天パ界の出世頭なのか
清々しいまでの露骨な宣伝を勝手に許すと、まもなく発売される新著『コンプレックス文化論』(文藝春秋)では、10種類ほどのコンプレックスを徹底的にほじくりだし、それらを根に持ち続ける人たちが豊かな文化を作り上げたのだ、と論証していく。考察と共にコンプレックスを抱えた表現者へのインタビューを敢行しているが、「背が低い」をテーマに話を聞いたフラワーカンパニーズ・鈴木圭介は「俺が180センチ超えていたら……まぁ、東京ドームやってんじゃないですか」と勇み、「ハゲ」について聞いた臨床心理士・矢幡洋に、なぜカツラの着脱をテレビで公開するのかと問えば、「カツラは私のツール。人様の商売道具にケチつけるな」との激烈なコメントが返ってきた。安斎肇に、かの有名な「遅刻癖」について尋ねると「遅れるほうもイライラしてる」と物議を醸す宣言が繰り出されたのだった。
その他にも「実家暮らし」「一重(ひとえ)」「下戸」「解雇」「親が金持ち」などのコンプレックスについてしつこく問うたが、本書で真っ先に議題としたのが「天然パーマ」である。そこでは当然、大泉洋の存在が象徴的に持ち出される。彼自身、出世番組となった『水曜どうでしょう』を、「オッサン4人が(中略)夜にはしこたま酒を飲み、酔った〝ヒゲ〟と天パが裸で相撲を取る」(大泉洋『大泉エッセイ』)番組と解説したように、自身の天パをアイデンティティとしてきた。だがしかし、その大泉が「天パ界のレジェンド」として君臨しているわけではない。彼が、実は「天パの上にパーマをかけている」という事実を公言したことによって、静かな内紛が勃発しているのである。
「でもほとんどが天然パーマなんです」
本の中では、自身の天然パーマを愚直に守り続けるミュージシャン、おとぎ話・有馬和樹に話を聞いたが、彼に大泉の「天パの上にパーマ」の事実を伝えると「……ショックです」と絶句した上で、天パをストレートにする縮毛矯正は決断として理解できるが、天パにパーマは理解できないと慎重に言葉を選んだ。大泉が「天パにパーマ」を公言したのは『笑っていいとも!』(2005年3月29日)の「テレフォンショッキング」でのこと。「これは天然パーマなんです。天然パーマ、プラス、パーマなんです。でもほとんどが天然パーマなんです」と笑いをとったのだ。
学生時代、怖い先生から「いつかけたんだそのパーマは!」と指摘された大泉は「生まれた時からです」と答え、クラス中の爆笑を呼び起こした。「受験のときも〝天然パーマ証明書〟みたいなものがあった気がする」(映画『アイアムアヒーロー』舞台挨拶・エンタメOVO)と語り、直毛にしたい時期もあったことを吐露しているが、その天パを引っさげてメジャーになった大泉が、「天パにパーマ」という手段を選んだことは、天パを嗜む人たちを少なからず動揺させた。「でもほとんどが天然パーマなんです」という〝おいしいとこ取り〟を、原理主義者は認めてくれるのか。
「地毛証明書」提出が作り出す文化
先日、新聞各紙で大きく報道されたのが、都立高校の6割で一部の生徒に「地毛証明書」を提出させているとの事実。比較するために幼少期の写真を提出させる例まであるという。「地毛証明書」「頭髪についての申請書」などの書式に「縮れ毛である」などと保護者が記入し、押印する。「入学前の説明会で染色やパーマが疑われる生徒に声をかけ、用紙を渡す例もある」(朝日新聞デジタル・2017年4月30日)というから驚き。
天パの定義というのは実に曖昧。「毛がまっすぐではない」という状態だと捉えれば天パの領域は拡大するし、それこそかつての大泉洋のように一見してすぐに分かるモジャモジャのみを天パとするならその領域は狭まる。ポップに取り扱われる天パはやはり後者のほうで、大泉洋はその後者であることを強みにしてきた存在である。露骨な天パであることがいくつもの笑いの起動スイッチにもなり、補助線にもなってきた。ましてや、「地毛証明書」がこれだけ残っているならば、大泉がそうしたように、「天パ」は使えるアイテムのママだ。
「オレも天パなんすよ」発言の危うさ
天パ男女の日常を綴ったイラストエッセイ、モジャ男&モジャ子原作・福島幸漫画『天然パーマはつらいよ!』を開くと、モジャ男が友人と北海道旅行に出かけると、観光地のあちこちでヒソヒソ話が聞こえたエピソードが載っている。耳をそばだてると「北海道に帰ってきたのか」「本物はやっぱり迫力がすげーな」などの声。その天パゆえに大泉洋と間違えられたのだという。果たして髪型だけで本人と間違えられるのだろうかとの疑問が消えないものの、それほど天パは記号的に処理されがちなのだろう。そんな二人がとにかく毛嫌いするのが「おしゃれパーマ」、そして、ちょっとしたくせ毛の人が同調するつもりで放つ「オレも天パなんすよ」発言だという。
北海道のローカルタレントとして頭角を表した大泉洋は、両親共に教師という家庭に育った。クラスのムードメーカーでありながらも、どこか堅実だったという。なにせ、小学校の卒業文集の「なりたい職業」欄に「スポーツ用品店の店長」と書き、中学生の文集には「NTTの社員」と書いている。そんな大泉青年を面白方面に引っ張り出したひとつのきっかけが、中学の夏休みに突然クリクリになったその髪だった。中学に入りたての頃まではバレンタインの日にチョコを難なくもらえるほどモテていたのにそのモテがピタリと止まり、高校時代に帰宅部になると男だらけで「びっくりドンキー」で4時間くらい駄弁るような学生になったという(鈴井貴之編集長『大泉洋』)。突然の天パが、ひとつの契機になったのだ。
自由闊達な議論が求められている
大泉は、自身でも天パをしきりにネタにする。例えば、自分の肩書きをどうするかを悩めば、「〝チリチリ俳優〟〝天パ俳優〟……全くひねりがない。髪はひねっているが名前はひねれていない」(『大泉エッセイ』)というように。だからこそ、天パにパーマにかけた大泉洋に天パを代表させていいのか、というモヤモヤが天パ達の心の内に発生する。芸能界に限れば明らかに天パを代表している大泉洋の耳には、天然パーマをパーマで加工することを認めない原理主義者の声が届いているはずである。天パの地位向上を大泉洋が握っているからこそ、彼を含む自由闊達な議論が求められているのだ。
(イラスト:ハセガワシオリ)
『わたしのかたち 中村佑介対談集』(青土社)『コンプレックス文化論』(文藝春秋) 刊行記念
中村佑介 × 武田砂鉄 トークイベント
日程:2017年8月11日 (金)
時間:14:00~15:30(開場 13:30~)
料金:1,350円(税込)
定員:110名
会場:青山ブックセンター本店大教室
東京都渋谷区神宮前5-53-67コスモス青山ガーデンフロア (B2F)
http://www.aoyamabc.jp/event/nakamuratakeda/