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【社説】

週のはじめに考える まず、「結果」ありき

 何事も、過程があってその先に結果があります。場合によっては結果より過程の方が大切な時だって。でも、わが宰相の考えは少し違う気がします。

 あの『進化論』のダーウィンの孫に当たるバーナード・ダーウィンは英国の著名なゴルフライターでした。記憶大いに曖昧ながら、確か彼(か)の人も、この箴言(しんげん)がお気に入りだったというような話をどこかで読んだ覚えがあります。

 <希望を抱いて旅し続ける方が目的地に着くよりましだ>

 一向に上達しないゴルファーの負け惜しみ、あるいは、うまい言い訳みたいでもありますが、よく読むと、どうしてなかなか含蓄の深い言葉です。

◆省かれる過程

 安倍首相はかなりのゴルフ好きと聞きます。でも、賛同はしてくれないでしょう。ゴルフの腕前とは関係なく、政権運営ぶりを見る限り、<目的地>に至る過程に深い意味を認めるタイプとは思えないからです。

 例えば、集団的自衛権。過去の自民党政権下でも、ずっと「保持しているが、憲法上、行使できない」としてきたものを、選挙で国民に問うこともなしに、ただ閣議決定で「行使できる」と解釈を変更してしまった。わが国の国是ともいえる平和主義を脅かすような極めて重大な事柄にもかかわらず、です。

 国民に反対の根強い特定秘密保護法や安保法もしかりで、野党の「審議不十分」の声を強引に押し切っての可決。最近なら「共謀罪」法が“白眉”でしょう。参院の委員会採決を飛ばして中間報告で済ますという近道、あるいは抜け道で大急ぎの成立を図りました。

 今、世間を騒がす加計学園問題にしても、首相は過日、やっと国会の閉会中審査に出席はしましたが、都議選敗北など、にわかに強まった逆風にたまらず、渋々、嫌々出たという印象。そもそもから「疑惑が持ち上がった以上、説明を尽くす」という姿勢は少しも感じられませんでした。

 こうしたことからうかがえるのは、できるなら一足飛びに結果を出したい、悠長な<旅>なんか省いて<目的地>に着いてしまいたい、という首相の志向です。野党の異論と長々やりあうことも、国民への説明や釈明も、首相にとっては、できれば省きたい経緯、かける時間を極力短くしたい過程にすぎないのではないでしょうか。

 三谷太一郎著『日本の近代とは何であったか』(岩波新書)に十九世紀英国のジャーナリスト、ウォルター・バジョットの近代と前近代の政治のとらえ方が紹介されています。大づかみに、リーダーの即断による迅速な政治が「前近代」、結論を導くために長時間の議論を許容するのが「近代」だ、と。二十一世紀の安倍政治は、不思議なことに、「近代」よりむしろ「前近代」を思わせます。

◆全員支持派

 最近の各種世論調査で安倍内閣の支持率は軒並み続落でした。中には30%を割り込む数字も。ところが、首相はこう語ったそうです。「一つ一つ結果を出すほかに信頼回復の道はない」

 実は「結果を出す」は、首相が折々口にするフレーズです。民主主義の本質とは、十分な議論を経て合意=結果に至る過程にこそありましょう。なのに、まるでビジネスか勝負事の話みたいに、なお「結果を出す」。「安倍離れ」の要因が過程軽視の姿勢にあるとは少しも考えていないようです。

 日銀政策委員会の審議委員交代もある種、象徴的でした。マイナス金利導入など主要な政策決定に反対した二人が去り、正副総裁以外の六人がすべて安倍政権の任命による、現在の金融政策支持派に。賛成の声しか出ない議論とは、いわば“過程の省略”。蓋(けだ)し、「結果を出す」のには一番の近道です。

 加計学園問題では、最初からそう決まっていた、という意味で、「まず、加計ありき」だったのではないかと疑われています。ちょっと駄洒落(だじゃれ)みたいですが、それにならって言えば、首相の行動原理とは「まず、『結果』ありき」だと言えないでしょうか。

◆民主主義の窒息

 最初から自分には、あるべき結果、正しい答えが分かっているという思い込み。ゆえに過程が疎ましい。首相の座右の銘だという『孟子』の言葉が重なります。

 《自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば、千万人と雖(いえど)も吾(わ)れ往(ゆ)かん》。自分が確かに正しいのだと信念を持てたら、どれほどの敵もものともせず突き進む…。

 この秋、ついに九条改憲に乗り出す腹のようです。異論や、異論と持論を切り結ぶ過程が無駄だの「敵」だのに見えてしまう時、権力者の信念ほど剣呑(けんのん)なものはありません。そこではもう、民主主義は息をできないのです。

 

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