たとえばトラック運送事業では、「道路運送法」という規制によって既存企業の利権が守られていたが、1986年にクロネコヤマト(ヤマト運輸)が運輸大臣を訴えて、ルート選択や運賃設定の自由を勝ち取り、宅配便の全国展開を可能にした。その後の宅配ビジネスの拡大ぶりは改めて語るまでもない。これは、参入規制の撤廃が成長をもたらした典型である。

 営業の自由の規制は、既得権者による圧力によって、根拠が精査されることなくつくられてしまうことが多い。したがって規制官庁は、営業の自由を制限する場合には、いつでもその根拠を説明できなければならない。

 大学や学部が最低限の質と経済的基盤を有しているかは、一般人が調べることは難しいから、薬や食品、建築物と同じように公的な審査が必要だ。大学の学部の新設にあたって、教育・研究の質と財務状況を審査するのは、文科省の大学設置・学校法人審議会(設置審)だ。設置審による質の審査をパスすれば、経済学部や法学部は新設できる。憲法が営業の自由を保障しているお陰である。

 しかし文科省は、法律ではなく文科省告示(平成15年3月31日文部科学省告示第45号)によって、獣医学部に関しては、どれほど優れた新設計画であろうと、審査することすら認めていない。新規参入者からは、質の審査を受ける権利さえも一切奪っているのだ。

 この参入規制は、競争を抑制し、既存の獣医学部および獣医師に利益をもたらす。実際、獣医師たちは、日本獣医師政治連盟を持ち、この規制の維持のために政治に隠然たる力を発揮してきた。たとえば、北村直人氏(日本獣医師政治連盟委員長)は次のように発言している。

「来年の参議院選挙に向け、われわれの取り組みを理解し、行動を共にしてくれる参議院議員の候補者を選定していかなければならない。一義的には、地方獣医師会においては地元の参議院候補は、責任をもって推薦について協議いただき、また、全国区の候補者についても、地方獣医師会がこれまでの関係等の事情で推薦をせざるを得ない候補者については、日本獣医師政治連盟に推薦いただきたい」(日本獣医師会(2015)「会議報告 平成27年度第2回全国獣医師会会長会議の会議概要」、『日本獣医師会雑誌』第68巻第12号、P.729)。

 獣医学部新設を規制する文科省告示の根拠を、文科省は示せていない。この参入規制は、政治力の強い獣医師会の利権を守るために文科省がつくったものだからだ。そのため、すでに2002年の文科省の中央教育審議会答申は、獣医学部等の新設不認可について、「現在の規制を残すことについては、大学の質の保証のために実施するものである設置認可制度の改善の趣旨を徹底する観点からは問題がある」と指摘し、今後の検討課題としていた。それにもかかわらず、文科省はこれまでこの規制を放置し続けてきたのである。

 現在、日本にとって獣医学部をつくることは重要な成長戦略だ。現代科学の中心の1つである生命科学の研究や、鳥インフルエンザやエボラ出血熱などの人畜共通病の研究のためにも、また、近年盛んになった獣医学の医学への貢献を増やすためにも、獣医学研究者を大量に育てる必要がある。新設しようとする学部に質の審査さえ受けさせないという獣医学部の新設規制は、国の成長を阻害している。

特区での獣医学部新設の検討開始
岩盤規制を正当化できなかった文科省

 安倍首相は就任早々に、経済成長を図るため、すべての分野での岩盤規制に穴を空けることを指示した。岩盤規制をいきなり全国でなくすことが政治的に難しい場合にも、せめて特定の地域で参入制限をなくし岩盤に穴を開けることを目的として、2013年に国家戦略特区制度が設置された。

 国家戦略特区の指定プロセスは、事業者や地方自治体の提案を起点に、最終的には総理が決裁する仕組みである。まず、地方自治体や事業者の規制改革提案を受けて、ワーキンググループ(WG)でヒアリングを行う。提案された規制緩和に合理性があると判断されれば、すぐに規制官庁にヒアリングを行い、規制が加えられている合理性を問う。規制緩和に納得しない規制官庁には、WG会議に出て反論してもらう。