7/27
第六話 担任と副担任が生徒からの相談を受ける
放課後の教室に、ラスタと美咲先生が座っていた。
特務課の伊賀は二人の後ろに立っている。あくまでも護衛なので。
扉がガラリと開いて、一人の生徒が教室に入ってくる。
「うぃーっす。遅くなりましたー」
2-A、出席番号1番、愛川光。
ずいぶん軽い感じの登場である。
「さあ愛川くん! このところ元気ないって先生気付いてたの! 何か悩みがあるの? 先生、なんでも相談にのるんだから!」
2-A、副担任、田中美咲。
ずいぶんノリノリである。
いまなんでもって言いましたね、とツッコむ者はいない。幸いなことに。
「あー、先生。特務課の護衛さんを通して学校に許可もらったんで、入れてもいいですか?」
「愛川くん?」
「……許可が出ているのならばかまわない」
ラスタの了解を得た愛川が、そのまま後ろの扉を開け放つ。
続いて入ってきたのは、二人の女の子だった。
「やはり姫様でしたか」
「あれ、お姫様はこんな雰囲気でしたっけ? どうしたんですか?」
うつむいたまま顔を上げない姫様、困ったように頬をかく愛川もイスに座る。
立っているのはラスタの後方の伊賀、愛川と姫様の後ろの侍女のニーナちゃんだけだ。
「あー、俺の悩みってのはさ、俺じゃなくて二人が元気ないことで」
見ればわかることをあらためて言う愛川。
女性経験はけっこうなものだが、こんなことは初めてなのだろう。
姫様も侍女も異世界人なので。
「姫様、どうされたのですか?」
「ラスタ……私、大変なことをしてしまったのです……」
うつむいて下を見たまま、姫様が口を開く。
美咲先生、せっかく「生徒の力になるんだ!」とノリノリだったのにスルーである。
「ええ、知ってます。失踪で大騒ぎでしょうね」
ラスタ、一言で片付ける気か。
ラスタにとって、元の世界にいられなくなった原因の一つなのだ。
ラスタの対応がちょっと冷たいのもしょうがないことだろう。
なにしろ王族の失踪に関わったとなれば、極刑は免れない。
まあ国宝の盗難もエルフと獣人と侍女の連れ去りも、どれか一つでラスタの首が落ちるには充分な理由なのだが。
「え? その、ラスタ?」
「失礼しました姫様。生徒の悩みは私の悩み。……あれ、姫様は生徒ではなく」
「ラスタ先生、そんなこと言わないでください! ほら、相談に乗ってあげましょう! 愛川くんもお姫様も侍女さんも困ってるんですから!」
ラスタを揺する美咲先生。
優しい女性である。めずらしく人に頼られて舞い上がってるのではない。たぶん。
「そうですね、私が送らなければ姫様はここにいないわけで、つまりはこれも私のせいですから。それで姫様、どうされましたか?」
ラスタ、切り替えたようだ。
この世界に来ることを望んだのは姫様本人なのに。
ちなみに一歩引いているが、侍女のニーナちゃんも望んでこの世界に来ている。
二人とも愛川と離れたくなかったらしい。ハーレム野郎である。
「これを……私、これを、持ってきてしまったのです」
「担任初日に気付いていたのですが、覚悟のうえではなかったのですね」
天を仰ぐラスタ。
だが、異世界組の顔色とは裏腹に、美咲先生と愛川はきょとんとしている。
これを、と言いながら、姫様は机の上に手を乗せただけなので。
ゴテゴテとした装飾の指輪がはまった、手を。
「ラスタ先生? えっと、どういうことでしょうか」
「美咲先生は知らなくて当然です。愛川はこれが何か認識しているか?」
「指輪ですか? ずっとつけてるなーと思ってましたけど」
「姫様、愛川にも言ってなかったんですか」
愛川の返答に項垂れるラスタ。
姫様と侍女は、しゅんと小さくなっている。
ラスタはしばらく頭を抱えていたが、やがて美咲先生と愛川に向き直った。
「姫様の指にはまっている指輪は……王位継承権を示すものです」
ラスタの言葉を聞いても、美咲先生と愛川はいまいち事情を呑み込めていない。
現代日本の庶民にはピンと来なくてもしょうがないだろう。
「つまり現在も、姫様はアーハイム王国の第二位王位継承権を持っているのです。もし国王と第一位の皇太子に万が一のことがあれば、姫様がアーハイム王国女王となるわけです」
「は? え、おっさん?」
「ラスタ先生? でもお姫様は日本にいるんだし、継げませんよね?」
「この指輪は、古より受け継がれてきた魔道具だと聞きます。所定の手続きに従って破棄しなければ有効だと」
ラスタの解説に、ますます小さくなる姫様と侍女。
美咲先生と愛川も、マズいらしいことは理解できたようだ。
「マナはいまも宿っています。指輪の機能は生きているのでしょう。王族の秘ゆえ、どのような機能があるか知りませんが」
小さく首を振るラスタ。
元宮廷魔術師でも、ラスタは末席で細々と研究していた男だ。
王族が持つ魔道具の詳細は知らされていないらしい。
「私にもわかりません。ただ、王位を継ぐには必要だとしか……」
「では、なんらかの意味があるのでしょう。それが、破棄されずに、ここにある」
全員の視線が、姫様の指輪に集まる。指フェチではない。
「おっさん、なんとかなんねえの? ほら、立つ鳥跡を濁さずって言うし」
「すでに濁した者が言う言葉ではないな」
チラとも見ずに愛川の言葉を切って捨てるラスタ。
冷たい。だが事実である。
頭を抱えるラスタを、みんなが見つめる。
姫様が、侍女が、愛川が、美咲先生が。
愛川と姫様と侍女の悩みを解決できるのは、魔法に詳しいラスタだけなのだから。
はあっと息を吐き、天井を見つめ、ラスタが口を開いた。
「往くしかあるまい」
「は? え? おっさん?」
天国にではない。
「ラスタ! 往けるのですか!?」
「ラスタ先生、我々には往けないと言っていたではありませんか!」
「ええっと、みなさん? ラスタ先生?」
性的な意味でもない。
「往ける。無論、いくつも条件があるが」
「はああああ!? おっさん、でも往って還ってこれないんじゃ意味ねえんだぞ!」
「往く条件をクリアすれば、問題なく還ってこられる」
異世界へ。
「往って、還ってこられる……? ではこの指輪を破棄することも!」
「できるでしょう。ただし姫様、私は破棄の手続きには同行しませんよ? 捕まれば拷問のうえ刑死ですから」
「おお、すげえ、すげえよおっさん! だてにおっさんじゃないんだな!」
「ええい、おっさんと言うな! 私はまだ23才だ!」
観念したように告げるラスタ、はしゃぐ姫様と愛川と侍女。
特務課の伊賀はどこかと連絡を取り出して。
「はいっ! 私は行けるでしょうか! 私も、みんなが行った場所を知りたいです! そうすればきっともっとみんなとお話できるでしょうし!」
「美咲先生は往けません」
美咲先生だけ、がっくりと項垂れるのだった。
2-A、担任、ラスタ・アーヴェリーク。
いくつも条件はあるものの、この教師、現代日本と異世界を往還できるらしい。
これは行きて帰りし物語であるらしい。それも、何往復も。
条件が気になるところである。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。