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第三十九話 プリネの解呪
どうも警告を受けそうだったので、R-18な表現を少し削除しました。たいして変わりませんが、R-18版に全文が載っています。http://novel18.syosetu.com/n1345ee/ お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。すでに他の作品で警告を受けており、後がないためです。ご理解いただけますと幸いです。
薬が処方されるのを待っていると、
「ああ~! ママー、ママ~! ボクもう我慢できないよ~~!」
「あらあらロドリゴちゃんったら、甘えん坊なのね。よしよし、ママがいま楽にしてあげますからね。はい、あーんして?」
「ママ~!」
という、めちゃくちゃ声の太い男性の嬌声と、マーマレード先生のあやす声が聞こえた。中で一体なにが行われているんだ……。あのおじさん冒険者、確か「歯痛」がどうとかって言ってたけど……。
世界の業の深さを垣間見ながら僕が薬を貰うと、プリネも紙袋を持っていた。同じように薬を貰ったのだろう。
「じゃ、帰るか」
「うん」
診療所を出る。
月はさっきより少しだけ傾いて、夜空に輝いていた。
ギルド街は、僕の実家の近くと違って街灯もしっかり点いている。夜の闇はだいぶ削られている。
ぎゅ、と。
唐突にプリネが僕の手を握った。
右手だった。
右手で紙袋を持っていた僕は、左手を伸ばして紙袋を掴み、持ち替えると、右手でプリネの手を握り返した。
ちら、と顔を見る。
ただでさえ小さいのに、さらに俯いていて、彼女の表情は伺えない。
ただ、雰囲気が、話しかけないで欲しい、と言っていた。
長い付き合いだから何となくわかる。
「………………」
仕方ないので月を見上げた。
満月は、ただただそこにあった。
月が綺麗ですね、とは、思ったけれど、言えなかった。
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困った。
部屋の前に着いても、プリネが手を離さない。
黙ったまま僕の手を握っている。
「…………」
「…………」
「あのー。プリネさん?」
「…………」
初日の夜を思い出した。
「ひょっとして、一緒に寝たいとか?」
僕が尋ねると、プリネは僕の方にやや身体を傾けて、
こくり、
と頷いた。
部屋に入って扉と鍵を締める。
テーブルに薬の入った紙袋を置くと、
「あの……ラーくん」
振り返って、驚く。プリネが泣きそうな顔をしていた。
「ど、どうした?」
「あの、あのね」
と、紙袋を渡してきた。
「中のお薬……」
言われた通りに中から薬を取り出す。小さなビンだった。中身はとろりとした液体だ。塗り薬だろうか。
「そのお薬を、塗って欲しいの」
泣きそうで、それでいて決意を込めた表情だった。
「私の身体に……。私の、全身に……」
言うが遅いが。
プリネはおもむろに、服を脱ぎ始めた。
「お、おい……」
あまりの事態に止めることすらできず、僕はただ彼女が下着だけになるのを見守るのみ。
「――ラーくん」
ひた、とプリネが近付いてきた。
恥ずかしさの奥に、悲しそうな色を秘めた瞳。
窓から差し込む月光がプリネの身体を照らして――
「――え」
思わず僕は声を出してしまった。
このことを――声に出してしまったことを、僕はしばらく後悔することになる。
プリネが、怯えるように身をよじり、両手で身体を隠した。胸ではない。お腹や肩、太ももだ。
肌を見られたのが恥ずかしいから、ではない。
その肌に刻まれた『それ』を見られるのが、この上なく辛いのだと、その行為で僕は悟った。
「見ないで、そんなに……」
悲痛な声で告げるプリネ。
プリネの真っ白い肌に、黒い蛇のような紋様が刻まれていた。
一本一本は細い。しかし夥しい数の蛇だった。まるで黒のインクを付けた筆でプリネの身体に線を描いたように、あちこちに走っていた。
筆――否、それは指だ。
その蛇が、四本の線が並行して描かれていることに僕は気付き、あとは簡単だった。
これは、この痕は、あの悪魔がプリネに触れた際に付けた紋様だ。
――あっの野郎……!!
自分でも驚くほど頭に血が上った。プリネの身体がこんなことになると知っていたら、あのときあんなに簡単に殺してやらなかった。四肢を落として羽をもいで爪を一本ずつ剥がして苦痛の声を上げさせながら少しづつじっくり時間をかけて命をすり潰してやったものを……!
「……ラーくん。そんな顔、しないで」
ハッとする。
プリネが傷付いたように僕を見ていた。
「……ごめん」
頭を下げた。
床を見る。プリネの裸足の親指が、ぎゅっと丸まっていた。
顔を上げた。プリネの肩に手を置いて、僕は尋ねる。
「その傷、痛むのか? 苦しくないか? 呪いか何かなんだろうな。今すぐ診療所に行ってママ先生に――」
「ううん」
と、彼女は首を横に振る。
「痛くないよ。苦しくもない。ちょっと、…………悲しいだけ」
そりゃそうだ。悪魔に撫でられた場所が呪われたように腫れあがっているのだから。身体を汚されたのだから。
「ママ先生にはさっき、診てもらったの。大丈夫だって言ってた。そんなに強い呪いじゃない。あの悪魔が言ってたような、私の心を縛ったり、私を操ったりするものじゃないって」
「そうか……」
ホッと安心する僕。
プリネが続ける。
「ただ強力な悪魔に触れられると、女は特にこういう穢れが起きやすいんだって」
「穢れ……」
「私は、あの悪魔の目に留まっちゃったから……」
す、とプリネがうつむく。
「ママ先生がね、私はきっとこれからも、ああいう悪魔に狙われやすいだろうって。私の肉体と魔力は、悪魔が好みやすいんだって……。そ、その、眷属とか、子供とかを産ませるために……」
「僕が守る」
つい口走って、慌てて付け足した。
「その、今回は痣がついちゃったけど、そのことは本当に申し訳ないって思うけど、次は絶対に守る」
プリネが僕を見上げて、微笑んだ。
その瞳から涙が落ちた。
「ありがとう、ラーくん」
こんな時なのに、不覚にもどきっとした。
無性に抱き締めたくなるのを必死でこらえる。そういう場面じゃない。自重しろ。
プリネが僕を見た。
「お願いがあるの」
うん、と頷いた。
「何だってやってやる」
嬉しそうにプリネが微笑み、僕の手の中にあるビンに触れた。
「ママ先生から貰った塗り薬――解呪効果のある『聖木の樹液』を、私に塗って欲しいの」
「わかった」
頷いた。
頷いてから、ん? と思う。
確認しよう。
「……ええと、僕がお前に塗るんだな?」
「うん」
「それはその、お前の肌に塗るんだな?」
「うん。嫌……だよね。そうだよね。こんな汚いの、触りたくないよね……」
「嫌じゃない嫌じゃないぜんっぜん嫌じゃないぞー!」
泣きそうになるプリネを全力で押しとどめる僕。
「ただその、いいのか? 僕の手で、その、身体に触られても……?」
ゆっくりと、プリネは微笑んだ。
「本当はね、ママ先生が塗ってくれるはずだったの。でも先生、やっぱり辞めたって言って」
「……なんで?」
「こういうのは、ご家族とか、大切なひとに塗って貰った方が解呪効果があるって……」
だからね、とプリネ。
「ラーくんに、塗って欲しいの。ラーくんは、私のその……」
「そうだな」
僕は頷く。
家族だもんな。
血は繋がっていないけど、僕はお前のこと、メアリーと同じように、大切な妹だと思ってるよ。
「うん」
淡く微笑んで、プリネが自分の背中に手を回す。
背中で結んでいた紐をほどき、ブラジャーがぱさり、と床に落ちた。
プリネが恥ずかしそうに、この世の愛をすべて詰め込んだかのように豊かに育った胸を隠しつつ、僕にねだった。懇願した。
「ラーくん、私の身体、触って……」
息が止まる。
心臓がばっくんばっくん跳ね上がる。
血が全身を駆け巡り、頭が沸騰しそうなほど熱くなる。
喉が勝手にごくり、と鳴った。
「わかった」
ぎりぎりで理性を保ちつつ、僕はプリネをベッドに寝かせる。
僕の枕に頭を預けたプリネが、
「あ……ラーくんのにおい……いいにおい……すき……」
と微笑む。
「――……っ!」
今すぐ抱きしめたい衝動を全力で押さえ込み、震える手でビンの蓋を開ける。回った蓋を取り落としてからんからんと床を転がっていった。
ビンを傾けて、とろっとろの液体を手の上に出した。少し冷たい。ネバネバするそれを指に絡ませ、プリネを見た。
「触るぞ、プリネ」
プリネは、期待のこもった表情で、僕を見ていた。
「うん。来て……ラーくん」
まずはお腹――可愛いへそ周りに刻まれた蛇を消そうと、僕はプリネの腹部に触れた。
びくびくっと身体を跳ねさせるプリネ。慌てる僕。
「ど、どうした? 痛いのか? 大丈夫か?」
プリネは笑って、
「平気。ちょっと……冷たくて」
なるほど。
「僕の手で馴染ませた方が暖かいかもな。それでもいいか?」
「……うん。そうして。そのほうがいい。ラーくんのが馴染んだ方が、いい」
「わかった」
液体を手で十分に暖めてから、僕はプリネの身体に塗っていった。
そのたびにプリネが、くすぐったいのか何なのか、とにかく喘ぎ声を上げるので、僕は理性を保つのに苦労する。
まだ、誰も触れたことのない肌。
悪魔が触れたのは、魔道士の装備の上からだ。神の加護がかかったドレスの上からでは、さぞや手の平にびりびりと刺さるような刺激が走って痛かったろう。馬鹿め。
この柔肌には、僕が一番最初に触れるのだ。
プリネが嬌声を上げる。嬉しそうに、また幸せそうに聞こえるのは、きっと僕の気のせいだろう。
これは解呪行為なのだ。
僕の紳士性は試され続けている。
少女の声が、ギルド街の安い宿に響き渡る。
ゆっくりと、プリネの身体から蛇が消えていった。解呪効果が出てきたのだ。
それからしばらく。
プリネは、はぁ、はぁ、と息を整えていた。白く綺麗な肌から黒い蛇が消え、完全に呪いが解けたことを証明していた。
「はぁ、はぁ、ラーくん……」
「良かったな、プリネ」
「うん……。とっても、良かった……。ありがとう、ラーくん」
頬を桜色に染めたプリネが幸せそうに微笑む。
良かった、と僕は思う。
やっと、プリネが笑ってくれた。
それからプリネは身体を拭いて、服を着ると、
「シーツ汚しちゃったから、今日はこっちで一緒に寝ない……?」
と僕に聞いてきた。
それもそうだな、と頷いて、いま僕はプリネの匂いがするベッドで、プリネにぎゅうっとされながら横になっている。
どきどきしながら、必死に衝動を抑えている。
お腹のしたあたりをむかむかさせながら、「ラーくん……すきぃ……」というプリネのやけにはっきりした寝言と甘い吐息と腕に押し当てられた胸の柔らかさに頑張って抗っている。
妹に手を出すわけにはいかないのである。
手の平に生々しく残っている柔肌の感触を思い出さないようにしながら、あーあ、と僕は諦める。
今日もまた、別の意味で眠れないんだろうな。
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