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第六十話『テキトーではない!!』
第三章、始まります。
宜しくお願いします。
建国宣言した九月一日の晩。
妖蟻・妖蜂の皇族や王族、公候将相、浅部の氏族長達を交え、地下帝国皇城アリノスコ=ロリ内【迎賓の間】に於いて、『ガンダーラ及び地下大帝国』略して『ガンダーラ』の秋期戦略会議を開いた。
会議を始める前に、ヴェーダの勧めで俺から皆に一言。
「ガンダーラは森の掟を『不磨の大典』として憲法に定め、宣布する」
不文憲法ではあるが、大森林の慣習法として根付いた掟は柔軟であるべきなので、敢えて文書にしなかった。行政等の制定法はしっかり文書に残す。
その旨を皆へヴェーダが詳しく説明し、快く承知してもらった。
憲法と名を変えた『森の掟』の下で開かれる会議、掟破りの愚か者と我々は一線を画するのだと認識して頂いたところで本題に入る。
先ず、三月から五月を春期、六月から八月を夏期、九月から十一月を秋期、十二月から二月までを冬期として、一年を四期に分けてそれぞれの期間毎に戦略を確認・修正していく事を説明。中間報告や年間報告等も付け加える。
暦を知らないハーピー等の種族には、理解・納得できるまでヴェーダが懇切丁寧に教え、新眷属達は早速『眷属の利』を享受出来て感動していたようだ。
全員が暦を理解出来たところで、秋期の初日にして建国宣言と結婚宣言の晩に、記念となる『第一回秋期戦略会議』は開催されたのである。
議題には主に大森林中部と深部並びに魔竜の対策、次いで内政等の詳細な方針とメハデヒ王国の動向に対する質問等が挙げられ、ヴェーダの一番弟子を自負するホンマーニや妖蜂・妖蟻の書記官がテキパキと議事録を纏めていた。
ヴェーダが居れば眷属達は議事録などいつでも脳内で閲覧出来るのだが、書類の作成は今後も必要となる重要な事なので、宴会を兼ねた簡略化された議会の場であったとしても、それを怠り省略するような真似をヴェーダは認めなかった。
アカギとカスガもヴェーダに同意、さすがは姉上様よと感心していた。
ヴェーダはいつ、彼女達の姉という位置に納まったのだろうか、建国初日にして陰謀渦巻く後宮の闇を垣間見た気がする。
ヴェーダと最も仲の良い女性はラヴであるが、結婚宣言後から絶えず物凄い笑顔を見せていた彼女は、陰謀の中枢に居ると考えて間違い無いだろう。
それはさて置き、中部から深部の現状は大量の蟲を使った監視体制が敷かれている為、その行動はヴェーダに筒抜けである。しかし、不気味な事にまったくと言って動きが無い。
ハーピーの居住地を魔竜の眷属が襲い、それを壊滅させた事は中・深部の魔族も把握したようだが、ハーピーに貢がせていた『ブッカブー』等の中部魔族や『ミノタウロス』と言った深部魔族達も、アクションを起こす兆しは見えない。
ただ、彼らが住む村や町に魔竜の眷属が一度だけ姿を見せている。これは唯一魔竜陣営が見せたアクションだろうか、俺達が妖狐や妖狸を仕留めた二日後の事だ。
北都の猪人や西中部の妖蜘蛛族など、魔竜の膿に浸かってはいないと思われていた魔族への接触も確認している。
その魔竜眷属達は、中部や深部の魔族に接触した際、各氏族長達に口頭で何かを伝える事はせず、一通の手紙を渡して立ち去った。ハーピー達によると、この様な眷属の行動は今まで見られなかったとの事。
恐らく防諜行為であると思うが、蟲を使ったこちらのネットワークが魔竜陣営に察知されている、または疑いを持たれていると見るべきだろう。
ヴェーダや眷属ネットワークの情報が、こちらから漏れたという事も有り得ない話ではない。それをカスガが指摘した為、会議は荒れた。彼女は非常に楽しそうだった。解せぬ。
眷属ではない浅部の魔族はまだ多い、悪意無く情報を漏らしてしまう事も有るだろうし、何らかの理由で情報を故意に漏洩させる者が居ないとも限らない。
この場合は、眷属化を拒む者や、この時期に浅部から消えた者達を怪しむ声が上がるだろう。
しかし、疑わしきは罰せず、証拠も無い上に眷属ではない者を俺が裁くわけにはいかない。
容疑者が情報漏洩以前にガンダーラの臣民であった場合、ある程度の尋問は受けるだろうが、『自分は臣民になった覚えは無い』と言われてしまえば、森の掟を憲法とする『文明国』として、疑いだけで拘束する愚は避け、容疑者はその属する氏族へ引き渡す。
『力こそ正義』の出番は、容疑が固まった者が犯行を認め、犯人として確定した後だ。バイオレンスが蔓延る国家など、すぐに滅びる。俺はそんなモノを築きたくはないし、子供達に汚い夢を追わせない。
ガンダーラに不利益を与えた存在を絶対に赦す事は無いが、ガンダーラに帰属した氏族の中から非眷属・非臣民の立場で罪を犯す不届き者が現れた場合、森の掟に従って“出来る限り”氏族内で解決してもらう。
事の重要性を考慮して俺が動く事もあるだろう、しかし、刑法や民法等の制定が済まされていない現状では、森の掟を熟知した浅部魔族達に処罰を任せておいた方が混乱は少ない。彼らが裁いた様々なケースを資料に纏め、それを基に法を定め終わるまで、この方法でいく。
ひと先ず、仮定での犯人探しは会議を中断させるので終了。
魔竜陣営がこちらの情報を入手した上での防諜行為、または推測による防諜行為だったのかは判断が付かないが、情報漏洩の線も視野に入れて対処する事にした。
中部と浅部、そして魔竜が棲むダンジョンの監視は、これまで通りヴェーダが続行。中部と浅部の境に妖蜂と妖蟻が用意する『障壁魔道具』を埋め、有事の際は地下道から魔道具に魔力を流して魔法障壁を展開させる。
ついでに、北浅部と東西の浅部北側へ浅部魔族が立ち入る事を禁じた。
ヴェーダの監視は大森林全域に及ぶので今更の話なのだが、新眷属達に『北からの浅部進攻は事前に察知出来る』という事を理解してもらう為に、ヴェーダが常時監視している状況であると告げて緊張を解した。
新眷属達は古参眷属とは違って、少しばかりナーバスになっているようだ。
神経質になっていると言っても、そこに恐れは無い。
ただ、『格上に挑む』という状況に興奮してピリピリしている。
彼らはまだ力が弱い、北伐の際は防衛組に回ると予想されるが、その戦意は高く、献身の意気込みも古参眷属に負けてはいない。
戦場に立つだけが国への貢献ではないので、現在の彼らに見合った仕事を見付けてやりたいと思う。
対魔竜陣営に関する方針は、防御を固めつつ警戒と監視を続けるという事で、暫定的な決定とした。敵陣営がすぐ傍にあるという現状では、短期間での方針変更を念頭に置く必要がある。
次の議題は内政。
これはアカギとカスガ、そしてヴェーダにお任せ。
ヴェーダは様々な国政を熟知しているので、アカギとカスガはその知識を十分に咀嚼し、協議しながら取捨選択を繰り返して整理されたものを御前会議に上げる事にした。
御前会議は俺や妖蜂・妖蟻の王皇両族を始めとして、両族の将相、氏族長達が集まって議題を話し合う不定期会議だ。会議の場所はアリノスコ=ロリに在る大会議場。
議題は主にアカギとカスガが上げると思うが、他の者が議題を上げても勿論構わない、緊急性の高い議題ならすぐにでも皆を召集し会議を開く。
大森林を俺が平定するまで妖蜂族のホームは地下帝国となるので、その間はカスガの居ない寂しい御前会議が開かれる事はない。
今回の秋期戦略会議で上がった内政の議題には、妖蜂族の居城クララ・ガ・タッタや、三大公の領地に関するものも有った。
暫らく留守が続く妖蜂の各城は、現在、魔道具の結界で護っているが、結界を維持する為の魔晶石消費が尋常ではないらしい。
対処法として、ハイジクララ山脈からの魔晶石採掘量を増やすか、魔晶石に大量の魔力を流し込んで魔導水晶化させ、結界魔道具を魔導水晶起動型に改造するか、そのどちらかをカスガは考えているようだった。
しかし、ここでヴェーダ先生が一言。
『信徒が激増した今なら、神像と神木で簡易結界が張れますが』
カスガの右眉がピクリと反応。何故俺を見る?
ヴェーダに詳細を求めた。
『先ず、巨木なら種類を問いませんので、結界を張りたい場所の中心に植えて下さい。そこに神像を据えれば、マハーカダンバと同じように巨木が神像を取り込みますので、アートマンの加護を得た神木として機能します。聖泉から水を引いて神木に吸収させると尚良し、ですね』
その後、手乗り神像を結界で囲みたい範囲に配置すれば、アートマン様への信仰が消えない限り永続的に障壁は展開し続け、アートマン様の力が戻るに応じて障壁の力は増し、やがて障壁の繋ぎ合わせではない完璧な結界に変わる。
新たな神木は『神木銀行』としても使えるが、アハトマイトの神気等が無いのでマハーカダンバより格段に成長は遅い。巨木に据える神像彫像は俺の役目、と言う事だった。
成長速度は聖泉の水が有れば十分だと思う。
マハーカダンバが異常なだけだ。デカ過ぎる。
しかし、銀行が使えるのは魅力的だ。
ATMとして活用出来る。
ハーピー達に洞を用意して住んでもらうのもいい。
彼女達が高所に住んでくれるというだけで哨戒活動になる。
ハーピークイーンも『にぱぁ』と笑ってくれました。
全てを聞き終えたカスガの口角が可愛らしく上がっていた。
早速、神木の御利益を計算しているのだろう。
地下帝国も水不足で悩んでいるので、聖泉の水を引くついでに巨木と神像も幾つか用意しよう。アカギにそう伝えるとチュッチュされた。
これで、妖蜂族の懸念と妖蟻族の懸念が一つずつ取り除かれる。
次は皆に『大至急』と言われた議題、総眷属化の早期完遂だ。
これは俺も早く解決したいと思っている。
先ず、『国民の安全』を図る対策の一つとして、能力値が数倍になるという一番分かり易い結果を得られる。
次に、ヴェーダを介する眷属ネットワークへの参加、それによって個人が得られる利益は計り知れない。
そして、能力上昇とヴェーダの助力により、これまで出来なかった事や見向きもしなかった事に対して、関心を寄せ、前向きな姿勢をとる事が出来る。
能力と意欲に富んだ一般市民が多く居る、それは富国強兵への道を限り無く短縮させる一因となるだろう。
内政の議題は、その多くが『臣民の生活』に直接関わるもので、カスガやアカギは氏族長達から上げられる話を真剣に聞いていた。
現在はまだ立法・司法・行政の議題は少ない。
暫らくは大森林の慣習法と妖蟻・妖蜂の行政に頼る事になる。素人の俺はカスガやアカギからまだまだ学ぶ事が多いので、口は出さず聞きに徹した。
ただ一つ、俺が口を出したのは信仰・宗教の事だ。
ヴェーダ曰く、アートマン様は『我』や『個』そのものであるらしい。
哲学的で分かり辛いが、『我』の存在を否定した釈迦などからすれば、邪神認定必至である。
だがしかし、アートマン様大好きゴリラの意思は揺るがない。
眷属達に『我の存在を認めてこそ高みへ昇れるのだ!!』と熱弁。
ここから腕を大げさに振ってさらに熱く語っていく。
「他の神々が司る『愛』だの『武』だの、そんなモノは『我』の中に初めから詰まっておるわぁぁ!!」
ここで眷属達から拍手をもらった。
待て、話は終わっていない。
「国家とは『我』の集まり、『個』が集まって国を造る、そして我々は大森林の地に国を興した。さて、魔族に加護を与えていた神々は諸君をそこへ導く事が出来たか? 否である!! 即ち、この世界の神々が司るモノを詰め込んだ『我』とは我々であると教え導いたアートマン様こそが至高なのであるっ!! それが、我々の崇め奉る神なのだっ!!」
ここで久しぶりに『あふん』を頂いた。5あふん頂いた。
ホンマーニやメチャが涙と鼻水で顔面を大変な事にしながら俺を拝んでいたが、他の眷属達にもアートマン様の偉大さが伝わったようだ。
深夜の地下帝国に『アンマンサーン・アーン』の合唱が響いた。
明日以降、ガンダーラ各地にアートマン様を祀る場所が急増するだろう。
最後に、長城の外で人間達がどのような行動をとっているかなど、メハデヒ王国に関する様々な質問にヴェーダが答えた。
今後数カ月はメハデヒ王国の大々的な大森林進攻等、人間との大規模な戦闘が起こる確率は低いとヴェーダが伝え、それでも警戒は怠らぬようにと眷属達に釘を刺した。
こうして、第一回秋期戦略会議は終了。
まだまだ議題に上げるべき案件は沢山あるが、その前に総眷属化を済ませる事にした。
俺とヴェーダは眷属ネットで会議の生放送を考えている。
万民の意見を即座に拾う事が出来るので、細かいところまで話し合う事が出来ると期待したい。
有り難う御座いました!!
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