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入学 2
名前を呼ばれて蓮太郎は椅子から立ち上がり―――レミアへ苦々しい視線を向けた。
「教官、やはりここはボケてみるべきでしょうか?それとも堅実に行くべきですかね?」
「……誤って滑って場を重くさせない自信があるなら構わん」
「わかりました。それでは安全運転第一な俺は真面目に……」
そう言いつつ、蓮太郎はこれからクラスメートになるであろうクラスメイト達へ視線を向けた。どうやら蓮太郎の発言自体があまり好意的には受け取られなかったようで、視線が凍えるように冷たい。そうだよね、ここ高校扱いって言っても軍人を育成する訓練校だもんね。
「いやんっ!やめて!アタイはそんな目で見られてもっ……よ、喜ぶ趣味はなんてないんだからねッ!」
「「「「「…………」」」」」
過去最大級に滑った蓮太郎のボケに対する視線の冷たさに耐えかねてそんなことを口走ると、一部の生徒からの視線がますます冷たくなった。もう、視線を合わせれるだけで全身が凍りつくレベル。蓮太郎は視線から逃れるようにその場で身を捩ってグネグネと踊りながら場の空気を整えようとするが、
(場を温めようとしたら氷点下まで場の空気を冷めさせる蓮太郎にリスペクトだよ)
(水風呂に放り投げるぞロリ体型)
相棒であるはずのインフィは蓮太郎に対して爆笑とばかりに賞賛を送り、それを聞いた蓮太郎は顔を引き攣らせる。
「まあ、今のは冗談ですって!本当に俺、そんな趣味ないんで大丈夫です!ノーマルな性癖しか持ってない極めて普通の十五歳ですから!というわけで俺、最近流行りの二枚目イケメンの椿蓮太郎です。椿なのか蓮なのかハッキリしろよ、と思ったかも知れませんが俺にはどうも出来ません。座右の銘は、“無茶はするな。だが、無理はしろ”です。名前を呼ぶ時はどんな呼び方でもいいから、気軽に話しかけてくれて構わないです!」
冷たい視線に耐えながら蓮太郎は自己紹介を終える。残念ながら、質問はされなかった。それでも、達成感に包まれていた。
これで他の人も気軽にジョーク混じりの自己紹介をしてくれるだろうと、場を温めたつもりになっている蓮太郎だったが、現実は甘くなかった。
蓮太郎のあとの男子達は当たり障りのない、いたって普通のテンプレじみた自己紹介をしていく。
(……あれ? これって、俺だけ孤立するってオチじゃねえ?)
(……え、今気付いたの?)
早速、調子に乗るんじゃなかったと入学初日に後悔するが、もう後の祭りである。思わず蓮太郎が頭を抱えていると、レミアから名前を呼ばれて次の男子が立ち上がった。
「俺は、二階堂賢吾ッス!年齢は十五歳で、趣味はスポーツと音楽鑑賞!好きな食べ物は豚カツソースで、良かったら賢吾って呼んで欲しいッスねぇ。これからよろしくッス!」
教室中に響く馬鹿でかい声で自己紹介を行う少年―――賢吾に、周りからまばらな拍手が上がる。身長は蓮太郎よりも若干高く、僅かにレミアより低いくらいだろう。染めているのか地毛なのか、適度に伸びた濃い赤毛の髪と少年らしい溌剌はつらつとした笑顔が印象的だった。
(……豚カツソースって食べ物なの?)
(……ドリンクではないと思うぞ。少しマニアックなだけだ……多分)
蓮太郎は『あ、こいつとは仲良くなれそう。同志だわ』という根拠の無い直感を覚えた。
そんなことを蓮太郎が思っていると、不意に賢吾と視線がぶつかり合う。向こうも同じことを考えていたのか両者は同じタイミングで立ち上がると熱い抱擁を交わす。
「友よ!」
「ダチよ!」
そして、いつの間に移動したのかレミアが両者の頭蓋に拳骨を落とす。
「「いだっ!?」」
「仲が良いのは結構だが、場を弁えろ。見てみろ。変な目で見られてるぞ」
レミアの冷たさを通り越して絶対零度に満ちた声でそう言われ、蓮太郎と賢吾は頭を両手で押さえながら涙目で何度も頷く。それと同時に多少なりとも笑い声が上がり、蓮太郎は初めて笑いを取ったことにホッとした。
そうやって自己紹介が進むと、男子の紹介が終わって女子の紹介へと移る。まずは蓮太郎の隣の女子―――先ほど蓮太郎と共にに質問をした少女が名前を呼ばれて立ち上がった。
「あ、あの……わたしは、花園萌美です。十五歳です。よろしく……お願いします」
先程と同じように落ち着かない態度で少女―――萌美が自己紹介を行う。
栗毛色の肩まで伸ばして両肩に一房ずつピンク色のゴムで縛られたおさげが特徴的だ。150センチもいかないくらいの身長で芯が細く儚い印象があった。
先ほどあの状況でレミアに質問をしたことから、本当に気弱な人間なのかは不明だがまだ、出会って間もない。これから知ればいいだろう。
(しかし、何か質問したらそれだけでうっかり心臓止まって卒倒しそうだなぁ……)
(合法的に心肺蘇生の時に服をまくっておっぱい触れるし、息を吹き込む時にキスも出来るね!いいカモじゃん!)
(お前の思考回路はおかしいぞ!?)
名前と顔は覚えたが、関わる機会があれば話したいと思う。質問もなく、萌美は顔を俯けながら椅子へと座った。
そしてまたもや普通の自己紹介が続いていくが、次に立ち上がった少女を見て蓮太郎は僅かに息を呑む。そこにいたのは、校舎に来る際に見かけた青色のシュシュの少女だった。
「……大蓮寺栞里よ。以上だわ」
ぶっきらぼうに、それだけを口にする少女―――栞里。だが、ぽつりと呟かれた『大蓮寺』という名字に、蓮太郎は一人有名な『ボーダー』が居ることを思い出す。珍しい苗字で尚且つ、『ボーダー』で『大蓮寺』という姓を持っているのならば蓮太郎の予想は恐らく的中しているだろう。
挙手をしようとする蓮太郎よりも先に賢吾が挙手をして立ち上がる。
「はいはいはいっ!大蓮寺さんに質問ッスけど名字の『大蓮寺』ってまさか『須佐之男』さんの血縁者ッスよね?」
賢吾が口にした『須佐之男』と呼ばれる二つ名。
第二次世界大戦の終戦の際、敗戦したにも関わらずに割と最近まで起きていた第三次世界大戦を経て今こうして先進国として名を馳せる事になったのは『須佐之男』と呼ばれる男性―――大蓮寺雲仙だ。第一世代の『ボーダー』であり、世界で初めて確認された恐らく最強の『ボーダー』である。
現在の日本は彼が後方に控えているからこそ成り立っているという者もいるほどで、中学生の日本史の時間にも取り上げられるほどに有名な人だ。
この国で、現在は防衛省と双璧を成す“大日本帝国異能分室”の室長として日本中の『ボーダー』を監督している人物であると昨日、資料で読んだ。
無愛想な挨拶をしていた栞里だが、有名な『ボーダー』の血縁者かもしれない。
深い興味を惹かれ、蓮太郎は栞里に観察の視線を向ける。
身長は蓮太郎より5センチ近く低いが、腰まで届きそうな長い黒髪を青色のシュシュで高い位置で結んでポニーテールにまとめ、無造作に垂らしている。顔立ちは整っているが、少し視線が鋭いのが惜しい。
「それが、なにか?」
ガンを飛ばす、という言葉では形容オーバーなくらい鋭い視線。
まるで銃口を突き付けられるような視線を向けられ、賢吾は慌てて手を振る。
「あ、なんでもないッスよ!失礼しました!!」
顔色を悪くさせながら首を振り、最後には腰を九十度に折って机にガツンッと大きな音が立てながら頭を下げる賢吾。
何も反応しなければ土下座でもしそうな賢吾の謝罪の勢いに気が削がれたのか、栞里は尖った気配を僅かに緩めて視線を外して席に付く。
真横で『あれはSッスねぇ……でもあのツンツンっぷりはMになると更なる高みへと……』などと賢吾が呟いているが、気にしない方が良いだろうと蓮太郎も視線を外す。
ある意味、非常にインパクトのある自己紹介だったと一人頷いていると、栞里とは違う意味で目を惹かれる“女性”が椅子から立ち上がった。
「北川ひかりです。みなさん、よろしくお願いしますね」
そう言って丁寧な物腰で自己紹介をする女性―――そう、女性だ。断じて、少女と呼ぶのは相応しくないと蓮太郎は一目で感じた。
周囲に座る中学卒業したばかりの少年少女にはない、落ち着いた物腰。大人びているというよりは、積み重ねた時の差を感じる。背中まで伸びた艶やかな黒髪と、蓮太郎達に比べれば大人びた面差し。それらを見れば、ひかりと名乗った女性が蓮太郎より年齢が高いと推測するには判断材料は足りていていた。
「あの、おねーさん?レディに歳を聞くのは御法度なのは承知で聞きますけど同い年じゃ……ないですよね?」
思わず蓮太郎が尋ねた。すると、ひかりは苦笑しながら頷く。その笑みにはやはり来たか、と確信に満ちた笑みを感じられた。
「ええ。私は貴方達と同じ時には適正値が基準以下って言われて『ボーダー』になる検査に引っかからなかったんだけど今年……前回から2年経ったけど両親から再び検査を受けるように勧められたの。いざ受けてみたら、『ボーダー』になるに必要な適正値の基準を超えていたのが認められたわ。だから、あなた達の二歳年上……高校で言うなら歳だけで言うなら3年生ね。でも、気軽に話しかけてくれて構いませんよ?」
「へぇ……そうなんですか」
穏やかに大人の笑みを返され、蓮太郎は思わず頬を掻く。すると、今度は蓮太郎に遅れをとった賢吾が挙手をした。そして、キリッと真剣な表情に変わり、前髪を掻きあげながらひかりに問う。
「北山さん……いえ、ここは敢えてひかりさんと呼びましょう!俺みたいな年下の男の子に興味はあったりするんスか?」
効果音でキリッと聞こえるような顔で尋ねると、ひかりは頬に手を当てて困ったように微笑んだ。
「あらあら、年上をからかったら駄目よ……えぇっと、けんじ君?」
「いや……賢吾ッス」
「あら失礼。でも、年上をからかうのはやめなさいよ?」
「からかうなんてとんでもないッス!あとできたらスリーサイズと好きなプレイをぐほぁっ!?」
最後まで言うよりも早く、黙って見ていたレミアの掌底は賢吾の顎を打ち上げて賢吾は華麗に宙を舞う。そして、天井に当たるとポトッと羽毛布団のように優しく落下した。鈍器で殴ったようなレミアの打撃音が教室内に響き渡り、沈黙が訪れる。
(蓮太郎、蓮太郎!賢吾とやらは蓮太郎と気が合いそうだね!蓮太郎と同じ変態だよ!キタコレ!)
(いや、サラッと俺を変態にするなよ)
実際は蓮太郎も思わず聞きたくなるぐらい“女性”として爆弾級のプロポーションだったのだが、さすがに聞いたら勇者のように打ち上げ花火にされると思い自重をしていたのが幸いだった。
そうやって、クラス全員の自己紹介が終わる。レミアは時間を確認すると、未だに顎をさすっている賢吾を無視して口を開く。
「言い忘れていたが、昼の休憩は十二時から一時までだ。ひとまずこれで解散とする。一時になったら今度は校舎前のグラウンドに集合すること。以上だ」
それでは解散、と告げてレミアが教室から出ていく。
それを見送った蓮太郎は、とりあえず友達作りの為に賢吾を介抱する作業に移るのだった。
処女作です!
もしよろしければブックマーク、ポイント評価、感想、レビューなどをくださると嬉しいです。こんな拙作ではありますが、広めてくださるとありがたいです!
もう少しで総合評価1000ptいけそうです!ありがとうございます!
そして、この作品がしっかりと軌道に乗り次第、後書きにミニコーナーを作る予定です!
案がある方はメッセージでも感想にでも書いてくれると嬉しいです!(うっかり、その中から抽選で1名様のユーザ名からキャラ名を作りたいと思います!)
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