歴史学を学ぶ大切さを伝えるブログ

歴史学は本来、世界主義やその調和の為に存在します。一国主義に留まりその為の単なる道具としてしか歴史学を見れないようでは歴史は歴史ではなくなります。本ブログはそれを踏まえた上で、歴史家としての正しい姿勢を伝える事です。


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所詮、日本の今の「リベラル」とはこんなのもかと思わせる動画があります。



その中で室井氏は国連との問題の中で、8分3秒ごろ「どこかの独裁者の国じゃないんだから」として、最も許せなかったのは、そうした国を10分52秒ごろ「まるですごい全然なんか『後進国』みたいだよね」と続き、それに合いの手を打つかのごとく、ながの彰子氏が「どっかの国みたいですよね」と言い放ったことです。もはやその「どっかの国」については、日本に住む人間なら、大よそ見当がつくと思います。


結局、彼女らが言いたいことは、アタシたちの国は「民主主義」だよねー、だからアジアの中でナンバーワン。それに比べたら、周りのアジアの国なんてひどいのなんの。特に、お隣の半島の北にある独裁国家なんてのは後進国だよねー、という具合に、現実世界を俯瞰すれば「相対的」(一陣営が共有する、それも各国で運用レベルが違う)なものでしかない民主主義の概念を、さも絶対論として持ち上げ、自国を優位に立たせ、それを理由に特定の国を、さも思わせぶりな感じで、日本人なら誰もしもが想像する「どこかの独裁国家」として持ち出し「後進国」であると貶め、差別し、愚弄して、もはや右も左も関係なく、それが今の日本人の思考回路として成立している現実です。

これはもしかしたら、現代日本の「新たな差別形態」なのかもしれません。

過去のモデルケースとしては、「近代化」を遂げていない国々を「非文明国」「野蛮国」として蔑んだ過去の欧米諸国や戦前の日本が浮かびます。


無論、世界を見れば他にも独裁国家はたくさんあります。当たり前のように男性が女性を殴ったり蹴ったり、どこかの首切り広場で日夜流血の処刑劇を繰り広げている王朝国家も存在しているというのに、その王子が日本に来ても彼らは何ら騒ぐことはありません。

つまり日本人は興味がないのです。

今の国内リベラルも、口先では「民主主義ガー」などと言ってみるはものの、中東のどこかの独裁国家の「蛮行」には想像力が及ばず、ワールドワイドに世界を俯瞰することを怠り(ニュースバリューを見れば一目瞭然)、地域に縛られ、何かを理由に近隣諸国を貶められればそれでよいという心理が垣間見えます。

そう指摘すると、きっと彼ら彼女らは否定するでしょう。「自分はリベラルだ」と言い張って、日本の差別にもしっかり言及しているとしますが、結果的に今の日本の北朝鮮報道を見ていると、ほんとーーーに何一つポジティブな言及がなく、テンプレ映像と化した軍事行進やミサイルや核開発、現地メディアが発する「物騒な物言い」や「独裁者金正恩を崇める人々」を映し出すものしかなく、人々をそれを見て恐れ、貶し、果ては(北)朝鮮人には「民主主義を理解する力がない」という理屈で、潜在的にかなりヤバい差別的精神をため込んでいる現実です。

無論、私が指摘したいのはそれが「『リベラル』にも波及していること」であり、悪の代名詞のごとく「独裁国家『北朝鮮』」を出せば、安倍政権だって批判できる。そして日本はそうでないと、またそうでなるべきでないと「上位に立たせる」ことができ、既述になりますが、無論私にはこれが戦前の「近代主義国家(帝国主義国家)」が、そうでない国々を見つけて「野蛮」「劣等」と扱った歴史と非常にダブるのです。



そしてその「独裁国」然り、かつて日本が植民地にして、人々を牛馬のごとく酷使し、その卑しい差別精神の残滓が残っているのかはしれませんが、「独裁国家」というタテマエひとつに、よくもまあ、あれだけ品性もなく罵倒できるものです。いやそもそも、過去の歴史の流れを知っていたら、あそこまで全否定などできるハズもないのに、これは日本人の非常に悪い「癖」ですが、時間がたつと、ころりと「忘れて」、かつて自らの行いすべてをチャラにして、挙句の果てには今の世界情勢という「現状」に振り回され、ひたすら被害者ぶり、我を失い激高する始末です。


それが、彼らの欺瞞性を引き上げる確かな証拠なのです。


これだけ見ると、「お前は民主主義を否定するのか」という文句が飛んできそうですが、私が言いたいのはそこではなく、「もっと世界を多元的に見るべきである」ということです。

というのは、今シリーズ記事の真っ最中ですが、その中の引用本(『アジア・アフリカ講座 日本と朝鮮 第3巻』1965年3月25日 第1刷発行)述べられていることは、戦後間もない「昔の日本のリベラル」は、本当に知識の底が深く、「ただ闇雲に民主主義は良いものだ!」として、それだけでもって「上から目線で他国を貶めたり」思考停止することはありませんでした。

それは「民主主義」を振りかざして世界を脅かす「超大国の論理」だったり、タテマエでは民主主義を標榜するけれども、実際「民主主義」などどうでもよく、自分の意向に従うなら、極右でも、独裁でも、人権弾圧でもなんでもござれで、バルカン半島やアナトリア半島、そして極東の朝鮮半島の南に極右政権を樹立させたり、それが北アメリカにある「民主主義帝国」の都合であることを着実に見抜いていたことです。

私が推測するに、昔は戦争の記憶も生々しく、世界情勢に対するリアリスティックな感情もさえわたり、また朝鮮に対する償いの意識からからきたのかは知りませんが、とにかく今のリベラルには決定的に欠けているものです。

上述の先達からの知識を貯めることなく、また省みることもなく、「朝鮮」を忘却したこれらの者どもの末路は、ひとたび「戦争」の記憶がなくなれば、持ち前の感性も摩耗し、「日本語」という言語に縛られた暁には闇雲にCNNやニューヨークタイムズなどの、アメリカの大メディアを礼讃もしくは信じ切り、ゆえに「彼らの言うことは正しい」という認識が、絶対的にこの国を支配している構造があります。


またおかしな「現在のリベラル」は、ひたすらアジア友好の掛け声のひとつ「日中韓の友好などと叫びますが、あなたちは自身らの認識を破って「独裁国家」である中国をなぜ引き入れ、北朝鮮を除外するのか(またモンゴルも入っていないのも気になる)、本来東アジア「中華圏」の国々(中国・朝鮮(南北合わせ)・日本)「騎馬民族圏(モンゴルやその他の諸種族)も含め、それが本来のあり方で今後先も連帯していくことが正しいのですが、とりわけ日本のアホリベラルたちは、過去の先輩リベラルから何も知識の引継ぎもなく、底抜けの認識を晒している始末です。

どうにも私の「下衆の勘繰り」からすると、中国は独裁国家でも「お金があるから」『仲間に引き入れた』としか思えなく、「金のない」貧乏国家の北朝鮮には『つるんでもメリットがない』から意図的に除外していると思えてしまいます。だから共産圏(もちろん「独裁国家」)の「ソ連」や「中国」とは国交を結んでも、「北朝鮮」とはいつまでも国交を結ばないで、その提唱さえ行うことも、この国では『タブー視』されている現実があります。

よくよく考えると、仮にも「民主主義国家」を称する国ですよね、日本は。

単純にみて、異常すぎでしょう。


話が長くなってしまいましたが、「本題の主役」である、室井さんはリテラの記事(『室井佑月が共産党・小池晃に説教!?「共産党はネットの使い方が下手すぎ」「ネトサポに対抗する組織つくれ」』)の中で、「安倍さんマンセー!」という、朝鮮語や韓国語を使う人々に対して貶める意味しかないネトウヨのヘイトスラングを平気で使い、これが当事者の人々が見たらどう思うのか、ちょっと想像力の足りない人だなと感じざる得ませんでした(それまでは私自身も、調子よく読んでただけに残念です)。

無論、今までの彼女のリベラル活動を否定する気はありませんし、今の日本を状況を変える上では正しいことであり、孤軍奮闘の中、非常に頑張ってこられたと思いますが、もう少し物事の本質を見抜けるようになってほしいと願うは、今の日本のリベラルに対して「過度な期待」なのでしょうか。。。


<参考資料>

・youtube動画 室井佑月「のらりくらりの安倍答弁。加計問題・共謀罪、野党ここでやんなきゃいつやるんだよ」2017.06.05

・リテラ記事 『室井佑月が共産党・小池晃に説教!?「共産党はネットの使い方が下手すぎ」「ネトサポに対抗する組織つくれ」』2017.05.21
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