現代の韓国人はエベンキ族の末裔である、これがネットのなかで唱えられている現代の韓国人の出自です。この説は5年前に初めてネットの中で目にしました、驚き呆れましたが、主張している人たちは自信満々でした。
古代に於いては、朝鮮半島南部の馬韓、辰韓、弁韓、後の百済、新羅、任那の三国は農耕民で歩兵が主体であったのに対して、高句麗は農耕もやっていたが牧畜もやっていて、戦争となると馬を大量戦場に持ってきたという印象がありますし、隋の再三に渡る遠征を跳ねのけたのですから、北朝鮮から満州にかけての大きな国であると考えてきました。
このうち百済と任那は滅亡し、新羅によって朝鮮半島は統一され、高句麗は本拠地を満州に移して渤海国になったと教わってきました。朝鮮半島では新羅文化が基礎になっていて、高麗、朝鮮と国号は変わったが、儒教国で、漢字を用い、姓も中国風の一字姓を用いるという基本は変わることなく来たものと思っていました。
それが途中でエベンキ族に入れ替ったというのです。辞典類ではエベンキ族は、ツングース系民族の一つで、ロシア国内のクラスノヤルスク地方にある旧エベンキ自治区に主として居住するが、中国やモンゴルにも居住する、三ヶ国合わせても6万人から6万7千人程度の少数民族であるとされています。現代の韓国人の祖先であると書いてある辞典は存在しません。
そのエベンキ族が朝鮮半島に侵入し、古代からの韓人を皆殺しにして入れ替わって、韓人に成りすましたのだとネトウヨは主張します。世間では一切聞かない説なのでその信憑性を尋ねると、人殺しも成りすましも今の韓国人の得意技だから、今の韓国人がエベンキ人であることは間違いのない事実であるといった返事がきます。
韓人とエベンキ人が入れ替わった時代に関しては、高麗成立時、モンゴル軍の高麗侵入時、高麗の滅亡時の三通りがあってはっきりとしません。このような重大事の時期が不明確というのも納得ができない話である上に、中国にも韓国にも日本にも、エベンキ族の朝鮮半島侵入の記録が残されていません。このような大規模な民族移動に関しての記録がないというのも変な話です。
新羅や高麗の宗主国の中国になにも記録がなく、エベンキ族に追われた韓人の亡命先になるはずの日本に記録がないというのは納得ができないことです。エベンキ族は、中国に一切知られることなく、日本に亡命者を出すことも無く、韓人を皆殺しにして、朝鮮半島で韓人に成りすましたのでしょうか。
エベンキ族が朝鮮半島を占領すれば、堂々とエベンキ国を建国すれば良いことであり、どうして韓人に成りすまして、その国号や文化を継承する必要があったのか、なんとも不思議な話であるといえますが、ネットの中では全面的に信じられていて、自分たちが在日認定した相手を、このエベンキ野郎と罵るのが定番になってきています。