廃墟で死んだら友達に使えてた
街と「城」
街と「城」
都心から私鉄とバスで一時間弱、若干ルーラルなベッドタウンに住む女子高生がこの私、鳴沢緑だ。
私の住むこの街は今から三十余年前に開発が始まった。当時は都心に出るのに二時間程かかっていたものの、都市部の地価高騰によって人口流入が起き、開発が進んだ。バブルの崩壊を受けて開発は一時頓挫したものの、国道バイパスの開通による交通事情の改善によって相対的に都心に近くなり、十五年ほど前から再度開発が始まった。私が引っ越してきたのはちょうどその頃、四歳の時だったのでかれこれ十年以上住んでいることになる。
この街にはシンボルと呼べる美しいものはない。強いて言えば丘に立つ「城」だろう。「城」はその名の通り西洋の城のような形をしている。―――実際は只の廃墟なのだが。
「築城」されたのはバブル期、当時不動産業で富を築いた男が故郷に幼いころに夢見た童話の世界を建設すること目指し、ノイシュバンシュタイン城を築いたルートヴィヒ二世のように私財をなげうって建設を始めたそうだ。
しかしバブル崩壊によって男の会社は倒産、男は居城の最上階で首を吊った状態で発見されたそうである。その後ラブホテルとして改装されたもののそれもあえなく廃業、廃城となったのである。
十一年前には不良がたまり犯罪の温床になる、景観上不愉快だ、などという声が多数寄せられ、行政が買い取り、解体工事が始まった。しかし不況で解体業者が倒産するという事態が発生し結局解体途中のまま放置、不良すら寄り付かない現状となった。
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