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勇者召喚したら男子校生というヤツがクラスまるごと来てマジで失敗した【長編版】 作者:坂東太郎

『第一章:出席番号1番 愛川 光の悩み』

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第四話 担任と副担任が職員室に帰る途中で雑談する


「ラスタ先生はすごいですね……」

 始業式とホームルームを終えた放課後。
 ラスタと並んで歩く田中ちゃん先生がポツリと呟く。

「何がでしょうか?」

 オンナゴコロがまったく想像できず、素で問いかけるラスタ。
 さすがモテない男である。DTは伊達ではない。30才を超えなくても異世界では魔法が使えるらしい。
 特務課の伊賀は穏やかな表情を保ったまま、二人の後ろを歩いていた。ちなみにこの男、妻帯者である。余裕か。

「みんな、ラスタ先生の話を聞いてたじゃないですか。私の時はぜんぜんなのに」

 はあ、とため息を吐いて肩を落とす田中ちゃん先生。
 それでもラスタは表情を変えない。

「何を言うんですか。田中ちゃん先生の方がすごいですよ。私には真似できません」

 ラスタが表情を変えなかったのは、田中ちゃん先生の質問が心底理解できなかったからだったらしい。オンナゴコロがわからないわけではない。たぶん。

「え? 私なんてぜんぜんダメですよ。みんなはすごい経験をしてきたのに、私は何も変わらなくて。みんなどんどん話を聞いてくれなくなっちゃって」

「それが、すごいことだと思います。あちらの世界の時間で一年。彼らはさまざまなことを経験しました。自らが持つ力さえ大きく変わっているのです」

 校舎の二階から教員棟に繋がる渡り廊下。
 そこで、ラスタは立ち止まる。つられて田中ちゃん先生も。

「私が彼らと会ったのは、力が宿ったあとです。もしそれ以前の彼らを知っているのであれば、変わらず接することなどできなかったでしょう」

「でも変わらずに接するって、何も特別なことじゃなくて」

「だからこそ、田中ちゃん先生はすごいのです。伊賀さん。以前の彼らといまの彼ら、変わらず接することはできますか?」

「不可能です。職務としても個人としても。特務課の一員として彼らの戦闘力を知っていますから、よけいに」

 伊賀の言葉を聞いて、当然だと頷くラスタ。

「でも、みんなはみんなで変わってないですから」

「……なるほど、心からそう思ってらっしゃるようだ。本当に田中ちゃん先生はすごい」

「えっと」

「ではこう言いましょう。彼らは、田中ちゃん先生が引き続き担任であることを望んだんです。それは田中ちゃん先生が認められ、慕われているからでしょう」

 渡り廊下に差し込む光を浴びて、ラスタがわずかに微笑む。
 ラスタにとっては満面の笑みのつもりなのだが。

「力の制御は私にしか教えられません。ですから私が担任になりましたが……彼らにとって、力を得たと知りながら変わらずに接してくれる人は何より大事なのでしょう。だから田中ちゃん先生が望まれているのです。信頼され、甘えられているんですよ」

「そっか……私……うれしいです」

 指でそっと目の端を拭う田中ちゃん先生。
 ラスタは無言である。
 後ろで伊賀が「いま押すところだろ! せめてハンカチを!」などと思っているが、伊賀もまた無言である。

「わかっていただけて何よりです。これからもよろしくお願いします、田中ちゃん先生」

「はい、ラスタ先生! あ、そうだ! その田中ちゃん先生って呼び方、止めてもらえませんか? なんか生徒に呼ばれてるみたいで」

 生徒に呼ばれるのはOKなのか。
 田中ちゃん先生、謎のこだわりである。

「ではなんと呼びましょうか。田中先生?」

「ラスタ先生の『ラスタ』は、お名前なんですよね? 苗字とか家名ではなく」

「ええ、家名はアーヴェリークです。貧民でみなし子だった私を、師匠が養い子にした時から」

 さらっと重い話を語るラスタ。
 田中ちゃん先生は思わぬ地雷にフリーズしている。
 もっとも、ラスタ本人は気にしていないようだが。
 無言の数瞬ののち、田中ちゃん先生が口を開く。
 とりあえずいまはスルーすることにしたようだ。

「ラスタ先生が名前なんですから、私も名前で呼んでください! 美咲先生って!」

「ではあらためて。よろしくお願いします、美咲先生」

「はい、ラスタ先生!」

 うれしそうに笑う美咲先生。
 二人の後ろでは、あまりの甘酸っぱさに伊賀が窓の外を眺めている。36才のおじさんには直視できなかったらしい。

 ふたたび歩き出す二人、数歩離れて付き添う護衛の伊賀。護衛というより保護者か。
 そもそも戦闘力でいえばラスタにも護衛は必要なさそうだが、そこは「人をつけている」という事実が大事なのだ。大人の事情である。

「そういえば、ラスタ先生はどちらにお住まいなんですか? その、向こうの出身なわけで」

「そこです」

「え? はい?」

「そこです」

 外を指さすラスタ。光は出ない。魔法を使っているわけではないので。

「ラスタ先生、いくら近いと言ってもここからは見えません。田中先生、ラスタ先生はいま、すぐそこの駐屯地で暮らしています」

「雨風をしのげる場所とマントがあれば、私はどこでも問題ないと言ったんですけどね。いつものことでしたから。ですが、どうもそうはいかないようで」

「ええ……?」

 さらっと重い発言をするラスタ。
 現代日本に育ってきた美咲先生には理解できないらしい。当然である。

「特務課も同じ場所にありますから、協力にも研究にもいい場所です。この学校にも近いですしね。これが『住めば都』というヤツでしょうか」

「はあ……」

 美咲先生、ラスタの住へのこだわりのなさにじゃっかん呆れ気味である。
 歳若い女性なら住へのこだわりや憧れは当然かもしれない。知らないが。

「遠ければ魔法を使うところでしたが……それでは彼らに示しがつきませんからね」

「あっはい」

 ラスタの発言と引き気味の美咲先生を見て、伊賀が小さく首を振る。せっかくいい感じだったのに、とでも言いたいようだ。
 ラスタの住居という機密であろう情報を話すぐらいなら、フォローしてやればよさそうなものだが。

 ちなみに。
 田中ちゃん先生こと美咲先生こと田中美咲も、特務課に籍を置いている。
 というか置かされている。
 生徒たちの希望と、詳しいことを聞かされていない状態でされた意思確認で、美咲先生は担任を続けることを望んだ。
 それが昨年度、生徒たちが還ってきてからの話である。
 その際、生活は変わらないが兼務で特務課、ということになった。
 異世界や魔法のことを知りながら担任を続けるには必要な手続きだったらしい。

 どうやらラスタだけではなく、美咲先生も巻き込まれ体質であるようだ。
 本格的な授業開始が恐ろしいものである。
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