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■052 生徒会会長と副会長
やっと梅雨も過ぎ去り、初夏になりつつある今日このごろ。
しかし僕ら学生にはその前に片付けねばなるまい強敵が待ち受けていた。
そう、期末テストという名の強敵が。
中間テストの時の反省を踏まえて、今回は余裕を持って奏汰と遥花も試験勉強に取り組んでいた。おかげで僕も足を引っ張られることなく試験勉強を終え、今日、最終日を迎えている。
そして試験終了を告げる解放の鐘が鳴った。
「よーし、じゃあ後ろから集めて持ってくるよーに」
パンパン、と担任の石川先生が手を鳴らす。それなりに手応えはあった。絶対に赤点は取ってないと思う。
「終わったー……」
「もう、HPは1も残ってねぇぜ……」
霧宮の兄妹が机に突っ伏して死んでいる。や、生きているけどね。
「どうだった?」
「聞くな……。この後は神に祈るイベントが俺たちを待っているんだ……」
「たぶん……おそらく……なんとか……運がよけりゃ……赤点は回避できたはず……」
同時に顔を上げた二人は、死んだ魚のような目をしている。
「お前ら……。けっこう前から試験勉強してたはずだろ? なんでそんなに厳しい状況になるんだよ」
「「DWOが……」」
「もういい。わかった」
こいつら……試験勉強の合間にゲームしてたんじゃなくて、ゲームの合間に試験勉強してたな。それじゃ赤点取っても自業自得だぞ。
「シロくん、試験どうだった?」
「ま、なんとかね」
「二人は……」
「ご覧の通りさ」
やってきたリーゼが僕の言葉に二人へと視線を向ける。どうやらリーゼも苦笑いしか浮かばないようだ。
「ま、なんにしろこれで試験は終わりだ。あとは夏休みが待ってる」
「その通り! よっしゃ、遊ぶぞー!」
「我慢してたぶん、楽しむわよ!」
「お前らは夏休みがあるかわからないだろ。追試があるかもしれないし、それでも悪いと夏休みに補習授業も……」
跳ね起きた二人がまた沈み込む。あ、余計なこと言ったかな……。
「ま、終わったことを考えても仕方がない。今日のところは帰ろうよ」
「お前は余裕でいいな……」
「はっくんが冷たい……」
別に冷たくしてるつもりはないんだが。っていうか、お前らのは自業自得だっての。
ボヤく二人を促し、リュックに教科書を入れて帰る準備を始める。試験最終日の今日は午前中で終わりだ。昼飯は帰ってから作ろう。
冷やし中華でも作るかな、と考えているところへ、ざわざわと廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
なんだろ? と思う間もなく、教室の扉が勢いよく開いて、一人の少年が現れた。
黒髪で無造作なヘアスタイルに精悍そうなマスク。目付きは鋭く、なんとなくだが、狼を思わせる少年だ。ネクタイの色は緑。二年生だ。先輩か。
僕らの学校はネクタイとリボンが三つの色に分かれていて、それぞれが学年を表す。現在は三年生が赤、二年生が緑、そして僕ら一年生が青だ。来年度は赤の三年生が卒業し、新たに赤をつけた新入生が入ってくるシステムになっている。つまり、僕らはずっと青というわけで。
その目付きの鋭い先輩はキョロキョロと教室内を窺っていたが、やがて僕の方に視線を留めると、ずんずんと歩いてこちらへとやってきた。え? なんで?
その名も知らぬ先輩は、目の前でピタリと止まると僕のことをジロリと見下した。身長は向こうの方が十センチばかり高いので自然とそうなる。
「……お前が因幡白兎か」
「そうですけど……。どなたですか?」
人違いじゃないらしいな。何の用だ? さっきからメチャクチャ睨んできてるんですけど。どう考えても友好的な態度には見えないんだよね。
いつでも動けるように、足の重心を移動させる。恨みを買うような覚えはないんだけどなあ。
「生徒会副会長の翠羽さんが、一年生になんの御用でしょうか?」
張り詰めた空気の中、声を発したのはリーゼだった。え、生徒会副会長⁉︎ この人が⁉︎
リーゼの言葉に目の前の人物をもう一度観察する。そういや、全校集会とかでこんな人が壇上の端にいたような……。
「お前……転校生の……。お前らには関係ない。これはこちら側の問題だ」
「勝手に物事を進められては困ります。あなたのやっていることはルール違反では?」
え、なにこの雰囲気。バチバチと二人の視線上に火花が散っているように見えるんですけど。
翠羽と言われた先輩はリーゼを睨みながら威嚇するように犬歯を剥き出しにしているし、リーゼはリーゼでずっと微笑みを浮かべているけど、眼がまったく笑っていない。
どうしたもんかと困っていると、不意にパンパンッ! と手を叩く音が聞こえた。
見ると、教室の扉のところに今度は赤いリボンをした少女が立っている。三年生だ。また先輩かよ。
亜麻色の長い髪をウェーブさせた、お嬢様然とした先輩だった。たれ目がちな目はニコニコと笑っている。美人というよりは可愛い系の先輩だな。
「そこまでよ、翠羽君。もう、勝手に動いちゃ困るわね」
「会長……」
翠羽先輩からそんな声が漏れる。会長⁉︎ じゃあこの人が生徒会会長なのか⁉︎ あ、言われてみると確かに見覚えがあるような。
スタスタと会長さんは僕らのところまで歩いてくると、にこやかに微笑んだ。
「ごめんなさいね。勝手に翠羽君が先走ってしまって。あなたが因幡白兎君ね。知ってるかもしれないけど、私は更級更紗。この学校の生徒会会長をしているわ。そしてこっちが副会長の翠羽翡翠君よ」
微笑んで自己紹介をしてくれるが、すいません。まったく知りませんでした。何度か学校行事で拝見してはいたんだろうけど、ほとんど記憶に残ってない。生徒会なんて興味なかったからな……。
「貴女にも謝罪を。こちらにもいろいろとあったの。察してくれると助かるわ」
「……そうですか」
リーゼに対し、ぺこりと頭を下げる更級会長。納得してはいない様子だが、リーゼもそれ以上追求はしないようだ。だが……。
「あの、すいません。いったいなんのことやら僕にはさっぱりわからないんですけど……」
おそらく当事者であるはずの僕は、まるきり蚊帳の外で何の話をしているのかさっぱりわからない。何か僕がしでかしたんだろうか?
「あら、ごめんなさい。────そうね。実は因幡君、あなたに生徒会に入ってもらおうかと私、考えているの」
「え⁉︎ 僕が生徒会にですか⁉︎」
突然の言葉に思わず声が大きくなる。それってスカウトってこと⁉︎
「それを翠羽君に話したら、どこの馬の骨ともわからない奴に任せられるかー! って飛び出しちゃって」
「は、はあ……」
翠羽先輩に視線を向けるとプイと顔を背けられた。
「でもどうして僕なんかを? 言っちゃなんですけど、もっと相応しい人がたくさんいると思うんですけど……」
しかし、どうして僕なんだ? 自慢じゃないが、こないだの中間テストは出来が良かった。だけど学年トップってわけじゃない。上にはまだ十数人いるわけだし、僕よりも優秀な生徒はたくさんいるだろう。僕を選ぶ理由がわからない。
「因幡君。あなた、春に誘拐犯を撃退したんですってね? その話を聞いて、気に入っちゃったのよ、私。学業が優秀な人なら簡単に見つかるけど、そういった勇気と正義を持ち合わせている人はなかなか見つからないから。我が生徒会に相応しい人材だと思ったの」
あー、あれか。
レンシアの誘拐未遂事件は警察から学校にも連絡が行っていて、生徒たちはしばらく集団下校をするように言われてたりした。
レンシア自身はうちの生徒ではないが、事件が起こったのは学区内なので、念のためということだったのだろうけど。
その事件に僕が関わったことは、一部の関係者しか知らないはずなんだが……生徒会会長ともなるとそんな情報まで回ってくるんだな。
「まあ、私の希望ってだけで、今すぐどうこうってことじゃないから。生徒会云々はあまり気にしないでね」
「はあ……」
「個人的にはあなたにとても興味があるのだけれど」
生徒会長のその言葉に、ざわっ、と教室内の空気がざわめく。しかし一人だけまったく平然としていた人物がいた。
「誤解を招くような発言はやめたほうがいいと思いますよ? 白兎くんだって迷惑です」
「あら、そうかしら? 嘘は言ってないつもりだけど?」
リーゼも会長も笑っちゃいるが、なんとも近寄りがたい雰囲気を醸し出している。なんなの、これ……。
「……まあ、いいわ。騒がせてごめんなさい。白兎君、また今度お話ししましょう。翠羽君、行きますよ」
来た時と同じように会長はスタスタと踵を返して去っていく。翠羽先輩は僕を、きっ、と睨みつけたあと、会長の後を追って教室から出て行った。
「いったい何だったんだ……?」
「気にしないでいいよ。ちょっとした気まぐれだろうから」
リーゼがため息をつきながらそう言い放つ。
「リーゼは会長と知り合いだったのか?」
「……知り合いってほどじゃないよ。転校してきたときに会ったくらい」
その割にはなにか因縁めいた雰囲気だったが。
「おい、白兎。いったい何がどうなってるんだ?」
「わかんない。なんか勘違いした先輩に絡まれそうになったところを、別の先輩に助けてもらった……のかな?」
奏汰の問い掛けに僕はそう答えるしかなかった。僕自身よくわかっていないのだ。
「ひょっとしてあの生徒会長、はっくんを好きとか? 怪しいなあ……」
遥花が顎に手をやり、考え込むような仕草を見せる。なに言ってんだ、こいつ。
そしてニマニマした視線を今度はリーゼへと向けた。
「そしてその生徒会長にあれだけ言い返すなんてリーゼもひょっとして? こ、これはまさか恋の三角関係?」
「え、なにが?」
素の表情で返してきたリーゼに、遥花ががっくりと肩を落とす。期待していた反応と違ったようだ。
ま、そうだろうと思ったけど。さっきのリーゼの対応は僕がどうこうではなく、会長の行動そのものに苛立ちを感じていたようだった。当事者が僕じゃなくても同じことをしたんじゃないかね。
「ま、いいや。早く帰ろうぜ。やっとテストから解放されたんだからさ」
奏汰の言葉にみんな頷いて僕らは学校をあとにした。
しかし生徒会ねぇ……。誘ってくれたのはありがたいけど、翠羽先輩がいる以上、入る気がまったくおきないけどね。
明らかに自分を敵視している人と、表面上だけでも仲良くやるなんて器用な真似は僕にはできない。
しかしなんだってあんなに敵視してくるんだか。下校しながら聞いた遥花探偵の推理によると、翠羽先輩は生徒会長のことが好きで、その生徒会長が僕に興味を持っているのが気に入らないからじゃないか、とのことらしい。
ヘボ探偵の言うことだからまったく当てにはならないが。
ともかく今後、あの先輩には近寄らないようにしようっと。
【DWO無関係 ちょこっと解説】
■生徒会について
学園モノにおける定番の組織。作品によって学園を牛耳る支配者側か、生徒たちを導く指導者側に別れたりする。大抵、生徒会長、副会長、会計、書記の四人だが、人数が足りない場合、これに生徒会長補佐、副会長補佐、会計長、筆頭書記、広報、庶務、など微妙な肩書きの人物が加わったりもする。
■『こちら特別転生・転移課』という短編を一本書きました。作品間の繋がりは全くなく、サクッと読めるのでそちらもよろしければどうぞ。
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