NNNドキュメント「4400人が暮らした町~吉川晃司の原点・ヒロシマ平和公園」
2017年8月6日(日) 24時55分~25時50分 の放送内容
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最終更新日:2017年8月2日(水) 13時30分
番組詳細説明(内容)
【見どころ】
広島市の平和公園は、かつて4400人が暮らし多くの民家がひしめき合う中島地区と呼ばれた町だった。ここにあった旅館をルーツに持つ被爆2世の吉川晃司さんが、失われた町の記憶を求め平和公園のいまと過去をたどる。当時の住民が語る町の姿とは?発掘調査で露わになった黒い地層、出土した生活遺品は我々に何を訴えるのか?そこから見えてくる原爆の破壊とは?原爆で一瞬にして町と人々の声が失われた事実を今、改めて訴える。
【内容】
広島市中区、原爆資料館のある平和公園は広島城の城下町として発展、原爆投下時も多くの民家や旅館、銭湯、寺院、病院、幼稚園など建物がひしめき合う活気あふれた「中島地区」と呼ばれる町だった。約4400人の人々が暮らし、中国地方随一の繁華街だった町は、爆心地から500メートル以内。原爆により一瞬にして消え去った。現在、平和公園には国の内外から多くの観光客が訪れる。しかし、そこに町があり人々の笑い声がこだまする生活があったことを知る人は少ない。
吉川晃司さん。広島出身の彼のルーツはこの「中島地区」にあった。原爆投下前の地図に書かれた「吉川旅館」の文字。これそが彼のルーツ。祖母が営んだ旅館だ。家族は疎開により難を逃れたが、父親は入市により被爆、吉川晃司さんは被爆2世として今を生きる。戦後70年を過ぎ原爆の記憶、町の記憶が薄れゆく中、一昨年から原爆資料館周辺で発掘調査が行われた。被爆当時の町並みを示す遺構と共に掘り出されたのは、黒焦げになった地層と、焼けた瓦や大きく変形した牛乳瓶、ビー玉など生活を物語るものたちだった。
失われた町の記憶を呼び覚まそうと吉川晃司さんが、中島地区のいまと過去をたどる。発掘調査により露わになった黒い地層、生活の遺品、この町に住んでいた人々の声を通して、4400人が暮らしていた町とはどういったものだったのか。露わになった黒こげの大地は何を問いかけているのか?消えた4400人と町は、現代に何を伝えるのか?原爆の一瞬の破壊で町が失われた事実を今、改めて訴える。
かつて4400人が暮らした町があった広島市の平和公園。ここをルーツに持つ被爆2世の吉川晃司さんが、平和公園のいまと過去をたどる。町の記憶、原爆の一瞬の破壊とは…
出演者
- ナレーター
- 吉川晃司/玉川砂記子
番組内容
広島市の平和公園は、かつて4400人が暮らし多くの民家がひしめき合う中島地区と呼ばれた町だった。ここにあった旅館をルーツに持つ被爆2世の吉川晃司さんが、失われた町の記憶を求め平和公園のいまと過去をたどる。当時の住民が語る町の姿とは?発掘調査で露わになった黒い地層、出土した生活遺品は我々に何を訴えるのか?そこから見えてくる原爆の破壊とは?原爆で一瞬にして町と人々の声が失われた事実を今、改めて訴える。
制作
広島テレビ
その他
- 属性情報?
- ジャンル
- ドキュメンタリー/教養 - ドキュメンタリー全般 ニュース/報道 - 特集・ドキュメント
人物情報
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