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個性?それとも“大人の発達障害”?

「空気が読めない」「集団行動が苦手」と悩んでいる人、周りにいませんか?もし、あなたや、あなたの大切な人が“大人の発達障害”と診断されたら、どうしますか?いま、あるプログラムが注目を集めています。(おはよう日本 池内由宇記者)

「大人の発達障害」とは?

“大人の発達障害”は、子どものころは見過ごされ、大人になって初めて診断される発達障害です。
発達障害は、病気ではありません。
生まれつき、脳の機能の発達に偏りがあることを言います。

例えば、報告・連絡・相談がうまくできなかったり、こだわりが強く、周りの状況が分からなくなったりして、悩みを抱える大人が多くなっています。

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東京都発達障害者支援センターによると、20代~50代の「働く世代」からの電話相談件数が、この10年で約10倍に増えました。専門的な診断ができる病院でも受診する大人が急増しています。特に多いのが、仕事でうつ病になるほど追い詰められ、その治療を続けるなかで“大人の発達障害”と診断されるケースです。

発達の偏りと職場環境で生きづらくなる

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井上さん(仮名・40代)もその一人でした。
学生時代は成績優秀。
大手IT企業の一流の営業マンとしてがむしゃらに働き、昼は外回り、夜は終電まで仕事に没頭する生活を10年以上続けていました。
妻と子どもがいて、豊かな人生を送ってきたはずでした。
転機は3年前。いわゆる中間管理職になり、異変が起きました。
職場で失敗が続くようになったのです。

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特にうまくいかなかったのが、ほかの部署との調整が必要な仕事でした。
上司から、「この間の件、報告ないけど調整はついたの?」と聞かれても、「できていません」としか答えられません。「連絡はしたのか?」と問われても、押し黙ってしまいました。
相手の邪魔になることへの不安が強く、連絡ができなかったのです。

井上さんがもうひとつ苦手だったのが、多くの人が参加する会議でした。
議論の内容が分からなくなるのです。
例えば、会議の中で、「後日、営業部とすり合わせたほうがいい」「その調整を、井上君お願いします」などと議論が交わされたとします。
しかし、井上さんは、議論の内容が記憶に残っていません。
後日、上司から「井上君、先日の案件だが…」と聞かれても、「そんなこと決まったっけ…」という状況でした。

「ひとりで努力して成果を出す営業の仕事は順調だったのに、なぜ、多くの人の間を調整する仕事はできないのか」。
失敗を繰り返すたびに悩みが深まり、自責感を強めていった井上さんは、うつを患い、去年(2016年)、休職することになりました。

井上さんは、精神科のクリニックを渡り歩いた末に去年、“大人の発達障害”と診断されました。
幼い頃の様子を家族から聞き取った医師の判断で、井上さんは知能や記憶力・分析力などのレベルを調べる検査を受け、「発達の偏りが、職場で強いストレスを抱えた原因だった」と分かりました。

検査の結果、井上さんは、情報を分析し説明する能力が突出していました。
営業マンの時代はこの能力が発揮されたと考えられます。
それに比べ低かったのが、聞いた情報を記憶する能力です。
中間管理職に要求される会議や調整に苦手意識があったのは、このためとみられます。

40代になるまで気づかないほど目立たない発達障害でも、井上さんの悩みはうつで休職するほど深刻でした。

井上さんは“大人の発達障害”と診断され、「何かうまくいかない、なんでだろうってずっと思っていたけれど、クリアにならないものが少しはっきりした、そういう意味でほっとした」と話しています。

あなたも、私も、発達障害?

井上さんは、「悪気は全くない。一方で、自分にすごくイライラする。恥ずかしい、失敗をした、大きな挫折ではないか、という思いがどんどん膨らんでいって、耐えきれなくなった」と話しています。

井上さんの話を聞いているうちに、私(記者)は、「自分にもこだわりが強いところがあり、“発達障害”に似た要素があるかもしれない」と気づきました。
とはいえ、私は記者として働くとき、ストレスよりも生きがいを感じるので健康です。
本人や職場の人が困らなければ“大人の発達障害”は問題にはなりません。

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“大人の発達障害”を専門に研究している東京大学大学院の黒田美保客員教授によると、「人は誰でも発達障害の特性を少なからず持っている」と言います。

そして、かつては「少し個性が強い」と言われていたような人が、仕事が急に複雑になり企業に余裕が無くなるなかで、ストレスからうつ状態に陥る人が増え、“大人の発達障害”が表面化してきたと分析しています。

「発達障害」診断のあと「発達」したケース

休職中の井上さんは、精神科クリニックで職場復帰支援のトレーニングを受けています。

“大人の発達障害”でうつになった会社員を復職させる全国初のプログラムを始めた「メディカルケア虎ノ門」です。

ここにはオフィスを再現した「模擬職場」があります。
心の病で休職している人に週5日、規則正しい生活リズムで「出勤」という形でトレーニングしてもらいます。(「リワーク」と呼ばれる精神科デイケアで、保険が適用されます)。

力を入れているのが“大人の発達障害”専門のグループワーク。職場でトラブルになった事例を再現し、上司と部下、それぞれの立場や気持ちを客観的に考えます。

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「みんなは僕と付き合ううえで困っていたんじゃないかな。人のことを考えることもできるようになってきたかもしれない」

井上さんは、仲間とのコミュニケーションによって、自己分析を深め、「模擬職場」で試行錯誤しながら、不得意だった力を伸ばしています。

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クリニックの五十嵐良雄院長は、「自分で自分のことをよく知るというのが非常に大事。自分の特徴を学べば、不得意なことやストレスを受けやすいことが分かり、不得意なところが発達していくところがある」と言います。

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“大人の発達障害”の専門プログラムを受けた67人のうち9割以上が復職を果たしています。

そのうちの1人の会社員の女性(30代)に、話を聞くことができました。

女性は体調と時間の管理ができないことが課題で、かつては遅刻や欠勤、休職を繰り返していました。

しかし2年間のトレーニングを受けて復職したいまは、毎日定時に出勤しています。

一日の仕事の流れを紙に書き、見直す工夫を重ねて、時間を守れるようになりました。

「今は失敗した時、次はこうしようと考えられるようになった。かなり時間がかかったが、何とかやっていけそう」
女性のことばには、自分の中にある障害を乗り越えた努力と自信が感じられました。

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個性と認め合えば、生きやすくなる

どこまでが“個性”で、どこからが“大人の発達障害”なのか。
その判断は本人の自己理解と企業側の配慮によって、変わってきます。

本人が得意なことを生かせる部署で働いてもらうことや、元の職場で働き続けるうえで必要な力を身につけてもらうトレーニングが解決策になります。

すでに一部のIT企業では、コミュニケーションが苦手でもデータのチェックが得意な人を積極的に雇用しています。

本人に向いている仕事は何か、職場ではどんな配慮をすれば“大人の発達障害”と診断されても生き生きと働きつづけられるのか。

「発達障害」ということばが世間に浸透したため、行政や医療の現場にはこうした相談が急増していますが、“個性”を認め合う職場環境をつくることが、うつや“大人の発達障害”で悩む人を減らすことにつながると感じました。

“大人の発達障害”の診断や、支援ができる専門家は日本ではまだ非常に少ないので、増えて欲しいと思います。

池内由宇
おはよう日本
池内由宇 記者