62/82
第六十二話『それでも僕は、ビ・アンカ派』
宜しくお願いします。
アカギとカスガ、そして生まれたばかりの子供達に別れを告げ、ナナミと馬談議を少し楽しんだのち、ササミが操縦するトロッコに乗って地上へ戻った。ヴェーダ時計は午後七時を回ったところだ。
ササミは俺達を送り届けると、「本日は泊まりです」と言って地上まで付いて来た。
浅部を統一した今となっては、妖蟻と妖蜂の存在を隠す必要も無く、魔竜陣営に対しても地下の妖蟻帝国が動いた事を隠す意味が無い。むしろ、浅部魔族は結託しているとアピール出来た方が何かと都合が良い。
浅部最大勢力である妖蟻帝国が支配する地下の上に、帝国と何の争いも起こさず拠点を広げるガンダーラ、そして妖蜂王国と浅部の全魔族がそこに集中しているという現状を考慮すれば、脳みそを膿で腐らせた駄竜でもガンダーラと妖蟻帝国に繋がりが有ると考えるだろう。
となれば、アカギも「そっ。では遠慮無く」と、躊躇無く浅部最強の妖蟻軍を地上に送る。
地上派遣第一陣は一個旅団16,406名、うち工兵連隊3,281名という大部隊だ。腹を括った女帝の何と豪胆な事か。
今日は朝から妖蟻の工兵連隊がガンダーラの『首都開発』に投入され、残りの四個連隊はガンダーラの四方に建設された砦の補強や、水濠の拡張と土壁の増強、浅部南側全域に土塁と堀を造った。
しかも、中部と浅部の境に設置する障壁魔道具起動用の地下道建設や、浅部各地に聖泉の水を供給する地下水道建設には、地上派遣部隊とは別の大部隊が投入されている。
これには妖蜂族の工兵達も苦笑い、工兵中隊隊長のオキクも「ヒマだ」とボヤいていたらしい。
妖蜂も第一砦駐屯兵以外に工兵隊を一個大隊656名投入したが、土を操る妖蟻兵の邪魔にならないように『運搬係』として飛び回っていたようである。
俺達が地下帝国から戻り砦の外へ出ると、砦を囲む壁の高さと美しさに驚かされた。ササミは普段通り眠たそうにボーっとしていたが、俺もメチャもラヴもアゴが外れるかと思ったほど『呆れ』た。
一目で分かる、あの壁は『硬い』ヤツだと。地下帝国の壁と同じアレだと。
そして、等間隔で掘られた精巧なレリーフ。
美しい草花と蝶、それに囲まれる二面四臂の乙女はアートマン様だろうか、乙女の傍で自分の尻尾を握るイケメン大猿が居るので、間違い無いだろう。しかし、俺に尻尾は無いので修正が入りそうだ。え? 尻尾じゃなくて『息子』? ならば可。
壁の高さは20mを超え、幅は5mといったところか。
砦を囲む水濠も幅が伸び、水濠を囲む壁は増強されていた。水濠工事で掘り出した土をそのまま壁の増強に充てたと思われるが、鑑定したところ強度に問題は無かった。
たった半日でコレだ、俺達の三カ月とは何だったのか。
ボタンを作れよとツッコむ気も起きない。
数の暴力などと言う言葉をよく聞くが、まさしくコレがそうだろう。俺達が受けた心のダメージは計り知れない。ヒドイ暴力だ。
第一砦の跳ね橋を渡ると、スコルとハティが背にカストルとポルックスを乗せて寝そべり、狼軍団と共に俺達を待っていた。
スコルとハティには俺達が地下へ行っている間のガンダーラ防衛を任せていた。無論、彼らが率いる714匹の狼達やワイバーン達も一緒だ。
俺がスコルとハティの首を撫で、二匹の背に座って船を漕ぐカストルとポルックスをメチャとラヴが抱き上げた。カストルを先に奪われたササミがションボリしている。
メチャの肩を突いてそれを指摘すると、メチャは「あちゃぁ……」と言いつつカストルをササミに抱かせた。ササミは復活した。
子守りを終えたスコルとハティがのそりと立ち上がり、雌雄に分かれて夜の狩りに出掛けた。
それを見送ってフと気付く。
森が見えない。夜だからか?
新月の夜は森が夜目が利き難い。
目を凝らしてスコル達が去った方角を見る。
そこには『城壁』が在った。
俺がミギカラ達と最初に造った第一水濠を囲む土壁は、高さ30mの城壁となって再び俺の心にダメージを与えた。城壁には『側防塔』や『張り出し櫓』まで増設されている。
さらに、その城壁は『拡張』されていたのである。
水濠もそれに合わせて周長を増やしている。
神像とマハーカダンバを中心に据えた最初の拠点は直径100mの円だったのだが、今は150mほどだろうか、土を自在に操るという能力を侮っていた。
大地に深く根を張る巨木も、地中に隠れる巨大な岩も、万を超す妖蟻兵がスキルを使えば何の障害にもならない。草を抜き小石を拾う程度の認識なのではないだろうか。
以前、ヴェーダはアカギに『大地を癒し、創造せよ』と言ったが、比喩ではなくそのままの意味だったのだと今更ながら気付かされた。
彼女達なら、それも難しい事ではないだろう。
ならば俺は『破壊』の方をキッチリこなそう。
地上で作業をしていた者達が、新しく造られた水浴び場や拡張された岩風呂で体の汚れと疲れを落とす光景を眺めながら、そう思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大軍を動かすと言う事は、それを維持させる糧秣、即ち兵と軍用動物が食べる食料を大量に消費すると言う事だ。逆に言えば、糧秣が用意出来ないなら軍を無暗に動かすべきではない。
今回のガンダーラ開発に当たった妖蟻旅団と妖蜂二個大隊、そして浅部魔族達の総人数は二万を超える。
一人三食として一日に六万食が消費される。単純計算ではあるが、最低六万食は用意する必要がある。軍馬などが居た場合は餌も同様に必要だった。
更に、カロリーを多く消費する開発工事などでは、通常より多く食料が消費される為、『一食はこれだけ』と決まった量を提供するわけにはいかない。
食料が足りないなどと兵が訴えれば『甘えるな』と叱責する国や軍も在るだろうが、俺が居るガンダーラやマスターが居るダンジョンに限って言えば何の問題も無い。
妖蜂と妖蟻が貯えてある食材も相当なものだが、俺にはアートマン様の御力を宿す神像が有り、ダンマスにはコアが有る。力の源はそれぞれ異なるが、神像もコアも何かを創造すると言う点は同じ、食材無しに食料を大量に確保する事も可能だ。
今回の妖蟻兵投入に際し、俺は地下帝国からの食料供与を断った。
俺一人で十分に食料を賄えると判断したからだ。
浅部魔族の総眷属化は始まったばかり、とは言え、彼らの信仰はアートマン様に向けられている。
信者の九割以上を妖蟻族占めており、アカギが帝国臣民に俺の支持とアートマン様への信仰を告げてから、FPの増加率は妖蜂族と誼を結んだ後の三十倍以上となった。一日で最低800万以上のFPが俺の許へ集まる。
現在のFPは2億3,611万4,955
ジャマダハル以降の大きな買い物は、アカギとイセに贈った大盾とトリシューラのみ。それ以外は眷属と妖蟻・妖蜂に毎日配る飲食料や嗜好品、衣類や寝床に使う木綿の布等、出費は控えめだ。
妖蟻や妖蜂の一般市民に干し柿等の人気食料を配ると、約35万人分の出費となるので、三国同盟締結後に祝い品として『アハトミンC・干し柿・芋けんぴのセット10FP』を三日連続で両国民に配った時は、少々焦った。
その後も定期的に色んな物を配っているが、妖蜂と妖蟻はFP産の『布』にまったく興味を示さない。
妖蜂は『蜂糸布』が有るし、妖蟻は土蜘蛛から採取した糸で織られた『スパッ布』が有る。どちらの布も麻や木綿製の布より丈夫で美しく、数も足りているからだ。
しかし、その貴重で高価な蜂糸布などを雑巾や手拭いとして使うので、そこは木綿にしようぜとお願いし、木綿のタオルや麻の袋などを普及させた。
妖蟻族以外でも製作可能であるスッパ布はまだしも、妖蜂族限定生産の上に数年がかりで織り上げる蜂糸布の取り扱いは、もう少し慎重になって欲しいところだ。
蜂糸布は妖蜂王国の大事な特産品である。今のうちに妖蜂族の意識改革を促し、比較的製作が楽な白無地の蜂糸布であったとしても粗略に扱わず、大切に保管して頂きたい。
さて、軍隊の食料に話を戻そう。
妖蟻と妖蜂の両族は、ほとんど肉を食べない。
主食は果物か野菜である。
その他にはキノコや穀類も好物に入る。
そして、FPで購入出来る下賜品リストに肉は無いが、果物や穀類を素にした食料は有る。まさしく天恵。
50万の大軍を投入しても兵を飢えさせる事は無い。
本日の作業に従事した者達には、前述した10FPのセットを一食分とし、それに干し芋と乾パンを加えて12FPのセットにして、一日五食分を与えている。
ほぼ全員が二食分を神木銀行に預けたようだ。銀行内はアートマン様が創造なされた神域なので、時は止まらないが食料が腐る事は無い。
他の眷属達も、狼とリザードマン以外は肉抜き料理だけで満足してくれている。栄養的にも問題は無いが、夕飯には肉を提供するようにした。
現在は数名の男衆と狼達が狩猟へ、女衆は圧倒的な人数で既にキノコと食用植物の採集を終え、入浴組と調理組に分かれてワイワイやっている。
そう、ワイワイやっている。
集会所の隣に出来た大きな土造りの建物の中で、ワイワイやっている。あの建物は何だろうか、昨日まで無かったのだが。
まぁ、その隣の集会所もパルテノン神殿みたいになっている事だし、あっちに在るのは公衆トイレ…… 喫茶店かな? 大丈夫だ、何の問題も無い。
問題は、俺のハートに宿った虚しさだけだ。
巻貝トイレって知ってるかな、アカギさん。
「け、賢者様ぁ? お涙が……」
「何でもねぇ、巻貝の苦味を思い出しただけだ」
「陛下…… 私も巻貝は大嫌いです、特にあの形が」
『ラヴ、それ以上この人を苦しめないで』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
巻貝に対する嫌悪を散々ラヴから聞かされつつ晩飯を済ませ、食後の歓談には加わらずに独りマハーカダンバの下で座禅。
只今、神像制作用の岩を物色中。
これまでに南浅部で集めた岩や、今日の作業で妖蟻族が掘り出した岩が『神木倉庫』に保管されてあるので、その中から一つの岩を選ぶ。
個人の財産を管理する『神木銀行』とは違って、『神木倉庫』はガンダーラの国庫的なものとして皆の共有財産が納められている。ただし、俺や俺が許可した者以外が物を取り出す事は出来ない。
許可された者であっても、邪心を持った者にはアートマン様が管理する倉庫の扉は開かない上に、天罰必至。よって、犯行は必ず未遂に終わるが、その邪心から生まれた悪事の全容によって天罰の内容は変わる。
最高刑は『加護剥奪』、何ともお優しい天罰である。ですので、眷属化解除と追放も加えます。
無償で物品の保護管理を請け負って下さる大神の、その御手を煩わせる愚か者は要らぬ、恥を知れ。
今のところ、そんなアホは現れていない。
しかし、物々交換から貨幣経済に移り、それが根付いてくる時期になると、物を売って富を得る者が現れ、その中には他人から奪った物を売るヤツも出てくるかも知れない。
いずれ技術の進歩と共に新しい産業が生まれ、産業経済に発展し物流も盛んになるはずだ。物の価値を見抜き、価値有る物を捌こうとする者は、その嗅覚で宝の在り処を突き止める。
自分は手を汚さず、言葉巧みに神木倉庫の物品を入手しようとする者も現れるだろう。『ビ・アンカ』の乙女達はコロっと騙されそうだ。
そんなビ・アンカの乙女達が倉庫から何かを取り出そうとした時、お優しいアートマン様がお止めになられるか…… あふん、心配は要らなかったようだ。
国民の中に非眷属が増えると、こういった不安要素が出てくる。
アートマン様を軽んじるゴミも、ヴェーダの睨みが効かないアホも厄介だ。
だが、今すぐ国民総眷属化はさすがに難しい。
無理とは言わない、しかし、これからも増え続けると思われる国民を眷属化していくとなれば、相当な時間が掛かる。
浅部魔族が配下として徐々に集まって来ていた二か月前なら簡単な事だったが、妖蜂と妖蟻の総眷属化が決まった辺りで厳しくなった。
建国したは良いが、問題が山積みだ。
とにかく、今は雑念を捨てて神像を彫ろう。
今回の岩は…… 君に決めたっ!!
先ずは鉄を抜き取って――
そう言えば、建材の石からも金属を抜き取りまくったので、結構な量になった。鉄は…… これで170kgを超えたな。
【岩仙術】も熟練度が13になったが、上がり難い。
【超怪力】なんて1しか上がってない。困ったもんだ。
これが魔族と人類の違いなんだよなぁ……
おっと、雑念を捨てよう。
集中、集中……
有り難う御座いました!!
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。