沿革

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「起」の時期(1999年~2001年)
NPO・当事者・商店街とのつながりが生まれるまで

1999年

6月27日市民団体「サンネット」を10人で結成。
7月 1日青森市新町商店街のなかでオープンスペースを開所(新町2丁目6-24)。
9月23日貞神克祥さんの講演「自信と夢を回復し、自立を!」。初めての講演会だった。翌日、新聞に掲載。
10月23日駄本舎との交流会で弘前から11人来訪、合計20名のてんやわんや。
10月27日来づらくなったYさんのことをきっかけに話し合う、どんなふうに仲間を支えられるかと。話し合いがテーマ別ミーティングに発展。
11月23日二度目の集い。佐々木英明さん「詩と私」、22名の参加者。
12月 8日スナック「しん」で狭間さんご苦労さん会、13名参加。荒関さん階段から落ちたがケガはなし。食べ物持ち込みのためにサンネットから「しん」まで商店街を歩く、みんなで歩いた初めての経験。
12月18日第4回運営会議(役員10人、オブザーバー9人)が終わってから望年会。

2000年

2月13~17日狭間・荒関・俊雄で岡山(こらーる岡山)・八王子(わかくさ福祉会)に交流と連絡の旅。行きは夜行列車の日本海、岡山から東京まで夜行長距離バスとハードな旅。全国各地との交流の初めての旅。
3月19日おんなのひな祭り交流会をねむのき会館で一泊(9人)。初代会計担当が決まる。
4月29日第1回総会&講演会「精神保健ユーザーが地域で元気に暮らすために――何が必要で、どう支援すればいいのか」講師:熊谷真理子さん(さくら荘)/山本誠さん(東京・グループホーム職員)/山本昌知さん(岡山・精神科医)
6月 8日ゆうライフ(市内福祉NPO連合)結成について、まちまちプラザで3NPOが合意。
ピアネット・リフトカーサービス・サンネットで動きをつくっていくことに。
7月12日県社協主催「福祉ナイトスクール」で3人の当事者が講演で体験を話す、終わって思わず涙。初めての講演。
7月23日松が丘保養園を7人で訪問、川柳の句会に参加。河北新報片山さんに。
8月23日ATV“おしゃべりハウス”に代表が出演(初めてのTVでした)。
11月10日「がんばれ『あおもりの商店街』提言」最優秀賞授賞。
12月7~8日青森市役所で障害者の日パネル展、狭間さん、リフトカーの越谷さんから宅配を頼まれる。
12月16日あおい森ファンド助成のプレゼンテーションに参加、100万円コースに合格。その後6年間お世話になりました。 ともかく金もつながりもない時期、100万円がもらえたとき、みんなで万歳!をしました。
12月20日お買い物宅配の集荷作業が始まる(2001年4月末まで、サンネットの宅配第1期)。

2001年

1月20日長い間入院していた人の退院に向けた外泊体験のため、狭間さんが自分の部屋を提供。
2月19日新町商店街振興組合の接客マニュアル「ハートフルしんまち」完成。商店街との良い関係が生まれる。
2月24日いろいろまとめてごくろうさん会(安心市場にて)24名参加。
3月25日ほっと開設に向けて、ユーザースタッフが生まれるようにめざす。この頃まで赤字は200万円を超えた。
4月21日第2回総会&講演会「精神保健のセルフ・ヘルプ活動の展望」。狭間さん副代表に。 広田和子さん(サバイバー&コンシューマー)/長瀬修さん(障害・コミュニケーション研究所)
広田和子さんが当事者だけのミーティングを行う、とても好評だった。
6月8~10日「浦河べてるの家」総会に狭間・荒関・俊雄で初めて参加。つながりが生まれた。
6月20日長い間入院していた人が退院、それをきっかけに一人暮らしの夕食会が始まる。
7月 9日青森大学で講演(見学も含めて11人参加)始めての大学での講演でした。
8月19日 しんまちふれあい広場に初めて参加。16人、リフトカーサービスから頼まれた路上アンケートを実施。 商店街を一日歩行者天国にして、商店街といろいろな団体があつまって行うお祭りイベント。
10月1日青森市障害者生活支援事業「ほっと」開所、サンネットも参加。
11月18~22日まで札幌(ヨベル)・浦河(べてる)訪問・交流の旅。青森と弘前から4人で出かける。

「承」の時期(2002年~2004年)
活動の広がりと挫折、中身の活発さと停滞

2002年

2月20日風間浦村の社会教育「身近な人権を考える」で5人の当事者が語る。荒関さんが初めて原稿を使わずに語る。宿では鮑のステーキ!
2月25日第十四回活性化青森大賞を授賞。
5月11日第3回総会&講演会「町の中で生きよう」札幌市白石区の共同作業所ヨベルのみなさんが青森に。
6月15日ゆっくり話し合う女たちの会が始まる。
7月 9日駄本舎の車イスの人が来訪。初めての車イスの人の訪問、みんなで二階まで持ち上げた。
7月26日毎日新聞青森版「こころを閉じ込めないで 『病者』たちが問う社会」6回連載開始(鈴木記者の取材)。
7月29日なつどまりサマーレク3回目(27人参加)、仲間をつくり上げようという雰囲気ではない問題が出てきた。この頃から続いてきた課題の一つが、「いいとこ取り」「自分を変えたくない」という姿勢。
10月14~18日札幌DPIに5人(弘前2人、三戸1人、青森2人)参加。
11月17日ファイザー製薬助成のプレゼンテーション(東京)に2人参加。先駆的な精神保健活動への助成を受けることができ、晴れがましい。
この助成で、2003年~04年お買い物宅配の第二期を行う。
12月10日人権啓発フォーラムにあや子代理出席(事情がありました)。

2003年

5月23日第4回総会&講演会「だれもが気持ち良く暮らし、交流しあう町をめざして」
加藤博さん(新町商店街)/熊谷啓子さん(ふぉれすと所長)/山本誠さん(あくせす施設長)
5月27日地域生活支援センターになる予定が、突然の厚生労働省の不採択!
7月 1日昨年の7月から1年で3人目のご利用お断り、当事者活動の高まりの必要性が緊急の課題に。
7月28~30日なつどまりでミーティング中心の2泊3日サマーレク。
センターになれない目標の喪失と、当事者活動の揺らぎをみんなで考えました。
8月22日宮城のべてるの集いのために俊雄出張、あや子と文通していた渡辺さんに退院祝いの書籍を渡しました。
9月 3日浪岡中学校一年生の岩木山体験合宿に6人講演、始めての中学生で緊張しました。
12月20日清水義晴さんの講演会。「変革は、弱いところ、小さなところ、遠いところから――浦河べてるの家との出会い、そして気づいたこと」。
12月28日パソコンスクールの転居仕事に四人、財布を落とす人、へとへとになる人。

2004年

3月12日病気の自己研究始まる。
4月22日Web講座の開始。HPを立ち上げる。
4月23日新町商店街での花いっぱい作業に参加(~11月まで)。
5月22日第5回総会&講演会「SAミーティングや当事者研究の示すもの」浦河べてるの向谷地生良さん、伊藤知之さん。
5月23日加藤真規子さん(こらーるたいとう代表)「ピアカウンセリングとの出会いとこれからの期待、ピアサポートセンターに何を求めるか」
この年は、講演会の多い年でした。地域生活支援センターに何とかならないものかと活動を広げたのでした。
6月18日当事者研究全国交流会に狭間さんと荒関さんがが壇上に。狭間さんの着ぐるみがタヌキかと思ったらサルでした。14人参加。
7月 3日研修会第3回(山本深雪さん、尾上智子さん)当事者活動が切り開けること―大阪での取組について。
7月 3日繁信さんと司津さんの結婚を祝う会(ラ・プラスにて)。
7月 4日研修会第四回(小沢牧子さん)「『心の専門家』はいらない」。
9月6~18日狭間さん、こらーるたいとう加藤真規子さんに誘われて、ウイニペグ(カナダ)で開催されるDPI会議に参加。
11月24~25日北日本研修開催in青森の事務局。多くの人の協力でなんとか成功!参加者190名。
11月26日メアリーオーヘイガンさんが青森に。メアリーさんと国際交流ハウスに15人宿泊。

「転」の時期(2005年~2007年)
メンバーの入れ替わり、個々人の能力の高さとぶつかり

2005年

1月21日市民活動企画展で前田よし子さんに話していただく。16人参加、ここから商人インタビューのアイディアが生まれる。
1月29~30日なつどまりで第42回運営委員会、当事者活動のメンバーの転換点になりました。
2月16日第53回宅配運行会議で、2期のチームを3月末で解散し、05年4月から第3期に。
3月 4日事務所が雪害で避難、20日間の移動事務所を経て、移転(新町2丁目5-3 千成ビル3F)。
4月13日会計担当二代目。
当事者メンバーが新旧入れ替わり、新しいスペースになじむ人が中心に。活発になったけど、悪い面も次第に顕著に。
5月21日第6回総会&講演会「今一歩、仲間とともに――私たちが望むもの、大切なもの」
松林百合子さん(きざきのクラブ)/角田サダ子さん(さつき友の会/)渡辺秀憲さん(宮城県在住)/広田和子さん(精神医療サバイバー&保健福祉コンシューマ)
7月18日グループホームの立ち上げ準備会のバーベキューに10人参加。
9月3~5日チャリティー青森絵画展三日間開催(グループホームの設立をめざして)850人の来場者。
10月2日あるNPOの事務所移転作業でサンネットメンバーが目覚しい働き。
10月11日台車での宅配開始、10月23日朝日新聞青森版・11月30日東奥日報で取り上げられる。

2006年

1月13日生協から3万通の封詰め作業を委託、Lプロと命名して取り組みました。
1月16日RABのニュースレーダーでサンネットの宅配や活動が取り上げられた。
2月28日ユニバーサルサービス接客マニュアル完成。
3月20日来訪者3万人目の方にドクターソープ贈呈。
3月31日4年半続いた青森市障害者生活支援事業「ほっと」が終了しました。
4月 4日はじめての行方不明になった人探し。
5月12日『すべての人にやさしい街づくり』(みずほ助成)パンフレット完成。会計担当三代目。
5月13日第七回総会&講演会「見えない病気・障害を語ろう 新しい人生を生きる」
佐藤明正さん(オストミー協会)/山内公平さん(聴覚障害者情報センター)/上岡陽江さん(ダルク女性ハウス)
5月19日働く活動をコーディネートするキャッツハンズグループ結成(1年間の期間限定で)。
7月15日ワークショップをみんなで経験(11月まで合計5回)。 
9月8~10日セルフヘルプ活動のサポート研修会in青森。
山本誠さん(あくせす)/松田博幸さん(大阪府立大学)/谷口雅典さん(出前はあと)/花崎皋平さん(哲学者)
12月2日 街なかではたらく――札幌・青森交流(共同作業所「ヨベル」の皆さん)
英行さん・美加子さんの結婚を祝う会(厚生年金会館)

2007年

2月20日損保ジャパンの助成で軽バン(スバルサンバー)購入。はじめての公用車。
4月 1日自立支援法共同生活援助事業「ワーカーズコレクティブハウスひいらぎ」開始。
5月18日花作業は今年から本町公園も。
5月19日第8回総会。オープンスペースから自立支援法の事業所へ。
7月23日和田ビルに転居。市内の真ん中のビルにサンネットの看板を掲げる(新町1丁目13-7和田ビル4F)。
当事者講演が通算70回を越す。
8月1日お買い物宅配をぜんぶ自分たちでやる第4期に。
9月14~16日第2回女の手仕事展。
10月1日自立支援法就労継続事業B型「地域サービスセンターSAN Net」開始。会計担当は4代目。

「結」をつくる(2007年~現在)
多様な人どうしの助け合い、違うから仲間、分かち合いは地域の力

2008年

1月5日NHK教育“きらっといきる”、ふたりで届けたい――統合失調症狭間さん夫妻が放映。
5月3日第9回総会&講演会「格差社会のなかの仕事・活動・仲間――つながりを求めて」
佐々木賢さん、藤原晃さん 。
7月29日 狭間美加子さん、20時38分に3,698gの女児出産。
12月1日 二人の職員採用し、7名体制に。
12月23日 恒例の望年会。レイアウト変更し、新しいステージに向けた準備に。

2009年

2月20日 弘前大学医学部付属病院で講演。入院中の方とも交流できた講演ははじめてでした。

2007年からの出来事のなかには、いまも継続中の難題もあり、まだ「歴史」に落ちつかない面があります。でも、その半面、問題・難題に向き合いながら、私たちがめざすものがより明らかになってきた側面もあります。
分かち合いの大切さ。たとえ意見が違っても、互いを大切に感じあうこと。そして、そこで生まれる自由・・・。
10年目の現在、10年の結末をつくり、そして人と人が結び合う新しいステージをつくりたいのです。