているのだ。
「クリスの言う通りココノは馬鹿だ。どうしてすぐに僕達へ相談してくれなかったんだ」
「で、ですがこれは天神教の問題です。皆様を巻き込むわけにはいきません。それに――」
彼女は何も言えず黙り込んでしまう。
代わりにオレが彼女の言葉を引き継ぐ。
「『それに内容を知って、怒ると思った』からか? ココノを怒るわけないだろう。ココノだって知らなかったんだ。むしろ騙された被害者じゃないか」
オレは彼女の目を真剣な表情で見詰める。
「PEACEMAKERの理念は『困っている人、救いを求める人を助ける』だ。……それに、それ以前に付き合いは短いけど、僕達は一緒に暮らした仲じゃないか。ココノが悩みを抱えていたら、力になりたいと思うのは当然だろ?」
「ガンスミス様……わたしは、わたしは……うぐぅ、っぅ――」
ココノはオレのセリフに大粒の涙を流し始める。
泣き止んだクリスも再び涙を零す。
そして少女二人は抱き合い、しばらくのあいだ互いに泣き続けた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明明後日、9月29日、21時更新予定です!
ご報告があります。
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まだ少し、発売日までに時間がありますが、1巻が売れないと打ち切りになって大変なことになったりするらしいので、皆様是非是非よろしくお願いします……!
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