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揺らぐ? 財政健全化の「旗印」

「その後」から「同時に」

文言の書きぶりの微妙な変化が波紋を広げています。6月9日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針」、いわゆる「骨太の方針」。毎年この時期に決定され、今後の日本の経済政策の方針が示されます。その中に盛り込まれた財政健全化の目標の書きぶりが、やや変化しました。その意味するところは? 日本の財政健全化の「旗印」の扱いをめぐって議論が活発になりそうです。
(経済部・後藤 匡)

財政健全化目標“変化なし”?

ご存じのように日本の財政状況はG7=主要7か国の中で最悪です。

国と地方を合わせた借金の残高は、今年度末に1043兆円に上る見込みです。今年度の日本のGDP=国内総生産(名目)は553.5兆円になる見通しですから、実にGDPの2倍近い借金を抱えています。

2015年度時点でのG7各国の数値は、日本186% イタリア132.1% フランス95.6% イギリス83.6% アメリカ73.7% ドイツ71.2%となっています。

日本は他国と比べて、際だって高い数値になっています。

膨れあがる借金に歯止めをかけるため、政府は財政健全化の目標を掲げています。

「基礎的財政収支(プライマリーバランス)を2020年度までに黒字化し、その後、債務残高対GDP比の安定的な引き下げを目指す」

これが、これまでの政府の目標です。

プライマリーバランスとは、社会保障や公共事業など、国民生活に欠かせない政策・事業を実施するために必要な財源を、借金(国債など)に頼らず、税収などでどれだけ賄えているかを示す指標です。

2015年度のプライマリーバランスは15.8兆円の赤字。これを歳出の削減や税収増によって、2020年度までに黒字に転換させることを最優先に、まず借金が膨らみ続ける状況から脱する。その後、GDPのおよそ2倍の借金の比率を下げていくと、G7各国をはじめ対外的にも説明してきました。

健全化目標に変化!?

ところが、6月9日に閣議決定されたことしの骨太の方針では書きぶりが変わりました。

「基礎的財政収支(プライマリーバランス)を2020年度までに黒字化し、同時に債務残高対GDP比の安定的な引き下げを目指す」

「その後」が「同時に」に変わっただけですが、「同時に」としたことで、印象としては、目標が2つになったようにも見えます。

「2020年度のプライマリーバランス黒字化はもう無理だ。それを公式に認める前に、債務残高対GDP比に目標を切り替える。こっちは達成可能なんだ。今回の表現の修正は、その布石だ」

自民党のある議員は、私にそう解説してくれました。

いったい、どういうことでしょうか?

答えは内閣府の試算にあります。内閣府が定期的に発表している日本経済や財政の中長期の姿を予測した「中長期の経済財政に関する試算」。ことし1月に示した最新の予測では、プライマリーバランスは、今後、日本経済が名目成長率で3%という高い成長を達成し、政府が予定どおり2019年10月に消費税率を10%に引き上げても、2020年度には8.3兆円の赤字。目標の黒字化は極めて難しいと予測されています。その結果として、借金の残高は、2015年度の990兆円が2020年度には1104兆円に膨らんでしまいます。

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一方、債務残高対GDP比はというと、昨年度の189.5%から、今年度は188.5%になります。その後も、2020年には180.1%へと少しずつ改善していきます。

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これが意味するのは、高い経済成長が続いてGDPが大きくなり、十分に金利が低い状態であれば、数値は引き下げることができるということです。

政府は、表現の修正について、「プライマリーバランスの黒字化、債務残高対GDP比の引き下げは両方とも重要であり、これまでと目標に何ら変わりはない」と説明しています。ただ、先ほどの自民党議員をはじめ霞ヶ関や永田町には、「来年の骨太の方針では、債務残高対GDP比が、政府の財政健全化目標として一本化されるかもしれない」という観測が一部で広がっています。

債務残高対GDP比危うさも

ただ、これを目標にしても、数値が安定的に下がっていくのは、あくまでも日本が高い経済成長を続け、しかも金利が低い状態の場合です。

日銀の異例の金融緩和で、長期金利は0%程度という極めて低い水準に抑えられています。これに助けられて、政府の利払いの負担も低く抑えられ、借金も増えにくい状態に保たれています。

しかし、日銀もいずれは金融緩和を縮小して正常な状態に戻す、いわゆる「出口政策」の局面に入り、金利上昇の局面に入ります。そうなったときは借金増加のペースも加速し、数値を下げるのはより難しくなります。

内閣府の試算どおり事が運ぶとは、必ずしも言えなさそうですし、この数値だけを財政健全化の指標にしていくことには危うさもありそうです。

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財政健全化、問われる2025年

政府は、2020年度のプライマリーバランスの黒字化の目標の進展や達成の見通しを来年度に検証することにしています。現状では、消費税を10%に予定どおりに引き上げても、黒字化の目標達成は簡単ではありません。

目標を達成するため、追加的な歳出カットや増税をするのか、それとも目標を修正するのか、激論が交わされることになると思います。

ある政府関係者は「心配なのは、プライマリーバランスの黒字化が無理だから、その目標はなかったことにしてしまうことだ。そして、債務残高対GDP比が下がっているのだから、実は、日本の財政はそんなに悪くないんだよ、という気分がまん延して、財政健全化の歩みが遅くなってしまうことをおそれている」と話しています。

財政問題に詳しい法政大学の小黒一正教授は「2020年の東京オリンピック・パラリンピックが終わったあと、日本の景色は、がらっと変わる。団塊の世代が2025年には全員が後期高齢者になる。そうすると財政はすごい姿になる。そのときに、さあ財政再建に取り組もうと言っても間に合わない」と警鐘を鳴らしています。

2025年には、いわゆる団塊の世代が75歳以上になり、医療費・介護費の激増が避けられないことははっきりしています。そこをどう乗り切るか。今から、社会保障制度の改革を進めて、財政健全化の道筋を示さなければ、日本に対する信認が揺らぎ、市場から手痛いしっぺ返しを食らうことがないとも言えません。

今回の骨太の方針のわずかな表現の修正が、これから、どんな議論に発展していくのか、慎重に取材を続けようと思います。

後藤匡
経済部
後藤匡 記者
平成22年入局
福井局 松江局をへて経済部
財務省担当