廃棄されたはずの「日報」は陸自で見つかった。隠蔽への関与をめぐり稲田朋美防衛相が窮地に立っているが、そもそも自衛隊の「日報」とは何なのか。

本誌連載でもおなじみの元特殊部隊員・伊藤祐靖氏と、武装解除の専門家・伊勢崎賢治氏による対談(2017年5月13日号掲載)を読み返すと、「日報の破棄」が浅はかな言い逃れであったことがよくわかる。

 

戦争とPKOのリアルを語ろう[自衛隊日報問題 前編]

[対談]東京外大教授 伊勢崎賢治 × 伊藤祐靖 元海自2佐(特殊部隊創設者)

 

伊勢崎 まず南スーダンの日報問題から論じましょう。あるはずの日報がないとされ、よく探してみたらありました、というお粗末な件です。

どんな国であれ軍事組織は必ず過失を犯します。日本のような平和な国に駐留していても米軍は過失を犯すのだから、それが戦場で起きないわけがない。交戦時における軍事組織の過失は、戦争犯罪に該当するかどうかを国際法で裁きます。ところが日本は過失を犯す前提なしに海外に自衛隊という軍事組織を送っている。そのめちゃくちゃさがわかっていない。だから、日報を隠すようなことさえ起こるわけです。

東京外国語大学教授 伊勢崎賢治
いせざき・けんじ●1957年生まれ。国連などで東ティモール、シエラレオネ、アフガニスタンの紛争地域で武装解除を担当。(撮影:尾形文繁)

伊藤 活動報告は保存期間が決まっているはずです。

伊勢崎 隠蔽や改ざんはあっても、破棄という概念はないはず。なぜなら、後で国際問題になったとき、当時の状況ではその発砲や軍事行動がいかにやむをえないことだったかを証明しないといけない。その重要な証拠が日報ですから。軍事的過失を犯すという前提がないから、破棄という言葉が使えるんですよ。

伊藤 船では走り書きのメモも3カ月は保存します。航海日誌は30年保存です。破棄はわれわれの習慣にはない。言い出したのは防衛省のシビリアン(背広組)じゃないんですかね。

伊勢崎 私もそう思う。軍人でこれをやったら本当のバカタレです。

元海自2佐(特殊部隊創設者)伊藤祐靖
いとう・すけやす●1964年生まれ。日体大卒。海自の特殊部隊「特別警備隊」の創設にかかわる。私塾で現役自衛官や警察官を指導中。(撮影:尾形文繁)

伊藤 なぜシビリアンの言うことを制服組が受け入れてしまうのか。これは幹部(将校)が防衛大学校に入った時点で問題があるんですよ。

伊勢崎 どういうことですか。

伊藤 私は一時期、防大の教官をしていましたが、一芸を持っている学生が少ないんです。勉強でも運動でもそこそこなんですが、1番ではないんです。一方で防衛省のキャリア官僚は東大出が多いから、一芸といえば一芸ですよね。だから腰が引けている感はありますね。中には背広組に意見できる人もいますけど。

伊勢崎 PKOは内閣府の国際平和協力本部が司令塔です。本部長は外務省キャリアで、ナンバー2は防衛省の背広組です。最近、南スーダンへの派遣をめぐって彼らと議論する機会がありましたが、やはり背広組とぶつかりましたね。「南スーダン軍は正規軍だからまともである」と言うんですよ。実態を知らないんです。南スーダンは建国からわずか6年。そんなのでまともな軍隊が育つわけがない。実態はスーダン内戦から成り上がった軍閥ですからね。

伊藤 そうですね。日本には軍隊という組織を誤解している人が非常に多い気がします。そもそも軍隊というのは、下のほうのやつの集まりなんですよ。

伊勢崎 それは言いすぎでは(笑)。

丸い人と突出した人で強い組織ができる

伊藤 日本人の中には、戦前の日本軍のように規律を守り、プライドを持っている軍隊のイメージがある。でも私の見てきた外国の軍隊はそんなものではありません。一般の兵隊は苦役をする作業員のようなもので、あこがれの職業でもない。それに対して、日本の自衛隊はかなり優秀です。

伊勢崎 品行方正ですしね。防大卒で自衛隊に入って、数年で離れる人がいますよね。たとえばフランスの外人部隊に入ってアフリカを転々として、日本に帰ってきてJICA(国際協力機構)の専門家などになる。もう一つ、人数は少ないけれど新たな潮流になりつつあるのが、シビリアンとして国連を目指す人です。選考の面接をしましたがたいへん優秀です。まじめで志もある。

伊藤 確かに防大出身者は組織には向いています。組織にとってありがたいのは丸い人間です。防大には素養からして丸い人が多いし、丸くなるように育てている。体が丈夫で頭がよくて、人間関係が良好で気配りもできる。何か突出した資質を持っている「一芸君」にはそういうバランス感覚はありません。

丸い人がたくさんいて、一芸君がポツン、ポツンといる組織が強いんです。防大出身者の99%が丸い人間ですけれど、感覚的にいえば、6割が丸くて、あとの4割が突出した人間だと軍としてはいい組織になる。丸い人は軍隊の最前線の指揮官には向かないけれど、組織としては扱いやすいんです。

(撮影:尾形文繁)

伊勢崎 統合幕僚学校で1佐クラスに対テロ論などを教えていますが、彼らはいい目をしています。授業で、「軍事的過失を国家の責として審理する法体系のない国の兵士は引き金を引けない。どんなに高価な武器を持っていっても、ただのはりぼてだ」と挑発的なことを言ったら黙ってうなずく。「言いにくいことを、よく言ってくれた」ということだと思います。そういうところはわかっている。

伊藤 防大教官のときに生活指導をしていましたが、優等生すぎて毒気がないと思いました。軍人という職を選んでいながら、「おまえは本気で引き金を引けるのか」「おまえの仕事は死ぬことと殺すことなんだぞ」と言いたくなるようなのが結構いましたね。彼らの頭には戦闘の現場よりも、災害派遣や幕僚としてのデスクワークがある。入校時には国に身を挺するという気概があっても、防大にいるといつも周りを気にして、しだいに指導官や先輩に怒られないことが第一になってしまう。

(構成・ライター:仲宇佐ゆり)

(後編に続く)