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脳科学で鍛える仕事力

「睡眠負債」をためない術 6時間では徹夜と同じ? 早稲田大学研究戦略センター教授 枝川義邦氏

2016/6/8

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6月の梅雨の季節になると、寝苦しい日々が続きます。それでなくてもストレスで睡眠不足や不眠症気味となり、仕事の効率が下がるビジネスパーソンが増えています。どう対処すればいいのか。早稲田大学研究戦略センターの枝川義邦教授に最適な睡眠をとる方法などについて聞きました。

■日本人は結構、寝ている!? 平均睡眠時間は7時間40分

――よく眠れずに困っているビジネスパーソンが増えています。まず最適な睡眠時間は脳科学的には何時間なのですか。

 かつて、睡眠は少なくとも「8時間」はとることが推奨されていました。経済協力開発機構(OECD)の調査では日本人の睡眠時間は28カ国で最短ながらも、7時間40分程度(2011年のデータ)と「結構寝ている」ことになっています。しかし、そこまでたっぷりと眠ることは難しいというのが実感なのではないでしょうか。

 睡眠不足はヒューマンエラーの原因になるだけでなく、肥満やうつ病といった疾患にもつながるので、脳や身体に無理を生じさせないようにきちんと眠りたいものです。

 睡眠のリズムに則ると、最適な睡眠時間は「1.5時間の倍数」になります。睡眠中は、深い眠りと浅い眠りをくり返していて、その1セットが約1.5時間です。そこで、その倍数の睡眠時間で眠るのが脳にも身体にも合っていて、浅い眠りのタイミングで起きようとすれば目覚めもよいことになります。

 とくに寝入ってから最初の3時間は、深い睡眠の割合が多いことや起きている間に脳や身体が受けたダメージを修復してくれる成長ホルモンをはじめ、様々な生体内の因子が多く分泌されるなど、生体機能を維持するために重要な時間でもあります。ここはなんとしても確保したい時間といえます。

早大研究戦略センターの枝川義邦教授

 「1.5時間周期説」からすると、7.5時間睡眠がちょうど5セットを刻んだところで目覚めることになります。もちろん、ベッドに入ってから寝付くまでの時間や、すべての人が正確に1.5時間ではなく多少前後することを考えると、確かに8時間睡眠は脳や身体に合った睡眠時間のように思えます。

■「8時間睡眠」は神話 本当の最適睡眠時間は…?

 しかし、最近の睡眠科学の成果からは、現代人の最適な睡眠時間は7時間だということが分かってきました。英国での研究ですが、これによるとわが国でこれまで言われてきたことは、睡眠の「8時間神話」であったわけです。

 テストの結果くらいならば、次の日に最適な睡眠をとれば翌日には盛り返せると思いきや、実は健康にも良くない影響がでてくるようです。詳しいメカニズムまでは分かっていませんが、死亡率を調べると、最も低かったのが6.5~7.5時間の睡眠時間。7.5~8.5時間だと約20%も多くなるとのことです。8時間以上の睡眠を取った場合は、心疾患のリスクが高まるのだそうです。

 では、少し短めの6時間睡眠について、他の研究をみてみましょう。「1.5時間周期」を考えると、ちょうど4セット刻んだところなのでタイミング的にはよさそうですし、たしかに、目覚めがよい印象もあります。

 しかし、6時間睡眠をしたときの脳波をとると「二晩徹夜」したのと同じだったという研究結果が米国から報告されました。4時間睡眠でも同様だったのですが、6時間も眠れば、本人は頭がスッキリしたように感じながらも、認知テストや脳波では徹夜明けと同じことになっている点でやっかいです。

 このような短時間睡眠を続けて習慣になると、それが「睡眠負債」となって、脳や身体に悪い影響を及ぼしてしまうというのが、最近の睡眠科学の考えです。

■パソコン・スマホは「眠りたくない」のと同じ

――6時間以上、睡眠するにはどう対処したらいいのでしょうか。寝つきを良くしたり、途中で目が覚めるのを解消するいい方法はありますか。

 ベッドに入ってもうまく眠れない、という話をよく耳にします。妙に目が冴えて眠れないことも、たまにある程度ならば、なんら心配することはないでしょう。しかし、頻繁に眠れないとなると不眠症を疑いたくもなります。

 「眠れない」とひとくちにいっても、寝付きが悪いのか、いちど寝ても少しすると目が覚めてしまうのか、長く眠っていられずに明け方に目が覚めてしまうのか、といくつかのパターンがみられます。

 寝付きが悪くても、いちど眠ってしまえば朝まで眠り続けられるとなれば、就寝を習慣化するようにすれば、自然と快適な睡眠を取ることが出来るようになっていきます。生活習慣の中に睡眠(就寝)を組み入れれば、決まった時刻には自然と眠ることができるようになるものです。そのためには、眠りたいタイミングに向けての準備も習慣化する必要があります。

 寝る直前までパソコンやスマートフォン(スマホ)を眺めているのは「眠りたくない」といっているのと同じことです。特にインターネットのページを見続けたりゲーム興じると、気持ちが高ぶるだけでなく、情報量も多いことから、脳が興奮状態になってしまいます。

 また、パソコンやスマホの画面から発せられるブルーライトは、眠りにつくための準備を進める脳内ホルモンのメラトニンの分泌を抑制してしまいます。その結果、目が冴えて眠れないことや眠りの質が悪くなることにつながってしまいます。少し余裕をもってパソコンやスマホを切るのがよいでしょう。

■寝酒のアルコールは睡眠の質を低める恐れ

 いちど寝入っても、少しすると目が覚めてしまうタイプでは、眠り続ける環境づくりも大切です。部屋の温度や湿度が整っていないと、眠っているはずが、夜中に目が覚めたなんてことになりかねません。

 ひとによっては、就寝中にトイレに起きてしまうこともあるかと思います。寝る前にちゃんとトイレを済ませておく、というのも、子供じみているようですが、眠りには大切な習慣です。それだけではなく、カフェインやアルコールも控えたいところです。

 カフェインは目が冴えるだけでなく、利尿作用もあるのでトイレにいきたくなる効果もあります。眠りに不安を感じている場合は、夜間の珈琲などは避けるとよいでしょう。また、深酒をしてアルコールを多く摂った場合も睡眠の質を低下させますので、意識的に飲酒量をコントロールすることも必要です。

 いくつかでも心当たりのあるものを整えていくだけでも、眠りにつきやすく、眠り続けやすい環境になっていくものです。

 最後にひとつ。高齢になると眠りの質が変わってきます。健康な方でも睡眠が浅くなるので、夜中に目が覚めたり、早朝に起きるようになるものです。環境や状況を意識的に整えていきながら、脳や身体の変化を受け入れるくらいの心の余裕もあるとよいでしょう。

■「睡眠負債」が膨らむと、肥満や糖尿病、うつにも

――「睡眠負債」を減らすにはどうしたらいいのですか。職場環境とか、会社としてサポートできることはありますか。

 「睡眠負債」が膨らむと、肥満や糖尿病のような生活習慣病だけでなく、ストレスが溜まりうつ症状につながることもあり得ます。最近は、うつ症状のような精神系の訴えで産業医にかかるケースも多いと聞きます。

 健康経営は最近では企業の持続可能性や成績向上には必須のキーワードになってきています。従業員が健康でいることは、人材マネジメントの面だけでなく、実際にコストがかかったり収益にも影響しています。

 「負債」は定期的に返していかないと、膨らみすぎて手が付けられなくなってしまいます。平日に睡眠負債を増やしがちな方は、たとえば週末毎に「負債分」を取り戻すのがよいでしょう。

■毎日の昼寝でこまめに「借金返済」、脳の機能回復を

 あるいは、もっとこまめに負債を返していくには、日々の昼寝を習慣化するのも良い手です。エジソンやナポレオンが昼寝の名手であったことは有名ですが、現代でも充分に成り立つ手法です。昼寝は10~15分程度で目覚めるものが、起きてからの脳の働きも良くなっているという研究もあることから、長く眠るよりは「短い時間、脳のスイッチを切る」といったイメージのものがよいでしょう。そこまで時間が取れない場合は、5分でもよいので、静かな場所で目を閉じているだけでも脳の機能が回復していきます。

 もちろん仕事をしていれば、寝食忘れて取り組まないとならない時期もあるでしょう。

 多少のことであれば、脳も身体も受けたダメージを修復してくれます。しかし、それが習慣化すると、修復不可能なダメージを受けてしまうことになりかねません。

 睡眠時間が惜しい、と思ってしまう方には、持続可能性を上げるための「必要コスト」として計上するくらいの考えをもっていただきたいと思います。

枝川義邦氏(えだがわ・よしくに)
早稲田大学研究戦略センター教授(早大ビジネススクール兼担講師)。1969年生まれ。98年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了、博士(薬学)。2007年早大学ビジネススクール修了、MBA(経営学修士)。同年早大学スーパーテクノロジーオフィサー(STO)の初代認定を受ける。脳の神経ネットワークから人間の行動まで、マルチレベルな視点による研究を進めており、経営と脳科学のクロストークを基盤とした執筆や研修も行っている。著書に『「脳が若い人」と「脳が老ける人」の習慣』(明日香出版社)、『記憶のスイッチ、はいってますか』(技術評論社)、『タイプが分かればうまくいく!コミュニケーションスキル』(共著、総合法令出版)など。

(代慶達也)

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