平成28年1月27日
1 軍縮・軍備管理・不拡散とは
(1)基本概念
「軍縮」(軍備縮小)という用語は,一般的には,「国際的な合意の下であらゆる種類の軍備又は兵器を縮小,削減さらには廃絶する」ことを意味します。また,「軍備管理」という用語は軍備又は兵器の規制,検証・査察,信頼醸成,通常兵器の移転の規制などを指します。これに対し,「不拡散」とは,「兵器一般,特に核・生物・化学兵器といった大量破壊兵器やその運搬手段(ミサイル等)のほか,それらの関連物資や技術などの拡散を防止・抑制し,阻止すること」を意味します。
冷戦期においては,特に1970年代に米国とソ連の間で行われた核兵器管理交渉から軍備管理の概念が生まれ,主として核大国間の戦略均衡の仕組みを作り上げることが重視されました。冷戦末期から冷戦終結後は,軍縮の側面がより重視されるようになり,実際に特定の種類の核兵器を全廃する条約(中距離核戦力全廃条約)も成立しました。また,大量破壊兵器等の開発・取得を企図する国やテロリストなど非国家主体への大量破壊兵器や,その関連物質・技術の拡散の懸念が高まったことを受け,不拡散の取組の重要性が大きくなりました。
(2)なぜ軍縮・不拡散への取組が必要なのか
軍縮・不拡散のための国際的な努力は,人道主義的な観点に加え,世界の安全保障や経済発展を効率的・効果的に実現するために行われています。
第一に,軍備拡張競争や兵器の拡散は国際の平和と安全を損なうことにつながりかねません。無制限に増大した軍備や兵器は,たとえ侵略や武力による威嚇の意図がなくても,他国の不信感を高め,不必要な武力紛争を引き起こすことになりかねないのです。
第二に,経済的な観点からも,莫大な軍事支出は,政府の財政を圧迫します。軍事支出をできる限り抑え,経済開発や福祉などに優先的に国家予算を振り向けることができるような条件を整えることも,軍縮・不拡散外交に期待される効果です。
確かに,世界には,領土紛争,宗教対立,民族対立など,潜在的に武力紛争に発展しかねない問題を抱えた地域が各地に存在しており,世界のほとんどの国が,自国の安全保障を確保するために,軍備を必要と感じています。しかし,各国が軍備を必要と感じていることを踏まえた上で,上記の理由から軍備の規模を適正水準に保ち,できれば縮小する方向で,各国間で協調して調整を進めていくことが必要とされています。
(3)核軍縮・不拡散の現状と課題
核軍縮・不拡散は一定分野で前進が見られる一方,国際社会においては深刻な問題も多く残っています。また,軍縮・不拡散の動向は現下の国際政治に大きく左右される側面も否めません。
現在国際社会の核軍縮・不拡散体制は核兵器不拡散条約(NPT)を中心としています。2010年5月に開催されたNPT運用検討会議は,困難な交渉を経ながらも,NPT体制の三本柱(核軍縮,不拡散,原子力の平和的利用)に関し,具体的な行動計画を含む最終文書を採択することに成功しました。
また,2009年4月のオバマ大統領によるプラハ演説以降,世界に存在する核兵器のうち圧倒的多数を保有する米国とロシアは,戦略核兵器を削減する新戦略兵器制限条約(新START条約)に署名し,この条約は2011年2月に発効しました。国際原子力機関(IAEA)追加議定書の締約国や包括的核実験禁止条約(CTBT)の署名・批准国も増加しています。
その一方で,近年の国際社会は,核軍縮の進展の遅さ,北朝鮮の核問題,核テロリズムの脅威や,原子力の利用の拡大に伴う核物質などの管理強化の必要性といった,重要な課題に引き続き直面しています。特に北朝鮮の核問題は深刻であり,国際社会の強い反対にもかかわらず「ミサイル」を発射し,4回にわたって核実験を強行しており,断じて容認できない事態が起きています。
また,2015年のNPT運用検討会議は中東非大量破壊兵器地帯の設置構想を巡って米・エジプトといった関係国間の溝が埋まらず,最終文書を採択することなく終了しました。ジュネーブ軍縮会議(CD)では核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の交渉を開始できない状況が続いています。新START条約発効後,米露のさらなる核軍縮に向けた交渉も開始できていません。
核軍縮・不拡散をめぐって未だに多くの深刻な問題が残っており,国際社会は一丸となって対処することが求められています。
2 軍縮・不拡散に対する日本の基本的考え方
我が国は、伝統的に以下の4つの基本的考え方に基づいて、軍縮・不拡散外交を積極的に推進しています。
(1)平和への願いと唯一の戦争被爆国としての使命
日本の積極的な軍縮・不拡散の取組の背景には,日本国憲法に謳われる平和主義と日本がよって立つ世界の平和と安全の維持・確保への強い希求があります。また,我が国は唯一の戦争被爆国として,「核兵器のない世界」の実現に向け,核兵器使用の惨禍を訴える使命を有します。
加えて,軍縮・不拡散における主導的な取組の実績は日本の貴重な外交資産でもあり,この分野で引き続き積極的に取り組んでいくことが求められています。
(2)日本の安全保障の観点
日本は,防衛力整備,日米安保体制の堅持とともに,周辺地域や国際環境の安定を確保するための外交努力により,自国の平和と安全を図るという基本的立場をとっています。この外交努力の重要な施策の一つとして,軍縮・不拡散が位置づけられます。
日本周辺地域には,依然として核戦力を含む大規模な軍事力が集中しており,領土や海洋を巡る問題や,朝鮮半島・台湾海峡を巡る問題など不透明・不確実な要素が残されています。このような状況下で,日本は地域の安全保障環境の安定・向上のため,核リスクを確実に最小化していく現実的な核軍縮・不拡散措置を追求しています。
(3)人道主義的アプローチ
兵器の破壊力・殺傷力の向上に伴い戦争の悲惨さが加速度的に増大する中,人道主義的アプローチにより,軍縮・不拡散に取り組む意義が高まっています。日本は唯一の戦争被爆国としての経験から,核兵器使用の悲惨や非人道性を訴える責務があります。
(4)人間の安全保障
軍縮・不拡散は,「人間の安全保障」という観点からも重要な意義を有しています。「人間の安全保障」とは一人ひとりに着目し,保護と能力強化を通じて人間それぞれの持つ豊かな可能性を実現し,一人ひとりの安全を確保するという理念です。
紛争終結後も紛争地に居住する人々の安全,生活を脅かす対人地雷などの兵器は,「人間の安全保障」に対する大きな脅威であり,現在これらの問題への取組が重要視されています。
3 日本の取組
日本は唯一の戦争被爆国として,「核兵器のない世界」の実現に向け,国際社会による核軍縮・不拡散の議論を主導してきています。日本は,様々な多国間の枠組みや二国間の外交機会を最大限活用しつつ,今後とも具体的な取組を展開していきます。
(1)軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)
軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)は日本が主導する取組であり,2010年NPT運用検討会議の最終文書に盛り込まれた行動計画を着実に履行し,核リスクの着実な低減に向けた実質的な貢献を行うことを目指しています。これは2010年9月に日本とオーストラリアによって立ち上げられた,12か国(日本,オーストラリア,ドイツ,カナダ,オランダ,メキシコ,チリ,ポーランド,トルコ,アラブ首長国連邦,フィリピン,ナイジェリア)からなる地域横断的なグループです。
NPDIの特徴としては(1)メンバー国の外相自身のコミットメントによるイニシアティブであること,(2)現実的かつ実践的なアプローチを通じ,核兵器国と非核兵器国との橋渡し役を果たしていることが挙げられます。
2014年4月には広島でNPDI広島外相会合を開催し,岸田外務大臣が議長を務めました。また,2015年NPT運用検討会議ではこれまでの18本の作業文書をとりまとめ,核兵器国と非核兵器国の双方に具体的行動を求める合意文書案を国連事務局に提出しました。最終的に合意には至らなかったものの,議長合意文書案においては,NPDIの提案がかなりの程度盛り込まれたことからも分かるとおり,NPDIは初参加のNPT運用検討会議において高いプレゼンスを示しました。
(2)日本提出の核兵器廃絶決議
日本は1994年以降毎年国連総会に核兵器廃絶決議案を提出し,日本が掲げる「現実的かつ実践的アプローチ」を国際社会に示してきました。
例年この決議は国連総会において,核兵器国を含む幅広い立場の国々から圧倒的多数の賛成を得て採択されています。2015年には,同年のNPT運用検討会議において最終的合意には至らなかったという厳しい状況の下で,日本は107か国の共同提案国を代表して核兵器廃絶決議案を提出し,166か国の賛成を得て国連総会本会議において採択されました。
上記二つの取組に加えて,日本は,G7を始めとした国際的な枠組みの下でも軍縮・不拡散に貢献しています。例えば,核不拡散体制の中核的措置である国際原子力機関(IAEA)の保障措置の強化・効率化に取り組みつつ,輸出管理協力の枠組みである国際輸出管理レジームや大量破壊兵器等の拡散を阻止するためのイニシアティブである「拡散に対する安全保障構想」(PSI)などの取組に積極的に参加・貢献しています。
また,日本は二国間での取組も重視しており,二国間協議を通じて日本と特定の国との間で共有する課題に取り組んできました。2014年は計5回の軍縮不拡散協議を実施しています。2015年のNPT運用検討会議でも,NPDIとしての活動に加え,我が国独自のイニシアティブにより,透明性・運用検討プロセス強化,軍縮・不拡散教育,原子力の平和的利用,CTBTなどの分野において,それぞれの同志国と連携して活動を行い,作業文書の提出や共同ステートメントの実施等を行いました。
核兵器以外の大量破壊兵器である生物兵器,化学兵器や,人道や開発などの様々な分野にまたがる緊急の課題である小型武器,地雷,クラスター弾などの通常兵器の分野における国際的な取組においても,日本は関連する条約・国際的規範の実施や普遍化への貢献,現場プロジェクトへの支援などを通じ,中心的な役割を果たしています。
日本政府が軍縮・不拡散外交を進めていくためには,市民社会の熱意と関心も欠かせません。特に,日本には,核兵器の使用の惨禍の実相を国境と世代を超えて語り継いでいく責務があります。2010年創設の「非核特使」制度,2013年創設の「ユース非核特使」制度の活用を含め,軍縮・不拡散教育は,政府が市民社会と連携する上で非常に重要な分野です。
上記のような様々な取組を通して,日本は重層的な軍縮・不拡散外交を展開し,唯一の戦争被爆国として「核兵器のない世界」へ向けた日本国民の想いをより効果的に実現することを目指していきます。