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戦い疲れた元勇者のご褒美ハーレムな余生 作者:紙城境介
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第5話 初夜


 浴場を出て、脱衣所で服を着た。
 その間、クルミはしきりにチラチラとこちらを窺いながら、身に纏った薄手の寝間着に目を落としていた。

 ……わかる。
 なんとなくわかる。
 きっと、こう思っているのだ。

『服……着ちゃったけど、いいのかな?』

 そういう雰囲気だった。
 そういう流れだった。
 その辺がわからないほど鈍感じゃない。
 おれだって、バクバクと心臓を鳴らしながら、平然とした顔を取り繕っているのだ。

 だから、おれは8年も不安でい続けた彼女を安心させるように、できるだけはっきりと言った。

「部屋……行くか?」



◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆



 曖昧だし、疑問形だし、全然はっきりとしてねえ。
 だけどとにかく、魔王城(レベル1)に2つ用意した私室のうち、片方に二人で入った。

 クルミが先にベッドの縁に座って、おれのほうを上目遣いでチラ見してくる。
 おれはその隣に、お尻半個分ほどの距離を開けて座った。

 なんとも気まずい空気だったが、お互いにぽつぽつと喋り始めると、いつしか話が盛り上がっていた。

 話題は、主にサルビアのことだ。
 おれは100年前、サルビアと出会って、一緒に旅をしたときのことを話し。
 クルミは、サルビアがどういうおばあちゃんだったのか、おれについてどんな風に語っていたのかを、聞かせてくれた。
 それはきっと、おれたちの人生を共有する作業だった。

「それでね。おばあちゃんが、ローダンは勇者とか言われてるけど、実際には毎日のように宿屋の部屋から女の子の声がするスケコマシ……だっ、て……」

 クルミの声が萎んで消える。
 まさに自分がその状況にあることに気付いたんだろう。

 沈黙を、一呼吸置いた。
 おれにも、クルミにも、心の準備をする時間が必要だった。

 それから―――
 ベッドに置いた手を滑らせて、そうっと、クルミに指に指を絡ませる。

「クルミ」

「……うん」

「さっきも言ったけど……おれ、一目惚れ肯定派なんだ」

「うん」

 精一杯の誠意が伝わるように、おれは告げた。

「愛してる」

 クルミの瞳に、涙が溢れ。
 クルミの顔に、笑顔が広がる。
 この世で一番綺麗なものが、そこにあった。

「……うんっ……!」

 おれはお尻半個分の距離を詰める。
 腰を緩く抱き寄せて顔を近付けると、クルミはそっと瞼を閉じた。

 初めての口づけは、ぎこちなかった。
 きっと初めてだろうクルミはともかく、おれまでぎこちなくなるのはどういうことなのか。
 鳥がついばむようなキスを、何度か繰り返す。

 それから、肩を掴んで軽く押してみると、抵抗がなかった。
 いい……と、いうことだと思う。
 ベッドの上に、二人まとめて倒れる。
 解かれたクルミの栗色の髪が、布団の上に広がった。

「ローダン。……勇者様」

「ああ」

 間近からおれの瞳を見つめながら、クルミは泣きながら言う。

「出会う前から……生まれたときから、ずっと、好きでした」

「……ありがとな……」

 溢れた涙を指で拭ってやってから、再び顔を近付ける。
 今度の口づけは深く、そして強かった。
 お互いがお互いを、全力で抱き締めて。
 何もかもを溶け合わそうとするように、深く繋がって。

 そして、おれは100年分の愛情をクルミに注ぎ込んだ。



◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆



 空が白み始めた頃、おれたちは風呂に出戻った。
 お互いに汗をざっと洗い流すと、

「疲れた~。ローダン、髪洗って~」

 と言われたので、クルミの後ろに座る。
 おれは彼女の長い髪を石鹸で洗っていった。

「髪、綺麗だな」

「そう? 比較相手がいないからわかんない……」

「綺麗だよ。これを布団に敷いて寝たい」

「ふふっ。いいよ? 寝ても」

「ダメだろ。痛んじまう」

「わたしの髪が痛んだら、イヤ?」

 クルミはおれのほうにもたれかかってくると、顔を上に向けておれの顔を覗き込んだ。
 その顔には、ちょっと悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

「イヤだよ。こうして洗ってやる楽しみが減っちゃうだろ?」

「そっか。……じゃあ、大事にするね」

「ああ。身体は大事だ」

「それって、どういう意味で?」

「いろんな意味で」

 と答えながら、クルミの身体を後ろから抱き寄せる。
 すべすべで、柔らかくて、暖かくて、身体をくっつけていると、ひどく安心した。

「やんっ。……もう。いくら洗ってもキリがなくなっちゃうよ」

 すっかり艶やかな表情をするようになったクルミは、くすくすと幸せそうに笑った。

 お風呂を上がって、タオルで互いの身体をわしゃわしゃと拭き取りあう。

「ちょっ、ローダンっ。くすぐったいよぉ」

 なんて言いながら、わしゃわしゃわしゃわしゃ。
 身体が冷える前に服を着ると、手を繋いでベッドへと戻った。
 カーテン越しにぼんやりと朝日が射している。
 さすがに、眠いな……。

 二人で一緒の布団にくるまった。
 枕の上で、鼻が当たるような距離で見つめ合う。
 いくらクルミの顔を見ても、まるで飽きる気がしなかった。

「いずれはこうなるのかなって、ちょっとは期待してたけど……」

 クルミは少し困ったように笑う。

「まさか、初日からとは思わなかったよ」

「悪いな、手が早くて」

「おばあちゃんには結局手を出せなかったのにね?」

「う……」

 コイツ……。
 すっかり自信をつけちまいやがって。
 からかうのはおれの役目だったはず!

「わかってるよ。ローダンは、おばあちゃんのことを大切に思ってたんでしょ?」

「……い、いや、それはだな……クルミのことを大切に思ってないわけじゃなくて……」

「それも、わかってる」

 布団の中で、きゅっと手を握られた。

「おばあちゃんの分まで、わたしに愛してくれたんだよね」

 ああ……本当に、泣きそうだ。
 こんな幸福が、こんなご褒美が、あってもいいのか……。

 緩く抱き合って、体温だけを交換しながら、クルミはこっそりとした声で言う。

「ねえ、ローダン」

「ん……?」

「わたしの8年は、こうして報われたよ。だからね……ローダンの100年にも、ちゃんと報われてほしいの」

 おれは苦笑した。

「……もう充分報われたと思うけどなあ」

「ローダンは、人の5倍くらい幸せにならないと、釣り合いが取れないよ。わたしは、その手伝いをしてあげたいの」

 人の5倍くらい、か……。
 おれは数秒だけ考えて、クルミに言った。

「じゃあ早速、一つ頼んでもいいか?」

「うん。何でも言って」

 おれはもう、何も手放したくない。
 遺していったり、遺されたり。
 そういうことはもうたくさんだ。
 だから―――

「―――クルミ。おれの家族になってくれ」

 クルミは一瞬、ぽかんとしたような顔をすると。
 また瞳を涙で潤ませて、泣き笑いをした。

「……それじゃあ、わたしの方が幸せになっちゃうよ、バカぁ……」

 カーテン越しの朝焼けが、ぼんやりと射す寝室の中で。
 こうして、おれに100年振りの家族ができた。



◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆



「こんな感じ?」

「魔力の方は大丈夫か?」

「アイアンゴーレム……アイアン号が頑張ってくれたから、余裕はあるよ」

 魔王城を小さくして再デザインするとき、生活空間として必要なダイニングやキッチン、風呂トイレの他に、おれたちは2つの寝室を用意した。
 一つはおれので、一つはクルミの。
 だが、それは一晩として使うことなく不要となった。

 そういうわけで、魔王城の機能でちょちょいとリフォームをして、二人用の寝室に作り替えることにしたのだった。

「おお! 広いな。いいんじゃないか?」

「かな? じゃあこれで!」

 ダブルサイズのベッドが置かれた、おれとクルミの部屋――夫婦の寝室が完成する。
 こうして二人の部屋があると、なんか、こう……胸に来るものがあった。
 おれは、一人じゃないんだ、という。

「えっへへ~♪ ろ・お・だんっ」

「ん? どうした?」

「えいっ!」

「うわっ!?」

 クルミに突き飛ばされて、できたばかりのダブルベッドに倒れ込んだ。
 そこにクルミがどーんと飛びかかってくる。
 おれに抱き留められたクルミは、緩み切った顔でおれの胸にすりすりと頬をこすりつけた。

「えへへ、えへへへへ~♪ 初イチャイチャ~♪」

 おお、脳みそが完全に溶けている……!

「おーし! 初イチャイチャだ~!」

 おれも溶けているから大丈夫だった。
 くるりと体勢を入れ替えて、クルミを下にする。

「だが、果たしてただのイチャイチャで済むかな……?」

「え~? まだ明るいよ……?」

「たまにはそういうのもオツだろ?」

「もぉ~♪」


 ……と、そういうわけで。
 この日より、我ながら筆舌に尽くし難い蜜月が続いた。
 たぶん、この期間だけで、以前の5倍くらい頭が悪くなったと思う。

 そうして、およそ1ヶ月後。
 おれたちのスイートホームたる魔王城(レベル1)に、来訪者が現れた。

並行世界の物語
『最低ステータスの最賢勇者』
人間や魔族を捕食する天敵・外獣が跋扈する世界で、最低クラスのステータスしか持たない少女クルミを、最強クラスの勇者(冒険者)へと育て上げる。
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