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女性障害者 第3回 優生思想の過ちをただす

2016年07月06日(水)

 

 優生保護法のもとで行われた人権侵害


女性障害者の人権に対する意識の高まりとともに、過去における人権侵害についても、その実態を明らかにし、尊厳の回復を求める運動が進められています。

日本では、過去に「優生保護法」に基づき、遺伝性疾患をもつ障害者や、精神障害者や知的障害者などに対して、強制的な優生手術(不妊手術)が行われていました。1949年から94年の間に、母体保護目的のものも含めて不妊手術を実施された障害者は84万5000人に上り、そのうち本人の同意を必要としない強制的な優生手術を施されたのは1万6000人以上で、その7割近くは女性でした。

「優生」とは、優れた子孫の出生を促すとともに、劣った子孫の出生を防止する意味をもっています。そのような発想により民族の質を高めることができると考えるのが「優生思想」です。優生保護法は、その優生思想に基づき1948年に施行された法律で、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止すること」を目的としていました。そして、本人の同意を得ることなく、遺伝的に劣った性質をもつとみなされた障害者などに対して、「身体拘束、麻酔薬の使用、欺罔(ぎもう=だますこと)」などにより強制的に不妊手術をすることが許されていました。

今年3月に国連女性差別撤廃委員会は、日本政府に対して「優生保護政策で障害を理由に不妊手術を受けさせられた人に関して、実態を調査研究し、被害者に法的な救済や補償を提供するよう」に勧告しています。

20160707_002.jpgまた、昨年6月には、宮城県の70歳(現在)の女性、飯塚淳子さん(仮名)が、過去に優生保護法に基づいて、強制的に不妊手術を受けさせられたとして、日本弁護士連合会に人権救済を申し立てています。

飯塚さんは軽度の知的障害があるとみなされていました。住み込みで家事手伝いをしていた16歳の頃(1963年)、職親(知的障害者の生活・職業指導を引き受ける人)によって、何も知らされないまま県の診療所に連れて行かれ、卵管をしばって妊娠できなくする手術を受けさせられました。それが子どもを産めなくするための優生手術(不妊手術)であることは、後に知ることになりました。再び子どもを産める体になりたいと医師に相談しましたが、元に戻すことはできませんでした。「私の体を返してほしい」と飯塚さんは国による謝罪と補償を求めています。


  優生手術の過去から学ぶべきこと


20160707_003.jpg「優生保護法」
(1948年)の元になったのは戦前の「国民優生法」(1940年)でした。この法律はナチスドイツの「断種法」(1933年)の影響により定められたもので、戦争を遂行するために、中絶を規制することで出産を促し、あわせて遺伝的疾患をもつ障害者への断種政策によって民族の質を高めることを目的としていました。

戦後になって制定された優生保護法は、国民優生法と同趣旨の「優生上の見地から不良の子孫の出生を防止する」という意図をもっていました。このような差別的な法律が改めて制定された背景には、優生思想を差別的なイデオロギーではなく、医療や衛生上必要とされる科学的な考え方だとみなす専門家がまだ多くいたことと、戦後の混乱期の不衛生・不適切な環境によって、“質の劣った遺伝的資質をもつ子どもたちが増える”ことへの懸念がありました。

また、この法律は、戦前の国民優生法が中絶を規制していたのとは逆に、戦後の人口爆発を抑制するために、人工妊娠中絶を合法化する目的ももっていました。日本はその当時も、いまでも堕胎は刑法上犯罪として扱われるので、非合法な堕胎によって母体を傷つける女性が多くいました。そこで、母体の保護や経済的理由という名目により、産婦人科医による人工妊娠中絶を合法化する優生保護法が必要とされたのです。制定当時は、障害者に対する差別的な条項への問題意識よりも、女性の「産む・産まない」を決める権利を保障する法律として、女性たちがその必要性を強く求めていました。

優生保護法は、障害者や病者への差別をもたらすとともに、不本意な妊娠をした女性たちの中絶の権利を守るという2つの顔をもっていました。優生保護法が、2つの顔のうちの1つである優生思想の反映される条項を削除して、「母体保護法」へと改正されたのは、制定から48年後の1996年のことです。

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この過去の優生手術の事例は、女性障害者の「複合差別」の典型的な例だと考えられています。女性には「家事、子育て、家族の世話」という性別役割分業が期待され、夫をはじめ周囲の協力によって家庭生活を営む想定はされにくく、女性障害者はその点でハンディがあり、恋愛や

結婚の可能性を否定されます。さらに障害者への差別や偏見として根深く存在するのが、障害者が子孫を残すようになると、民族全体の遺伝的資質が徐々に劣化していくのではないかという思い込みです。産む性であるとみなされていることから、女性障害者は、そのような生殖に関する偏見の矢面にも立たされます。過去において女性障害者を中心に強制的な優生手術が行われた背景には、女性であることと障害者であることの2つの要因が複合的に絡んでいると言えるでしょう。

女性は社会参加によってより豊かな価値を社会に提供できることと、障害者は医学や衛生学によって管理される客体ではなく、自由に人生を生きる主体であることが、ともに理解されることが求められます。

木下真

 

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