なんとなくいろいろまとめ
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げんふうけい?


  

女「右足を出します」 男「うむ」

  
女「あー、ハーモニカおにいさんだ」
  
男「どうした、こんなところで。鍵がないのか?」
  
女「ドアの開け方がどうしてもわからないの。さむいー」
  
男「開いたぞ」
  
女「おおー」
  
男「ポイントはノブを捻ることだ」
  
女「ああー」
  
男「14歳で酒なんて飲むからだ」
  
女「だって酔っ払うのが義務教育なんですよー」
  
男「黙ってろ。早く入れ。歩き方も忘れたか?」
  
女「右足を出します」
  
男「うむ」
  
女「左足を出します」
  
男「それも右足だ」
  
女「あー。えへへ」
  
男「褒めてない」
  
女「おにいさん構ってくれますねー」
  
男「うるせえ」
  
  
女「おにいさんの部屋いってもいいですか?」
  
男「駄目だ。俺が連れ込んだと思われる。
  通報される。逮捕される。将来がなくなる」
  
女「それくらいのリスクは承知の上ですよ」
  
男「良い性格してるな」
  
女「101と102の差じゃないですかー。
  それに、私が勝手に入ったって言えば、みんな信じますよ」
  
男「一理あるな。でも用心に越したことはない」
  
女「はい。慎重に入ります」
  
男「都合の良い耳だな……」
  
  
女「ここはエレベーターですか?」
  
男「俺の部屋だ。君の部屋と全く同じ造りのはずだ」
  
女「ああーウイスキーだー」
  
男「馬鹿野郎、さわるな。俺が飲ませたみたいに思われるじゃないか」
  
女「あーん」
  
男「あーんじゃねえ、ストレートで注がれてえのか」
  
女「うん」
  
男「体に良くないぞ、20歳まで待て」
  
女「あなたが24歳でー、私が14歳だからー、足して2で割ると成年です」
  
男「俺は21だ。24+14を2で割ると19だ。そして平均は何の意味も持たない」
  
女「んー? あ、こたつの電源あったー」
  
  
女「ねむいなー」
  
男「頼むから寝るなら自分の部屋で寝てくれ」
  
女「なんでハーモニカおにいさんは酔っ払ってるんですか?」
  
男「素面だよ。ここ一週間飲んでねえよ」
  
女「じゃあ酔っ払いましょうよ。はい、あーん」
  
男「だからあーんじゃねえよ、こぼすこぼす」
  
女「あーん、ほら、ほら」
  
男「……ほら、満足か?」
  
女「不満足です。今度は私にも、私にも!」
  
男「いやその手はくわねえよ」
  
  
女「おにいさん何かしないの?」
  
男「んー……ぼうっとしてる」
  
女「普段はなにしてるの? やっぱりハーモニカ吹いてるの?」
  
男「いや、雑誌読んだり、本読んだり、論文読んだり……」
  
女「それをしなよ」
  
男「人がいると、する気にならないんだよ」
  
女「あの、楽にしてもいいですか?」
  
男「いいけどさ、その言葉、疑問文で使うやつ初めて見たよ」
  
女「ベッド占領ー」
  
男「君の体積じゃ無理だ」
  
  
男「中学校は……どう考えてもまだ授業中だよな」
  
女「英語の時間ですね。関係代名詞をやってる最中じゃないでしょうか」
  
男「君はどうして学校に行かないんだ?」
  
女「おにいさんはどうして学校に行かないんですか?」
  
男「大学は空き時間が多いんだよ。今日は一限で終わりだ」
  
女「え、え、じゃあ暇ですか?」
  
男「暇ってことはないが、特に用事もないな」
  
女「じゃあ私で暇つぶしてくださいよ」
  
男「君が俺で暇を潰すの間違いだろう」
  
  
男「あ、案の定飲んでやがる……」
  
女「つい下心で」
  
男「出来心だろ」
  
女「怒らないんですか?」
  
男「まあ、法律違反ってこと以外は、別に悪いことでもなんでもない」
  
女「おにいさんかっこいい。おにいさんかっこいい」
  
男「はいはい。ありがとう」
  
女「ハーモニカおにいさんは普段、これを飲んで嫌なことを忘れるんですか?」
  
男「友達が置いてった。それ以来手はつけて――あ、また飲みやがった!」
  
女「ばれた!」
  
男「中学生のくせによくストレートで瓶から飲むよな……」
  
女「…………」
  
男「あ、一応涙目にはなるのか」
  
  
男「そんなアルコール臭くて、親に何か言われないのか?」
  
女「だってお母さんの方がアルコールくさいですし」
  
男「親もアル中なのか?」
  
女「いや、立派なもんですよ。八時過ぎしか飲まないんです」
  
男「君はどうして昼間から飲んでるんだ?」
  
女「あ、やめないで、もっと撫でてください」
  
男「嫌がらせのつもりだったんだけどな……」
  
女「なんかおちつく」
  
男「髪ぐっしゃぐしゃだぞ」
  
女「だけどおちつく」
  
男「そりゃよかった」
  
  
女「ねえおにいさんも酔っ払いましょうよー私だけ酔って馬鹿みたいじゃないですか」
  
男「馬鹿なんだよ」
  
女「じゃあ、酔っ払ったふりでいいですから」
  
男「できねえよ」
  
女「くらえ、アルコールくさい息」
  
男「おい、なんか想像以上に濃度が高いぞ」
  
女「にゃらっけ」
  
男「なにそれ」
  
女「なんだろう……」
  
男「よっかかるな」
  
女「体重があるのがもどかしいんです」
  
男「俺によっかかるな」
  
女「じゃあ顔差し出してくださいよ」
  
男「なにがしたいんだよさっきから」
  
女「キスに決まってるじゃないですか」
  
男「自分の頬にでもしてろ」
  
女「今酔ってるから無理です」
  
男「普段は出来んのかよ」
  
女「なんか拒否されると余計にしたくなりますよね。
  あなたにもそんなことってありませんか?」
  
男「ない。拒否されない」
  
女「良い人生ですね……」
  
男「コツは、拒否されそうなことは言わないことだ」
  
女「つまらない人生ですね……」
  
男「そういう考え方もある――あ、また飲みやがったな」
  
女「ふう。正確に言うと、チューした後、おにいさんがあんまり嫌そうにしないで、
  『なにしてんだよおまえー』とかって笑うのが見たいんです」
  
男「なにそれ」
  
女「通過儀礼?」
  
男「違うと思う」
  
  
男「君こそ普段は何をして過ごしてるんだ?」
  
女「お酒を飲んで……」
  
男「それ以外に。あるいは、お酒を飲みながら何を?」
  
女「考え事とか、美容体操とか、テレビとか」
  
男「好きなこととかないのか? ――飲酒以外に」
  
女「この部屋に来ること!」
  
男「以前から来てたみたいに言うな、初めてだろが」
  
女「おにいさんのハーモニカを聴くこと」
  
男「それも一回だけしかないだろうが」
  
女「毎年文化祭で、おにいさんがハーモニカ吹いてたじゃないですか」
  
男「数十秒だけ、な。よく毎回その場に居合わせたもんだ」
  
女「私、感動したんですよ。ああ、すごくハーモニカ上手い人がいる、
  うわあすげえ、しかもあれ隣の部屋の人じゃんー! って」
  
男「それにしたって”ハーモニカおにいさん”は馬鹿っぽいからやめないか?」
  
女「いいですよ、私馬鹿ですから」
  
男「そうか」
  
女「あー、不登校だからって馬鹿だと思ってますね!
  待っててください、今実力テストの結果持ってきますから」
  
男「……あーかわいい」
  
  
男「確かに、ここまでとは思わなかった」
  
女「すごいでしょう? いや、すごくはないんです。でもそんなにひどくないでしょう?」
  
男「すげえよ。俺が中学生の頃ははこれより下だった」
  
女「たしかに酔っ払ってると計算間違えますよね」
  
男「何の話だ」
  
女「あー、あったかい。私の部屋寒かったんですよ」
  
男「雪降っちゃったからなあ。どう考えても寒い」
  
女「耳もほっぺたもすごい冷えてるんですよ」
  
男「ああ、ほんとだ」
  
女「え、ほんとですか? うわ、ほんとだ、冷たい」
  
男「適当かよ」
  
  
男「どうしてもさ、君にはこういう質問をしたくなるんだよ。
  『どうして学校に行かない?』とか、『学校の何が嫌?』とかさ」
  
女「犬のくそよりくだらねえ」
  
男「なんでそんなことを言いたくなるのかっていうと、びびってるからだな。
  君の悪事に加担してることに、俺は後ろめたさを覚えてるんだ。
  くだらない。確かにくだらない。俺も飲む。付き合えよ女子中学生」
  
女「やったー! 付き合うよ男子大学生」
  
男「近所に怪しい目で見られようが厳重注意受けようが通報されようが知ったことか」
  
女「すてき! ハーモニカ吹いて」
  
男「ああ、ウィーピングハープ二代目の実力を見せてやるよ」
  
女「わー、ブルースマンだー!」
  
  
男「酔ってきた」
  
女「なかまー。ほら、大学の話でもしましょうよ」
  
男「大学か。クソだな。ひからびたクソだ」
  
女「どこら辺が?」
  
男「福祉学部なんだ。人の役に立とうって学部なんだ。
  でも皆幸せじゃないんだ。さえない奴らなんだ。
  自分のことを幸せにできない奴らが、人を幸せにできる気でいるんだ」
  
女「雲の上のクソですね」
  
男「そんな感じだ。……それ、どういう意味だ?」
  
女「ふかい意味はないです」
  
女「ちゅー」
  
男「んー……駄目だ!」
  
女「拒否された」
  
男「なにがまずいかっていうと、俺は結構ちゅーされて嬉しいんだよ」
  
女「されてから言えよー」
  
男「俺はなるべく嬉しいことは避けたいんだ。もう若くないし」
  
女「されてから言えよー」
  
男「ほらこいよ」
  
女「ちゅー」
  
男「なにがまずいかっていうと、俺は結構ちゅーされて嬉しいんだよ」
  
女「なるほど」
  
  
男「酔っ払ってるからには愚痴らないと損だぜ」
  
女「愚痴かあー。さいきん寒いですね」
  
男「うっせーよ不登校、なんかあるんだろ、学校で」
  
女「気安く肩組まないでくださいよー……あ、気安く離れないでくださいよ」
  
男「わがままか」
  
女「どちらかというと離れないほう優先で」
  
男「はいはい、で、なんかないのか?」
  
女「私は中学校に関係するものはぜんぶ嫌いです」
  
男「頭いい子には嫌な場所だろうな」
  
女「うわ、おにいさんが甘やかしてきた!」
  
男「思ったことを言ってるだけだ」
  
男「まともな神経してたら、中学なんて行ってられない。
  生徒は頭の成長が体の成長に追いつかなくてアンバランスで醜いし、
  教師は自分で自分が何を教えてるか分かっちゃいないんだ」
  
女「おにいさん、ひょっとして中学生? 駄目でしょ学校さぼっちゃ!」
  
男「俺もあんまり学校は好きじゃなかったんだ。行ってたけどな」
  
女「どうして? 親が厳しかったんですか?」
  
男「何においても人に後れを取りたくなかったからさ。
  今思えば、別に学校に行ったからって何かが進んだわけじゃないんだが」
  
女「ふうん……私、あそこに属してるって気がしないんですよ。
  だから平気で休めちゃうんですかね」
  
男「へえ。足どけろよ」
  
女「なにがまずいかっていうと、結構嬉しいから?」
  
男「やかましい」
  
  
男「ああ、石油が切れたのか」
  
女「買いに行きましょうよ。ないと困るでしょう?」
  
男「うわ、外もう暗いんだな。まだ五時にもなってないのに」
  
女「ほら、おにいさん一人じゃまっすぐも歩けないでしょう」
  
男「二人いればどうこうできる問題でもないけどな。まあいい」
  
女「うわっ、とっ、とっ、いたっ」
  
男「立てないのかよ」
  
女「うわあ、せっかく身に着けた二足歩行だったのに……」
  
男「ほら、立て……引っ張るな引っ張るな、うわっ」
  
女「わあ、押し倒されるー」
  
男「うるせえ酔っ払い」
  
女「ごめん酔っ払い」
  
  
男「さむっ、ここまで寒くする意味が分からん、ああ寒い」
  
女「中学の制服って冬のこと考えてませんよねー」
  
男「コート貸してやっただろ」
  
女「ほんとだ! で、どこで灯油買うんですか?」
  
男「そこのホームセンターだよ」
  
女「うちと一緒だー」
  
男「そりゃあな。……なあ、あいつら、君のこと見てるぞ」
  
女「知り合いですね。手でも振ってやりましょうか」
  
男「俺はどう思われてるんだろう?」
  
女「訊いてきてあげましょうか?」
  
男「いや、別にいい、別にいいって……ああそうか、あいつ酔っ払いだもんなあ」
  
  
女「おにいさん? って訊かれました。兄妹と思われたようです」
  
男「よかったよかった。次からは訊かなくていいぞ」
  
女「私あんまりあの人たちと話したことないんで、どきどきしました」
  
男「いい機会だったな、次会った時も挨拶しろよ」
  
女「いっつもこんな風に気分良ければ、
  学校もそんなに嫌なとこじゃないんですけどねー」
  
男「――さて。アパートに戻るか」
  
女「あ、手伝いますよ……え、なにこれ重い」
  
男「はいはい、気持ちだけ受け取っとくよ。貸しな」
  
女「気持ちも灯油も取られて、私には何が残るんですか?」
  
男「…………こういう時に上手いこと言い返せるようにしないとな」
  
女「酔っ払てんのか! 酔っ払ってんのか!」
  
男「それは確実に君の方だ」
  
  
女「ゆき」
  
男「降ってきた降ってきた」
  
女「私こういうときのために傘持ってきたんですよ」
  
男「俺の家からな」
  
女「さしてあげましょうか? 両手塞がってるみたいですし」
  
男「いいよ。俺は雪とか雨に濡れるのが好きなんだ」
  
女「じゃあ嫌がらせしますね」
  
男「ありがとよ」
  
女「家についたらちゃんと濡らしてあげますから」
  
男「ありがとよ」  
  
  
女「結局互いに濡れちゃいましたね」
  
男「傘が小さすぎたな。濡れてみた気分はどうだ?」
  
女「なかなか最高です。私も濡れるの好きかもしれません」
  
男「そうか。早速で悪いが、ドライヤーが洗面所にあるから、髪と服を乾かせ」
  
女「はーい。水も滴るいい女です」
  
男「かわけ」
  
女「ほらー、一緒に乾かしましょうよ。エコですよ」
  
男「効率悪そうだが」
  
女「効率のことばっかり考えてるから先に進めないんですよ」
  
男「一理あるな」
  
  
女「ブラシありますか?」
  
男「あー、ほらよ」
  
女「でかした」
  
男「ほら、ドライヤー俺が持ってやるよ」
  
女「あとで、長い髪の毛、部屋にばらまいときますね」
  
男「そういうのはいらない」
  
女「乾いた。お酒飲みましょーお酒」
  
男「俺が14歳の頃は酎ハイ一缶で駄目になったんだけどな……」
  
女「立派になったものです」
  
女「あーん」
  
男「ほらよ」
  
女「ピスタチオ、でしたっけ? これ、おいしい」
  
男「へえ、俺の友達は皆これ好きじゃないんだが」
  
女「というか、人に食べさせてもらうものはおいしい」
  
男「今度ジンギスカンキャラメル食べさせてやるよ」
  
女「うん、手を挙げるのさえ、めんどうくさくなってくるんですよねー」
  
男「はーい両手挙げてー」
  
女「はーい」
  
男「下げてー」
  
女「はーい」
  
男「どっちも微動だにしてねえじゃねえか」
  
女「私はー、いまー、眠らないことにー、集中力を費やしてるんです」
  
男「無理すんなよ」
  
  
女「まずいですね。まいりましたね」
  
男「ずいぶん嬉しそうに参るんだな」
  
女「なにがまずいかっていうと、私、ここにいることが、とっても嬉しいんですよ」
  
男「見りゃ分かる。ついてに言うと、俺も嬉しい。それがまずいことなのか?」
  
女「私も、なるべく嬉しいことは避けたいんです」
  
男「若いのに?」
  
女「若いから。あんまりいい思いすると後が辛いじゃないですか。
  こんなことなら、あと二年くらい待っておけば良かったなあ」
  
男「二年もしたら俺はここにいない可能性が高いけどな」
  
女「ああ、じゃあいいのかー」
  
男「そう。今がベストだったんだ」
  
  
女「ねむい」
  
男「俺もけっこう眠い」

女「もうだめかもしれない」
  
男「頑張れ。俺も駄目だけど」
  
女「もっと撫でてください」
  
男「撫でられてから言えよ」
  
女「撫でてください」
  
男「よしきた」
  
女「愚痴でしたっけ」
  
男「そう。愚痴だ。酔っ払ったら愚痴だ」
  
女「私、学校に戻りたいとは思ってるんです」
  
男「そうそう、そういうのを待ってたんだ」
  
女「私、人とのかかわりを絶つのに向いてないんでしょうね。
  現に私、おにいさんといて、とても素敵な気分だから」
  
女「最初は小さなずれだったんですけどねー、
  そのずれに合わせるために別の場所をずらして、
  そうしていつしか取り返しがつかないほどずれちゃったんです」
  
男「俺はそのずれ方好きだぞ、いいと思う」
  
女「あはは、ありがとうございます」
  
男「あ、初めてそれ言われた」
  
女「うん。まあでも、とにかく、おにいさんと後ろめたさなしに接するためにも、
  まともな学校生活を送らないとなーと、思ったわけです。ずれた酔っ払いなりに」
  
男「あー、酔っ払って真理を掴む人もいるんだよ」
  
女「はい。ここでおにいさんが、勇気の出るひとこと」
  
男「……本日二回目の難題だな」
  
女「がんばれー!」
  
男「えー、まず。右足を出します」
  
女「だしました」
  
男「いや、実際にやる必要はない、たとえだ、たとえ。
  右足を前に出すと、姿勢が傾く。君は左足を前に出したくなる、その方が楽だからだ。
  すると同様に、右足を出さずにはいられなくなる、やはりその方が楽だからだ。
  足が交互に前に出る。惰性で君は進む。あたかも自発的に歩いているかのように」
  
女「何かからの引用ですか?」
  
男「強いて言えば君からだな」
  
女「いいこと言うなあ私」
  
男「案外、みんな、惰性で適応してるんだよ。波に乗っちまえばなんてことない」
  
女「おにいさん」
  
男「ん?」
  
女「ちゅー」
  
男「なにしてんだよおまえー」
  
女「そうそう! それです!」
  
  
  
  

男女二人きりでドミノを並べている最中に停電が起きるとこうなる

  
女「うわっ、なに、なにこれ」
男「停電みたいだ」
女「ええ、このタイミングで?」
男「『完成したら結婚しよう』って言った矢先に……」
女「わ、私じゃないよ! 結婚する気満々だし!」
男「ありがとう。なんにせよ、動けない」
女「動けないね」
  
  
女「うわあ、本当に真っ暗」
男「完全に何も見えないね」
女「何か光る物持ってない?」
男「君は僕の太陽だ」
女「うれしい」
男「ライターが机にあるんだけれど、動けない」
女「携帯がソファにあるんだけれど、動けない」
  
  
女「私が何してるか分かる?」
男「いや、全く見えない」
女「カマキリのポーズでした」
男「僕が何してるか分かる?」
女「ううん……四則演算?」
男「恋だよ」
女「張り倒したい」
  
  
女「外で赤ん坊が泣いている」
男「ええ? ……あ、本当だ」
女「五人くらい」
男「やけに多いよね」
女「見たい。何が起こってるんだよ」
男「動かないで。動いたら、負けだ」
女「あ、笑い始めた」
  
  
女「だーれだ」
男「君だ」
女「だーれだ」
男「君だ」
女「意味ないね!」
男「本当にね!」
  
  
男「呼び鈴が鳴ってるよ」
女「こんな時間に、一体誰が」
男「狂ったように押し続けてるね」
女「なにか頼んだっけ?」
男「君さえいれば他になにもいらないし」
女「ですよね」
男「あ、コウノトリかもしれない」
女「ああ、赤ちゃんを運んでくる鳥?」
男「そう。届けにきたのかも」
女「外の赤ん坊はそのせいか」
  
  
女「寒いね」
男「でも、こうすると暖かいね」
女「おいおい」
男「こんなに暗いと、傍にいる君の顔も見えない」
女「雨も降っているから、余計にね」
男「でもそれでいいのかもしれない」
女「顔が見えない方がいいの?」
男「そうじゃなきゃこんなに近くにいられない」
女「さっきから本当に、君は!」
  
  
男「電話が鳴っている」
女「こんな時間に、非常識な人だね」
男「緊急を要すのかもしれない」
女「というと?」
男「チチキトク、スクカエレみたいな」
女「父奇特?」
男「うん」
女「それはまずいね」
男「頑張れ、父さん」
女「よし。こっちからフォースを送ろう」
男「ふぉー」
女「ふぉー」
  
  
女「耳を澄ますと、声が聞こえない?」
男「うん。たすけてー、たすけてーって」
女「それで、向こうに人が見えない?」
男「まさか。この暗闇で」
女「ほら。あの女の人。青白く光ってる」
男「あ、本当だ」
女「そこ、気をつけてくださいねー」
男「踏まないでくださいー」
  
  
女「なんで停電が起こったんだろうね」
男「どこかで雷が落ちたのかもしれない」
女「馬鹿だなあ。そしたら電力は供給されるよ?」
男「え、そうなの?」
女「扇風機とか超ぶんぶん回るよ?」
男「しらなかった」
女「そしたらドミノも倒れてただろうし」
男「じゃあ雷じゃないね」
女「そもそも私、雷嫌いだし」
  
  
女「ねむい」
男「今、何時くらいかな」
女「大体ニ時くらいかなあ」
男「日が昇るまでは結構あるね」
女「いつもなら寝てる時間なのに」
男「夜は寝る時間じゃないよ」
女「ふくろう?」
男「恋が目覚める時間だよ」
女「ほー」
男「ほー」
女「次に変なこと言ったら噛みます」
男「なんだと」
  
  
男「あ、雷だ」
女「びっくりした」
男「一瞬光ったね」
女「見た?」
男「うん。一体なにしてるの君は」
女「びっくりして両手をあげてたの」
男「手術でも始めるかと思ったよ」
女「ちょっとあげかたを間違えた」
男「可愛い反応だね」
女「ありがとう」
  
  
男「今の雷は、かなり近くに落ちたね」
女「やばいなー。超ぶんぶん回るじゃん」
男「おまけにCDも流してたから」
女「超くるくる回るじゃん」
男「何を流していたんだっけ?」
女「インディゴ地平線」
男「まずいな」
女「まずいね」
男「あれが流れると、ついね」
女「一緒にリズムとっちゃうよね」
  
  
女「睨めっこしましょう」
男「あっぷっぷ」
女「あっぷっぷ」
男「あっぷっぷ」
女「今どんな顔してる?」
男「すごい変な顔」
女「……ぷはは。おかしいー」
男「勝っちゃったよ」
  
  
女「……うわっ、虫?」
男「それは傷つくなあ」
女「いや、大きい羽音が聞こえた」
男「ああ、そういうこと」
女「蝉だったらいやだなあ」
男「蝉じゃないよ」
女「そうなの?」
男「そもそも、羽音を出せるのは君くらいだし」
女「私が?」
男「うん。この世に唯一存在する天使の君しか痛い痛い」
  
  
女「いたっ」
男「あ、ごめん」
女「さて、どこにぶつかったでしょう?」
男「肘かな? 固かったし」
女「足でした」
男「君は今どういう体勢なの?」
女「Vの字」
男「ちょっと待って、想像できない」
  
  
女「指先の感触がなくなってきた」
男「どれどれ」
女「ほら。すごい冷えてる」
男「本当だ」
女「ねえ今手元になにかある?」
男「え、いや。なにも、ないよ?」
女「なにその面白い反応」
男「君は何か持ってる?」
女「それがね。今日、喫茶店に行ったじゃん」
男「コーヒーを飲んだね」
女「マッチが手元にある。五本」
男「君は完璧だね」
女「いやあ。あはは」
  
  
女「一本目を使います」
男「おお、明るい」
女「あれ、すぐ消える」
男「ああ。なんか、久しぶりに君の顔を見たよ」
女「お久しぶりです」
男「一段と綺麗になったね」
女「まことに遺憾です」
男「少しくらい動いても、平気そうだったね」
女「うん。今ちょっとだけ見えた」
  
  
男「そろそろ降りてもらってもいいかな?」
女「震動でドミノが倒れるかも」
男「そっと降りれば大丈夫だよ」
女「でも私、342キロくらいあるから」
男「それを膝に乗せている僕は何者だよ」
女「いや、その、速さが」
男「なんの」
女「時速342キロで恋に落ちましたから」
男「なるほど」
  
  
女「じゃあ、降りるよ」
男「うん」
女「そーっと」
男「そーっと」
女「……えっ」
男「ああっ」
女「ご、ごめん。倒しちゃったみたい」
男「マッチ、マッチ」
女「あ、うん。この際、見なきゃ損だね」
男「――おおー。絶景」
女「ぱたぱた倒れていく」
  
  
男「日が昇ってきたね」
女「結局停電は直らなかったね」
男「でも、楽しかったからいいよ」
女「……触れてないのに、なんで倒れちゃったんだろう。ドミノ」
男「完成してたからさ」
女「そうなの?」
男「本人達も気付かない間に」
女「ほー」
男「僕が何しようとしてるか分かる?」
女「慰め、かな?」
男「プロポーズです」
女「ええ、このタイミングで?」
男「手元を見てごらん」
女「……わあ。指輪だ」
男「気付かなかったでしょう」
女「あー、うん。空も飛べそうな気分」
男「飛べそうか」
女「ぱたぱた飛んでいく」
男「ぱたぱた」
  
  
  

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