2012年06月22日

同化政策について

アイヌの文化や言語の衰退については、やはり日本政府の同化政策の影響が大きいと言われている。
日本政府は明治以降、アイヌの風習や言葉をさまざまな面で禁止もしくは制限してきた。
 
アイヌの生活の「変容」については、すでに書いたように、それは、アイヌ自身が選んできた面もあるが、それがすべてではないのである。
 
例えば開拓使は、1871(明治4)年10月8日に、女性の入れ墨や、男性の耳輪(アイヌは男女問わず、耳輪、要するにピアスをつける風習があった)、家送り(かつてのアイヌの生活では人が亡くなった時、その人が住んでいた家を焼いてあの世に送る風習があった)を禁止し、日本語を習得するよう命令した。
原文は以下の通りである。
 
一 開墾致シ候モノヘハ居家農具等被下候ニ付是迄ノ如ク死亡ノ者有之候共居家ヲ白焼シ他ニ転住等ノ儀堅ク可相禁事
一 自今出生ノ女子入墨等堅ク可禁事
一 自今男子ハ耳環ヲ着シ候儀堅ク相禁シ女子ハ暫ク御用捨相成候事
一 言語ハ勿論文字之儀モ相学ヒ候様可心掛事
 
男性の耳輪は禁止して、とりあえず、女性の耳輪についてはしばらく「御用捨(免除)」ということになった。
家送りについては、家を焼いたあと、別の場所に移って新たに家を建てるわけであるが、これを禁止し、定住してそこで農耕をし続けろというわけである。その場合、その代わり農具を支給するとある。要するに、農具を餌に定住生活を推進したわけである。
 
なお、この家送りについては、死者の魂があの世で暮らす時に暮らす家がないと困るだろうということで行ったそうである。
ただし、人が死んだら必ずそうしたとは限らないようであるし、男性と女性とで違うなど、地方によって風習が違ったりもしたようである。
また、本当に住んでいていた家ではなく、ヨシなどで小さい小屋を作ってそれを焼いて送ることもあった。
私の個人的見解だが、考えるに、この風習は、伝染病が蔓延した時には衛生的にも有効だったのではないか。
 
また、アイヌの女性の入れ墨(シヌイェ)は、おもに口の周りや手に施したものである。
これは、女性が少女から大人の女性に成長する過程で施されるもので、信仰的な意味合いもあったと言われている。
http://www.frpac.or.jp/rst/sem/sem1218.pdf
アイヌの伝承では、シヌイェをしていないと死んであの世に行った時に先祖の人たちが出迎えてくれないとか、神様に怒られるとか、そういう話が残っている。
 
また、装飾的な意味合いもある。
実際、シヌイェの美しい女性はアイヌ社会で美人として賞賛されたということであるし、アイヌ自身の美意識が残っていた時代は、シヌイェをすることが女性の憧れであり、シヌイェは大人の女性の印であった。
実際、私の住んでいる北海道の日高地方でも、平成の時代まで、少女時代、シヌイェをすることにあこがれていていたものだと回想するおばあさんがいたのである。
ユカラなどのアイヌの叙事詩でも、絶世の美女が美しいシヌイェを施している様子が描写されていたりする。
 
なお、シヌイェの意味について、結婚している印だという説明があるが、これは明らかに違う。女性は結婚前にシヌイェをするのである。むしろちゃんと入れ墨をしないとお嫁に行けないよと親たちが子供たちに教えさとすこともあったという。
 
また、シヌイェは和人に女性をとられないようにするためだという説明もあるが、これも違うだろう。
(ただし、和人との接触が多くなってきた時代に、そういう意味合いが加わった可能性はあるかもしれない。)
和人との接触が頻繁になる前の時代からアイヌの女性たちが入れ墨をしていたという記録が各地にあるし、和人との接触が遅かった地域(例えば十勝地方内陸部など)でも古くから入れ墨の習慣があったことが分かっている。
また、アイヌ自身の伝承でも、そのような説明は見られない。
和人が来てから、入れ墨の風習が始まったなどという記録は一切ない。
 
この入れ墨一つをとってみても、民族の大事な、固有の文化であり、その民族自身の社会においては非常に意味のあることであったことが分かるだろう。
 
さて、実際は、この禁止令は徹底せず、明治時代の終わりごろまで、地域によっては女性にシヌイェを施す風習は存続していた。
 
女性のシヌイェについては、アイヌの持っていた独特の信仰と結びついていたので、そう簡単には廃れなかったのである。つい10数年前まではまだ北海道の日高地方には口にシヌイェを入れた女性が何人かいた。
私の住んでいる北海道の日高地方の田舎町、様似でも現在60歳前後の人たちは、子供時代周りに何人かシヌイェをした女性がいたということである。
 
こういった形で、さまざまな場面でアイヌの風習が禁止または制限されたことは歴史的事実である。
禁止した結果、それが実際にどれだけ徹底したかはまた別の話である。
 
その中には食文化も含まれる。
それまで自由に鮭をとったりしていたにもかかわらず、漁業権を設定して、アイヌが自由に鮭などの魚をとれなくなったこともアイヌの文化・生活に対する制限である。
(ただし、漁業権を獲得し、漁師をなりわいとしたアイヌも各地にいたわけであるが、それは和人の国の法律のもとで限定的に認められたわけであって、自由に認められていたわけではない。)
 
また、日本政府は、アイヌの多住する地域にはアイヌの児童を対象にした学校(通称「土人学校」「アイヌ学校」)が作られ、日本の風習や言葉が徹底して教え込まれた。
小川正人『近代アイヌ教育制度史研究』(北海道大学図書出版会、1997)などが非常に詳しいので関心がある人はぜひ読んでほしい。
http://www.amazon.co.jp/%E8%BF%91%E4%BB%A3%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E6%95%99%E8%82%B2%E5%88%B6%E5%BA%A6%E5%8F%B2%E7%A0%94%E7%A9%B6-%E5%B0%8F%E5%B7%9D-%E6%AD%A3%E4%BA%BA/dp/4832958313
 
この本のもとになった論文の一つがウェブで公開されているので紹介しておく。
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/29364/1/55_P257-325.pdf
 
こういった学校教育の場では、アイヌ語はまず禁止である。
そして和人の風習や文化、歴史などを徹底的に教え込まれ、アイヌが劣った民族であり、それから脱却して和人に近づくことが必要であることなどが教え込まれたという。
(中には例外的に良心的な教師もいたことが知られているが、全体として、アイヌ学校がアイヌの和人への同化を推進したことは否定できないであろう。)
 
例えば萱野茂さんの名著『アイヌの碑(いしぶみ)』(朝日新聞社、1990/現在は朝日文庫に収録)にこういう記述がある。
 
――――――
日本語をよくおぼえない子は、用便を先生に申し出ることができなくて、そのままもらしてしまって泣き出したとか、日本語の数の数え方を何回教えてもわからないので、先生が「馬鹿者」と言ったら、それが数の言葉かと思い、生徒も「バカモノ」と真似をしたとかの、笑うに笑えない話があったようです。
――――――
 
これは、平取における一場面であるが、こういった教育を受ける中で、アイヌ民族は次第に「日本化」への道をたどっていったのである。
萱野さんはこう書いている。
 
――――――
アイヌは好き好んで文化や言葉を失ったのではありません。明治以降の近代日本が同化政策という美名のもとで、まず国土を奪い、文化を破壊し、言語を剥奪してしまったのです。
――――――
 
これに反論があるならばぜひ聞きたい。
 
これが日本人への「善導」であるならば、アメリカのインディアンやハワイ先住民への同化政策もよきアメリカ人への善導であろうし、オーストラリアもしかり。
そして、中国政府は、中国語を公用語として、チベットやウイグル人たちに学校教育などで中国語や中国文化を強制している。
これを多くの人は中国人(漢民族)への同化政策だと非難しているが、これも見方を変えれば中国人への「善導」であろう。
posted by poronup at 22:04| 北海道 ☔| Comment(2) | アイヌ史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
アイヌ語禁止ってそもそもアイヌ語を喋れる教師がいないんでしょう というか禁止してませんよ、学校で日本語を教えたのです。

>>アイヌが劣った民族であり、それから脱却して和人に近づくことが必要であることなどが教え込まれたという。
こんなのする必要があるんでしょうか?不満度が高まるだけ、やる訳ない。捏造でしょう。

>>自由に漁
自由に漁したら取りすぎたりしてしまうでしょ、自由にするメリットはありません、無政府状態じゃないですか、民間企業として国がきちんと管理監視するのは普通。

日本の風習が教えられたというのはちょっと悍ましいですが、子供は好奇心で好意的にみるし、これから共生していく者たちとの理解を深める為には必須でしょう

>>日本語をよくおぼえない子は、用便を先生に申し出ることができなくて、そのままもらしてしまって泣き出したとか、日本語の数の数え方を何回教えてもわからないので、先生が「馬鹿者」と言ったら、それが数の言葉かと思い、生徒も「バカモノ」と真似をしたとかの、笑うに笑えない話があったようです。

こんなのどうやって知ったんだ?一体どれほど前か知ってるのか?朝日新聞は信用に値しないでしょう。
それにこんなの笑える話でしょ?子供たちですから

>>まず国土を奪い、文化を破壊し、言語を剥奪してしまったのです。
一体いつ家を奪ったのか、市と市の合併と同じプロセス。 文化を破壊ってのにも理由がある、ピアス禁止は病気を防ぐため、風呂にも入っていなかったんだ。今の価値観で考えるからこうなる。言語は禁止していないよ、必要なくなったのです。


>>アメリカのインディアンやハワイ先住民への同化政策もよきアメリカ人への善導であろうし、オーストラリアもしかり。
結局は共生するしかないんですよ
インディアンやアボリジニも英語が話せて良かった場合もあるんですよ。 当時は民族的自決権なぞなかったのですから。

>>中国語を公用語として、チベットやウイグル人たちに学校教育などで中国語や中国文化を強制している。
これが本当かは知りませんが当然では?
別な事させたら余計に偏見が広がるんじゃ


チベットやウイグルへは、外国人は許可無く入ったり自由に動けません。
沖縄と北海道には、外国人も含め通行証も許可証も必要ありません。移動するのみ。

チベットやウイグルは、国外に亡命政府があります。抗議の焼身自殺が起こっています。
沖縄と北海道には独立運動も亡命政府もありません。抗議の焼身自殺もありません。
Posted by dango at 2013年01月10日 03:43
コメントありがとうございます。
実質あなたが第一号です。以前、一つだけコメントがありましたが名前しか書いておらず、本文がないので操作ミスかイタズラかどっちかだと思います。
そこそこアクセスはあるので見てくれている方はそれなりにいるようですが、意見を書き込んでくれたのはあなたが初めてです。

さて、あなたのご意見に一つ一つお返事させて頂きます。

> アイヌ語禁止ってそもそもアイヌ語を喋れる教師がいないんでしょう というか禁止してませんよ、学校で日本語を教えたのです。

学校でアイヌ語を話して怒られたとかそういう記録がありますので、アイヌ語の使用が禁止もしくは抑圧されたことは事実です。

仮に学校で日本語を教えたとしても、アイヌ語を禁止する必要はなかったはずです。
アイヌ語を抑圧せずに、日本語も教えるというバイリンガル教育も選択肢としてあったはずです。

諸外国だと、少数民族・先住民族たちを放置している例も数多くあります。アジアやアフリカの、山岳や僻地の少数民族たちが今も村で自分たちの言葉を使って生活している例がいろいろあります。
その国の公用語を学校で教えつつ、彼らの言葉も制限しないで教育をやっている例もあります。

>>アイヌが劣った民族であり、それから脱却して和人に近づくことが必要であることなどが教え込まれたという。
> こんなのする必要があるんでしょうか?不満度が高まるだけ、やる訳ない。捏造でしょう。

これも数々の記録・証言があり、実際にあったことだから、捏造と決め付ける方が変だと思います。
「やる訳ない」で簡単に否定できることではありません。
「そんなことあってほしくない」と思っても実際にあったことは否定できないのです。

> 自由に漁したら取りすぎたりしてしまうでしょ、自由にするメリットはありません、無政府状態じゃないですか、民間企業として国がきちんと管理監視するのは普通。

北海道にはアイヌがもともと暮らしていたわけで、そこに暮らしていた人たちがそれまで自由にとっていた魚や獣をあとから来た人たちが独占したり禁止するのは理不尽だと思いますが。

そもそもアイヌの生活形態、人口から言うと、とり尽すなどということはありえなかったと思います。
とり尽してしまったら自分たちが困るわけですから、食料を無駄にせず有効活用し、必要最低限のものだけをとるようにする文化がありました。
広い北海道に数万のアイヌだけが暮らしていたならば、そう簡単に資源は枯渇しないはずです。
(ただし、ある時代から、和人との交易への依存度が高まったり、場所請負制度などによって、アイヌが自分たちが食べる分以上の自然資源を採取する傾向になったことはあるとは思いますが。)

「民間企業」というのはどういう意味でしょう?意味が分かりません。

> 日本の風習が教えられたというのはちょっと悍ましいですが、子供は好奇心で好意的にみるし、これから共生していく者たちとの理解を深める為には必須でしょう

それは「共生」とは言えません。
アイヌが自主的に和人の文化を取り入れたならそれは自由ですが、権力をもって強制したり、もともと持っていた風習を抑圧することは間違っていると思います。
仮にアイヌと和人と平等に扱う教育があったならば、和人にもアイヌ語やアイヌの風習を教えるべきだったのではないでしょうか。
ところが、実際はアイヌにだけ一方的に和人化することを強制したわけでまったく平等ではありません。

仮にロシア人(でなく、アメリカ人でも中国人でもトルコ人でも何でもいいです。他意はありません。あくまで例えです)が日本に大量に渡ってきて、学校を作り、日本人の子供たちを強制的に集めて、今から日本語をやめてえロシア語を覚えなさい、などと押し付けたらこれはおかしいと思いませんか。

> こんなのどうやって知ったんだ?一体どれほど前か知ってるのか?

これは、明治41年に学校を卒業した萱野さんの義父の証言を萱野さんが書いています。
まさか作り話ではないでしょう。

> 朝日新聞は信用に値しないでしょう。

「朝日新聞社だから」では反論になりません。
そもそもこの本は萱野茂さんの本であって、出版社が朝日新聞社であるだけの話です。
「朝日新聞だから信用に値しない」とか「産経新聞だから信用に値しない」とか「赤旗だから信用に値しない」とか、そういう決め付けでは議論にならないと思います。

> それにこんなの笑える話でしょ?子供たちですから

劣等感を植え付けられ、心に傷を与えられた人たちにとっては笑い話ではすみません。

>>まず国土を奪い、文化を破壊し、言語を剥奪してしまったのです。
> 一体いつ家を奪ったのか、市と市の合併と同じプロセス。 

アイヌがもともと住んでいた土地を追い出され、強制移住させられた事例はいくつもありますよ。
侵略・植民地化を市町村合併と同一視しているのがそもそもずれてます。

> 文化を破壊ってのにも理由がある、ピアス禁止は病気を防ぐため、風呂にも入っていなかったんだ。今の価値観で考えるからこうなる。

それはあなたの勝手な価値観です。
基本的には、異民族の文化を他者が勝手に否定して抑圧することが間違いなのです。
和人の側が自分たちの価値観をアイヌに押し付けたから問題なのですよ。

仮に自分たちにとって不愉快であったり不衛生・不経済だろうと、まずはその人たちの文化を尊重すべきなのです。
自分たちにとって「残酷」だったり「野蛮」であろうと人様の文化を禁止するのはおこがましいことなのです。
捕鯨が西洋人にとって野蛮でも日本人にとってはそうではないのです。

> 言語は禁止していないよ、必要なくなったのです。

すでに書いたように、アイヌ語については家での使用を「日常生活」で禁止したということははっきり事実としては認定できません。

ただし、学校教育の場では、日本語を徹底的に教え込み、アイヌ語の使用は禁止もしくは制限されたことは数々の記録で実証できます。
しかし、「すべて」の学校で、「常に」禁止だったかというと、それは分かりません。
私は事実に基づく議論が大事だと思うので、必ずしも「禁止」という言葉にこだわりはありません。
「制限」もしくは「抑圧」という表現の方が適切かもしれません。

中には、先生の言うことが分からなくて、生徒同士アイヌ語で話したみたいな証言もありますし(ただしそれは歓迎されなかったでしょうが)、100%禁止だったわけではないようです。

ある時期までは、アイヌは家庭ではアイヌ語を使い、学校など外では日本語を使うバイリンガルの生活でした。
なので、母語であるアイヌ語の影響が日本語に出て、日本語がアイヌ語なまりになってしまい、それを学校で直されたとか、和人の生徒たちにバカにされたという証言もあります。

アイヌ学校の教師の中にはアイヌ語を勉強した人もいたそうですから、アイヌ語を交えて授業した人もいたかもしれないし、アイヌ語の使用もある程度許容した人もいたかもしれません。
ただ、おおむね学校教育の場では、アイヌ語の使用は控えるべきものとされ、日本語の習得が徹底されたことは間違いないと思います。

ちなみに、沖縄や奄美では、自分たちのもともとの言葉を使うと罰として「方言札」なるものを首にかけさせられたことが有名ですが、アイヌにおいてはそういう事例はないと思います。

> 結局は共生するしかないんですよ
> インディアンやアボリジニも英語が話せて良かった場合もあるんですよ。 当時は民族的自決権なぞなかったのですから。

「共生」というのをどういう風に理解されているのでしょうか。
共生というのはお互いが平等な関係であるのが前提でなければなりません。
片方が片方に一方的に合わさなければならない状況は平等でなく、「共生」と言えるかどうか疑問です。

アメリカ大陸やオーストラリアに来たヨーロッパ人たちが、もともと住んでいた人たち(つまり先住民族)の文化や言葉を学び、先住民族がヨーロッパの言語を学ぶなら平等ですが、先住民族たちが英語やスペイン語を強制され、自分たちの言葉を抑圧されたのですからこれは強制とは言えないと思います。
ましてや、そもそも本来なら、「郷に入れば郷に従え」なのですから、あとから来た人たちがもともといる人たちの風習や言葉を身につけるのが本来です。
仮に、日本にロシア人や中国人がどんどん入ってきて、ロシア語や中国語を強制したとして、これを「共生のためだから仕方ない」と言えるでしょうか。

>>中国語を公用語として、チベットやウイグル人たちに学校教育などで中国語や中国文化を強制している。
> これが本当かは知りませんが当然では?
> 別な事させたら余計に偏見が広がるんじゃ

あなたにとっては「当然」かもしれませんが、当の抑圧されている少数民族からしたら当然ではないのです。

> チベットやウイグルへは、外国人は許可無く入ったり自由に動けません。
> 沖縄と北海道には、外国人も含め通行証も許可証も必要ありません。移動するのみ。

それが何か?これは反論なのでしょうか?

北海道については、かつては和人地と蝦夷地に区分し、和人が蝦夷地に入ることを禁じた時代もありました。
琉球についてはかつては日本と別の王国であり、島国ですから、外国人が簡単に渡航できる場所ではなかったはずです。

> チベットやウイグルは、国外に亡命政府があります。抗議の焼身自殺が起こっています。
> 沖縄と北海道には独立運動も亡命政府もありません。抗議の焼身自殺もありません。

アイヌについては、1457年のコシャマインの戦い、1669年のシャクシャインの戦い、1789年のクナシリ・メナシの戦いなど、大きな武力蜂起が3つありましたが、これらの戦いによって、アイヌは完全に和人の支配下に置かれ、武力による抵抗はできない状態になりました。
近代以降、アイヌ自身が日本からの政治的独立を真剣に主張した例はまずないと思います。
ただし、1970年代にアイヌ独立を掲げて抗議活動や破壊活動を行った人たちがいましたが、これらの大部分は非アイヌ(和人)の左翼の活動家たちであって、アイヌ自身による主張ではありませんでした。
(自治権のようなものを求める主張はないわけではありませんが、ごく少数の人だと思います。)

沖縄(琉球)については、軍事にはあまり力を入れてなかったようなので、1609年の薩摩によって征服されて以降、武力による抵抗運動のようなものはなかったと思います。
現在、沖縄(琉球)の独立を主張する人は一部いますが、多数派ではないようです。独立を要求するかどうかは当の人たちが考えることです。要求するならそれはそれで一つの主張ですし、要求しないならそれも一つの選択です。それぞれ尊重されなければなりません。

いずれにせよ、仮に独立を要求しないからといって、歴史的事実は事実なのですから、私が書いてあることが事実であることには変わりないはずです。

以上です。反論がありましたらぜひお聞かせ下さい。誠意をもってお答えします。
Posted by porounp at 2013年01月10日 22:22
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