2/10
第1話 仲間の孫を好きにしていい権利
時はしばしさかのぼる。
「ベルフェリアああああああああああああっ!!!!」
おれは真っ暗闇の空間で、宿敵たる魔王に吼えた。
「しつっこいんだよお前!! 馬鹿野郎!! 何年戦ってんだおれら!! この異空間で!!」
「フフフ……今年で100年になる」
「『フフフ』じゃねえんだよ! 100年ってなんだ馬鹿!! 国一つ生まれて滅ぶわ!! こんな長い戦いがあるか馬鹿っ!! 馬鹿野郎がぁ……!!」
「フフフ」
魔王ベルフェリアは、馬鹿にするように笑みを繰り返す。
その口元には血の筋が伝っていた……。
「寂しいか、我が宿敵よ……。くっくっく。貴様の愛したあの女どもより、今や余の方が多くの時を共にしたのだからな……」
「……寂しいわけあるかよ、クソ野郎が……。もうてめえの顔なんか見たくもねえ。てめえの顔なんか……」
「喜ばないのか。元の世界に戻れるかもしれんぞ……?」
「戻ったって、誰もいねえじゃねえか……。100年も経ってたら、おれの知ってる奴は、みんな、もう……」
傭兵ランドラ。
僧侶ホップ。
そして、賢者サルビア。
勇者一行として旅路を共にした仲間たちを思い出す……。
あいつらだって、もうとっくに天寿を全うしている。
「もう疲れたよ……。冒険なんて飽きた。戦いなんてたくさんだ。勇者なんて、もううんざりだ……。おれは、ただ、好きな女の子と一緒にいたかっただけなんだよ……」
「フフフ」
「なに笑ってんだよ……」
「哀れに思ってな……。餞別だ、宿敵よ。現世に戻ったら、我が城を住まいとするがいい。余が許そう……」
「……100年前の魔王城なんてただの廃墟だろ」
「それはどうかな。フフフ……」
魔王の腹部には、神の力が宿った神剣が刺さっていた。
その傷口から、青い浄化の炎が広がってゆく……。
「……時間か」
100年戦い続けた宿敵は、この期に及んで悪友みたいなツラをした。
「せいぜい幸福になるがいい、勇者ローダン……。それが、彼女の願いなのだから……」
「は? 彼女……?」
「フハハ……ハハハハ……ハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
魔王は高々と哄笑しながら灰と化す。
あまりに呆気ない幕切れ。
100年に及んだ勇者と魔王の因縁の、これが最後のオチだった。
「ああ……くそ……疲れた……」
おれは、もう何も考えたくなかった。
今はただ、思う存分、眠りたい……―――
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「―――……起きてる?」
……起きてないよー。
「ねえ、起きてるよね?」
起きてないってばー。
「……寝てる、のかな?」
寝てまーす。
もう起こさないでくれよ……。
「…………すご……寝ててもこんなに……?」
つんつん。
……って。
「どぅおおわっ!?」
おれは驚いて飛び起きた。
デリケートな場所をつんつんされた気がする!
てめえ、ベルフェリア!
休戦中は互いに一歩も近付かないって決めて―――
あれ?
ベルフェリアは倒した……んだったよな?
おれが寝ていたのは、100年に渡る時間を過ごした、あの暗闇の異空間じゃあなかった。
見覚えがある。
ここは……魔王城の地下だ。
おれたち勇者一行と魔王ベルフェリアの決戦の場となった、真・謁見の間……。
以前はベルフェリアが座っていたふかふかの玉座に、おれは横たわっていたのだった。
帰ってきた、のか?
元の世界に?
すぐ傍には、驚いた顔をした女の子がいた。
魔法使いっぽいローブ――というか、サイズ大きめのワンピースに、エプロンみたいな白い前掛けをしている。
栗色の髪を1本の太い三つ編みにしていた。
そこらの村娘っぽい素朴な印象だが、顔の造作はかなり整っている。
身体付きの方も、華奢でありながら肉付きがよく……不躾なんだが、そもそも女の子を見るのが超久しぶりだから多少は許してほしい。
つまり美少女だった。
しかし見覚えはなかった。
強いて言うなら……サルビアの奴に、雰囲気が似てるな。
派手さはないながらも、利発さを感じさせる感じが……。
「え、えっと……」
女の子はあたふたと意味もなく周囲を見た。
「あ、そっか。ま、まずは自己紹介……。んーっ。こほんっ!」
可愛らしい咳払いをして、女の子は胸を張る。
「わたしは、《城守の賢者》クルミ! この魔王城の管理を預かっていたものです! 勇者ローダン様、無事のご帰還をお喜び申し上げますっ!」
「お、おう」
《城守の賢者》?
魔王城の管理を預かる?
「なあ。えっと……クルミ?」
「は、はい。なんでしょうかっ」
「いや、別に敬語とかいいんだけどさ。……今って、おれとベルフェリアが戦ったときから、大体100年後……で、いいんだよな?」
「はい! じゃなくて、うん? 人界共通歴ではおおよそそのくらいです……かな?」
口調に関してはあっちの方で勝手に慣れてもらおう。
「じゃあ、《城守の賢者》だっけ? きみは魔族なのか? 見たとこ人間に見えるが……」
エルフみたいに人間に近い姿の魔族もいるが、彼女にはエルフに特有の長耳も見当たらない。
「ええっと、わたしは少し特殊で……あっ、そうだ。賢者サルビアの孫、って言ったらわかるかな?」
「……サルビアの孫? きみが!?」
「うん」
確かに、サルビアに似た雰囲気だとは思ったが……。
そうか。
100年後となれば、孫の一人や二人、できててもおかしくは……。
「……え……? ってことは……あいつ、結婚したのか……? おれ以外の奴と……?」
「あっ! えっとえっと、そうじゃなくて! おばあちゃんが拾った子供を養子にして、その養子から生まれたのがわたし! おばあちゃんは生涯独身だったよ!」
そうなのか。
帰ってきて早々ショックを受けるところだった。
「おばあちゃんは魔王との戦いの後、勇者ローダンが――あなたが戻ってくるのを待つって言って、無人になった魔王城を預かったの。だから《城守の賢者》。
……まあ、8年前に死んじゃって、それからはわたしが継いだんだけど」
「そっか。8年前……」
100歳を超えての大往生だ。
……頑張ってくれたんだな、サルビア……。
ついでとばかりに、おれは他の仲間たちについても聞いてみた。
「騎士ランドラは人界で貴族になって55年前に。僧侶ホップは孤児院を経営して79年前に。それぞれ亡くなったって聞いた。……おばあちゃんは、魔法を使って寿命を延ばしていたみたいだから」
だよなあ。
悲しくは思わなかった。
当たり前のことだからだ。
ただ、少し寂しいと思っただけ。
にしても、貴族って。
ランドラの奴、出世しすぎじゃねえ?
ただの流れの傭兵だったくせに。
「あの。……どうする? これから」
おずおずと、クルミが聞いてきた。
「おばあちゃんからは――先代の《城守の賢者》からは、あなたが帰ってきたら好きにさせてあげてって言われてるの。だからわたしも、できる限り協力する。……あなたがこれから何をしたいのか、聞かせてくれる?」
おれは迷わなかった。
堂々と、胸を張って、はっきりと宣言した。
「疲れた!」
「……え?」
「休みたい! だらだらしたい! 可愛い女の子がいるとなお良し! 以上!!」
「ええー……」
クルミがちょっと呆れた目をする。
何もおかしいことじゃないぞ。
おれはもう一生分どころか二生分くらい働いたんだ!
だったら残りの人生は休んでいい!
余生だ、余生!
「……まあ、それが望みなら、協力するけど……。この魔王城は、あなたが好きにしていいことになってるから、ここに住めばいい。
お城だけじゃなくて……その、中にあるものは、全部あなたのものだから……。生活には困らない、と思う。うん」
なんか妙に歯切れが悪いな。
……いや、待て。
魔王城じゃなくて……その中にあるものも?
「質問いいか?」
「……うん」
「『魔王城の中にあるもの』って……《城守の賢者》である、きみも含まれたりは……」
瞬間、クルミの顔がぽっと赤くなんて、あたふたと手を振り始めた。
「い、いや、あの、そのっ! こ、これは決まりでそうなってるってだけで……! わたしみたいなの別にいらないと思うけど、魔王城の魔力を扱えるのはわたしだけだし、単に秘書か何かだと思ってくれれば……!!」
……つまり。
「含まれる……んだな?」
クルミは俯いて、真っ赤になった顔を隠した。
「……含まれ、ます」
「……マジか」
かつての仲間であるサルビアの孫娘を、好きにしてもいい、と。
何この罪悪感。
……たぶんサルビアが作った決まりなんだろうが、何考えてんだ、あいつ。
もしかして、クルミがおれ好みな女の子に成長するのを見越してたんだろうか。
酷いおばあちゃんだな。
「ま、まあ、とりあえずそれは置いといて!」
気まずい空気を誤魔化すべく、おれは話題を変えた。
「この城に住むんなら、いろいろと確認しないとな。そもそも100年も経ってなんでまだ普通に建ってんだって話だし」
「それはいろいろと便利な機能があって……あ、と、とりあえず服! 服着ないと!」
「うん?」
おれは全裸だった。
道理で寒いと思った!
「……ううん?」
おれは目を覚ましたときのことを思い出す。
「なあ、クルミ」
「ん? なあに?」
「きみ、さっき、おれのアソコ触らなかったか?」
「――――っ!!」
クルミはまたぞろ顔を赤くした上、今度は涙目にまでなった。
「……だ、だってっ……男の人のなんて、見たことなかったんだもんっ……!!」
……《城守の賢者》様は、どうやら男に免疫がないご様子だ。
並行世界の物語
『最低ステータスの最賢勇者』
人間や魔族を捕食する天敵・外獣が跋扈する世界で、最低クラスのステータスしか持たない少女クルミを、最強クラスの勇者(冒険者)へと育て上げる。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。