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237.脱出
「何をしている……貴様何故戻った!」
エレノアが俺を怒鳴りつけた。
「お前を連れ出すためだ」
「馬鹿な! あっちの我との話を聞いていただろう。我らは繋がっていないのだ、ここで我が消えてもあっちの――」
まるでだだっ子の様にわめくエレノア。
俺は手をすぃーと伸ばして、彼女にテコピンした。
「いたっ! 何をするのだ!」
「やっぱり剣の時ほどいい音はしないな」
「はあ? 剣の時って……貴様、よもや我にいつもこんなことをしているのではあるまいな」
「ああ、こんな感じで」
今度は自分の太ももにテコピン。普段のエレノアがいるあたりに空振りのテコピンをした。
それを見たエレノアが言葉を失った。
唖然、呆然。
信じられないものを見たかのような顔で俺を見た。
「どういう関係なのだ……貴様たちは」
「俺は前にエレノアに聞いた。世界は広い、お前が人間に戻れる方法を探そうか、ってな」
「……」
「あいつは必要ないっていった」
「なに?」
驚くエレノア。そうだろうな、今までに執着してる肉体の姿でいるこっちのエレノアからすればそういう反応になるだろな。
「あいつはこういった……『長い……永い生涯の中、我をあれほどの力で振るう人間は初めてだ。これまでのどの英雄よりも、どの覇王よりもつよい力だ』、って」
「……」
「こうもいった。『貴様に全力で振るわれるのは官能的だ、快感ですらある』、ってな。だから剣のままでいい、人間になる姿を探さなくてもいい」
「……それが何だというのだ」
エレノアはむすっとした。
「あいつとお前は違うって顔をしてるな」
「その通りだ」
「俺もそう思う」
「え?」
きょとんとするエレノア。
「あいつとお前は違う。あいつは『いい女』だ。いい女になった。それに比べると今のお前はダメダメだ。昔のセレーネ以下だ」
「だ、だれだセレーネというのは。というか我はそこまでダメではない」
当然セレーネの事なんて知らないエレノアだが、話の流れで自分がかなり下に見られているのが分かったようだ。
「いいやダメダメだ。なんださっきのは、ちょっと挫折しただけでいじけるとか子供かお前は」
「こ、子供だと! 取り消せ貴様」
「取り消さない。今のお前はダメダメ、ダメ魔剣だな」
「うぅぅ……」
地団駄を踏んで悔しがるエレノア。
手を出して俺を殴ったが、さっきの戦闘からまだ回復しきってないのか、弱々しい見た目通りの少女のパンチだ。
しまいには涙も出てきた、涙目になって俺をにらみつけた。
「大嫌いだ、貴様なんか……」
「俺は好きだけどな」
「嘘をつくな!」
「嘘じゃない。今はダメ魔剣だけどあいつと根っこは一緒なんだ。そのうちいい女になる。ダメ魔剣でもいい女になる予定があるから見殺しになんか出来ん」
「そんな事で戻ってきたのか? 貴様程の男ならくぐった瞬間に気づいただろうが、あの穴――次元の壁はそんなに生やさしいものではない。さっきなんか一秒でも遅かったら貴様は魂ごと次元の壁にすりつぶされていたのだぞ」
「ああ、やっぱりそうなるのか」
「やっぱりそうなるのかって……はあ」
ずっと目を剥いていたエレノアがため息をついた。
あきれ果てたって感じのため息だ。
「もういい、貴様と何を話しても無駄なようだ」
肩を落とし、ドサッ、と座り込んだ。
俺も座った、何もない空間の中でエレノアと向き合ってすわる。
しばらくの間黙って見つめ合ったあと、エレノアの方から聞いてきた。
「あっちの我はいい女といったな」
「ああ」
「もっと具体的に教えてくれ」
「そうだな……」
俺は少し考えて、エレノアに全てを話した。
魔剣エレノアと出会ってからの事を、マリからエレノアを取り上げて、唯一乗っ取られないからエレノアを管理して。
むらむらしたから力任せにエレノアを振ったらひかりが生まれて、レッドドラゴンを倒して、五大国のいざこざに巻き込まれて。
彼女との想い出を全部話した。
「ああ、お前を小さくした事もあったな」
「小さく?」
「くじ引き所ってところでだけ人間の姿になれるって言ったろ? あそこに行くとお前は剣じゃなくてこっちの姿になれるんだが、ある戦いで思いっきりお前を使った後にいったら小さくなったんだ。いや、小さくっていうか、幼くなったっていった方がいいな」
「幼い、だと? 今の我よりもか」
目を見開かせるエレノア。
今のエレノアでも充分に幼い、目が子供らしくないだけで、体はどこからどう見ても子供にしか見えない。
「ああ。口調も変わってたぞ。『我はエレノアなのでしゅ』ってな」
「でしゅ!? なんだそれは、貴様我に何をした」
「限界超えて振るったらそうなった。理屈はわからん」
「我の限界を超えて……だと?」
絶句するエレノア。
あっちのエレノアも言ってたっけ、自分を全力で振るったのは俺がはじめてだって。
エレノアからしたらそれくらい衝撃的な事なのかもな。
「それを……やってみるか」
「うん?」
「我を全力で振えるのだろう」
エレノアは立ち上がった。
にやりと口角をゆがめて、右手を真横に突き出す。
そこにエレノア――魔剣のエレノアが現われた。
戦ってるときも何回か見た事がある。エレノアは同じ外見をした魔剣エレノアを出すことが出来る。
「これは?」
「剣としての我だ。戻ろうとしたが、面倒臭いことにこの肉体が消滅するまで完全に剣には戻れないらしい」
「そうなのか」
「我を使え」
「うん?」
「向こうとのつながりがなくても、我を全力で振るえば次元の裂け目の一つくらいは出来る」
「そんな事、あいつはまったく思いつきもしなかったぞ」
「平和ぼけして力が衰えたあの我にはむりだろうな」
エレノアは更に口角をゆがめる、優越感の混じった笑みだ。
「我は生涯のピークを迎えている、今の我を全力で振るうことが出来れば次元を切り裂くことも容易だろう」
「そうか」
頷き、魔剣エレノアを手に取る。
確かに強い、柄に手をかけただけでもパワーが段違いなのが分かる。
「やって見ろ」
「ああ」
柄を握る手に力が入る。
まっすぐ前を見る、何もない異次元の空間の一点のみをじっと見つめる。
力を右腕に集中し、魔剣を振り下ろした。
全力を込めた一撃、魔剣の切っ先が通った後、次元の裂け目ができた。
「出来たぞ」
「……」
「どうしたエレノア?」
反応しないエレノアをしたからのぞき込む。
ぼうっとしていたが、我に返って慌てだした。
「な、なんでもない!」
「全力で振るわれて気持ちよかったか?」
「――っ! そんな訳があるか! 大体、この程度の快感など……快感など……」
言葉が尻すぼみになって、赤ら顔でもじもじするエレノア。
よっぽどよかったんだろうな。
このままエレノアを押し倒してしまいたかったが、それは後だ。
裂け目に目を向ける、向こうを見る。
「……遠いな」
「つながりがないとこんなものだよ」
冷静さを取り戻したエレノアは言った。
次元の裂け目はまるで窓のようになって、その向こうに元の世界に繋がるやはり窓みたいな裂け目があった。
タニアのつながりを利用して開いた時、窓と窓はほとんどぴったりくっついている。
それが今は離れている。
道路を挟んで向かい合う建物の窓同士くらい離れていた。
それだけならいいんだが。
「重いな」
裂け目から手を伸ばす。
裂け目と裂け目の間にある、こことも違う別の空間はまるで何かがまとわりついてくるような感覚がする。
水か、それとも油か。
液体が充満している中で手を動かしている感覚だ。
更に言えばヒリヒリする。
水でも油でもない、まるで溶岩の様な感覚だ。
「こんな……無理だ。我でも飛び越えられん」
「よし行くぞ」
「まて! 今の話を聞いてたか。我でも無理だと言ったのだぞ――ええい話を聞け、子供のようにおぶるな!」
更にわめくエレノアを無視して彼女をおんぶした。
「ほ、本当に行くつもりなのか?」
「ああ」
「せ、せめてもう少しまて。心の準備が」
「悪いがそれはなしだ」
「なぜだ、この裂け目なら後でまた切り拓けば――」
「無理だ」
「何故だ!」
「俺の右腕が無理だ」
「え?」
エレノアが俺の右腕を見た。
さっきからだらんと下がってる右腕。
「そ、その腕は――」
「お前すごいな、さすが全盛期だ。一振りだけで右腕がいかれちまった。こんなの初めてだ」
「って事でつぎは無理だ、今戻るしかない」
「……わかった」
頷くエレノア、観念してくれたようだ。
次元の裂け目に足をかける、一気に飛び込む。
地面を蹴って、裂け目も蹴って飛び出す。
距離的に普通に飛び越えられる距離だが、空間が俺を邪魔した。
まとわりつく溶岩の様な場所、飛び出した勢いがみるみる内に弱まって、半分くらいのところで止まってしまった。
「くっ」
止まっただけじゃない、体がじりじり焼かれ、更に押しつぶされるようだ。
このままじゃまずい、早く向こうに行かないと。
と、その瞬間。背中に手の感触がした。
小さい手が二つ、エレノアの手だ。
このタイミングで何をしようとしてるのか振り返らなくても分かる。
「いいからつかまってろエレノア!」
「しかしこれでは貴様が、我が全力で貴様をおしだせば――」
「いいからつかまってろ!」
もう一度怒鳴る、動ける左手を後ろに回してガッチリエレノアを掴む。
「俺から離れたら叩き折るからな!」
言われてビクッとしたエレノア。
それは、一瞬。
背後のエレノアの気配が、感情がめまぐるしく変わるのを感じた。
やがて、彼女は俺の背中から手を離し、体ごとくっついて、腕を回して抱きついた。
「……うん」
至近距離でもほとんど聞き取れない程度のささやきだが、俺の耳にははっきりと届いた。
「う……おおおおおお!」
溶岩の様な異次元の中を泳ぐ、必死に掻き分け、足で蹴って。
少しでも、少しでも前に進もうともがく。
エレノアの腕の力がますます強くなる、ほとんど俺にしがみついてる状態だ。
次元の裂け目が徐々に小さくなっていく、タイムリミットが迫る。
「と、どけええ!!!」
必死に掻き分け、手を伸ばす。
指先がどうにか次元の裂け目に引っかかった、一気に自分とエレノアを引き上げた。
通った後、裂け目は急速に小さくなって、最初からなかったかのように消えてしまった。間一髪だった。
次元の裂け目から、どうにかエレノアと共に生還できたのだった。
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