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世界にたった2人の職人がつくる、花から生まれた伝統コスメ キレイになるための七つ道具 その四、口紅

投稿日: 2017年2月18日
産地: 東京
編集:
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こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
美しくありたい。クレオパトラや楊貴妃のエピソードが今に伝わるほど、いつの世も女性の関心を集めてやまない美容。様々な道具のつまった化粧台は子供の頃の憧れでもありました。そんな女性の美を支えてきた道具を七つ厳選。「キレイになるための七つ道具」としてその歴史や使い方などを紹介していきます。

第4回目は口紅。日本には古くから伝わる、植物由来の口紅があるのをご存知ですか?しかも使う人によって色味が変わるという。山形の紅花から生まれた日本伝統のコスメをご紹介します。

訪れたのは東京・南青山にある「伊勢半本店 紅ミュージアム」。運営するのは日本で唯一、江戸期より「紅」づくりを続ける株式会社 伊勢半本店さんです。館内には実際の紅作りに使われる道具や昔のお化粧道具(これが美しい!)などが展示されているほか、実際に紅を試せるコーナーやショップも併設されてます。

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伊勢半本店さんの創業は1825年、日本橋にて。時は町人文化の全盛期です。町行く女性たちのお化粧は、3色で成り立っていました。白・黒・赤。それぞれに白粉(おしろい)、眉墨・お歯黒、紅。この紅を扱う「紅屋」は、それまで文化経済の中心地だった大阪・京都に多く軒を連ねていましたが、この頃次第に江戸にもお店が出るようになります。そのひとつが、川越から出てきた半右衛門さんが20余年の奉公の末に伊勢屋の株を購入して開いた「伊勢半」でした。

全国の産地から、紅花を丸く平らに固めた紅餅(べにもち)が紅屋に運ばれてきます。中でも質が良いと評判だったのが最上紅花(もがみべにばな)。スタジオジブリの映画『おもひでぽろぽろ』でも題材になった山形の紅花です。伊勢半本店さんでつくる紅は、この最上紅花のみを使用しているそうです。

案内いただいた阿部さんによると、紅花は朝夕の寒暖差のあるところでよく育つ植物。山形の気候がその条件に適していたこと、加えて最上川の流通が古くから発達し、遠く大阪や京都にも物資を運べたこと、さらに他の産地に比べて花弁から取れる赤の色素が多く、生産が安定していたことが、山形の高品質な最上紅花ブランドを生んだそうです。

この赤い色素を紅花から取り出すというのが、大仕事。日本に3世紀ごろまでに伝わったという紅花は、その色素の99%が黄色です。黄色は水に溶けやすいので、洗い流してたった1%の赤を取り出すところから、紅づくりは始まります。

産地の仕事、紅花摘みから紅餅づくりまで

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夏至から数えて11日目の半夏生の日、花が咲き始めます。花の下1/3が赤く色づいた頃が摘みどき。つまり、花によって摘みどきがまちまちです。摘むのは朝露でトゲが柔らかくなる早朝。花を支えているガクが収穫に混じらないよう、今でも全て手摘みです。

摘んだ花弁を揉み洗いして黄色の色素を流し、日陰で朝・昼・晩と水を打ちながら発酵させていくと、花弁の赤味が強くなります。程よく発酵したところで臼でつき、丸めながら煎餅状にのばして天日干しすれば、紅餅の完成。『おもひでぽろぽろ』で主人公が体験していたのは、この紅餅づくりの工程だったのですね。情景が思い出されます。

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ガラス容器に入って展示されていた紅餅は、蓋を開けると香ばしくツンとした、独特な香りがします。この紅餅が産地から運ばれて、いよいよここからが紅屋さんの仕事。紅餅から赤い色素のみを取り出す工程に入ります。

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紅屋の仕事、紅餅から紅を取り出すまで

お話を伺って感心したのが、その赤い色素の取り出し方。まるで身近なものを使った科学の実験のようなのです。水に溶けやすい黄色に対して、赤の色素はなかなか表に出てくれません。そこで使われるのが、灰汁(あく)と烏梅(うばい)。

灰汁は灰を水に浸した上澄みの水で、アルカリ性の性質を持ちます。この溶液を紅花に染み込ませ、赤の色素を引っ張り出すのです。こうして出来た紅液に、今度はゾクと呼ばれる麻を編んだ束を浸します。不思議なことに麻は、赤の色素を吸着する性質を持つそうです。液の中に溶け出している赤色だけが麻に移しとられ、紅絞り機でしぼると、より濃い紅液が作り出されるという仕組みです。

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濃縮された紅液に、次は烏梅(うばい)を漬けた液を加えます。烏梅は梅の実の燻製。漬けた液は酸性です。今度は紅液の中の赤色を再び化学反応で取り出して、色素を結晶化させるのです。

この後ていねいに余分な水分を取り除いてゆき、紅が完成します。

漉されてとろりと泥状にになった紅。

漉されてとろりと泥状にになった紅。

玉虫色の美しさを求めて

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紅屋は紅を、お猪口やお皿の内側に刷毛で塗って売りました。写真は有田焼などの紅器。17世紀には海外への輸出がメインだった有田焼は、この頃国内での需要に力を入れるようになり、紅器として用いられることも多かったようです。

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紅の価格はピンキリで、お猪口入りで現代の金額になおすと約6・7万のものから、安いものでは300円程度のものまであったそうです。中でも質の良い紅は美人の代表、小野小町にあやかって「小町紅」の名で親しまれました。

当時の美人画には紅を点(さ)す女性の姿もよく描かれています。筆がわりに指をちょっと湿らせて紅を点す姿はなんとも色っぽいものです。紅を点すのにちょうど良い薬指は、紅点し指とも呼ばれていました。使い切ればまた紅屋に器を持ってゆき、内に紅を塗ってもらいます。江戸の紅屋の軒先には赤く染まった布が看板として掲げられていました。歌川広重の『名所江戸百景』にも描かれています。

メイクには今も昔も流行があります。当時は高級な紅を唇にこれでもかと塗り重ねて、玉虫色に発色させる「笹紅(ささべに)」が流行しました。玉虫色?そう、内側から光り輝く金色を兼ね備えたような、美しい緑色です。紅は不思議なことに、純度が高いほど玉虫色に光り輝いて見えます。ですから、お猪口の内側に塗られた紅は、乾くと次第に、こんな風に。はじめ中身を見たときは、どこに紅が?と思ってしまいました。

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この玉虫色の紅を、ほんの少し水分を含んだ筆に取るとみるみる艶やかな紅色に変化するのが、まさに紅点しのハイライトです。

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紅が玉虫色に見える理由は未だによくわかっていないそうなのですが、塗り重ねて玉虫色になるのは、純度の高い紅の証。しかも1度にお猪口1/3以上を使わなければ笹紅になりません。笹紅は、太夫と呼ばれるような身分の高い遊女や歌舞伎役者が「どう?これだけ贅沢なお化粧をしているのよ」と自らのステータスを誇示するために生まれたお化粧でした。
今の感覚でいうと「緑の口紅…?」と戸惑いますが、笹紅に手の届かない一般の女性は、唇に墨を塗った上から紅を重ねて、玉虫色を真似たそうです。いじらしく、なんだか好感が持てます。

館内を案内いただく内に、すっかり紅に魅了されてしまいました。私も使ってみたい。けれど、今ポケットに入っている色つきのリップクリームや鞄の中の口紅も、手軽で便利です。どんな風に付き合ったら良いのでしょう。最後に暮らしへの取り入れ方を伺いました。

紅を点す日

「紅の魅力のひとつは、使う人によって色が変わるところです。地肌の色に馴染んで、自分の似合う色に発色してくれるんです。ですので、これからお化粧を始めるという若い人や、自分にどんな口紅が合うかわからないという人にも、おすすめです」

これは、実際にミュージアムで試してみるとわかります。私は赤よりもややピンク味がかった色になりました。人によってはオレンジになったり、真っ赤になるというから、不思議です。

併設の紅点し体験コーナー。

併設の紅点し体験コーナー。

「西洋生まれの口紅は油分などが含まれていますが、日本古来の紅は、紅花の色素だけでできています。究極のナチュラルコスメですよね。添加物の無いお化粧品を探されている方も、これならつけられる、とお求めに来られたりします」

乾燥が気になる場合は、紅を塗った上からリップクリームを重ねると良いそうです。もうひとつ、紅にはお化粧以外の役割が。

「赤は昔から、魔除けの色として人生の行事の節目節目に使われてきました。おめでたいことにはお赤飯を炊きますし、花嫁さんの角隠しは、内側に赤が使われていますね。還暦のお祝いには赤いちゃんちゃんこです。それで結婚や出産、還暦のお祝いにと、女性への贈りものとして紅を選ばれる方も多いようです」

もうじき結婚する友人の顔が思い浮かびました。お祝いに贈ったら、喜ばれるかもしれません。

「昔は化粧品の種類が限られていたので、何にでも活かしたんです。口紅に限らず、うすめてチークにしたり、目の縁に塗ってアイメイクにしたり、爪先を紅で染めたり模様を描いたりもしました。誰でも同じ色にはならないところに、クリエイティビティが生まれるんですね。
明治以降西洋の化学染料が入ってきてから紅のニーズが激減し、戦前には京都にも数軒あった紅屋が、今は全国でも弊社1社のみになりました。紅花を作る農家さんも、年々減ってきています。紅づくりは厳しい環境下に置かれていますが、最後の紅屋として紅の魅力を残し伝えていかなければとこのミュージアムができたんです」

今、紅づくりに携わる職人さんは、わずかに2人。その製法は社内であっても公開されない秘伝だそうです。この連載がきっかけでその奥深さを知った日本の紅。知るほどに面白く、自分でも使ってみたくなりました。ちょうど前回は熊野筆の紹介で、リップブラシを手に入れたところ。ぴったりの使い時です。手毬という小ぶりな器のものをひとつ、買い求めました。いいなと思ったものが長く続くように、まずは使い手になってみようと思います。

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<取材協力>
伊勢半本店 紅ミュージアム
http://www.isehanhonten.co.jp/museum/

文:尾島可奈子
撮影(一部):外山亮一
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