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第五十九話『それで構わんよ』
宜しくお願いします。
実に複雑な気分である。
現在、俺は妖蟻帝国の皇城アリノスコ=ロリ中層に在る『迎賓の間』に居る。
妖蟻族は椅子に座ってテーブルを囲むと言った風習は無い。分厚い絨毯の上に脚の短いテーブルを置き、丸い座布団の上に腰を降ろしてテーブルを囲む。
例外は皇帝のアカギだけだったが、現在の彼女は蟲腹がコンパクトになった事で、公務の時以外は玉座から離れ、巨大なベッドかソファーの上で横になるようになった。
その点はカスガも似ているが、彼女の場合は寝る時以外に玉座から離れる事は無い。移動出来るようになった今でも、彼女は背筋をすっと伸ばして半日以上玉座に座っている。王の鑑だな。
この『迎賓の間』には、そんな彼女達の席も用意されている。
彼女達が座る、と言うか寝そべる場所は当然の如く上座。
室内の最奥に在る皇帝専用の数段高い場所、その壇上に巨大なソファーが三つ並べられ、向かって左からカスガ、俺、アカギが並んで座っている。
そう、俺が中央に座り、なおかつ女王と女帝から酌を受けている。
実に複雑な気分だ。
本日の話し合いに必要な演出だと理解出来るが、やりすぎだ。
カスガの背後にトモエ、アカギの背後にイセ、俺の背後に半泣きのメチャ。
これは何の罰ゲームだろうか、メチャが不憫でならない。
この大広間には皇太女と二人の女帝候補、彼女達の護衛三人、そして浅部に居る氏族長達が全員招かれている。
氏族長の数は101名。
ドワーフとエルフから二名、ダークエルフの代表としてラヴ、この五名も101人の中に含まれる。ジャキも南都ブロンソン氏族長としてミギカラやレインと共に招かれた。
招かれた氏族長の半分以上はゴブリンとコボルトだが、彼らの多くはキンポー平原の戦いに従軍した猛者なので、侮る者は誰も居ない。
むしろ、キングやメーガナーダ等の逸材を輩出したゴブリンには尊敬の眼差しが向けられている。
レインやジャキの偉容にも注目は集まるが、やはり壇上のイセとトモエは別格だ。
俺が浅部に現れる前から有名だった彼女達は、眷属進化による爆発的な能力向上で、それまで以上に大量のフェチモンを周囲に撒き散らし、その身に宿る魔核から尋常ならざる魔力を漂わせ、アハトマ種となって美しさに磨きが掛かり、そのアイドル性を一介の魔族では決して手の届かない所まで高めてしまった。
さらに、毎日飲用しているアハトミンCと、愛用している美肌セットのお陰で、二人の姉も含めて彼女達は四十路とは思えないピッチピチの外見。
トドメに彼女達が持つ神の武器だ。
トモエのジャマダハルと、イセの三叉戟トリシューラ。トリシューラは大盾と一緒にアハトマイトでアートマン様に造って頂いた物で、盾はアカギにプレゼントした。
カスガのジャマダハルを腰に差して二本差し状態のトモエと、右手にトリシューラを持って左手に大盾を構えるイセ。神々し過ぎて氏族長達は二人の顔を直視出来ない。
そんな二人の間に挟まれた村娘メチャの心中は察するに余りある。
しかも、ツバキが用意してくれたドレスを着なかった彼女は、この状況下で柔道着を着ている。新品なのが救いだが、俺の両目からしょっぱい水が溢れ出て困る。
メチャの衣装はあとで何とかするとして、問題は俺が座っている位置と境遇だ。
アカギとカスガに挟まれ、二人に寄り添われながら酌を受けるという現状。プライベートな空間なら悪くは無いが、格上の二人が格下の俺に公の場でこういう態度をとると言うのは、魔族社会ではタブーのはずだが……
大人しいイセはともかく、カスガに酌をさせる俺をトモエが無視し続けているというのは、オカシイ。
どうもカスガとアカギが共謀してこの状況を作ったように思える。
大森林の覇者である魔竜を除いて最も権力を持った存在は誰かと問われれば、浅部に住む者は女帝アカギの名を挙げるだろう。次点で女王カスガだ。そこに中部や深部に住むエリアボスの名はない。
浅部以外に住む魔族ならば、深部を東西に分けて支配する二人のエリアボス名を挙げるはずだ。
しかし、浅部の魔族はアカギ、またはカスガを挙げる。
魔族社会は力こそ正義、故に、イセとトモエを従え巨大な軍隊を所持するアカギとカスガの名を迷い無く挙げる。
先の戦いやガンダーラの現状、そしてアートマン様の加護を知った浅部の魔族達は俺の力を理解し、俺が一目置くイセとトモエの力を改めて思い知った。
最強の妹を密接不可分の存在として常に侍らせる妖蟻皇帝と妖蜂女王。浅部の魔族はそれを理解しているので、中部や深部の実力者から最高権力者を選出しない。
それとは逆に、眷属進化した妖蟻と妖蜂の実力も、イセとトモエの圧倒的な性能も知らない深部や中部の魔族達は、深部のエリアボスのどちらかを最高権力者として挙げるだろう。浅部のエリアボスなど初めから選考外だ。
無論、四か月前の浅部魔族だったらアカギやカスガの名を挙げていない。
中部と深部の魔族というものは、浅部の魔族にとって畏怖の対象だった。イセとトモエが強いと言っても、それは中部のエリアボスと渡り合える強さに過ぎず、深部の中級上位魔族には敵わない。浅部の魔族はそう理解していた。
そのような考えだった浅部の魔族が、今ではアカギとカスガを推す。
何故なら、浅部の魔族達が今回の総避難で大森林の現況を知り、神の加護を得た妖蜂・妖蟻の総合的な強さを見て導き出した答えが『中・深部恐るるに足らず』だったからだ。
その両族の長であるアカギとカスガの名を最高権力者として挙げるのは当然の事だろう。そこには浅部魔族の身内贔屓が有るかも知れないが、決してアカギとカスガが深部のエリアボスに劣っているとは考えていない。親愛としての贔屓だ。
元々二大勢力として浅部に長期間君臨してきた妖蟻と妖蜂、かつては共に手を取り合って王国軍から大森林を護った事もあるし、大森林で対人戦の経験を最も多く積み、勝利している。
そういった歴史と実績を踏まえ、浅部の魔族は昔から妖蟻の皇族と妖蜂の王族に敬意を抱いていた。
ホンマーニの許から去った者、自分達を負かして女を奪った小エリアボスのジャキに楯突いた者、格上の妖蟻兵や妖蜂兵を侮る者、そんな者達でさえアカギとカスガの勅には素直に従っている。
この『迎賓の間』に招かれた氏族長達の中で、アカギとカスガに自分から話し掛けた者は居ない。皆それぞれ謁見を済ませているが、発言を許されたあと自己紹介して謁見終了という流れが大半だった。
レインも謁見前は威勢が良かったのだが、皇帝と女王の寝そべる御前に跪いたあとはグダグダだった。
妖蟻皇帝と妖蜂女王という存在は、浅部魔族にとって自分達の氏族長や小エリアボスよりも遥かに上の存在という事だ。
その皇帝と女王に酌をさせているのが私です。
彼女達の立場を理解している俺としては少し落ち着かない。
酌を受ける度に氏族長達が何らかの反応を見せる。正直ウザい。
俺は謁見の時からずっと人化状態でアカギとカスガに挟まれている。
彼女達に「ここへ座れ」と手招かれ座ってみたものの、俺のソファーが二人の物よりデカい。大きな蟲腹を持つ二人のソファーよりデカかった。
その時点で二人より目立つ。俺への注目度が上昇した。
二人は現在、蟲腹以外を俺のソファーへ移し、自分達のソファーには蟲腹しか乗せていない。贅沢な腹置きだ。
ベッタリ寄り添われている状態の俺を見て、氏族長達が何やらコソコソと話している。あ、ジャキがそのコソコソ話に加わった、アイツはあとで説教だ、柔道式のな。
などと考えていたら、カスガが「婿殿に酒を」と侍女を手招きした。
俺への注目度がイセとトモエを超えて天井を突き破った瞬間だった。
すかさずアカギが皇太女シナノ(12歳)を呼び、「お父様に酌を」と言って娘に酒を渡し、室内の時を止めた。何言ってんだコイツら……
「お父様、どうぞ」
「お、おぅ」
シナノがお猪口に注いだ妖蟻酒をグビッと飲み干し、とりあえず礼を述べる。
「ありがとう、美味しかったよ……」
「えへへ、それではお父様、またあとで」
君も何言ってんの?
そして時は動きだす。
ミギカラが勢いよく立ち上がり万歳を叫んだ。
うん、どう考えてもお前サクラだろ。
ヴェーダにバンザイ仕込まれたな?
「帝王の御結婚を祝して~、バンザーイ!! バンザーイ!!」
「ブヒ? 兄貴結婚すんの? 誰と?」
「……兄者の左右に御座す方々だ、多分」
氏族長達が立ち上がってミギカラに倣う。
ラヴも笑ってバンザイ、コイツもヴェーダから聞いていたのか。
アカギとカスガ、トモエとイセが俺に顔を向けて微笑む。
俺をやたらヨイショしていたのはこの為か、やってくれるぜ。
元々そのつもりだったから結婚するのは構わんが、発表に今日を選んだ理由は何だ?
氏族長達を前にしての結婚宣言は、浅部を俺が纏めると印象付けるには打って付のシチュエーション、対魔竜戦に備えて早急な纏まりを欲したからか?
それだけじゃぁないはずだ、俺に相談しなかった事に関係しているのか?
『貴方に何も言わなかったのは、単なるサプライズです』
「早急な結婚は何の為だ?」
『貴方の推察通りです。それに加えて、眷属がそれを望みました。彼らは貴方の死を最も恐れます、その血脈が途絶える事など想像したくもないでしょう』
「それは…… 解るが、そう簡単に俺は――」
死なんぞ、そう言おうとした俺の口を、カスガの細い指が塞いだ。
「私の兄や妖蟻の先帝陛下はそう言って人間と戦い死んだのだよ。ナオキ、それは驕りだ、先の戦いでお前も解っただろう?」
「あぁぁ、そうだった、その通りだ、驕りだ」
「トモエやイセ、そしてお前のように我々は強くない、特に南浅部の魔族はその事を重々承知している。そして命が突然奪われる事も知っている、しかし、奪われないようにしてくれる存在を知ってしまった、そしてその存在を失う怖さも同時に知ってしまったのだよ」
カスガはそう言って俺の鼻を指先で突いた。
アカギが俺の左腕を抱き締め、肩に頬を擦り寄せる。
「ねぇナオキさん、希望が無くなると、凄く辛いのよぉ~」
「ナオキ、弱い我々に希望を与えてくれないだろうか」
『眷属達が欲するのは、貴方が昨夜出した“正解”の否定。即ち、“途絶えない夢”です』
「……俺が死んでも、夢を追えるようにしておけば、アイツら、泣かずに済むか?」
『夢を追う手段や希望が無い状況よりは、流れる涙も少ないでしょう』
「子は希望だナオキ。いつの日か帝王の子が生まれる、いつの日か帝王の子があとを継ぐ、いつの日か帝王の子が…… 夢を追う手段の一つとして子を利用していると言われても否定はせんよ、ただ、我々はお前を失うのが怖いから、安心したいのだ」
カスガが少し悲しそうな顔で微笑んだ。
そんなツラ見せるなよ。
子供を利用してるなんて思わんし、夢を見せておいて放置、なんて事もしない。
夢を追い続ける手段は幾らでもある、カスガやアカギはそれも承知しているだろう。
しかし、眷属達が欲しているのは俺が“今すぐ”用意出来る手段、確実に俺の子が出来るという保証、夢は覚めずに追う事が出来るという希望であって、俺が死ぬまでに『不確かな希望』をのんびり用意すればいいというものではない。
領軍との戦いで見せた俺の『死に対する驕り』は、彼らに夢が覚めるという危機感を与えてしまったのだろう。
俺がその感情に気付かなかったという事は、彼らは本能的に危機感を覚えていたが、まだ意識していなかったという事だ。
だがヴェーダは気付いていた、俺の寝ている間にこの話を皆にして子作りの決を採った感じか。
『お察しの通りです』
「いい手際だよ、相変わらず」
『それで、答えは出ましたか?』
「答えも何も、ただ俺は結婚を早める理由を知りたかっただけだ」
「ほほぅ、ならばナオキよ、早ぅプロポーズ致せ」
「あらやだ、まぁまぁ、恥ずかしい、どうしましょぅ」
「いや待てお前ら、それは後日改めて、然るべき場所で然るべき時に言わせて貰うよ」
「フフーン、左様か、なるべく早ぅ頼むぞ」
「そうねぇ、早くしてねぇ」
「ああ、そうするよ」
彼女達にそう約束した直後、イセとトモエから意味ありげな視線を送られた。
あぁぁ、この二人もかぁ。
まぁ、望むところだな、構わんよ。
俺を見つめて頬を染め、自分のお腹を撫でるメチャと、物凄い笑顔で近付いて来るラヴを見なかった事にして、今日の本題に入った。
俺とカスガ、アカギの三人で氏族長達に新国家の建国を告げる。
ガンダーラは妖蟻帝国と妖蜂王国を併合。
妖蟻・妖蜂両国の制度や元首はそのまま、ガンダーラ内の国家として維持。
これを聞いた各氏族長は俺を主と認め、氏族総眷属化に同意。
本日を以って大森林浅部全域はガンダーラの領土となった。
斉暦元年、九月一日。
俺は浅部統一と『ガンダーラ及び地下大帝国』建国を宣言した。
第二章、完。
有り難う御座いました!!
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