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 稲田防衛相と防衛事務次官、そして陸上幕僚長が辞任する。

 南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣された陸上自衛隊の日報の隠蔽(いんぺい)疑惑は、防衛省・自衛隊のトップ3人の辞任という異例の事態に発展した。

 これは単に防衛省・自衛隊の問題にとどまらない。

 実力組織である自衛隊をいかに統制するかという民主主義の根幹にかかわる問題が、安倍政権でこれほどまでに軽々に扱われている。まさに政権全体の姿勢が問われているのだ。

 ■あいまいな監察結果

 この問題では、防衛相直轄の防衛監察本部が、3月から特別防衛監察を実施していた。

 だが、きのう発表された監察結果は極めて不十分だった。

 「廃棄した」とされた日報データが陸自にあったことが、稲田氏に報告されたか。

 それが最大の焦点だった。なのに、報告書はそこがあいまいにされている。

 報告書は、稲田氏も加わった2月13日と15日の会議で「陸自における日報データの存在について何らかの発言があった可能性は否定できない」と認めた。

 その一方で「日報データの存在を示す書面を用いた報告がなされた事実や、非公表の了承を求める報告がなされた事実はなかった」と結論づけている。

 書面は用いなかったかもしれない。では「口頭での報告」はあったのか。多くの人がそう疑問に思うはずだ。

 だがその点について、報告書は何も記していない。

 「非公開」とする決定に稲田氏が関与したかどうかについても、「何らかの方針の決定や了承がなされた事実もなかった」という。政権にとって都合のよい結論をただ示されても、納得する人はどれほどいよう。

 そもそも防衛相は特別防衛監察の対象外だ。稲田氏は約1時間聴取に協力したというが、防衛相の指示で行われる監察が防衛相自身に機能するだろうか。結果をみれば、制度の限界を露呈したというほかない。

 ■安保法の実績のため

 資質が疑問視されていた稲田氏を防衛相に任命し、批判を浴びる言動を繰り返してもかばい続けた首相の責任は重大だ。

 政権が問われるのは、それだけではない。

 実際は存在していた文書を、組織ぐるみでなかったことにした背景に何があったのか。

 昨年7月の日報には、南スーダンの首都ジュバで起きた激しい「戦闘」が記録されている。しかし、首相や稲田氏はこれを「衝突」と言い換えて国会で説明してきた。

 安倍政権は当時、安全保障関連法による「駆けつけ警護」の新任務の付与を検討していた。そんななか日報が開示され、現地で「戦闘」が起きていることが国会や国民に伝われば、PKO参加5原則に照らして派遣継続自体が困難になりかねない。

 日報隠蔽疑惑の発端にはそんな事情があった。

 結果として、派遣延長や駆けつけ警護の付与という政策決定が、国民にも国会にも重要な判断材料を隠して行われたことになる。政権による安保法の実績作りのために、現地の治安情報をねじ曲げたとも言える。

 主権者と立法府への背信行為にほかならない。実力組織の運用について、政府の決定の正当性そのものが揺らぐ事態だ。

 ■国会の役割が重要だ

 防衛省・自衛隊の隠蔽体質をどのように改善し、適正な情報公開や文書管理を実現するか。自衛隊への民主的統制をいかに機能させるのか。

 真相究明をうやむやに終わらせれば、再発防止策は立てられない。そればかりか、再び同じ過ちを起こしかねない。

 加計、森友問題でも見られるように、情報公開や文書管理を軽視するのは安倍政権の体質である。

 これまでの経過をみれば、防衛省の自助努力に任せることはできない。政府による文民統制を再構築すると同時に、国会による統制の機能を強めなければならない。

 与野党は再来週、閉会中審査に臨むことで合意した。稲田氏が参考人招致に応じるのは言うまでもないことだが、安倍首相も出席すべきだ。

 首相はきのう、こう語った。

 「閣僚の任命責任についてはすべて総理大臣たる私にあります。国民の皆様の閣僚に対する厳しいご批判については私自身、真摯(しんし)に受け止めなければならないと思っております」

 ならば自ら進んで出席するのが当然だ。首相は自衛隊の最高指揮官でもある。

 憲法53条に基づき野党が求める臨時国会をすみやかに開き、徹底した議論の上に再発防止の道筋を描く必要がある。

 こうした議論に後ろ向きなら、隠蔽の上に隠蔽を重ねると言われても仕方ない。

 稲田氏の辞任は遅きに失したが、文民統制の不全を正す契機としなければならない。

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