PA機器のデジタル化とネットワーク
PA機器のデジタル化は、ミキシングコンソールを中心に充実してきました。
これらの機器は、マイクとスピーカーを除く全ての機器をデジタル化することで最大限の能力を発揮します。そこで重要になるのが、デジタル機器をつなぐネットワークです。この「システムのネットワーク化」がデジタルPAシステムの真髄と言えるでしょう。PAシステムをデジタル化することで、音質の向上はもちろんのこと、フレキシブルな運用が可能となるなど、メリットは多数あります。
■PAシステムのデジタル化/ネットワーク化の歴史
- 記録と再生のデジタル化
PAシステムの中で最初にデジタル化されたのは、テープエコーとリバーブマシンです。1970年代に登場したデジタルリバーブは、1980年代に低価格化したことで急速に普及しました。
また、1980年代はCDやDATが登場した時代でもあります。デジタルディレイやCD、DATは音声をデジタルデータ化して記録し、時間をおいて再生する装置と言えます。データを劣化無く記録して再生するという、アナログ技術が苦手な部分からデジタル化が始まっていきました。 - リアルタイム処理
1990年代に入るとスピーカーシステムを制御するアクティブクロスオーバーネットワークやイコライザーのデジタル化が進みました。今ではスピーカー保護リミッターの機能も統合して、スピーカーマネージメントシステムと呼ばれることが多くなりました。
アナログ技術では難しかった精密な調整が可能になり、PAシステムの音質は飛躍的に向上しました。この発展の裏には、音声信号をリアルタイムで処理できるDSPチップの登場があります。近年では、パワーアンプ内部にDSPを搭載し、スピーカーマネージメント機能を備えた製品も登場しています。
また、1990年代にはMADIやCobraNretなどといった多チャンネルデジタル伝送規格が登場していたが、PAシステムに広く採用されることはありませんでした。実際に、この頃のPAシステムというのは、フルデジタルではなく、アナログとデジタルが混在した機器構成になっていて、デジタル機器の需要はそう多くはありませんでした。 - デジタルコンソール
1990年代から2000年代にかけて、PA用メインコンソールとしての要求を満たす本格的なデジタルミキシングコンソールが登場しました。代表的なものは、ヘッドアンプ、DAコンバーター、DSPエンジン、コントロールサーフェスが別々の筐体に収められたセパレート型として実現されました。その際の、コンポーネント間のデジタル伝送ケーブルに汎用性はなく、特定のミキシングシステム専用の部品となっていました。
やがてコントロールサーフェスとヘッドアンプ、DSPを1つの筐体に収めたオールインワン型のデジタルコンソールが発売されるとアナログコンソールユーザーから大きな支持を得ることができました。その一方で、PAシステムのデジタル化は、機器間の接続がアナログのまま取り残されたという結果も残しました。
- デジタル伝送の普及
このように、PA機器のデジタル化は、録音機器や再生機器から始まり、スピーカーをコントロールするプロセッサー、更にコンソールへと進んできました。今では、ほとんどのPA機器がデジタル化されたと言ってもよいと思います。
しかし、それらのデジタル機器の間はアナログで接続されることが多く、デジタル伝送の採用はなかなか進みませんでした。デジタル機器間をアナログ接続すると信号はDA変換、AD変換を繰り返し、その度にわずかずつ失われてしまいます。そのような点において、デジタル伝送の導入は大きな課題となりました。
では、なぜデジタル伝送の普及がなかなか進まなかったのでしょうか?それにはいくつか理由が考えられますが、その中でも一番の理由は、「互換性」の問題でした。
アナログ伝送の場合は、どんな機器間でも基本的には互換性がありました。コネクタの形状やバランス/アンバランス接続の違いはあるものの、その変換ケーブルやコネクタを準備しておけば問題ありませんでした。
一方、デジタル接続では、複数の伝送規格が存在しており、異なる規格の機器同士を直接接続することができません。例え規格が一緒でも、サンプリング周波数とビットレートが一致している必要があり、アナログ接続のようにケーブルやコネクターの外観からは接続の出来るかどうかが判断できません。
また、多チャンネルのデジタル伝送システムにおいては、1本のケーブルに不良が生じた場合に、多数の回線に影響が出てしまいます。このリスクへの不安も無視できない問題となって残っています。多数ある伝送規格のどれが将来主流になり、どれが廃れるのか分からないという不透明感もあります。
デジタル伝送システムの運用には、アナログ接続とは違った知識と配慮、リスク対応が必要です。デジタル化のメリットは十分に理解できるものの、上記のような理由から導入にあたっては慎重にならざるを得ない状況になっているのが現状です。