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エッセイ

VSソノシート〜電蓄ですか! わかります。

 VSソノシート〜電蓄ですか! わかります。

「ソノシートを知っていますか?」(http://ncode.syosetu.com/n8795cy/) 各務原逍遥

 上記のエッセイに敬意を表してカビ臭い知識をこれでもかと繰り出そうと思う。
 次から次へと吐き出そう。
 捨て身の覚悟で繰り広げるぞ。渾身の一撃!

 という訳で色々と取材しました。

 作中に登場する人物は個人情報保護のため仮名です。



 ■ 君は電蓄を知っているか?


 《ソノシート》がペラペラのレコード盤であることは先刻承知の通りだが、《ソノラマ》

 少し古いラノベファンならソノラマ文庫の名前は知っているだろう。そのソノラマって何だといえば、朝日ソノラマという雑誌である。

 週刊誌にソノシートが付録されているのがソノラマである。

 ソノ(音の――を現す接頭語)にドラマをくっつけて、ソノラマという和製英語を造っちまう所が昭和!
 この強引さが高度成長期のダイナミズムであり、ナイターだのピンサロだのムチャクチャな造語が氾濫した。


 そういえば、当時放送されていた「おはよう子供ショー」に「崑ちゃんのクイズラマ」というコーナーがあった。
 オロナミンCのCMで有名な大村崑が寸劇仕立てのクイズを出題するのだが。
 何だよ! クイズラマって。チベット密教の偉いラマ僧か何かが「ムンデラスッティ〜ン何チャラ〜」とか唸りながら問題を唱えるのかよ!と当時の小学生はツッコミしたという。


 閑話休題(はなしはさておき) ソノシートの話に戻る。

 で、ソノラマの類似商品というか、小学館の学習雑誌などもソノシートが付いていた。

 付録の方法がまた大胆だ。

 長方形のシートにソノシートの溝が刻んであり、円周上にミシン目が入っているというアバウトさ!
 保護シートも袋とじもナシ!
 埃を被ったり、表面が破損したらどうするのか。本屋は殿様商売な個人商店が多かったので交換に応じてくれない。これぞ昭和!である。

 まぁ袋とじは「大人向けのイヤラシイもの」という暗黙の了解があったのであろう。

 とにかく、ソノシートを聞く前に「切り抜く」という外科手術なみの大事業が必要だった。これは流石に苦情が来たのかミシン目は廃止されたのであるが。

 当時は過剰な教育上の配慮がなされていた。
 子供は図工の時間以外ハサミを持つべからず!という風潮があった。
 ゆえに保護者は「子供の手の届く」場所から一切の刃物が遠ざけたのである。


 困った。
 ソノシートは聞きたしハサミはなし。さて、小さな女の子にとってここで勇気が試される。万難を排してハサミを調達せねばならない。

 専業主婦の必須アイテム、裁ちバサミだ。

 逆上した女がチョッキンな♪とばかりに一撃で間男を生涯不能に至らしめるという、阿部定も真っ青の最終兵器!

 刃渡り30センチはあろ〜かという、あの裁ち鋏である。

 これを何としてでもゲットせねばならない。

 オ  カ ン と の 対  決 で あ る!

 まるで聖剣を得るべく素手でドラゴンに立ち向かう女主人公のごとく挑むのである。

 何度も深呼吸し、ドキドキしながら鏡の前で交渉を練習する。
 そして、テンションが高まったら、ミシンを漕いでいる母親の後ろに立つ。





「おか〜〜さん〜〜。あのなぁ」
「何やのっ! 忙しい!」

 バタバタバタ……(足踏みミシンの音)

「ハサミ貸して〜」
「アカン! 子供がハサミ持ったら危ないねん!」

 大人の良識は容赦ない。ここで怯んだら負けである。オクターブを上げて畳みかける。

「わたし! ハサミ要るねん(半泣き) ハサミ、ハサミ、ハサミぃ〜」

「アカンゆうたら、アカン! 大きいハサミはスカ〜ト縫うたりする時のモンやっ! 子供が使うモン違う!」
「ハサミいる、ゆーたら要るねん! ウギャ〜〜(咆哮)」

 ご近所に「ハサミハサミ」というヒステリックな悲鳴がこだまする。

 すると、どこで聞きつけたのか行かず後家(オールドミス)と呼ばれる二十代後半ぐらいの女性が駈けつけるのである。
 仕事もせず昼間はどこで何をしているのか杳として知れないが、完全な没交渉でもなく、地獄耳で暇さえあれば御節介を焼く女性がドコのご町内にも一人はいた時代である。

 開けっ放しの玄関からズケズケとあがり込んでくる。ここらへんのセキュリティー意識のなさも昭和だ。


「あらあら、フジタさん。どないしはったん?」
「ウチのムスメは
「あら! 綾子ちゃん、どうしたん? おか〜さんに怒られたん?」
「うぐぅ。おか〜〜さんがケチやし、ハサミかしくれへんねん。」
「あらま、奥さん! アヤコちゃんにドレメ(ドレスメーカー、洋裁――主婦が自分で洋服を縫う事)でも教えるんですか?」

「ちゃいますねん(眉間に皺を寄せ) ウチのアヤコがハサミでまた悪戯を……」
「ちーがーうー! おか〜〜さん、黙っとき!(絶叫)」

 娘の大声とご近所の手前、母親は黙り込んでしまう。

「しょーがく三年生のレコード聞くねん」
「あらま、そぉなんや。 せやけど、アヤコちゃん。 子供がハサミ持った危ないねんで。おばちゃんとこで切ったるからな。おばちゃんトコおいで!」 
「うん☆彡」

 そうやってオ〜ルドミスのおばちゃん宅でお上品なミルクティーをいただくのである。
 ちなみに、お茶請けはバットやミットやボールを象ったドーナツ生地のお菓子で砂糖まみれなうえ、餡子が入ってたりする。正式名称は何というのだろう。


 このような艱難辛苦を経て、やっとソノシートが再生されるのである。


 オールドミス宅の御膳おぜん 卓袱台ともいうが、関西ではオゼンで通用する――の上に、ドンと電蓄でんちくがおかれている。

 社畜ではない。電気式蓄音機、デンチクである。
 さすがにソノシートを知っているナウでヤングでトレンディ―なワコードでもデンチクはご存知ない方が多いであろう。

 形状はオーブントースターそっくり。両サイドに小さなスピーカーが付属しており、前扉はない。真ん中にターンテーブル、脇にアームがあり、手動で針を載せる。

 スイッチらしいものと言えば、電源オンオフ機能を兼ねたダイヤル式ボリュームがひとつ。あとは、赤いパイロットランプが点滅するぐらいであろうか。

 このボリュームが振り切っていると、盤面に針を落とした瞬間に

「む゛わ゛ぃ゛に゛っぢ! む゛わ゛ぃ゛に゛っぢ! ヴォ〜くらは、鉄っ観の〜ん!!」

 と、子門正人が大音声で唸り始めたりするので細心の注意を払わなければならない。

 そしてソノシートは45回転なのだ。
 LPは33回転、正確に言えば33と1/3の回転である。

 何せ薄いレコードのため、ターンテーブルの穴にはまりにくい。ゆるい皺が寄って円盤上に凹凸ができてしまう。

 そして、アームの扱いにはブラックジャックなみの超越技巧を要する。

 髪の毛よりも細い針先をレコード溝の最外周にピンポイントで落とさねばならない。
 溝でない部分に落とそうものなら、ズズズズズ〜〜とアームが滑り出し、レコードが傷つき、再生不能になる。

 さらに、スピーカーから「くぁwせでfrgthつyじゅ☆※♀!」などと白人女性の早口痴話喧嘩が流れ出す始末。
 動画の早送り再生なんてものじゃなく、マジで寿命を削る騒音である。

 これは結構、トラウマになる。
 自分の母親よりも、音楽の先生よりも、ブルマの着方が成ってないとヒステリックに怒鳴る女体育教師よりも、怖い。

 なので、電蓄ユーザーは自然と針を軟着陸させるスキルが身に付いてしまう。

 そして、演奏が終われば速やかにアームを引き上げる。エンドレスなプチプチノイズが続いている間はいいが、あまり続けていると針が滑ってポップアップする。

 そして、盤上を滑り、トラウマを二度味わう羽目になる。


 カチッというまで反時計回りにボリュームを絞ればシャットダウン完了である。




 ソノシートは取り扱いが大変だ。

 ペラッペラのビニールで折り曲げるとすぐに白い折り目がつく。
 色も赤白黄色なんてものじゃなくテレビまんが(今でいうアニメ)のキャラクターがどど〜んと印刷されていた。

 コンテンツはというと収録時間の関係もあるのか、たいていは主題歌のフルコーラスとミニ台詞集みたいな感じだったと思う。

「交通ルールを守ろう」とか「電車で年寄りに席を譲ろう」とか標語みたいなどうでもいいセリフを聞かされて、命がけのハサミ交渉は一体何だったのかと人生の意義を考えさせられたものである。

 こういうソノシートもすぐに飽きてしまった。

 電蓄を凌駕するモンスターマシンと遭遇したのである。


 ■真打登場! リコー マイテーチャー

 ある日、我が家にとんでもないハイテク機器が来たのである。

 それは「リコー マイティーチャー」というA3サイズくらもある機械で三十万円ぐらいはするという。

 音が出る教育機器だそうだ。

 形状はフラッドヘッドスキャナーに似ている。分厚いガラス製の蓋が蝶番で開閉する。
 その下に磁気ヘッドつきのターンテーブルが埋め込んである。

 記憶媒体は薄い紙で、裏に茶色い磁性体が塗ってある。表には問題や解説が印刷してある。
 そいつをターンテーブルと蓋の間に挟んで再生ボタンを押すと、録音した教師の声が流れ出す。

 早送りも巻き戻し機能もない。適宜、ストップボタンを押して問題を解き、再生ボタンで続きを聞くという、とんでもない構造だ。


 な ん で こ げ な も ん が あ る と で す か ?

 洋裁を教える腕一本で娘を育てている母親にとても買える代物ではない。

 聞けば、従妹のお姉ちゃんのおさがりである。引き取り手が無いので我が家に回ってきたという。


 なぜにリコーのマイティーチャー! 
 受験が終われば無用の長物。
 でかい、重い、臭い。

 臭い?
 そうだ。この機械は廃熱の為に格子状のスリットが開いていて放熱ファンがブン回っている。
 そこから、プゥ〜ンと何とも言えないにおいを発するのである。

 あと、磁気シートが黴臭い!

 それでもである。

 よりによって親類に若い娘がいるからと言って押し付けるかフツー。

 女がみんな英会話教師とか秘書を志望すると思うな〜

「こんなん高校の問題やん〜」

 親がうるさいのでしぶしぶ勉強に使うふりをしていたが、一か月ほどして然るべきユーザーに引き取られていった。


 合掌。


 ……というわけで、昭和史の暗黒面、時代の仇花リコーマイテーチャーで締めくくりました。


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