2017.07.17.Mon.
■[漫画] かっぴー, 春瀬隼 “アントレース”
「あんたのめちゃくちゃな絵 服にできるの――
世界で私だけよ きっと――」
読切ネームの作画者を公募する企画で漫画化された作品。ジャンプSQ. CROWN 2017 SUMMER 収載。
原作者かっぴーは cakes で長編『左ききのエレン』を連載中。話や台詞は傑出してるのに、自他ともに認めるレベルで絵が下手、というような漫画家*1。このもったいなさが今回の企画につながっている感じがある。
おもしろいのは、ネームのストーリーや設定自体が、内容と表現のこのアンバランスをテーマとしているところ。
主人公はふたり。独創的なアイデアを持っているのにそれを伝えることが下手なファッション・デザイナーと、独創的ではないがデザインの意図を汲む読解力とそれを再現する裁縫力を持ったパタンナー。――あきらかに原作と作画の関係になぞらえられている。そのネームで実際に作画を募集する、というのが非常に自己言及的。
なので、募集段階で提示されていたネーム版と、作画者が決まって実際にできあがった漫画版の両方を見ることでこの漫画は真に完成する、と言えると思う。原作者の能力や特性、物語内容、企画の実践過程。それらすべてが不可欠なものとして結びついてこの漫画――というかこのできごとを成り立たせているような。
UNTRACE [ネーム版]
2017 かっぴー
UNTRACE [漫画版]
2017 かっぴー, 春瀬隼
テーマ自体ははっきりしている。
ここで語られているのは、欠点を補い合うこと。
努力と熱意は溢れているのに、でも何か欠点があって。それを補えるような誰かとの出会い、そういうかたちでの人間関係のあり方・コミュニケーションがあるのだということを示している。(このあたりは『左ききのエレン』のキャラクターたちにも共通する)
ストーリーの焦点は入学試験の短い時間に当てられている。面接および実技試験。ページ数のほとんどは即日課題の実技、そのなかでも特にデザインが固まるまでの段階に費やされている。パターンから裁断・縫製の過程はスキップしてクライマックスのウォーキングへ。そこからまた一気に時間が経過して数年後に飛び、全体が回想であることが示される。
人生を定めるポイントとなった入試、およびそこでの出会い。
入学後の諸々の努力や成長の推移は省略され、ただ成功した状態と対比されることで、最初の出会いを深く意味付けるという構図。
また、岸アンナの視点・モノローグも重要。
全体が岸アンナの回想として語られているということ、随所での解説・適切な評価など、正確な眼を持った者の視線が物語の描かれ方を決定付けている。
ネームからの変更点はいくつかあるけど、「あれほど複雑な立体裁断」という台詞をなくしているのは、説明がなくても絵の表現だけで充分だということをよく表している。ネームでは表現しきれない点、たとえば面接と実技で服装が変わっているのはそれぞれ別の日に実施されていることを意味する、といったところなど、ネームが示すプロットや骨格と漫画としての細部表現との違いがよくわかる。
総体として見て、春瀬隼の作画はとても合っている。
最後の服の表現も説得力あったけど、アキラとユウナ。特にユウナのボーイッシュで中性的なところとか。
原作のネームだけでもすばらしいと思ってたけど、やはり絵でなければ語れないような事柄というものもあって、だから漫画として完成に至ることができたのは良かった。
この作品ではクリエイターの「熱量」というものが大きな軸に据えられているわけだけど、現実の創作行為と重なり合うような図式のなかで、つくり手側の熱量を実際に感じられるプロジェクトになっていると思う。
*1:
とはいえ8巻まで進んだ『左ききのエレン』を読み通すと明らかに画力が向上していることが実感できる。前も書いたけど(http://d.hatena.ne.jp/LJU/20170416/p1)きれいに仕上げようとしていないっぽいところがあって、それが下手に見える一因。表現力がない、というのとは違う。
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―Angela Mitchell