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第2話 すごく便利な魔王城
100年も経っていると言うのに、魔王城には老朽化どころか埃すら見当たらなかった。
100年前は周囲に満ち満ちていた瘴気がないから、むしろ今の方が明るく感じられる。
「魔王城は魔王ベルフェリアの魔力でできてるの」
あちこちを案内しながら、クルミが説明してくれた。
「その魔力を操る技術を、おばあちゃん――賢者サルビアが開発してね。ほら、これ」
そう言ってクルミが見せたのは、一冊の魔導書っぽい本だ。
「これを使えば、城の中身は好きにいじれるよ。使い方を知ってるのはわたしだけだけど」
「へー。便利なもんだな。いじるってのは、どこまでいじれるもんなんだ?」
「えーと、例えばここは―――」
と言いながら、クルミはとある部屋の扉を何気なく開く。
ピンク色の空間が広がっていた。
まるで娼館の一室のような、ムーディな空間だった。
バタン。
クルミが扉を閉める。
顔が真っ赤だった。
「ち……違うの。これは違うの……!」
「やだこの子、ヤる気満々……」
罪悪感を覚えていたおれが馬鹿みたい。
「うっ、ううーっ……! 違うのぉぉぉ……!! 本で読んだのを、ちょっと再現してみただけでぇぇぇ……!!」
「へー。どんな本だったのかな? 言ってみ?」
「ううー……!」
クルミはぷるぷると震えて、大きな瞳にいっぱいの涙を溜めた。
可哀想だけど、涙目が可愛い。
「悪い悪い。からかいすぎたな」
「ひゃっ!?」
宥めるつもりでぽんぽんと軽く頭を叩くと、クルミは思った以上に過敏に反応した。
おっと。
男慣れしてなさそうだとは思ったが、これもダメか。
「……うーむ」
なでりなでりと、さらに頭を撫でてみる。
「ひぁぁぁ……!!」
案の定、クルミはさらに顔を赤くしてあたふたとした。
この子、なんか、嗜虐心を刺激されるな……。
調子に乗ってると際限なくやってしまいそうなので、ここらでやめておく。
「……な、なんなのぉ……!」
クルミからすると意味不明の行動だったようで、撫でられた頭を押さえて涙目になっていた。
そういうところなんだよ、そういうところ。
「で? 魔王城の魔力を使うと、何ができるんだ? ムードのある部屋を作れるだけか?」
「そ、そんなわけないでしょっ! 他には……あ、ちょうどいい」
「ん?」
「城に魔物が入ってきたから、排除しに行こっか」
「えー。戦いやだ……」
「大丈夫。戦わなくてもいいの」
エントランスの方に向かう。
三階くらいから、吹き抜けになったホールを見下ろした。
「うっわ。ミノタウロスじゃん」
筋骨隆々の巨躯に牛の頭を持つ魔物だ。
魔界に住む生物のうち、知性を持つものが魔族で、知性を持たないものが魔物となるが、ミノタウロスは魔物の中でもかなり強い方。
その辺の村なら1体で自警団が壊滅するレベルである。
ミノタウロスの背後で、残骸となった扉が散らばっている。
ぶち破って入ってきたのか?
防御力に難ありじゃないか、この城。
「装備がないから、あいつはちょっとめんどくせえぞ……」
「だから、戦わなくてもいいの。ねえ、ミノタウロスより強い魔物はなんだと思う?」
「ミノタウロスより強い……って言ったら、アイアンゴーレム辺りだろ。100年前、まさにこの魔王城でどれだけ奴らに手を焼いたか……」
「じゃあそれで」
クルミは魔導書のページをぺらぺらと繰ると、呪文のようなものをぶつぶつと呟いた。
それから言う。
「出でよ、アイアンゴーレム! 外敵を打ち払え!」
ミノタウロスの目の前に大きな魔法陣が光り輝いた。
その中から出てくるのは、鉄でできた巨大人形――アイアンゴーレム!
「ヴモーッ!!」
ミノタウロスが鈍いいななきを上げて、アイアンゴーレムと取っ組み合いを始めた。
ミノタウロスの拳は岩をも砕く威力だが、さすがに鉄までは砕けない。
やがてアイアンゴーレムが殴り勝って、ミノタウロスはどうっとホールに倒れ伏した。
「おー!」
「こうやって魔力から魔物を召喚して、外敵と戦わせられるの」
「攻略する側のときは憎くて仕方がなかったが、こっち側になってみると爽快だな!」
「種類によっては雑用もさせられるよ。必要ないときは仕舞っておけるし」
再び魔法陣が床に輝き、アイアンゴーレムはその中に消えた。
「超便利だ。こんないいとこに住んでたのか、ベルフェリアの野郎!」
「でも、使った魔力は補充しないとダメだからね」
「補充?」
「こうやって」
ミノタウロスの死骸が、染み込むようにして大理石の床に消える。
「倒した魔物を魔力にしちゃうってこと」
「ふむ。と来れば、全自動で魔物を誘き寄せて倒し続ける仕掛けが欲しいな。そういうのないのか?」
「魔王は自分の魔力で城を維持してたみたいだから……。わたしとおばあちゃんは、飽くまであなたに渡すために城を管理してただけだから、あんまり大規模な改造はしてないよ」
「エロいことするためにあるような部屋は作ったのに?」
「そっ、それは忘れてよぉ……!」
いやだね。
この件は一生いじり続けるね。
「でも、設計さえ考えたら、魔力はたくさん残ってるから―――」
ぺらぺらと魔導書のページを繰っていたクルミが、ピタリと動きを止めた。
「どうした?」
「ま……魔力が……」
は?
「魔力が、ぜんぜん、残ってないよぉぉ……!!」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
ぼろぼろ泣き始めてしまったクルミからなんとかヒアリングした結果をまとめると。
「……貯めておいた魔力がいつの間にかごそっとなくなってて、このままだと今日中にこの城は崩壊すると?」
こくん、とクルミは無言で頷いた。
かわいい。
などと言っている場合じゃない。
「……ええと」
悠々自適の余生を始めるはずが、いきなり問題発生かよ。
まあ、100年魔王と戦うのに比べれば、こんなもんものの数に入らねえけどさ。
クルミが狼狽えている今、おれまで狼狽えると収拾がつかなくなるので、おれは努めて冷静に言った。
「なんで魔力がなくなったのか――は、この際どうでもいいか。
足りないって、具体的にどのくらい足りないんだ?」
「……ここ、読める?」
「ん」
クルミが魔導書を開いて、ページの一部を指差してきたので、隣に寄って覗き込んだ。
「ち……ちかぃ……」
クルミがあからさまに意識してくることにまたしても嗜虐心を刺激される。
意味もなく首に腕を回しつつ、魔導書の上で指を彷徨わせた。
「えーとー?」
「ひゃあっ……! ひゃあああっ……!!」
「どこだったっけ? もっかい指差してくれよ……」
囁くような声で言いつつ、クルミの白い手にそっと触れる。
「ぅひぁあぁぁっ……!」
「どこ?」
「こ、ここ……! ここっ……!」
クルミが指差した箇所を読んだ。
ふむ……この数字か。
『87』と書かれてるな。
「い、1日、城を維持するのに使う魔力が、500……」
「ふむ。笑えるくらい足りないな。じゃあ、さっきのミノタウロス分は?」
「……50……」
50。
ミノタウロスでたったの50。
「……ちなみに、さっき作ったアイアンゴーレムは?」
「…………700」
贅沢!
「むう」
と唸りながら、おれはすっとクルミから身を離した。
クルミが「あっ……」と名残惜しそうな声を出す。
散々ちょっかいかけといて何だが、大丈夫か、この子。
ほっといたら悪い男に引っ掛かるぞ。
っていうか引っ掛かってるぞ。現在進行形で。
それはゆくゆくどうにかするとして、まずは喫緊の問題だ。
「つまり、維持費として、1日につきミノタウロス17体分くらいの魔力を稼がないといけないと」
「……うん……」
「でも、きみとサルビアは100年もここを維持してきたわけだろ? そのくらい、稼ぎ方を知ってるんじゃないのか?」
「魔王城には、元からたくさん魔力がこもってたらしいから……。その貯蓄を食い潰しながら、たまに来る強い魔物――ドラゴンとか――を誘き寄せて、一気に稼いでたの」
「ふうん……」
つまり、一気に魔力を稼ぐ方法は存在するわけだ。
「でも、今の戦力、アイアンゴーレムだけだし……ドラゴンなんてとても……」
「……なあ、思ったんだが」
「なに……? うううう、どうしてこんなことに……!」
頭を抱えるクルミ。
割とネガティブ思考だな。
なら、おれはできる限りポジティブであらねばなるまいと、こう提案してみた。
「この城、ちっちゃくできないのか?」
並行世界の物語
『最低ステータスの最賢勇者』
人間や魔族を捕食する天敵・外獣が跋扈する世界で、最低クラスのステータスしか持たない少女クルミを、最強クラスの勇者(冒険者)へと育て上げる。
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