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入学 1
翌朝、時間通り六時に慌てて届けられた“夕飯”を平らげ、紅茶を飲む。食後の一服を終えた蓮太郎は、クローゼットに入っていた軍服(一応基調制服らしい)を身に着けていた。インフィは、蓮太郎の中で待機している。
インフィとの契約時に三つの約束をしたが、二つ目の外界を堪能する事の中には味覚をリンクさせる事が含まれていたらしい。リンクしたといっても特に感覚に違和感はなく、インフィが言うには『僕と蓮太郎は一心同体だから違和感なんてあるわけないじゃん』と、言っていた。
軍服は全体的にネイビー色で統一されており、形状は蓮太郎が見た事ある映画の軍服にそっくりだった。肩から袖にかけて白色の二本ラインが入っているが、他に目立った装飾はない。頑丈な生地を使っているのかちょっとやそっとでは破れそうにもないのが気になった。ベルトの部分には通信機を入れる為のホルスターがついており、そこに通信機を差し込む。
「でも、ネクタイじゃなくて良かったな」
俺、ネクタイ巻けないし巻いたことないしと呟いて、蓮太郎は鏡に映った自分の姿を見る。
「うん、似合ってねぇな」
『フフッ服に着せられてる感じだね』
「おい馬鹿、俺はそんなヤワじゃない」
『嘘乙。僕には君の考えてるいやらしい事が全て流れ込んでくるから分かっちゃうなー!』
「ネクタイでどんないやらしいことを考えろと!?」
『うーん……思いつかないなぁ。蓮太郎の煩悩領域を探しても出てこないねぇ……』
「………プライバシーもクソもないな、これ」
鏡には顔を引き攣らせた顔の少年が一人映っており、蓮太郎は似合っていないと断じた。これから同級生となる『ボーダー』に会うと思うと、多少は期待と不安が嫌でも刺激されるのだ。自身が『ボーダー』になっても『ボーダー』に対する特別意識は消えておらず、蓮太郎は自制するために深呼吸をした。
(調子に乗らないようにしないと……)
(教官に目をつけられるよん)
(脳内回想にまで侵入してくんなお前!)
(堪忍しなあんちゃん。この領域も僕が契約時に支配した!フハハハハッ!)
(激辛ラーメン食って激辛フルコースに道連れにするぞてめぇ………)
インフィと念話でも会話が通じる。更に、今知ったがインフィは宿主である自分の記憶や知識も自由に閲覧できるようだ。
そして、蓮太郎はテンションが上がると、後先を考えず即行動に移してしまうことがある。蓮太郎はその傾向が強く、中学時代もそれで先生などによく叱られて苦労したのだ。100%非があるのは自分なので自己責任だが。
用意されたこれまた高級そうな洗面用具で歯磨きを済ませると、時間は八時四十九分を指している。そして五十分になると同時にドアがノックされ、蓮太郎は外へと出た。
「おはようございます」
「はい、おはようございます。では、案内しますので小官の後について来てください」
迎えに来た兵士……バッジを見ると陸上自衛隊で二等兵案内の兵士の男性兵士に従って移動する。校舎まで移動する途中、蓮太郎は自分と同じように兵士に従って移動する恐らく“同級生”の人の姿をちらほら見かける。蓮太郎が見かけた男女の比率はほぼ同じ。ほとんどの少年少女が顔に緊張を浮かべながら歩いていた。
蓮太郎は外見上は平常を装うが、内心は徐々に興奮から緊張へと傾いてきている。それでも周囲の少年少女よりは余程気楽な顔つきで歩き―――ふと、その視線が吸い寄せられるように一人の人物へと止まった。
少女だった。背中を蓮太郎に向けているため顔は見えないが、腰まで届きそうな艶やかな黒髪を青色のシュシュでポニーテールにしている。女子の軍服は、ベースは男子と変わらないが腰元がミニスカートである所が特徴的だ。
しかし、蓮太郎が目を惹かれたのはそんな少女の外見ではない。目に見えない、威圧感を覚えたのだ。インフィの思考が蓮太郎の脳内に流れてくるがインフィも蓮太郎と同様の感想を持ったようだ。
(あの少女……第一世代ではないのに蓮太郎と同じ……いや、蓮太郎よりも匂いが濃い。僕と同程度の守護者が少女を守ってるよ……)
(うわぁ……なんか胸が圧迫されるんだが)
(本能的に蓮太郎はあの子より劣ってると感じたみたいだねぇ……頑張りなよ僕の宿主♪)
真っ直ぐに伸びた背筋に、一定で進む歩調。そして目に見えない、心臓を握り潰すような空気。まるで銃口をこめかみに突きつけられたような気分にもなるが、膝が震えるほどの恐怖は感じない。
「ヒュー♪……あれも今日からクラスメイトっと」
感嘆混じりに口笛を吹くと、案内の兵士が勢いよく振り返った。
「何かありましたか?」
「い、いや、なんでもないっすよ?」
警戒するような怪訝そうな表情を向けられたので、苦笑を返す。
(背中で語るっていうか示すってわけじゃないけど、まあ物騒な感じがする女の子だなぁ……)
恐らく同い年の自分をサラッと棚に上げて、呑気にそんなことを思う蓮太郎だった。
「諸君、まずは“入学”おめでとう。私はこの訓練校の校長である板倉重信だ。『ボーダー』ではなく一般人だけど気兼ねなく接してくれて構わないよ」
教室に案内されると、席が全て埋まるなり入室してきた男性は、そんな言葉を皮切りにとても短い“祝辞”をした。
白髪混じりの髪に、彫りの深い顔に宿す力の入った瞳。年齢は六十過ぎ以上には見えるが、引き締まった体躯がそれよりも若く見せる。人の前に立つことに慣れているのだろう。蓮太郎の父親のような威厳に満ち、堂々とした態度で教室に揃った少年少女を見渡していた。
縦に長い長方形の教室に等間隔に並んだ明らかに『ボーダー』“仕様”の机と椅子。壁に備え付けられた黒板。教室はやや広く、一辺が十メートルほどある。そして椅子に座った少年少女は“一部”を除き、これからの訓練生としての生活が待ちきれないと言うような目を輝かせて板倉の話を聞いていた。
「今期……第25期生。確か……総勢28名を無事迎え入れられたこと、嬉しく思う。諸君にはこれから三年間、この訓練校で主に『ボーダー』として能力の使い方や小隊や中隊などでの実戦的な事を学んでもらう。また、それに付随する法律の学習、将来を見越して簡単な任務だけどやっていくことになると思う」
身振り手振りは交えた、政治家の演説のような話し方。だが、それでも人の心に訴えかけるような“正常な人”の声だった。両親の周りにゴマをすっていたような“裏のある”人の声ではない。一度聞いたら忘れないような、感情のこもった暖かい声である。
「今の世界的な認識として『ボーダー』を兵器だと騒ぐ声もあるが、私はそんなことはないと思っている。諸君は国防を担う『ボーダー』だが、同時に一人の高校生だ。まだ、思春期真っ只中で普通の人間のように青春してもいいと思っている。だからこそ、私にできることは、そんな諸君を守り“大切”に育てていくことだ」
板倉は教室中の蓮太郎達、訓練生の顔を見回し、少しだけ語調を柔らかいものにする。
「これから諸君は、生涯を『ボーダー』として生きることになるだろう。『ボーダー』の生命力は常人の2倍から3倍はある。これから短くない年月を生きることになると思われる。僕なんかよりもね」
無論、それはその他の原因で死ななければという仮定が必要だろうが。『ボーダー』が国防を担う以上、寿命で死ねるとは限らない。敵と遭遇すれば時に、自身の命をかけたやり取りを繰り広げる事もあるだろう。板倉もそれを理解していたが、それでも、自身の孫レベルの年齢の少年少女に向ける言葉は決まっている。
「私から諸君に望むことが二つだよ。一つは、決して命を投げ出すような真似をしないこと。『ボーダー』といえど、死んだらそこまでだからね。そしてもう一つは『ボーダー』として、“人間”として悔いの残らないよう常に目標を持って生きてほしいこと。この二つに限るね」
そこまで言うと、板倉はシビアな話を吹っ切るように一転して明るい笑みを浮かべた。
「さて、まだ話をしたいけど、あまりに長いと君達の“教官”にドヤされそうだからここまでにしておこうかな。私は訓練校の中央……君達の寮部屋の隣にある教員用の校舎で基本的には活動している。何か相談事や思い出話がしたくなったら遠慮なく来たまえ。友人の事でも訓練の事でもなんでもいい。あ、適度にエッチな話もウェルカムだよ?特に男子諸君」
最後の一言は冗談か、本気なのかは分からない。だが、教室の中でもところどころで笑い声が上がる。訓練生達の緊張は少し解れたようだ。板倉はその笑い声を受けて満足そうに頷くと、教室の扉に視線を向けた。
「それでは君達の教官を呼ぶとしよう。レミア君、入りたまえ」
「―――はっ」
短い返事が響くと共に教室の扉が音を立てて開かれる。そして女性が一人教室に上がり込んでくる。
「私はお前達の教官を勤めることになったレミア=スカーレットだ。レベル2以上の有事の際の階級は空戦少尉。これから諸君らを一人前の『ボーダー』に育て上げるつもりだ」
そう言って壇上から蓮太郎達を睥睨する女性―――レミアは、鋭い刀を彷彿させるような印象を振り撒いていた。長い金髪を惜しげも無く下ろして、男子高校生の平均身長をも超える170以上の身長。席に座った蓮太郎達を見回す視線は鋭く、昨日顔を合わせていた筈の蓮太郎の背筋も伸びる。
一般人が知り合う教師と違い、軍人を育てるための“教官”だ。初めて会った時から生半可な人物ではないことが窺えたが、改めて実感する。緑色の軍服を身に纏っているが、服の上からでもトップアスリートとして名を馳せている姉よりも鍛え上げられていることがうかがえる。
蓮太郎は鋭い視線を受けながら、頭の片隅で昨日との態度の“差”を考えた。
教官であると自己紹介したレミアは、蓮太郎達を見回してから口を開く。
「板倉校長からもあったように、諸君らはこれから三年間この訓練校で過ごすことになる。訓練校の施設については、各人の部屋に資料があったので恐らくそれに目を通しているだろう。そのために分かっていると“仮定”して次の話をさせてもらう。次は訓練校での規則について説明を行う」
レミアはそう言って蓮太郎に背を向けると、黒板に向かってチョークを走らせ始める。
「あ……折れた……」
黒板に白い文字を丁寧に書いていると途中でバキッと音を立てながらレミアの手元からチョークの破片が床に落ちる。一瞬、レミアから素の声が聞こえた気もするが蓮太郎はツッコミを入れない。入れたが最後、ロクなことに遭いそうにないからだ。
蓮太郎のすぐ傍から、『やっべ……爆睡して資料読んでない!!』という絶望に染まった男子の声が聞こえたが、蓮太郎は聞こえない振りをした。
折れたチョークをゴミ箱に捨てると、新しいチョークを取り出しポーカーフェイスのまま黒板にチョークを走らせていたレミアは、一通り書き終わったのか蓮太郎達へと向き直る。
「さて、諸君らがこれから訓練校で生活していくに当たって重要なことは数点だけだ。一つ、教官の言うことには“必ず”従え。一つ、訓練校の敷地外への無断外出をしない。一つ、敷地内には他の期生の『ボーダー』がいるが、彼らへ“意味もなく”接触をしない。これら三つは必ず守れ」
何か質問はあるか、とレミアは尋ねた。それを聞いた蓮太郎はすぐさま手を上げる。
「はいレミアさん……じゃないですね……えっと、教官?」
「ああ、教官でいい」
「では教官、その三つのルールの意図はなんですか?あと、破ったらどうなるんですか?罰則とかあるんですか?」
要は説明は面倒臭いから聞きたい人は聞けということだと判断して、蓮太郎は尋ねた。レミアはその質問に対して一つ頷くと、ニヤリと犬歯が見えるほど口角を上げて笑って見せる。
「一つ目のルールに関しては、諸君らに上位者からの命令を徹底させるためだ。将来的に諸君達には上司……この場合で言うと上官が出来るだろう。予行練習だと思ってくれていい。これを破ったら、私が直々に“指導”する。二つ目のルールについては、諸君らの身を守るためでもある。訓練生の内は敵国の『ボーダー』に襲われやすいからな。これを破れば、下手すれば脱走扱いになる。『ボーダー』の者は頑丈だから昔の拷問をフルコースで体験するくらいの気概がないのなら辞めておくのが賢明だ。三つ目のルールについては、これも諸君らの身を守ることにつながる。罰則はないが、自身より長い間、訓練に“身を置いている”先輩に絡みに行くのなんて愚の骨頂だと言えるだろう」
一つ目のルールについては、蓮太郎はハッキリと納得できた。『ボーダー』はいずれ国防の要として、軍組織に入る可能性が高い。今の内にそれを学ぶのだとすればそれは当然だろう。そして二つ目のルールについても、誘拐される云々はレミア達から聞いていた為にこれまたハッキリと理解できた。しかし、三つ目のルールについては理解できない部分がある。何故なら、罰則が無いのに他の期生との交流を禁じるからだ。
「罰則はないんですか?それなのに、“無意味”な接触は駄目だと?」
「そうだな」
蓮太郎は首を捻って思考する。インフィも思考しているみたいだが答えはハッキリとは分からないようだ。
(インフィは意味が分かるか?)
(僕も分からないよ。推測はいくつか出来たけど)
すると、蓮太郎の隣に座っていた少女が挙手をする。どこかキョドッとした雰囲気を持つ緊張した面持ちの少女だった。
「つまり……それは、教えを乞うといった“意味のある”接触は問題がないといった解釈で合っていますか?」
少女がそう言うと、レミアは片眉を上げた。少女の回答に驚いているようだった。
「その通りだ。相手は諸君らよりも、少なくとも半年は長く『ボーダー』として訓練校で生活している。見れば学ぶこともあるだろう。もっとも、それだけで済むかは分からんがな。少なくとも私が生徒の時は“戦争”に出向くのと同じ気持ちで教えを乞いに行ったな」
そう言って、レミアは意地悪く笑う。少女はその笑みを受けて、怯えたように肩を震わせながら椅子に座った。蓮太郎はそんな少女とレミアの表情を見て、再度挙手する。
「“先輩方”が俺達後輩にちょっかいを出してきた場合はどうすればいいんですか?具体的に言うと、嫌がらせや喧嘩を売られるとか」
「そういった事態の対処を学ぶという意味でも有効だろう。そんな腐った根性を持つ者なら返り討ちにして叩きのめしても構わない」
「いや、自分男女平等の平和主義なんで、遠慮します」
蓮太郎は一も二もなく首を横に振る。レミアは残念そうに目を伏せる。
「そうか。まあ、殺しさえしなければ多少の喧嘩………具体的に言えば肋骨を粉々にするくらいなら問題ないが、可能な限り周辺にいる教官か警備をしている『ボーダー』に届け出ろ。実戦形式の模擬戦という形で決着をつけさせてやる」
そう言って、レミアは迫力のある笑みを浮かべた。獰猛と形容できそうなその期待に満ちた笑顔に、蓮太郎は降参するように両手を上げる。
レミアは他に質問がないことを確認すると、食事は校舎の食堂もしくは売店を利用すること、購入の際は通信機から出された電波で支払いができることなどを伝える。他にも多少の説明があったが、それほど重要なことはなかった。そして一通り説明が終わったのか、レミアは蓮太郎達を見回す。
「それでは、これから自己紹介をしてもらう。これから三年間付き合っていくクラスメイトだ。しっかりと覚えろ。自己紹介後の質問もある程度は許可する」
入学時やクラス替え時のオリエンテーションのようなものかと気楽に考える蓮太郎。しかし、レミアの期待に満ちた視線が自身へと向いたことで察する。
「まずは男子からいくか。たまたま目が合ったな椿。まずは、お前から自己紹介してもらおうか。なに、意図的に目が合ったわけじゃないぞ。たまたまだ。うん、たまたまだ」
「絶対に違いますよねぇ……」
視線をサッと逸らすレミアを見て、予め考えていたのだと蓮太郎は察したがもう後の祭りだった。
処女作です!
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