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第十五章『死に至る罪』

【5】

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「もうすぐか」

 ヒラミーが王城へ情報を伝えに行ってから3日が経った。シンたちはルクスリアに、今のペースならばあと数日もしないうちにアワリティアがやってくると連絡を受けている。

「国の動きが、なんだか少し鈍いように感じるのが心配です」

 シュニーは窓の外、王城のあるほうへ視線を向けながら言った。王国は街道で商隊が行方不明になることについて調査を行っていたが、シンたちには肝心の悪魔への対策が進んでいないように感じられたのだ。
 シュニーは訓練の為に、ヒラミーが情報を伝えただろう日の翌日に1度王城を訪れている。だが、兵の間にはどこか弛緩した空気が流れていたという。そのときは、まだ内容が内容だけに伝わっていないのだろうと思ったらしい。

「兵士が動揺するだろうし、まだ伝えるには早いと考えてるとか?」
「それでは実際に姿を現したときに混乱してしまいます。士気は下がると思いますが、ここは末端まで情報を伝えたほうがいいはずです」
「だよなぁ」

 シンたちはここ数日、街道で商隊を襲っているモンスター退治を行っていた。ギルドのほうでも討伐依頼が殺到しており、シンの参戦は大いに喜ばれた。
 最初の3日ほどでモンスター側も自分たちを狩って回る存在がいると学習したのか、商隊への襲撃はまばらになっている。素材は一部を売却し、あとはプールしてある。

「おやっさんなら、何か知ってるかもしれない。聞いてみるか」

 騎士団の装備も受け持っているヴァルガンだ。注文から軍の動きをある程度把握している可能性もある。これといった予定は決めていなかったので、シンたちはさっそく工房を訪ねた。
 開いているのを確認して、シンは工房の扉を開ける。受付にはいつもと変わらずヴァールの姿があった。

「シンさん、ユキさんも。活躍は聞いてますよ」

 ヴァールのところにもシンの暴れっぷりが伝わっていたようだ。数メルはある猪型モンスターを蹴り飛ばした、鳥型モンスターの群れをまとめて撃ち落した等々、誇張されていると言われてもおかしくない内容だが、ヴァールに疑っている様子はない。
 それなりの付き合いになっているので、シンがいかに常識から外れた存在なのか理解してきているのだ。

「どんな活躍かは聞かないでおくよ。おやっさんと話がしたいんだけど、奥か?」
「ええ。今日はなんだかいつもと様子が違いますね。どうかしたんですか?」

 以前、洞窟で手に入れた武器を持ってきたときもそうだったが、ヴァールは人をよく観察している。シンがいつもの技術の研鑽にきたのではないと、会ってすぐに気付いていた。

「気になることがあるんだけど、ちょっと簡単に確かめられなくてさ。エルクントの安全にもかかわることだから、早めに確認しておきたいんだ」
「国の安全、ですか? もしかして、あれかな」

 シンの返答を聞いたヴァールは、思案顔で視線を下げる。

「思い当たることがあるのか?」
「じいちゃーー親方と国の兵士さんが話しているのを少し耳にしただけですけどね。話していいことなのかかわからないので、すみませんがじいちゃんに直接聞いてもらえませんか」

 国との取引をおいそれと話せるわけがないので、シンは了承したとうなずいて工房の奥へと向かった。今回はシュニーも一緒だ。
 工房からは鉄を打つ音は聞こえない。シンが工房に入ると、ヴァルガンが腕を組んで何かを考えているようだった。

「お前か」
「何かあったのか? 何もせずに工房でじっとしてるなんて珍しい」
「鉄を打つだけが鍛冶師じゃあない。ま、今回は鍛冶の技術とは関係ないがな」

 しかめっ面のヴァルガンは何か納得がいかないとでも言いたげだ。

「詳しく聞いても? ヴァールが何か国の兵士と話をしてたって言ってたけど。あ、何を話してたかは聞いてないぞ」
「かまわん。お前さんも関わっていることだからな」
「俺も? ってことは、悪魔か」

 やはり何かあったのかとシンは思う。国と鍛冶でシンが関われるようなものはそれしかない。

「国の連中は、悪魔は討伐されたからもう対悪魔武器は打たなくていいとぬかしやがった。儂とて危機が去って浮かれるのに水を差す気はない。が、悪魔ってのはそう簡単にくたばるもんなのか? もっと何かしてくるもんじゃねぇのか? 儂はそこがどうにも気に入らんでな」

 対悪魔武器を作る過程で悪魔に関する情報を多く知ることになったヴァルガンは、国の対応に納得がいかないらしい。

「おやっさん。その話、いつ来た?」
「いつも何も、今日だ。今日。お偉方は儂らの知らない何かを知――」
「おかしい」

 ヴァルガンが最後まで言う前に、シンの独白が響いた。

「何がおかしいってんだ?」
「悪魔は、まだ死んでないぞ? 上層部にも、もう伝わっているはずだ」
「なんだと?」

 シンの発言を聞いたヴァルガンは、しかめていた表情を驚愕に変えた。

「そりゃ、おかしいだろ。だったらなんだって対悪魔武器の注文がなしになるんだ」
「情報がどこかで止められているのか。それとも上層部そのものがどうにかなってるのか。なんにせよ、ろくなことになってなさそうだ」

 ヒラミーは確かに伝えたと言っていた。ヒラミーが何かされた様子はないので、まず疑わしいのは伝えた相手かその上役とシンは考える。多少時間は経っているとはいえ、前回王にあったときに異常はなかったのだ。その時から今までの間に上層部が掌握されたとは思いたくなかった。

「悪魔の仕業、でしょうか?」
「どうだろうな。でも悪魔の信奉者もいるって話だ。そっちが動いた可能性もある」
「そんなやつらがいるのか?」

 シンとシュニーの会話に、ヴァルガンが割り込む。悪魔に協力する者がいるということが理解できないのだろう。

「悪魔の業は、もともと人の欲だって話だからな。釣られる人間もいるんだろうさ」
「頭が痛くなるな。否定できないのが困る」

 ヴァルガンは頭に手をやって目を閉じた。

「何はともあれ、上層部がどうなってるのか確かめた方がよさそうだな」
「確かめようがあるのか?」
「そこはまあ、ちょいとな」

 言葉を濁して、シンは肩をすくめてみせる。

「こっちも伝手を当たる。揉め事は起こすなよ? あと、武器は作っといた方がいいか?」
「騒ぎを起こす気はないよ。武器は可能なら作っておいた方がいい。必要になる」

 もうすぐ来る、とは言わない。だが、シンの目をじっと見つめていたヴァルガンは「急ぐ」とだけ言って鎚を手に取った。
 シンもうなずいて工房を後にする。

「王城へ行きますか?」
「ああ、こりゃ正攻法で時間をかける余裕はなさそうだ」

 忍びこむと言外に告げる。正面から行ったところで、悪魔の情報を止めるような状態で面会の許可が下りる可能性は低い。
 シンは人のいない裏路地に入ると同時に隠蔽ハイディングで姿を消し、跳んだ。工房の屋根の上に着地しシンは、シュニーが追従してくるのを確認して王城へと走り始めた。

 しかし、シンたちが動きだしたまさにその時、思いもよらぬことが起こる。

「なんだ!?」

 聞こえてきたのは、爆発音に似た轟音。シンは驚きとともに音のした方へと目を向ける。

「あれは、まさか……」

 視線の先、同じものを見たシュニーも驚きを隠せていない。
 それもそのはず。まだ数日の猶予があると言われていたアワリティアの巨体が、外壁を破壊していたのだ。
 シンとシュニーがシーリーンとともにダンジョンで倒した個体の倍以上、7,8メルはある巨躯。そこから繰り出される拳が、外と内とを隔てる壁を次々と殴り崩していく。土煙がもうもうと上がり、壁の崩れる音がシンたちの耳にも届いた。

「行くぞ。何をしたのかわからないが、アワリティアが来やがった!」
「はい!」

 アワリティアの後ろからは、多数のモンスター反応が近付いてきている。整然と並んで進むそれは、シンに洞窟で見たモンスターたちを想起させた。おそらく、武装もしているだろう。
 それに対して、アワリティアの前にはてんでばらばらの方向に動く人の反応があった。動かないものもあるのは、アワリティアを見て硬直しているか、外壁が崩れたことで怪我でもしたのだろう。

「まずいな。あれが中に入ったらしゃれに――」
「シン?」

 唐突に言葉を切ったシンにシュニーが問いかけると、その手にはメッセージカードがあった。

「ルクスリアも何があったのかわからないみたいだ。感知をすり抜けるように移動した……まさか、転移でも使ったっていうのか?」
「理論上は、結晶石さえあれば可能ですが」

 転移はプレイヤーのみのスキル。それがシンたちの常識だ。
 モンスターが転移スキルを持っていないこともあるが、そもそもモンスターに転移する必要がないからでもある。基本的に決まった範囲内を徘徊するか、一ヶ所に留まるのがモンスター。
 街から街へ、ギルドホームからフィールドへと動きまわるのは、プレイヤーだけなのだ。

「くそ、そりゃそうだ。ルクスリアを見れば知恵があるのはわかってたってのに。転移で奇襲してくるなんて、戦い方がわかってるじゃないか!」

 してやられたイラつきを込めて、シンは叫ぶ。アワリティアは門ではなく東門と西門の中間ほどの位置を破壊している。距離はあるが森から一番近い位置だ。モンスターの存在をギリギリまで隠すならば、ここしかない。

「シュニーは外から来るモンスターを頼む。逃げ遅れた人を助けてくれ」
「アワリティアに単独で挑む気ですか?」
「心配するな。本来の力を持っていても、負ける気はしない。まずはあいつを全力でぶん殴って、壁の外に吹っ飛ばしてやる」

 飛ぶような勢いでシンとシュニーは屋根の上を走る。アワリティアは外壁の破壊を優先しているようで、中に入って暴れる様子はまだない。
 これならばまだ何とか。そう思ったシンをあざ笑うかのように、あと少しで現場に着くというタイミングでアワリティアの巨体が消えた。

「くそ、あの野郎。人型になりやがった」

 マップにありありと浮かんでいた反応も、アワリティアが人型になったことで小さくなっている。それも、慌てふためく人の波の中に紛れて見分けがつきにくい。
 しかし、モンスターと人の反応は違う。すべての場所が人で溢れているわけではないのだ。まだモンスターが崩れた外壁の隙間から中に流入していない今ならば、見失うことはない。
 そう思っていたシンの思惑は、またしても裏切られる。

「おいおい、街の中にモンスターの反応がでてきてるぞ」
「これは、いったい」

 シュニーも困惑していた。外にあるモンスター反応は、まだ街から距離がある。突然現れたモンスター反応は、それとは別のもの。だが、そんな反応はなかったはずなのだ。
 最悪なのは、モンスターの反応に紛れてアワリティアの反応がどれかわからなくなったこと。安直にルクスリアのところへは向かわず、モンスターに紛れることを優先したようだ。

「アワリティアの反応、見失いました……」
「俺もだ……」

 初めこそモンスターの数が少なかったので追えていたが、モンスターが固まっているところに入られてしまい、どれがアワリティアの反応かわからなくなっていた。

「まずいな。王城のほうでもモンスター反応がある。どうなってるんだ」

 見えている範囲だけでも様々なモンスターが街の中で暴れている。外の整然と並んで侵攻してくるモンスターと違い、その動きは目的があるようには見えない。好き勝手に暴れているという印象だ。

「こっちを混乱させるための捨て駒って感じだな。それでも街の人にとっては脅威ってのがきつい」

 冒険者の多いギルド周辺や衛兵の詰め所の周りなどは闘い慣れている者が多いのである程度生存圏を確立できている。モンスターのレベルが高くても200で、ほとんどが単独行動なのもその一助になっていた。

「どうしますか?」

 足を止めたシンをまっすぐに見つめて、シュニーは問う。モンスターだけを吹き飛ばすような都合の良いスキルはない。ここにはシンとシュニーしかいないのだ。何をして何をしないのか、選択しなければならない。

「初めに言った通り、シュニーは外のモンスターを頼む。中にいる奴らとは強さが段違いだからな。対抗できるやつが少なすぎる」

 外から来るモンスターはかつてシンが洞窟で見たものとそう変わりないレベルと考えられる。街の中で暴れているモンスターとは、強さの桁が違うのだ。

「シンはどこへ?」
「俺はルクスリアのところへ行く。アワリティアが出るとしたら、あそこが一番確率が高い」

 アワリティアの目的だけははっきりしている。他に思いつく場所はないのだ。シンならば単独で倒すことも出来なくはない。なので、最も可能性の高い場所に向かうことにした。

「シュニーは外が終わったら中も頼む。どこも対処しきれてないからな」

 シュバイドたちがいてくれればとつい思ってしまう。ツァオバトに事情を話して連れてきてもらおうとしたのだが、フィルマ・セティ組は現在瘴魔デーモンによって占拠された街の奪還に、シュバイド・ティエラ組は枯れそうな世界樹の復活に手が放せないと連絡が来ている。どちらも捨て置くわけにはいかない案件で、援軍は見込めない。

「わかりました。出来るだけ急ぎます」

 互いにうなずいてシンは学院へ、シュニーは崩れた外壁へと走る。
 エルクントの危機は、誰も予想していないタイミングで始まりを告げた。


 ◆


 外壁が外側から砕かれる。それは、エルクントの住民の冷静さを奪うには十分だった。
 運悪く外壁の近くを移動していた人や馬車は瓦礫に押しつぶされ、振動と衝撃だけでも多くの怪我人が出た。
 だが、悪夢は終わらない。崩れた外壁の向こうから、それを行った張本人が姿を現したからだ。

「なんだ……あれ……」

 外壁にも劣らぬ背丈を持ちながら、見えるのは上半身のみ。筋骨隆々の体に獅子の顔を押しつぶしたような胴体。そして、その口から伸びる雄山羊の骨をかぶった雄山羊の顔。捩れた角は黒く禍々しい。
 その外見は人々の知るモンスター像とはかけ離れており、冒険者ですら怯むほどだ。

「う、なんだ……気分が」

 動くことを忘れた住民たちに、悪魔の力が襲い掛かる。抵抗力など無きに等しい人々にとって、アワリティアの放つ状態異常を与える能力はことさらよく効いた。シンやシーリーンほどの力があれば不快感を感じる程度で済むが、レベル一桁や二桁の住民にそんな力はない。立ち尽くしていた住民のみならず、大怪我をして悲鳴を上げていた住民までもが動きを止めて苦しげな声を上げるだけになる。
 そして、それは冒険者や衛兵も同じだった。レベルの低い住民たちに比べればはるかに強いはずの彼らでさえ、アワリティアの力の前には立ち上がることも出来ない。
 レベル750。それは、選定者の中でも極一部の者たちだけが戦うことが出来る強さを表す。上限が決まっている人ではほとんどの者が辿り着くことのできない次元の強さは、そもそも『戦い』という状態に持っていくことすら難しい。
 突き抜けた強さを持たなければ、それは『戦い』ではなくただの『蹂躙』と成り果てるのだから。

「どうなってるんだ。悪魔は、倒されたんじゃないのか?」

 吉報として伝えられた情報を信じていた衛兵が、どうにか立ち上がろうともがきながらつぶやく。勇者と悪魔狩りの一族によって、エルクントを狙っていた悪魔は討伐された。国の上層部から伝わってきたのだ。信じないわけがない。
 しかし、ならば自分の目の前にいるのはなんなのか。あの禍々しい姿とこの力は悪魔のものではないのか。
 悪魔というものを意識してきた衛兵が、外壁を破った相手を見てそう思ってしまってもおかしいことではない。

「だれか、たすけて……」
「動けるやつはいないのか」
「くそ……体が、重い」

 そこかしこから、助けを求める声が上がる。
 冒険者や衛兵の中には辛うじて立ち上がれる者もいたが、それだけだ。自分のことで精一杯で、他人に手を貸せるほどの余力はない。
 今この場所だけでも相応の怪我人、もしくは死人がいる。いつ外壁を崩したモンスターが入ってくるかわからない状況で、人々を避難させるなど不可能だった。
 だが、衛兵たちの知らぬところで状況が変化する。その場にいた者たち全員を苦しめていた不快感が、唐突に消えたのだ。

「なん、だ?」
「頭がくらくらする」
「おい! 外にいたやつがいなくなってるぞ!」

 まだだるさの残る体を起こしていた衛兵たちの中で、回復の早かった者が外壁の方を見て声を上げた。他の衛兵が慌てて外壁を見ると、そこには崩れた外壁の破片が山となっているだけで、どこにも破壊をもたらしたモンスターの姿はなかった。かわりにぽっかりと空いた外壁の空白部分が目につく。さらにその先で上がる土煙も衛兵たちの目に入ってきた。

「何か、来る」
「モンスターだ! だがおかしい。あいつら、武装してるぞ!」

 眼のいい衛兵が信じられないと声を上げる。列をなして突撃してくるモンスターは、そのどれもが体にあった鎧を身に纏い、手があれば剣や槍を、なければ角や牙を強化する武具を身に着けていた。

「くそ、ギルドと軍に緊急連絡だ! 動けるやつは武器を取れ! ここで食い止めなければ、街になだれ込んでくるぞ!」
「あの数だぞ!? それに見たことのないモンスターばっかだ。こんな状態で止められるわけがねぇ。一旦引くのも手だろ」
「ダメだ。あれが壁を越えたら、どれだけ犠牲が出るかわからない!」

 大声で怒鳴り合う衛兵は、そのどちらも剣を握る手が震えていた。治安維持のために戦闘訓練も受けている衛兵だ。目の前のモンスターの集団がどれほど危険かなど考えるまでもなく理解している。戦えば全滅は必至。無理だと諌めるもう一方の衛兵の言葉は間違っていない。
 だが、先のことを考えれば、安易に引くわけにもいかなかった。街の中にいる住民はその大半が戦闘などできないのだ。モンスターに襲われれば運が良くてすぐ殺される、運が悪ければ生きたまま貪られることになる。それは、衛兵として見過ごすわけにはいかないことだ。

「ああ、くそが! 俺だって守れるもんなら守りてぇよ!」
「だったら知恵を貸してくれ。ここで壁になっても、蹴散らされて終るだけだ」
「ちぃ、わかった。こうなりゃききゃしないだろうが弓と魔術で少しでも時間を稼ぐ! 逃げたいやつはとっとと逃げやがれ!」

 話し合う時間も惜しいと、防衛を唱えていた衛兵に詰め寄っていた側の衛兵が大声で叫ぶ。彼とてエルクントの街を守る者。決して自己保身のみで諌めていたわけではないのだ。
 しかし、衛兵の予想に反して、逃げる者は1人もいない。

「けっ、誰も逃げねぇでやんの。突っかかった俺が馬鹿みてぇじゃねぇか」
「そうでもないさ。こうして俺たちがぶつかって腹を決めた奴もいるみたいだぞ」
「馬鹿な奴もいたもんだ。巻き込みやがったんだ、あとで奢りやがれ!」
「生きてたらな!」

 腹をくくったが故の強気の笑いを浮かべて、2人はモンスターを見据えた。他の衛兵も、たまたま近くにいた一部の冒険者も武器を構えている。エルクント出身の冒険者たちだ。
 皆一様に笑みを浮かべているが、緊張と恐怖から無理をしているのが誰の目にも明らかだった。

「来るぞ……」

 弓を持っている者、遠距離攻撃の魔術が使える者が攻撃しているが、1体も脱落していない。命中しても、その身に纏った防具が防いでしまうのだ。
 地響きとともにモンスターが迫る。
 しかし、その一団が外壁の隙間を通って街に入り込むことはなかった。衛兵たちの頭上を飛び越えて、モンスターに雷撃の矢が降り注いだからだ。
 放たれる魔術のことごとくを弾いていた防具も、モンスターが本来持つ毛皮や鱗も貫いて、雷撃は群れの前方を固める一団を行動不能に追い込んだ。完全に倒しきっていないモンスターもいるが、ダメージと麻痺で満足に動けずにいる。突然の攻撃に足を止められなかった他のモンスターに踏みつぶされたり、逆に足を引っ掛けて後続の列を乱したりと散々な状態だ。

「マジか……なんだありゃ」
「まだ来るぞ!?」

 雷撃の次に飛んできたのは氷の矢。ただし、衛兵たちの知るものの百倍はあろうかという大きさだ。
 矢というよりは巨大な氷柱と言った方がいいだろうそれは、モンスターの群れの上で爆発したように砕け、細かな矢となって降り注ぐ。こちらは雷撃の範囲外にいたモンスターを狙っていた。
 氷の矢の雨は雷撃と同じくモンスターの防具や毛皮をものともせず、果実に串でも刺すかのような容易さでその身を貫いた。モンスターのタイプによって貫通したものと突き刺さったままのものがいるが、どちらも勢いを止めるには十分。

「すげぇ」

 モンスターが次々と倒されていく中、誰かがそうつぶやく。
 もしここに元プレイヤーがいれば雷撃は雷術系魔術スキル【サンダー・スプリット】、氷の矢は水術系魔術スキル【アイス・アスト】だとわかっただろう。
 まだモンスターは残っていたが、目の前で炸裂した魔術を見ればたいした数ではないと衛兵たちには思えてしまう。
 これほどの魔術の使い手ならばその名が知れ渡っているはずと誰もが考えた。雷と氷。威力からアーツではなくスキル。そこまで考えて、該当する使い手が誰も思い浮かばないことにその場にいた全員が内心首をかしげた。
 そこに、魔術を放った張本人が降り立つ。衛兵たちからは見える後ろ姿は、赤いロングコートとホットパンツに黒のロングブーツ。そして、風を受けてふわりと舞う金髪だ。体格と髪の間から見える長い耳から、エルフかハイエルフの女性だとわかる。放たれた魔術の威力から、衛兵たちは自然と女がハイエルフだと考えた。
 魔導士が来たと思っていた衛兵たちは、ハイエルフが両手に赤と青の短剣のようなものを持っていることに違和感を覚えた。圧倒的なモンスターの群れを吹き飛ばす魔術を行使するとなれば、強力な杖を持った魔導士に違いないと思っていたのだ。
 しかし、他にはそれらしき人物はいない。困惑する衛兵たちを前に、ハイエルフは左手に持った赤い短剣を残りのモンスターへと向ける。すると、わずかな間を置いて切っ先の先から深紅の光が迸った。
 炎術系魔術スキル【クリムゾン・レイ】
 魔力によって高密度に収束した熱線がモンスターの間を駆け抜け、それを追うように地面から爆炎の花が咲いた。炎と衝撃で残っていたモンスターが薙ぎ払われる。その威力は先に放たれた魔術とは比べ物にならない。熱線の直撃を受けたモンスターはドロドロに溶け崩れ、そうでないモンスターも防具のあるなしなど関係なく爆発の衝撃と熱の余波で四散するか炎上するかの二つに一つだ。熱線が通り過ぎたあとは、凄惨な焼け跡と死体だけが残っている。

「俺たちの決意は何だったんだ?」
「気持ちの再確認、かな」

 事態が急変に急変を重ねたせいで、衛兵たちも混乱していた。だが、同時に安堵もしていた。一時しのぎかもしれないが、危機は去ったと。
 しかし、その考えは長くは続かない。

「おい! 街の中でモンスターが暴れてるぞ! 戦えるやつは手伝え!」
『なんだって!?』

 シュニーの存在感と魔術スキルの威力と音に気をとられていた衛兵と冒険者たちは、聞こえてきた言葉の内容を理解するとハッと我に返る。
 その叫びは、から聞こえてきた。つまり、もう街の中にモンスターがいるということだ。
 だが、他に外壁が崩されている様子はない。ものがものだけに、壊されれば轟音が響くし、距離があってもいくらかは目視できる。少なくとも、つい先ほど外壁を打ち砕いた化け物の姿は見えない。衛兵たちの頭に浮かんだのは、モンスターによって外壁ではなく門が破られた可能性があるということ。門を閉めればいくらか耐えられるだろうが、背後から大量のモンスターが迫ってくれば門の前はパニックになる。占める前に突破された可能性は十分ある。

「この場所以外の外壁や門は破られていません。理由はわかりませんが、街の中に突然モンスターが出現したようです。レベルは低いですが数が多く、広範囲で同様のことが起こっています。ここは私が塞ぎますので、近い場所から鎮圧していって下さい」

 わずかに生き残った個体に個別に止めを刺していたハイエルフが、よく響く声で衛兵たちに呼びかけた。外壁に辿り着くまでに見たモンスターのレベルはせいぜい100を少し超える程度。数は多いが、その程度ならば衛兵や居合わせた冒険者でも対処は可能だ。

「もうわけがわからねぇぜ」
「そう言うな。彼女の言葉が正しいなら、俺たちでも対処できる。ここはまかせて別の場所へ行くぞ」
「仕方ねぇな!」

 呆れる者、愚痴を言う者、モンスターのレベルを聞いて安堵する者等々。反応は様々だったが、最後は皆一様に武器を持って街に散っていった。

 ◆

「さて、私も急がなくては」

 衛兵たちが移動し始めるのを確認したハイエルフは、崩れた外壁に目を向けつぶやいた。
 衛兵たちはモンスターや魔術の威力に気を取られて気づかなかったが、その正体は変装した状態のシュニーだ。変装状態なので、装備もいつものではなく動きやすさを重視した軽装となっている。
 外壁はその頑丈さゆえに破壊されたところ以外はそのままだ。だが、過剰な衝撃の余波でどこまで痛んでいるかはわからない。シュニーがモンスター殲滅時にまず近くにいたものを【サンダー・スプリット】と【アイス・アスト】で潰し、距離のある残りを【クリムゾン・レイ】で吹き飛ばしたのもそのせい。
 初めから【クリムゾン・レイ】を連射していれば、いくらか早く片付いただろう。しかし、崩れかけた外壁の近くで爆発系の魔術を使えば、さらなる崩落を招きかねないリスクがあった。

「念のため、強度を増しておきましょうか」

 外壁をこのまま放置すれば、また別のモンスターが入ってきかねない。
 シュニーはまず土術で土を操り、圧縮して硬度を上げた土の網を形成した。そして、それを内包するように巨大な氷の壁を作り出す。シュニーの魔力の影響で、その強度は外壁になんら劣るものではない。氷なので時間経過で溶けるが、あくまで応急処置なので問題はなかった。シュニーが何もしなくとも1週間は持つのだ。

「モンスターはあれだけだったのでしょうか」

 外壁を駆け上がり、シュニーはモンスターが隠れていたと思しき森に目を向ける。シュニーの感知範囲はシンほど広くない。しかし、それでも視界の範囲内は十分カバーできる。森の中にも、他の場所にも先ほどと同じような動きをする反応はなかった。
 モンスター反応はあっても、それはせいぜい2、3体がまとまって行動しているくらい。反応の方向も動きもばらばらで、今回の侵攻とは無関係の個体だとわかる。

「あとは、中にいるモンスターですね」

 すぐに手近なところに向かってもよかったが、シュニーはそうせず感じられる反応と自身の使えるマップをじっと見つめた。長く時間は取れないが、ただモンスターを倒して回るだけでは根本的な解決にはならない。他と違う動きをしている個体やモンスターの密集している場所など、何かおかしなところはないかと目を凝らす。
 仮にアワリティアを倒さなければ延々とモンスターが出続けるというならば、シンがアワリティアを倒すまで続ければいい。だがもしそうでないのならば、原因を見つけて対処すればシンの援護に向かえる。

「っ! これは……」

 時間にして数分。マップとにらめっこしていたシュニーの目が、ある一点に集中した。
 そこはほんの数秒前にモンスターのいた場所。獲物を探してモンスターが動き出したあとに、それは起こった。
 何もなかった場所に、モンスターの反応が突如出現したのだ。

「なるほど、どこからかモンスターが送り込まれているのですか。街のあちこちにこういったポイントを作っておいたのですね」

 調教師テイマー従魔召喚サモン・パートナーか、それとも転移ポイントでもあるのか。詳細は不明だが、行けばわかるとシュニーはモンスターが現れたポイントに向かって走り出した。
 屋根を伝って辿り着いた場所では、あちこちでモンスターが暴れまわっている。モンスターの出現ポイントの近くなのだから、数が多いのは必然だ。

「どきなさい」

 シュニーは通りに溢れるモンスターの中へと躊躇なく突き進んだ。
 右手に持つ『瑠璃焔』からは青白い炎が、左手に持つ『緋炎』からは深紅の炎が噴き出している。斬撃を受けたモンスターは刃から傷跡へと移った炎が全身に広がり、わずかな間をおいて灰燼と帰す。すれ違いざまにモンスターを切り裂き、灰だけを残して進む様は残酷だが美しい演舞のようだ。
 街の中に出現しているモンスターはレベルは低く武装もしていない。当然といえば当然の結果だ。
 モンスターを無視して屋根伝いに進んでもよかったが、それをしなかったのは襲われている住民や窮地に陥っている冒険者が進路上にいたから。元を潰すのが被害を防ぐための最善策とはいえ、目の前で殺されそうになっている者まで切り捨てるほど冷酷にはなれない。
 シンでもこうする。シュニーはそう思った。

「これは……」

 辿りついた場所は、どこにでもありそうな商店。ただ、入口は無残に破壊され、モンスターが店の周辺を徘徊していた。
 シュニーはモンスターを一撃で灰にし、店の中に入る。無残に破壊された店内の奥。そこには、たしかに元凶が存在した。しかし、それはシュニーの予想したものとは少し違っていた。
 倉庫のような5メル程度の広さのある空間。そこで魔導士のような格好をした男が床一面に広がった魔術陣の前で杖を振り上げている。
 そして、今まさにシュニーの目の前で魔術陣が光り、モンスターが姿を現した。男の苦悩の声とともに。

「た……ぅけ……」

 まったく体勢を崩すことなく、灰となったモンスターを見た男の口からかすれた声が漏れる。シュニーを見る男の顔は頬がこけ、肌は荒れ果て、今にも死にそうな病人と言われても納得できる風貌だ。ローブからかすかに見える髪も不自然に真っ白で、杖を持つ手はミイラのよう。その様は、強力なドレインを受けた人間の状態に近い。

「なんということを」

 シュニーは男の状態をすぐに看破した。シンを待つ間の500年。シュニーは様々なものを見てきた。その中には、口にするのもはばかられる残酷な所業も多くある。
 相手が人のときもあれば、モンスターのときもあった。男のそれは、シュニーの経験からすれば珍しいものではない。強制的に魔力を吸われ、モンスターを召喚するための魔力タンクにされているのだ。これは、相手が人だった場合によく見られたパターンである。

「…………」

 シュニーは無言で、『瑠璃焔』を振るった。空中に青い斬線が走り、男の首が落ちる。男の死体は、地面に倒れる前に青い炎によって灰となった。
 男が完全に死んだことで、魔術陣が沈黙する。男の命とリンクしているのだ。生命活動の限界。命を魔力に変えて、死ぬ寸前まで魔力を吸い出すための機能。
 シュニーが発見した時点で、男のHPも魔力も0だった。男が意識を保っていたのは、単純にまだ魔力を絞れたから魔術陣の機能で生かされていただけ。
 こうなってしまっては、もう助けることはできない。止めを刺すことが、せめてもの情けである。

「他の場所も、こうなのでしょうか」

 念のため、シュニーはシンに教わったスクリーンショットを使用して魔術陣を記録しておく。もし、他の場所も同じ状態ならば、術者が完全に死ねばそれ以上の召喚はなくなる。モンスターの出現ポイントを全て潰さなくても時間経過で沈静化する可能性もなくはない。
 もちろん、確証などない。別の方法で出現させているポイントがあるかもしれないし、出現するモンスターがより強力なものになっていく可能性もある。
 シュニーは安易な判断はせず、他のポイントも潰していくことを決めた。召喚用の魔術陣の規模から、ある程度広さのある店なり倉庫なりに的を絞ってマップを確認する。

「これは、少しおかしいですね」

 街の中に溢れていくモンスター反応。どの程度のペースで増えているのか全て数えているわけではないのでわからなかったが、シュニーの経験では魔術陣による召喚はおよそ数分毎に1体。1時間かけても20~30体がせいぜいだ。
 まだ外壁が崩れて30分も経っていない。それにしては、モンスターの数が増えるのが早すぎた。その理由は至極簡単。発生源である魔術陣の数が多いのだ。
 ただ、マップでモンスター出現ポイントを確認していたシュニーはその数もそうだが、設置されているだろう場所にも違和感を持った。最初は広さや場所を限定して注視していた為に気づかなかったが、よくよく観察して見ると、おかしな場所でモンスターが出現しているのがわかる。

「大通りにも出現ポイントがある? それでは、いくらなんでも住民や衛兵に気付かれるはず」

 発見されやすいのもそうだが、仕込んでおくのも難しいとシュニーは考える。シュニーが見た限り、魔術陣には隠蔽工作はされていなかった。

「この反応、道のない場所を移動している?」

 商店に来るまでの道中、建物を壊して進む個体も見かけた。しかし、それにしては反応の進み方が早すぎる。まるで、障害物などないかのような速度だ。
 そこまで考えて、シュニーは気付く。すぐにマップを操作し、地下も含めた立体表示に変更した。

「なるほど、地下水路ですか」

 かつての聖地ほどではないにしろ、今の世界でもある程度の規模を持つ国や都市は地下に用水路を作っている。現実世界の下水道のようなそれは街中に張り巡らされ、全容を知るのは国の一部の人間のみと言われていた。そこに魔術陣を仕掛けたのだ。

「まずいですね」

 シュニー1人で潰して回るにはあまりにも数が多い。反応の中には内壁の先、王城のある方の街で動き回っているものもあった。

「ユキさん!」

 とにかく手が足りない。何か対策はないか考えながら手近なポイントを潰していたシュニーに、大声で叫ぶ声が届いた。
 声のしたほうに目を向けると、幾人かの冒険者を引き連れたマサカドが愛剣を目印代わりに掲げている。

「急いでるとこ悪いんですけど、この事態を解決するのに手伝えることってありますか? 目につくモンスターは潰しながらきましたけど、数が減ってる気がしないんですよ」

 状況が状況だ。挨拶もなく、マサカドは本題に入った。
 シュニーも手早く情報を開示する。

「人を使った召喚に、地下水路ですか」
「地上もそうですが、地下はかなりの数です。それぞれにモンスターを呼ぶ魔術陣が仕込まれています。時間が経てばモンスターが増えることはなくなるかもしれませんが、仕掛けた相手を考えればそう簡単にはいかない可能性もあります」
「さっきのやつなら俺も見ました。悪知恵とか働きそうですからね」

 壁の破壊は多くの人が目撃したとマサカドは言う。マサカドは悪魔討伐に参加したことはないが、悪魔の姿は攻略サイト等で掲示されているので見たことがあるらしい。壁を破壊したモンスターを見たとき、すぐにぴんときたようだ。

「危険があるかもしれないので頼むのは気が進みませんが、とにかく今は手が足りません。魔力タンクになっている者が力尽きるのを待つよりも、我々で潰した方が被害も少ないはずです。地図があればおおよその位置は教えることができるので、なるべく多くの人に協力してもらいたいのです」
「了解です! それなら俺も力になれる!」

 潰すだけならば出現するモンスターの傾向から選定者でなくても可能だとすでに知っているようで、マサカドは様子をうかがっていた冒険者たちに振り返る。

「話は聞いてたな? とにかく数だ。モンスターどもが出てくる場所を押さえればこれ以上モンスターが増えることはなくなる。いつまでもあいつらに好き勝手させるなよ! ただし、やばいのが出たらすぐ逃げろ」

 マサカドの号令に「応ッ!!」と威勢のいい返事が返る。危険があるのはモンスターが跋扈している街中で戦うときも同じだ。この場にいる者たちは、誰一人臆することなくうなずいた。
 数人がギルドと衛兵に連絡に走る。
 シュニーはマサカドの持っていた地図に魔術陣がある位置を書き込み、スキルで複製して残っていた冒険者たちに渡した。地図を受け取った冒険者は、最低でも3人で組を作って街に散った。

「マサカドはどうしますか?」
「俺は地上で普通の冒険者じゃ対処が難しそうなやつや数が密集してるところを潰して回ります」
「わかりました。私は地下に向かいます。あと、念のためにこれを」

 そう言ってシュニーはカードの束をマサカドに渡す。シンの手製の回復薬ポーションだ。普通の回復薬ポーションより効果が高く、即効性もある。

「油断しないように。ヒラミーが悲しみます」
「はい。わかっています。俺としては、学院にいるヒラミーのほうが心配ですけど」

 ルクスリアは学院にいる。必然的に、アワリティアが向かう先も学院になるはずだった。マサカドが心配になるのも当然だ。

「学院にはすでにシンが向かっています。悪魔用の仕掛けも用意してありますから、大丈夫でしょう」
「そうですよね。うっし、気合入れていきます!」

 マサカドはやる気に満ちた表情でモンスターのいる方向へ走っていった。不安がないわけではないだろう。しかし、マサカドはそれを態度や表情に出すことはなかった。今何をするべきか、わかっているのだ。

「私も、負けていられませんね」

 シュニーもすぐに移動を始める。まずは地下水路への入口へ。1秒でも早く、モンスターを殲滅するのだ。


 ◆


 エルクントを守る外壁が破壊され、モンスターが街に溢れる少し前。異変は王城内でも始まっていた。
 訓練場には多くの兵が部隊ごとに集まり、武装の確認をしている。兵士の顔はどれも緊張を隠せず、中には困惑した表情のまま鎧を身に纏っている者もいた。

「まさか、他にも悪魔がいたなんて」
「学院が悪魔の存在を隠蔽していたっていうのか? だとしたら、職員はもう……」

 準備をしていた兵士が誰にともなくつぶやいた。
 アワリティア討伐の報が広まり、城に勤める者たちの間に安堵感が広がっていたところにもたらされた知らせ。これには、城勤めの中でもとくに兵士たちを動揺させた。
 1体で都市を壊滅させる化け物相手に、ただの鉄の剣や槍で挑まなければならないのだ。いくら数が多くても、安心など出来ない。対悪魔武器は、全ての兵士にいきわたらせるには数が少なすぎた。

「悪魔狩りの一族が悪魔に取り付かれてたって話も聞いたぞ」
「悪魔に味方したら、そっちもまとめて討伐だろ? 勝てるのか? 俺たち」

 情報が錯綜している。
 末端の平兵士にすら、様々な情報が舞い込むという異常事態。誰も彼もが真偽のわからない情報を口にし、それでいてその全てが正しいと認識していた。

「おいおい、一体どうなってるんだ!?」

 そんな中、まだ正気を保っている者がいた。エルクントの勇者の一翼であるファガルと直属の部下の騎士たちである。
 エルクント外縁の調査に出ていたファガルたちが城に戻ってくると、物々しい雰囲気で兵士たちが武具を身に纏って戦の準備をしていたのだ。困惑せずにはいられない。
 何事かとファガルが偶々近くを通った兵士に問えば、学院に潜む悪魔を討伐せよという近衛隊長直々の出撃命令が下ったと返ってきた。

「馬鹿な……」

 ルクスリアのことは国の上層部で情報を止めていた。国の兵士といえども、ただの一部隊の隊員が知りえるものではない。そもそも、近衛隊長であるナムサールはルクスリアがアワリティアと敵対しており、同時に人に対して害意を持っていないことを知っている。
 討伐命令を出すのならば、相応の理由があるとファガルは考え、悪魔関連で何かあったのかと兵士に重ねて問うた。しかし、返答は『わからない』の一言。そのあとも、シンやユキが悪魔側についただの、学院が悪魔の支配下にあるだのと、ファガルにはわけのわからない情報が兵士の口から伝えられる。

「まったく、一体何がどうなってるんだ」
「おそらく精神系のスキルが使用されているんだと思います。肉体は鍛えられても、精神はそうもいきませんから」

 ファガルの部下の中でも、魔術による仲間のサポートや回復を得意とする騎士の1人が考えを述べた。2人いる副長の内の1人で、ナクリという女性の選定者だ。

「この言葉に出来ない嫌な感じの正体はそれか。だとすると、事態は逼迫しているかもしれないな。私は王に事情を聞きに行く。ことがことだ。動くなら王の許可が必要だからな。カッシュとナクリは騎士を率いてシーリーン殿に話を聞いて来い。もしどこかの部隊に組み込まれそうになったら、俺が戻るまで待機という命令が出ていると言え。責任は私が取る。あと――」
「武装はとくな、ですね?」

 カッシュと呼ばれた強面の男は、ファガルの言いかけた言葉をわかっているとうなずいて続けた。彼もまた、選定者である。

「そうだ。ナクリは可能な限りの防御系スキルを皆にかけてやれ。今以上の違和感を感じるようになったら城から退避しろ。我々までこれに囚われたら国を守る者がいなくなる」
『……了解。お気をつけて』

 2人の返事はそろっていたが、カッシュは不満気な、ナクリは心配そうな声音だ。
 カッシュは何も出来ぬふがいなさを悔やみ、ナクリはその中に1人で行くファガルを案じていた。

「さて、何かわかればいいが」

 右往左往する兵士たちの間をするりと抜け、ファガルは王のいる部屋へと急いだ。

「ここは静かだな」

 通常ならば、王は今の時間は執務を行う部屋にいる。真っ直ぐにそこへ向かうファガルは、部屋に近づくに連れて喧騒が遠ざかっていることに気付いた。場所が場所だ。武装した兵士でも近づくことはそうない。しかし、もしそれ以外の理由で人がいないのならば、由々しき事態だ。
 焦る気持ちを抑えてファガルは急ぐ。執務室が見える場所まで来ると、扉の横に警備兵が2人立っているのが見えた。どちらもファガルの顔見知りだ。

「王はこちらか?」
「そうだが、どうしたのだ? そんなに慌てて」
「城の中の様子がおかしい。兵たちが悪魔討伐の準備をしているのだが、命令が出たというのは間違いないのか王に確認しにきた」

 命令を出した近衛隊長ナムサールはどこにいるかわからない。カッシュたちに言ったように王が事情を知らないはずがないので、ファガルは安全の確保のついでに命令の真偽も確認するつもりだった。

「そのような命令が出されたなど聞いた覚えがない。貴殿の情報こそ間違いではないのか?」
「そう思うのもわからないでもない。しかし、下では今この瞬間も兵士たちが戦の準備をしている。情報が錯綜しているようだが、私が聞いたところによると学院に悪魔がいるそうだ」

 話を聞いた警備兵たちも、城についたときのファガルのように困惑した表情になった。それを見て、ファガルはこの2人はおかしくなっていないようだと考える。

「王に謁見する許可を頂きたい」
「しばし、待て」

 警備兵の1人がファガルに背を向けて扉をノックする。受け応えをしている間、もう1人の警備兵はいつでも武器を抜ける体勢でファガルから目を離さなかった。困惑していても、油断はしない。たとえ相手が勇者だろうと、顔見知りだろうとだ。それが彼らの仕事だった。
 数秒の受け応えの後、警備兵が取っ手に手をやる。入室許可がでたようだ。
 もう一人も取っ手を掴み、無言で扉を開く。

「おぬしが連絡もなしに突然来るとはな。何が起こっている?」

 ファガルを一目見て、クルンジードはすぐに何かが起こったことを察した。ファガルの説明を聞くと、眉間にしわを寄せる。

「そのような話は初耳だな。ナムサールならば、まず我に情報を伝えるはずだが」
「わかりません。居場所がわからなかったので、まずは王の安全を優先するべくこちらに参りました」
「うむ、大儀である。しかし、一体何が――なんだ?」

 クルンジードの話を遮るように、2人の耳に轟音が届く。音のした方向はちょうど窓のある位置。ファガルが窓の外へ目を向けると、崩れる外壁とその先にいる巨大なモンスターの姿があった。

「な……」

 一瞬、ファガルは言葉を失った。大型ゴーレムの攻撃でもびくともしない外壁が崩れ、その奥にモンスターの大群が見えたのだ。

「どうした? 何があった?」
「外壁が、破壊されました。巨大なモンスターの攻撃に、耐えられなかったようです」

 王の言葉を受けて、ファガルは我を取り戻す。そして、視線の先にいるモンスターについて考えをめぐらせた。
 そして気付く。人型に近い外見。獅子を押しつぶしたような胴体。獅子の口から生える雄山羊の骨をかぶった頭部。
 その特徴的な姿は、シーリーンの報告にあったアワリティアの外見的特徴に当てはまる。

「馬鹿な。なぜ悪魔がここに」
「シーリーンとシン殿が倒したのではなかったか?」
「そのはずです。調査に向かった兵の話では、激しい戦闘の跡がはっきり残っていたとか」

 ならばなぜ。疑問がファガルの中を駆け巡る。
 倒したと思わされたのか。ただ逃げおおせていただけか。理由はわからないが、悪魔が攻めてきているという事実だけははっきりしている。

「姿を消した? ルクスリア殿のほうへ行ったのか?」

 はっきりと見えていた巨体が、一瞬で姿を消していた。何か小さな人影のようなものが見えたので、人型になって街に入ったのだろうとファガルは予想する。得ている情報から考えれば、行き先は学院だろう。
 崩れた外壁へと急ぐか。学院へ行って悪魔と戦うか。王を守る為にこの場に残るか。ファガルの中でいくつかの選択肢が生まれる。
 悪魔が暴れれば街の被害が広がるのは必至。しかし、崩れた外壁の向こうから迫るモンスターも見逃せない。どれを優先しても、どこかで被害が出てしまう。
 判断に迷うファガルだったが、その迷いの間に、選択肢が一つ潰れた。外壁の外にいるモンスターが魔術で一掃され、外壁の隙間も氷で埋められたのだ。

「あれは、シン殿かユキ殿だろうな」
「はい。あれならば、外からモンスターが入ってくることはないでしょう」
「ならば、あとは悪魔だ。ナムサールがこれを予想していたのかはわからぬが、都合はよい。対悪魔武器を持った者のみを選抜し、討伐に迎え。おそらく、シン殿たちも動いているだろう。可能ならば合流し、悪魔を討つのだ」
「はっ!!」

 懸念すべきことは多い。しかし、今は悪魔討伐が最優先。王の命を受け、ファガルは執務室をあとにしようとした。

「む!?」

 扉に手をかけようとしたファガルが、弾かれるように下がった。剣を抜き、扉の奥を警戒する。

「……兵たちを混乱させている元凶がいるとは思っていたが、直接こちらを狙ってきたか」
「お逃げください。この禍々しい気配。只者ではありません」

 外には警備兵もいた。扉に近づくまでファガルに存在を気付かせなかったことからも、姿の見えない刺客の技量が伺える。
 相手の強さは未知数ながら、相当高いことを察したファガルは即座にクルンジードに逃げるように進言した。ファガルクラスが本気で戦えば、執務室程度の広さでは確実に巻き込んでしまうからだ。

「やれやれ、やっとこいつが堕ちたと思ったらまた邪魔者かよ」

 クルンジードが隠し通路に身を投げるのと、扉が開き始めるのはほぼ同時だった。開いていく扉の向こうから、ファガルの聞き慣れた声が部屋に響く。ただし、その口調はひどく軽い。ファガルの知っている人物ならば、絶対にしないしゃべり方だ。

「できれば、外れて欲しい予想だったんだけどな」

 執務室に入ってきた人物を見て、ファガルはつぶやく。

「そう言うなよ。親しい仲だろ?」
「あいにくと、初めましてだな。貴様、何者だ。ナムサール殿に何をした!」

 声も体格も分析アナライズによる表示も、ナムサールだ。しかし、全身を禍々しい黒い鎧で覆い、顔半分を隠すのような仮面を見れば、ナムサールが正気でないのは一目瞭然だった。
 ついさっきアワリティアを見たからだろう。ナムサールの体を使ってしゃべっている者の正体が、ファガルの脳裏をよぎる。

「片割れは名乗る前にやられちまったようだし、俺は名乗っておくかね。罪源の悪魔が一柱、強欲のアワリティアだ。ダンジョンにいたやつを倒したのは……お前じゃなさそうだな」

 目を細め、ファガルの実力を感じ取ったアワリティアが言う。その口ぶりで、ファガルはアワリティアが複数体いることを理解した。シンからの情報を得ていないファガルは、アワリティアが一体どれほどの分身を作り出しているのかわからず危機感が募る。

「片割れか。なら、お前を倒せば終わりかな?」

 そうであってくれ。そんな思いとともに、ファガルはできるかぎり焦りを出さないように問いかける。

「残念だが、俺も本体じゃあない。まあ、俺を倒せれば後が楽になるのは間違いないな」

 アワリティアが剣を抜く。ナムサールの愛剣だ。刀身は輝きを失い、黒い血管のようなものが幾重にも走っている。

 「俺は敵だが、これはお前の仲間の体だ。攻撃するってことがどういうことか、わかるよな?」
 「ああ、もちろんだとも!」

  アワリティアの脅し文句に、ファガルは剣を振ることで答えた。狙いは顔。仮面で隠れていない生身の部分だ。
  ファガルの一切躊躇のない攻撃を、アワリティアは剣を振るって弾いた。万全ではないが、それでも手加減などしていない一撃があっさりと防がれたのを見て、ファガルはナムサールの体を使っていても能力はそれ以上だと察した。

 「おうおう、仲間に対して容赦のないこった」
 「躊躇などしていたら、ナムサール殿に叱責されてしまうからね」

  相手の底が見えないことへの不安を隠し、ファガルはアワリティアの軽口に付き合う。
  事実、見た目や纏っている雰囲気で誤解されがちだが、ナムサールの王への忠誠心は並々ならぬものがある。戦闘力と忠誠心。それらを併せ持つからこその近衛隊長だ。もしナムサールが正気ならば、王に剣を向けようとした時点で自害していてもおかしくはないとファガルは思った。
  ゆえに、自分がここで剣を鈍らせるわけにはいかない。斬り捨てることも厭わない覚悟で、ファガルは剣を握る手に力を込めた。

 「そうかい。なら、せいぜい足掻きなぁ!!」

  アワリティアの剣とファガルの剣が激突する。
  動きはファガルの知るナムサールと同じ。しかし、重さは一段上だ。

 「やってみせるさ。役立たずでいるわけにはいかないからね」

  勇者としての意地もある。刺し違えることさえ、ファガルは己が選択肢に入れた。
  2人の剣が再び交差する。
  ファガルの覚悟を示すように、一際激しく火花が散った。 
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