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第六十七話『とっつぁ~ん、コイツぁ頂いていくぜぇ~』
宜しくお願いします。
一旦トイレ休憩を挟み、討議を再開。
時刻は午後11時30分。まだまだイケる。
しかし、『早寝早起き大好き村娘メチャ』の我慢に限界が来ている。
彼女に甘いヴェーダの指示を受けたラヴが、「ね、眠くないですぅ」とグズるメチャを背負って退場。案内役としてササミも同行、彼女も睡魔で足下が怪しい。
ラヴの投げキッスを股間に受けつつ「お休み」と『投げゴリキッス』で見送った。誰かの舌打ちが草原に響いたが、カスガに怒られていた。少し離れた場所で吹っ飛んだ走竜は無事だろうか? ナナミの悲鳴が聞こえる。
何となくトモエの美を讃えたい義務感と衝動に駆られたので、「また若返った?」と、この秋一番の真剣な表情で聞いてみた。
すると、一瞬だけ目を合わせ「ぃゃ、別に……」というハニカミ赤面デレを頂いた。ふぅ。今夜は腰が砕けそうだな……
安心したところでイセと目が合った。冷や汗が垂れる。
イセは可愛らしく鼻筋にシワを寄せ、狼のように犬歯を見せながら威嚇の表情を作り、視線を俺の顔から徐々に下げていき、ある場所で止めると、歯を「カチンッ」と鳴らした。彼女の触覚が揺れる。
俺は気が遠くなるのを耐えつつ、イセにウインクを飛ばす。
イセはそれをパクンと食べる素振りを見せ、俺に向けて舌を出し、舌先で何かをチロチロ舐める真似をしたあと、「チュッ」と可愛らしいキスを飛ばして来た。
まぁ、実際は可愛らしいなんて物ではなく、カマイタチ的な効果の乗ったキスだった。俺の後方から木が倒れる音が聞こえる。間伐かな?
「まったく、お主ら、ナオキで遊ぶのはヤメぬか」
「そうねぇ、見なさい、こんなに小さくなって…… あら可愛い」
「ハッハッハ、なに、構わんさ。『妹』と戯れるのは、兄貴の務めだ」
「フフッ、そうか、お主と我らの妹か、ならば可」
「ヤダ、それって、ヤダちょっと、朕恥ずかしい」
『そろそろ宜しいですか?』
「ムムム、姉上様よ、無粋は困りますぞ?」
「クッ、無念ですぅ……」
ヴェーダのお陰で、ヤキモチスパイラルが回避出来たぜ。
トモエがイセに物凄いガンを飛ばしているが、イセは睡眠学習に突入した。この二人はそれぞれの姉に任せて、次の話に移ろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「つまり、王国が隣国と小競り合いを続けている期間中、俺達は人類と戦わず魔竜戦に備えるわけだ。そうなると、なかなかレベルが上がらん、大森林では経験値を稼ぐ術が無いからな。中部の魔族を襲う訳にもイカンだろ」
「ウム、長城の城門が閉じた今、冒険者の侵入も無い」
「そうねぇ、人間に似たエルフとダークエルフ以外は長城を越えて狩りに出掛けられないものねぇ。ところで、そのエルフ達は今何をしているのかしらぁ?」
『彼らとピクシー五名、そしてメーガナーダは公爵領に囚われた六名のダークエルフ救出に向かいました。ですが、六名は精気型二重結界に護られたエロフソン公爵の居城に収容されている為、現在はアイニィ達の影沼内で公爵軍が動くまで待機させています』
「待機っつってもアレだろ、夜は冒険者狩りしてんだろ?」
『もう少しでダークエルフの三名が進化可能となります』
「クックッ、公爵領の冒険者が死滅せねばよいが」
「ウフフ、朕も長城の向こう側へ地下道掘っちゃおうかしらぁ」
『長城まで地下帝国の領地を広げるのが先です』
「は~い、ウフフ、楽しみねぇナオキさん」
「そうだな、先ず長城を陥落させて――って違う」
危ない危ない、ウッカリ対人戦の話で盛り上がるところだった。人間ブッ殺す事を考えるとワックワクすっぞ?
魂が完全に人外仕様になったからな、気を抜くと「ちょっくら冒険者狩りに行って来るわ」的な感じで長城を越えたくなる。
今は我慢して横道に逸れた話を戻そう。
「獲物が無くなる前に、娘や姉妹達を狩り場に送りたいと願うお前達の気持ちも解る。しかし、妖蜂も妖蟻も前線には出さんぞぉ~」
「フフッ、構わんよ。我らはガンダーラ軍の兵站を護る要だ、前線から送られて来る見事な獲物を皆で分けるさ」
「う~ん、足りるかしらぁ?」
『人類は35億人、ガンダーラ国民の約一万倍です』
「足りますねぇ~」
「そうだぜアカギ、狩って狩って狩りまくって――って違う、そうじゃない」
クソう、クソう、ヨダレまで垂らして何を興奮しているんだ俺は。イカンな、さっさと話を進めねば。
「じゅるり。確かに、長城を越えて人間を掃滅しつつ、領土を広げながらレベルアップといきたいところだが、背後に魔竜を放置したままでは安心して王国と戦えない」
「しかし、魔竜を倒すには力が足りない、か?」
「困ったわねぇ~」
「そこで、二つ提案が有ります。あのですね――」
「ほぅ……」
「あらぁ」
興味深げに俺の話を聞いてくれるカスガとアカギ。
目を閉じて静かに聞くトモエとイセ。イセは聞いているのか?
先ず俺はミギカラの話をした。
ミギカラは下級下位種からの急激なレベルアップでキングまで進化したが、進化の段階を踏まなかったので能力の上昇率は低かった。
しかし、アハトマ種であった為、ただのゴブリンが進化した状態よりはマシだ。五倍ほど違いが有るはずだとヴェーダは言った。俺もそう思う、アイツは強い。
ハイ・ゴブリンだったチョーはレベル54で総合力9万。ガンダーラには同レベルのアハトマ・ハイ・ゴブリン眷属も数名居るが、彼らの総合力は全員20万~40万。ミギカラに至ってはレベル255で総合力2千500万を軽く超えている、能力の上昇率がチョーとは段違いだ。
そして、ここからが本題。
チョーはあの時点で火魔法の熟練度が8しかなかったが、総合力9万のうち、熟練度8の火魔法が占める加算値の割合は4%、総合力に3,600も加えられていた。
チョーの魔力は色がオカシイとイスズは言っていたが、これは転生による変色である事が解っている。チョーがレインやジャキのような特異体であると言うわけではない。身体的には普通のハイ・ゴブリン。
即ち、普通のハイ・ゴブリンが火魔法の熟練度を8に上げただけで、総合力が3,600も上昇したと言う事だ。
魔法攻撃力を上げる為の要素は、魔力、知力、技術、熟練度の四つ。チョーは熟練度を除くこれらの要素がアハトマ種より数段低い。
「――って事だ。レベルアップ時の大幅な上昇ほどは見込めんが、能力値の上昇は基礎訓練を積めば少しずつ上がっていく」
「常識、と言いたいところだが、妖蟻と妖蜂以外の浅部魔族では基礎訓練の実施に至っておらんな」
「ハハハ、今まではそうだな。レベル上昇よる能力上昇ではなく、訓練によって基礎能力値が上がる為、レベルアップ時の能力上昇にプラス補正が掛かる。その補正も先天的に基礎能力の高い奴らに比べれば可愛らしいものだが、馬鹿に出来ん。古参眷属達は理解している」
「スキルの熟練度も、同じ事が言えるわねぇ~」
ミギカラが昔から取得していた【棍術】スキルの熟練度は、たったの17だ。キングとなって取得した【怪力】【土魔法】【金魔法】に至っては熟練度1。基礎能力は俺が鍛えた期間しか上げていない。
ヴェーダを通し、ステータスの詳細を告げる許可をミギカラに貰って皆に教えた。ミギカラは照れていた。さすがだ。
「ほぅ、ミギカラにはまだ伸びシロが有るな……」
「お姉様、お尋ねしても宜しいでしょうかぁ?」
『構いません、何ですか?』
「有り難う御座います。あのぉ、熟練度8の火魔法ですけれども、レベルが54になるアハトマ・ハイ・ゴブリンの能力値で算出された魔法攻撃力は、チョーとやらの何倍の威力があるのでしょうかぁ?」
『現時点ではメーガナーダの一人が出した約七倍が最高値ですね、総合力に2万5千ほど加算されます。アハトマ・ハイ・ゴブリンが出す平均値は約四倍。アハトマ・ハイ・エルフが火魔法を修得したと仮定した場合は、平均すると約二十一倍ほどでしょうか』
「うっひょう、マジかよ」
「ハッハッハ、凄まじいな」
「お姉様、イセとトモエちゃんの場合は……」
『彼女達がレベル54に達し、進化を一度経た場合ですと…… 素の状態、つまり基礎能力を訓練等で上げなかった場合の威力は、推定四ま――』
「あっちゃー、イッケネー、水こぼしたー」
「まったく、世話の焼ける」
「お子様ねぇナオキさんは」
『…………』
何だよ『四ま』って、四万か? 四万以上なのか?
フッザケんなよ~、ぼく死んでしまうなの~。
あの二人はレベル54になって熟練度8の火魔法を所持するだけで、なんと総合力1億4千4百万以上アップなの~。ぼく焼死必至なの~。『それは地獄の業火ではない、ただの火だ』って言われちゃうなの~。
『ちなみに、イセとトモエ両名の毒に至っては…… 小さじ一杯の毒液をエアロゾル化して空中散布するだけで、この惑星に生きる猛毒完全無効化の手段を持たない生命体は死滅します』
聞きたくないなの~。
耳が腐るなの~。
『ですが、ナオキさんを残してガンダーラも滅んでしまいますので、イセとトモエの猛毒散布は現実的ではありません』
「だよなっ!!」
『三十億の死体から漏れる死毒に覆われた大地など、神の御子たる人外帝王が統べる土地に非ず。穢れた大地は蝿の王が統べるもの。ですので、致死性の高い毒のエアゾル化散布は厳禁、違反者はアートマンによる本気の【天罰】が下ります。宜しいですね?』
「そうだぞ、天罰が下るぞ!!」
「諾。味方に被害が及ぶ大量殺傷手段である戦略毒、または戦術毒は抑止力として所有するに留め、使用は控えるべきだろう」
「諾。人類が採りそうな戦略ですねぇ。誓って、自ら外道の道を切り開く事は御座いませぬ。わざわざ餌を腐らせる必要も御座いますまい」
『トモエとイセも宜しいですね?』
「御意。茶を飲みながら敵を葬る趣味は御座らん」
「……うん。恐らく、大神様も、ナオキの意思が及ばない死は、望んでいない。背負うべきものを、自覚出来ない」
なるほど、背負うべきもの……
化学兵器や生物兵器は最初の一手でドミノ倒しのように人を殺しながら広がっていく。それを指示するのは俺や眷属の殺意が込められた一言、最初の一手ではあるが、同じ殺意が込められた【飛石】の雨や大魔法で直接的に命を奪う行為とでは、虐殺しているという自覚に違いが出る、かもな。
戦場から遠く離れた地でコーヒーを飲みながら核ミサイルのスイッチを押す大統領と、戦場で機関銃や肩撃ち式ロケットランチャーを撃ちまくる兵士、その違いか……
大量の死人を出す結果は同じだが、俺が抱くこの毒散布に対する拒否感は何だ?……
単純に気に入らない、ってのもあるが…… あぁぁ、そうか。
無意識のうちに業を背負っても、その業を背負った自覚が無ければガキの頃と同じだ、その行為を罪と感じずにイモムシを殺しまくっていた頃の俺と変わらん。
立派なサイコパスだぜ。
『サイコパスは命を奪う行為の善悪を論じず、求めません。大魔法で直接的に生物を虐殺しても、行為に対する背徳や嘆きと言う意味での罪を感じる事はない、出来ないのです』
だけど、後悔しているとか、言うヤツも居るよな?
『たとえ後悔の言葉を口に出したとしても、それは謝罪ではなく、それを口に出す事が現状での最適解であると意識・無意識に拘わらず判断したに過ぎません。彼らは冷静に狂っています、虐殺の手段について否応善悪で悩むどこかのゴリラとは違います』
遠回しな励ましどうも。
正直言えば、人間や獣人がバタバタ死んだところで何とも思わん。それは相手もおなじだ。しかし、犬や猫が足を引きずって歩く姿を見れば、とても悲しく思う、それもまた人類も同じ。
魔族と獣人、そして人間は互いを嫌悪し合っている。
敵対する二つの陣営に対して大量破壊兵器や最上級大魔法をブチ込む事など、ほとんどの者は何の罪悪感も抱かんだろう。善悪を論じ善を求める機会が有る事だけが、サイコとの違いだ。
だがやはり、気に入らない殺し方は有る。
例えば、眷属のゴブリンやオークが人間の女を『子を作る』という理由以外で性交し、凌辱した上で殺した場合は…… 俺は恐らくソイツらを殺す。
気に入らないモノは気に入らない。
それは死ぬまで変わらない感情かも知れないし、いつか変わるのかも知れない。
毒の散布で虐殺する事も、結局は『気に入らない』から拒否感を覚えた。
「今は魔族が家畜として扱われている事や絶滅寸前の数である事で、取るに足らん存在だと看做され、大量破壊兵器や大魔法の標的にされていないが、安全である保証は無い」
「如何にも、ガンダーラには抑止力となるモノが何も無い」
「イセとトモエちゃんは、まだレベルが低いからぁ……」
「クッ、無念っ」
「仕方が無い」
「ハハッ、そこで、俺達の価値観や戦術・戦略論で『気に入らない』と思う攻撃手段を使用しない為、そして敵にも使わせないようにする為には、それを実現出来る『力』が必要だ」
俺は再びミギカラの事を話した。
ミギカラの強さは前述したが、アイツは未完成だ。
進化の段階を経なかった事は残念だが、この際それは置いておく。問題はミギカラのスキル熟練度と基礎能力。
「それらを上げれば、人間狩りでレベルを上げなくても『アハトマ・センズリン』として上昇した能力に最上位種のプラス補正が加わって総合力が跳ね上がる。他の眷属達も同じだ、今のうちに熟練度と基礎能力を上げておこう」
「しかし、訓練だけではなかなか上がらんぞ?」
はい、カスガが良い事言った。
「そこで…… 魔窟を二つ攻略したいと思います」
「……コアか」
「あらぁ~」
有り難う御座いました!!
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