贄の夜は死と交わる

「月蝕」聞きまくってたらなんか書けたーっ(爆)
ヤミノを犯すなんて妄想初めてだよ! 朱に交われば赤くなるって、昔のひとはよく言いました。
でもやっぱりわたしがやると殺されかかってる感で、官能とはチガウようです・・・。


ヒト型が魔王直属に就くなど、歴史的な出来事だった。まして最高位の神官職ともいえるヤミノリウスの名を継ぐなど。それだけ議会が公正だということで、さすがゴクアーク支配下といわざるをえない。
しかし、やはり反発はある。高貴と自負する魔竜の血族は、ヒト型など下賤と言ってはばからない。

明日、任命式を控え、今宵は魔王との契約の儀式が行われる。
議会の指名をうけたそのヒト型は、二日前からの絶飲絶食と三度のみそぎを重ね、今 控えの間で儀礼服への召し替えをうけている。滅多なことでは披露されないその衣装は魔界に不釣り合いなほど装飾的で、シャラシャラときらびやかな音をさせる。
緊張した面持ちで着せつけられている彼は、晴れやかな姿とは裏腹に表情は硬い。自分の姿態が本当に人間にそっくりであることが複数の目にさらされているのがいたたまれないのだった。
「ツノ飾りも尾飾りもつける場所がないな」
揶揄する声があからさまだ。
儀式が終わるまでは今日は一切喋ってはならないとされている。意思表示することも禁じられている。言われ放題、されるがまま、だ。
「明日にはヤミノリウスになるお方ですよ」
と良識のある従者が言う。
「契約できたら、の話だろう。魔王様のお目に叶うものかも怪しい」
聞きながら、それは自分でも不安なところだったので誰か反論してほしいと願ったのだが、応えるものはいなかった。命を落としかねない、と内心思っている者も少なくないだろう。
ゴクアーク様の下で死ねるなら本望かもしれない、と彼は思うことにしている。
ウロコも毛皮ももたず、柔らかな肌をした体には、尖った装飾品はちくちくと肌を刺し、衣装の重さのかかる肩は血がにじむほどに食い込む。
素直に痛い。
だがそれを口に出して伝えることも許されない。
そして多分、これから行われる儀式に比べればこんな痛みなど取るに足らないだろうと思いをめぐらすのだった。
"血を交える"と称される契約の儀。平たく言えば犯されるのだ・・・。


時は来た。
祭祀場の扉が開かれると、まず正面のゴクアークの威容に息を飲んだ。
魔王をこれほど間近に見たことはない。
もちろん自分に視線を向けられたことも。
幼い日、遠目に見たあの方が、今 自分を見ている。
こんな時をずっと夢想してきた。
あこがれ抱き続けてきた夢が今叶う。叶わんとしている。

だがまさか、これほどに恐ろしいものだとは想像だにしていなかった。こんな儀式があるのだとも。

無表情に見下ろす二対の視線。
引かれて入場する自分を追って、竜首の視線も動く。
列席の魔族たちの前を鈴の音を響かせて歩く。
足が震えた。
「これへ」
司祭が名を呼ぶ。この名で呼ばれるのもこれが最後。
しかしそんな感慨を抱く余裕は全くなかった。
祭壇に立たされると、広間の広大さに自分の身の小ささがひときわ心細い。
ヒト型。と周囲が囁いているようでいたたまれない気持ちだった。
ゴクアーク様はどうお感じになっているのだろう。
失望…なされてはいないだろうか・・・。
うわ目にゴクアークを盗み見るが、そこに表情はみてとれない。圧倒的な威厳をもってたたずむ魔王は、なんびとも寄せ付けそうにない。
本当にこの方のそばで働けるものだろうか。
不安ばかりが頭をよぎる。

元老院の並ぶ前へ来ると、二日ぶりの水と一口の練り菓子が与えられた。
強い薬物の味がしたが、空腹もあって気にはならなかった。
正面を向いて立つ。
ようやく着せつけられたばかりというのに重い装身具は7枚のベールと共に外され、肌もあらわな…というより裸身に近い姿で取り残された。
儀礼の始まりを告げる鐘が鳴る。
余韻の中うやうやしくぬかずき、この日唯一許されている言葉を口に出す・・・のだが。
「・・・・」
声が出ない。
一日しゃべっていないせいも多少あろうが、恐怖で喉が詰まった。
口にすれば一切を魔王に帰属させる"契約"がなされる。
それはもうこの二日間で腹を括ったことであったが、いざ時に臨んで気怯れした。
自分を見下ろす10対の目はまばたきもしない。恐ろしい。
(このごにおよんでためらうのか、自分は。)
ここに至るまでの日々を思う。ゴクアークに憧れ、手の届かないはずのものに手をのばした。不可能な夢物語と言われた道を上り詰め、指名を勝ち取った日の喜びを思い起こす。過去の自分の努力を裏切るなど、自分が許さない。
自分は犠牲になるのではない。自らの意思で、提供するのだ。ここで己が身を哀れむとは、勘違いも甚だしい。
そう気づいてみると奮い立った。
顔を上げゴクアークの顔をまっすぐに見返す。
恐ろしい、だと。
当たり前だ。我らが戴く魔王が恐怖の化身でなくてなんとするか。
この方にこそ仕えるのだ、わたしは。
深く息を吸い込んでその言葉を口にする。
ただの儀礼の言葉ではなく。
本心から。
これはわたしが望んでそうするのだ・・・!

「"この身を、捧ぐ"…!!」

吠えるような宣言が儀場をかけぬける。
列席の者たちが波のようにひざまづき、その間を風が吹き抜けていく。禍々しい儀式の始まりを告げる風。魔王の羽ばたく昏い風が。
贄の纏う衣をはためかせ、ついに魔王が舞い降りる。
供物を喰らいに。
魂を奪いに。
その腕に抱きこまれた瞬間の恐怖は例えようもない。
暗黒のまっただなかに放り出されたような。昏い水の底に突き落とされたような。
闇そのものが身を包む。
『魔王の責務とはいえ、我ながら呪わしい・・』
嘆息したつぶやきが闇の中を漂っていた。これがゴクアークの声なのか。
ほどなく、内腿に触れられる感触があった。
(ああ ついに)
覚悟はしていた。
してはいたが、それでも無慈悲に挿し入れられる感覚には思わず唇を噛んだ。
「ん・・っく・・」
体の内側を触れられるおぞましさに身もだえる。
それは予想以上に深く身体に入り込み、魂のありかを求めるように全身をまさぐった。たまらずにのけぞると、儀礼服の装飾がチャリ、と鳴った。
「は・・あぐっ・・っ」
恥じらいがちな足は無遠慮に掴まれ、大きく股が開かれる。
羞恥に目を閉じる。
床に体が押し付けられると腰飾りで肌が切れ、流れ出る血が太ももまで伝っていく。
静まり返った祭壇の間に響くのは、自らの息遣いと装飾品の鈴の音。淫猥に聞こえるしめった音は、血だまりのものだろうか…。誰も音を立てない。まるで聞き耳を立てられているかのようで、声も殺して耐えた。
ニンゲンはこうした交わりに快楽を覚えるらしい。気色悪い。
容姿が似ているというだけであらぬ侮蔑を受けて来たが、幸いなるかな彼はニンゲンではない証拠に、こんな行為は不快でしかなかった。ゴクアークにしても生殖のための器官など持ち合わせてはいないのだ。こんなことは確かに"儀礼"でしかありえない。
胸の中まで入り込まれて吐き気がしてきた。いつまでつづけるのだろう。時間のたちかたが分からない。さきほどの薬のせいか、もうろうとしてきていた。
『珍しいところにあるな』とささやきが聞こえたとたん、体がビクンと跳ねた。魂に触れられたと直感した。そして強く腰が抱きかかえられる。
「"我が魂を汝とわかつ"」
儀礼でかわせる言葉は少ない。だが相手のあまりの小ささに配慮したか、ゴクアークが「覚悟はいいか」と声をかける。
「いくぞ」
中に、放たれる。
「ぅあ、あああっ・・!!」
握った魂を染めるように、黒く、邪悪で、身を灼くように冷たい。
全身に注がれるそのものの濃さと量に彼はのたうった。
悲鳴をあげるのは禁じられていたが、こらえられるものではなかった。ぐああ、と声を大きくあげ身をくねる。
とても相容れないものが自分の血と混ざり、溶けて全身のすみずみにまわりこんでいく。
逃れようと、反射的に体を突き放してしまった。ずる、と自分から抜け出るものの感触に体ががくがくと痙攣する。その過剰な刺激に思考が焼き切れる。もうわけがわからない。

「ヒト型が。受けきれるものか」
その様子を嘲笑して誰かがつぶやいた。
「儀礼中に私語とは命知らずがいるな」
ゴクアークが聞き咎め、場が一瞬で緊迫する。竜首の一つが声の主に迫んで凄み、おくれてゴクアークが半身を起こし、目を向けた。
「申し訳・・・」
その言葉を聞き終えることなくゴクアークが手を伸ばし首根をひっつかむと、その者はひい、と目を向いて卒倒した。
ゴクアークの闇に直接触れた者の当然の結果だった。
その腕にいだかれてなお正気を保つ贄の精神力のすさまじさが推して知れる。

しかしそれも限界を超えたか。魔王の血を受けた体は暴れ、意識も混乱しているのが見て取れる。
本人は続けられそうもないが儀礼は終わらせなければ契約にはならない。
元老院が近寄ってきた。痙攣する体を四方から押さえつけ、口で受けることを強要する。
しかし呼吸が乱れていて容易には飲み込めない。こじあけられた口に注がれるそれにむせて咳き込み、さらに苦しい。意識が混濁している上に、ゴクアーク以外に肌を触れられているのがなんとも不愉快だった。
「ちゃんと飲み込ませろ」と聞こえるが、自分でもとても飲み込めるように思えない。
「かはっ・・ぁ・・!」
喘ぐ口を何かが塞ぐ。口移しだとわかり、怒りすら覚えた。一体誰が。お前たちに体を許した覚えはない…ッ!!
やわらかな唇の感触に驚いて目を見開いた。
睨みつけた目前には・・・ 自分がいた。
(!!??)
血まみれの自分が目を丸くして自分を見上げている。その喉が、こく、と嚥下するのが見てとれた。
体が二重にブレる感覚。存在が二つ重なる感覚。魂が…融け合った感覚…。
「"契約は成った"」と自分の口がしゃべったようだった。ふわりと体が浮くのを感じ、混乱しながらまばたきをするとたちまちその幻視は消えてしまった。
魔王が体を起こし羽を広げる。
抱かれていた肌が離れていく。
あれほど逃げ出したかった抱擁が、今は名残惜しい。離れたくないとすら思う。
だが魔王が舞い上がっても、はじめに彼を包んだ闇は去らなかった。闇はもう、自分の一部になっていた。そして魂はつながったままだ。それがわかる。
これから永遠にこのつながりは切れないのだろう。呪いにも似た魔竜のいななきが儀式の終わりを告げて響きわたる。
舞い立つ魔王のその姿を目で追う。応えるように、二対の目が自分を見下ろす。
その眼光はなにひとつ先ほどと変わらないのに、ああ、こんなに嬉しいことはない。
それは、笑いかけていた。
これは。この感覚は。契った者にしかわかるまい。
自分はこの方についていけるだろう…!
疲弊と安堵と、不思議な幸福感につつまれて・・彼はそのまま眠りに落ちた。


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