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お詫び・訂正その二十三

 投稿者:The logic in the place  投稿日:2017年 7月15日(土)23時44分51秒
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  青春抄から ?
投稿者:The logic in the place
投稿日:2015年 1月29日(木)23時25分44秒

374919のコードは、囚人番号だと思ってました(笑)。
永久に語り告がれる囚人番号『374919』。ジャベールがジャンバルジャンを『24601号!』と呼び
捨てるように、我々もどこぞの偉く成りたいお方を今後は『374919号!』と呼び捨てましょう(笑)
374919号に付き従う家来は『みみず千匹好きのゲス野郎!』と言いましょう。
さて、読書の効用を、すっきりした言い回しで師匠は書いています。以下は青春抄から引用。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

聖教文庫129 青春抄 P.212~217

一書の人

読むよまないは別として、私は、本を集めることが好きである。いまでも、暇をみて書店の立ち並ぶ神田へも、ときどき足をはこんだりする。そのたびに二十年前のことが懐かしい。
 それは戦争直後のことであった。世の中は、言語に絶する耐乏生活の最中である。海苔製造を営んでいたわが家は、物々交換もでき、多少のゆとりがあったようだ。十八、九歳の青年であった私は、お金をふところに入れ、めざす神田へと本を買いにいった。
 足を棒にしながら、何軒もの本屋をのぞき回り、やっと求める本を安く発見できたときは、意気揚々として帰ったものである。それより数年というものは、とくに足繁く、夜の神田の本屋を眺めるのが、習性のようになっていた。
 ある春の朝、当時、病弱であった私は、日向ぼっこをしながら本を開くくと、「君よ、一書の人たれ」という語句が、強烈に眼底にやきついた。
 私もこれは正しいと思った。一書を精読し、深く掘り下げていくこと、すなわち“一書の人”となることが、きわめて枢要な読書法だということを。
 一冊の本が、どれほど一人の人間に、大きな影響を与えるかは、測り知れないものがあるだろう-大文豪のゲーテにしろ、トルストイにしろ、“一書”バイブルを持っていた。それが、その人生を確固と支え、あの重厚な大文学の礎になっていったことは有名な話である。
 この原理は、平凡な私たちにも、通ずることだ。何を一書とするかは、各人の自由であろう。一冊の書物を、幾百回となく読みこなし、自分の血肉としたり、それを生活に応用していくことはすばらしいことにちがいない。
 現代のように、目まぐるしく激動する思想の中にあればあるほど、つねに自己の視点の位置を見失ってはなるまい。それを支える深さは、やはり一書の人となる以外にないとも思っている。
 一書に精通し、一書を人生の根幹におくことは、所詮は万書に親しむ波動をおこすに違いない。つねに書物を手元におき、それをひもといていける人は、少なくともものごとを深く思索する土台を備えているといってよかろう。
「書籍なき家は、主人のなき家の如し」とは、ある哲学者の言葉であったと思う。一書の人は、人生に一本すじ金が入っているように、強くして崩れない。

著者との対話
 私は、健康上の理由と、さらに家庭経済の事情から、大学で学ぶ機会には、あまり恵まれなかった。それだけに、青年のころから本好きの傾向になったようである。手にはいるものは、かたっぱしからむさぼり読む習慣がいつしか身についてしまった。一種の読書癖とでもいえようか。読書については、人一倍関心も強く、多忙な今日でも、私にとって欠くことのできない日課の一つになっている。
 それだけに、書物を通じて啓発され、多大の恩恵をこうむっていることを、いつも感謝している。「はじめて本を読むときには、ひとりの友と知り合いになり、二度目に読むときは旧友と出会う」という中国のことわざがある。
 夜ふけるのも忘れて、登場人物と、時代背景のなかに没入して、夢中になって読んだ歴史小説。難解さに悪戦苦闘しながら、いっこうに進まぬページ数を、うらめしく思った哲学書。薄給の時代に、暇さえあれば、神田の古本屋をわが書庫のごとく行きつもどりつしながら、こづかいがたまるのを待って、飛んでいって、まだ売れずにあった本をわが手にした時のうれしさ。思えば、これら一冊一冊が、青春時代の懐かしい旧友である。
 ものを書く苦労は、やはり自分で書いてみないとわからない。一冊の著作には、それなりに著者が、自己の生命をむき出しにして、全身をたたきつけた生命の躍動を、まざまざと感じさせる。しかし、そのような読み方ができる本には、めったに会えるものではない。
 ときに、そんな本に出会った時ほどうれしいことはないし、いいしれぬ充実感をおぼえる。反対に、新刊広告を頼りに、期待して開いた本に、まったく読者を愚弄した、ふまじめな作者の態度があった時ほど、腹立たしいことはない。
 ひとにぎりのインテリだけが読書していたのは、もはや過去の時代といえよう。近代教育の普及は文盲を追放して、知識の独占を排した。
 これからは知識の大衆化の時代であるという。それだけに多量な情報の流れの中で、いかに主体的な人間形成を行っていくかが、大事であろう。ともすれば思考さえも、他人の頭脳を借用して、自らの思考を停止してしまう人すらあるのである。
 だからこそ、読書の効用を強調したい。それは単なる知識の充足ばかりではない。書物を通じて、著者と読者が生命の波動を生み、人生の彫りを深めていくからである。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

この本文の引用は、会則規定の

????????
第14章 賞罰
(懲 戒)
第78条 この会は、会員としてふさわしくない言動をした会員に対し、その情状に応じ、戒告、活動停止または除名の処分を行なうことができる。
????????

は、該当していません。

ーーーーーーーーーーーーーー

尚、前文で
「374919のコードは、囚人番号だと思ってました(笑)。
永久に語り告がれる囚人番号『374919』。ジャベールがジャンバルジャンを『24601号!』と呼び
捨てるように、我々もどこぞの偉く成りたいお方を今後は『374919号!』と呼び捨てましょう(笑)
374919号に付き従う家来は『みみず千匹好きのゲス野郎!』と言いましょう。」は、この掲示板にも、極善弟子の中にも居ないと思いますので、今後とも何度か出てきますが、気に留めないで下さい。


さて、五十四年問題について踏み込んだ投稿がされると思いますが、先般の三浦さんの投稿(石田次男問題)は非常に興味深く読ませて頂きました。信心する前、プロ将棋士を目指していた石田次男氏(本人の体験談)であれば、様々な志向を抱いていたことでしょう。
でも、適わない現実が有る。時と人脈。どなたか投稿されていた一升瓶を抱えフンドシに上半身裸の記念写真には、誰もが呆れ果てる姿です。この光景から類推できる事は、この場に集まっていた子分がいたこと。私は盃事みたいで嫌です。関わり合いたくない世界。






 
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