上谷さくら(弁護士)

 先日の国会で、性犯罪に関する刑法が一部改正され、7月13日に施行された。明治40年の刑法制定以来、法律の不備についてさまざまな指摘がなされていたが、110年たってようやく被害の実態に近づく法律になった。報道などでは一般的に「性犯罪の厳罰化」と言われることが多いが、従前の法律が被害の実態に則しておらず、軽すぎただけであるから、今回の改正は「厳罰化」ではなく、「適正化」と評価すべきである。まだまだ不十分な点は多々あるが、まずは改正されたことを素直に喜びたい。
刑法改正を受けて会見する「性暴力と刑法を考える当事者の会」の山本潤代表(前列中央)ら=6月16日、東京都千代田区の参議院議員会館(桐原正道撮影)
刑法改正を受けて会見する「性暴力と刑法を考える当事者の会」の山本潤代表(前列中央)ら=6月16日、東京都千代田区の参議院議員会館(桐原正道撮影)
 これまで多くの性犯罪被害者の相談を手掛けてきたが、刑法上、被害者を苦しめてきた問題点は大きく分けて3つあったと考えている。1つ目は、強制わいせつ罪や強姦(ごうかん)罪は、被害者が告訴しなければならない親告罪であったこと。2つ目は、刑の下限が低すぎて執行猶予判決が多かったこと。3つめは、暴行・脅迫要件のハードルが高すぎて、立件されない事件が多すぎたことである。

 まず、1つ目であるが、親告罪であること自体、被害者に二次被害を与えていた。被害者は、警察に相談に行くことだけでも相当な勇気を振り絞っている。そして、警察に行きさえすれば、後は警察が捜査してくれて犯人は逮捕され、裁判になると信じている。しかし、警察や検察で「事件にするかどうか自分で決めて」と言われてしまう。このことは、被害者にとって苦痛以外の何者でもない。そこで、加害者からの逆恨みを恐れ、告訴を断念した被害者も多い。

 また、ほとんどの刑事弁護人が被害者に対し、「告訴を取り下げるなら被害弁償を支払う」と持ち掛けるし、「告訴を取り下げないなら、被害弁償はしない」とか「今ならそれなりの金額を支払うけど、起訴されたら金額は下がる」などという交渉をする。すると、被害に遭って心身ともに疲弊し、仕事やアルバイトができなくなって経済的に困窮した被害者は、泣く泣く告訴を取り下げて示談金を受け取るしかなかった。本来であれば、罪を犯した者は刑事責任を負い、損害賠償という民事上の責任を負うのが当然である。ところが、強姦罪などは親告罪であったがために、被害者は刑事か民事かという二者択一を迫られ、それ自体が二次被害となり、被害回復に多大な悪影響を及ぼしていた。

 しかし、今回の改正によって非親告罪となったことから、被害者の負担はかなり軽減されると思われる。