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回復術士のやり直し~即死魔法とスキルコピーの超越ヒール~ 作者:月夜 涙(るい)

第四章:回復術士は魔王を超える

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第八話:回復術士はかつての夢を見る

書籍化決定、角川スニーカー文庫さんから7/1に発売。これにはケアルガ様もにっこりです!
挿絵(By みてみん)
※挿絵の一枚です。地下牢から抜け出すケアルガ様
 僕は墓の前にいた。
 父さんと母さんの墓だ。
 そんな僕に傘を差してくれる人がいた。

「ケアルくん、お母さんと、お父さんのこと……残念だったね。うちの両親、ケアルくんがいいなら一緒に住もうって言ってるんだ。私も君が弟になってくれると嬉しいよ。ねえ、一緒に住もう?」

 アンナさんは隣に住む、あこがれの人だ。天涯孤独の身となった僕を心配してくれているようだ。
 ……今日が雨の日でよかった。

 雨の日じゃないと、あこがれのアンナさんに泣いてることがばれてしまっていただろう
 収穫を終えたリンゴを売りにいった父さんと母さんが返ってこなかった。
 聞いた話では、馬車が魔物に襲われたらしい。
 父さんたちだけじゃなく、たくさんの人が返ってこなかった。ようやく僕は現実を受け入れて、墓参りにくることができたのだ。

「アンナさん、僕はいかないよ」
「でも、ケアル君一人じゃ」
「大丈夫、ちゃんと父さんと母さんに、生きるためのすべは教わったから。一人でも生きていける。リンゴを育って、狩りをして、ちゃんとやれるから」

 アンナさんの家に行ったほうが楽なのはわかっている。
 だけど、それは嫌だった。
 父さんと母さんを忘れて幸せになる自分を想像するだけで、吐き気がする。

「でも、ケアルくんは、まだ小さいし」
「それは関係ないよ。今日、ここに来たのは僕は大丈夫だって父さんたちに言うためなんだ。それと誓いを父さんたちに聞いてもらう。僕は、もし、もし、強い職業クラスを得られたら……そのときは」

 こぶしを握り締め、天国の父さんと母さんに誓う。

「英雄になるよ。悪い魔族を全部倒して、こんな悲しいことが二度と起きないようにする」

 そう、決めたんだ。
 強くなるには、人に頼ってはだめだ。これからは、一人で生きて、一人で戦っていく。
 アンナさんは僕を見て悲しそうに笑って口を開いた。

「もし、強い職業クラスを得られなかったら、それこそ戦いに全然向いてない職業クラスだったら、ケアルくんはどうするの?」
「そのときは……」

 僕は振り向いて答えを……

 ◇

「ケアルガ様、ケアルガ様、起きて!」

 体が柔らかい何かに揺すられている。
 目を開ける。
 そこには、白い狼耳と青い目を持つ美少女がいた。

「セツナか、いったいどうした」

 周囲を見る、まだ薄暗い早朝だ。
 今は神鳥の試練に向かっているところだ。
 日が暮れてきたので野営をしたはず。セツナの他にフレイアがいて、裸で気持ちよさそうに眠っていた。
 たしか、昨日はフレイアの日だ。

「ケアルガ様、すごいうなされてた。心配になって起こした」

 そうか、それで心配になって起こしてくれたのか。
 セツナの頭をなでる。

「ありがとう。ちょっと嫌な夢を見たんだ」
「怖い夢?」
「いや、怖くはないな。昔の愚かだった自分を突き付けれてね。反吐がでそうになった」

 あの時の俺は、すべての魔族を殺せば、魔物は全部消えて悲劇は起きないと思い込んでいた。
 ……ただの幻想だ。
 魔族がいなくても魔物は次から次へとわいてくる。
 むしろ、魔族に魔物が統率されているほうが被害は少ないぐらいだ。
 バカな子供だった。
 こんなバカだから、勇者に選ばれたとき舞い上がって、王女フレアや国王に騙されて利用された。少しでも警戒心があればまた違った結果になっていただろう。

 そういえば、俺はあの日、もし強い職業クラスを得られなかったら、どうするとアンナさんに語ったんだろう? 思い出せない。
 まあ、いい。どうせ子供のたわごとだ。

「ケアルガ様の昔の夢? そういえば、ケアルガ様の昔話聞いたことがない。ケアルガ様が子供のころ、どんな子だったか気になる」

 セツナが、言葉の通り目を好奇心に光らせている。
 身を乗り出して、尻尾を振って可愛らしい。
 あんまり、昔の話は好きではないがセツナが望むなら話してもいいか。

「ただのリンゴ農家の子供だよ。リンゴを育てて、リンゴに手がかからない季節は、父さんとよく一緒に狩りに行ってたっけ。あとは小遣い稼ぎに夢中だったな。リンゴや狩りの手伝いでもらえるお駄賃だけじゃ足りなかったから」

 当時から、わりと金にがめつかった。
 だから、十にもならないうちにいろいろと商売をしていた。

「ケアルガ様、どんなことをしてた?」
「リンゴ農家をやってるとね、虫に食われたり、日焼けとか、傷や形が悪いとかで商品にならないリンゴがそれなりにあるんだ。それを親にもらって、潰してジュースにしたり、お菓子にして売ってた。運よく、リンゴを仕入れに来た菓子職人と仲良くなって、いろいろ教えてもらってね。それ以来ずっとジュースとお菓子を売ってたおかげで、お菓子作りは大得意になった」

 そう言えば、彼は元気だろうか。父さんと母さんが死んでからも彼はお得意様としてリンゴを仕入れ続けてくれた。損得勘定を抜いた真の友達と呼べるのはあいつぐらいだ。
 久しぶりに会いたいな。

「ケアルガ様は、お菓子作りが得意?」
「ああ、なかなかのものだよ」

 かなり、年季が入っているからな。少しでも売り上げを増やすために、いろいろと創意工夫を凝らしたものだ。
 いつの間にか、かなりの固定ファンが増えて、村の名物になっていた。両親のリンゴの宣伝にもなり、俺のおかげで売り上げが増えたと、父に褒められて、それからさらにやる気をだした。

「驚いた。ケアルガ様、お菓子なんて作ってくれたことがないから」
「そうだな。ちょうどいい。今日の朝食に作ってみようか」
「楽しみ!」

 材料も手持ちにあるものでどうにでもできるだろう。
 セツナが喜ぶなら、少しはがんばってもいい。
 セツナは尻尾を振っている。その尻尾をぎゅっと掴み、弄ぶとセツナが色っぽい声をあげた。
 舌を絡める大人のキスをして、セツナを堪能してから、口を放す。

「お菓子の前に朝のご奉仕だ」
「ん。がんばる。ケアルガ様にたっぷりご奉仕する」

 さっそく朝のご奉仕を始めた。
 いつもより気合が入っている。
 セツナはご奉仕が終われば、体力のないフレイア、イヴ、エレンを連れて特訓に出発する。
 その間に、パイでも焼こう。疲れた体に甘いものは染み渡るだろう。

 ◇

 セツナたちの出発を見届けてお菓子作りを始めた。
 小麦粉に水と卵、油を加えて捏ね上げる。
 一時間ほど生地を休ませないといけないが、【回復ヒール】で生地を活性化させることで、時間を短縮する。

 生地ができると、次は具だ。
 さすがに、砂糖なんて上等なものはないので、手持ちの芋で作った酒を煮詰めいく。すると、アルコールが飛び、糖が濃縮して甘いシロップになる。

 茶色くとろとろのシロップはそれだけでも美味しそうだ。
 ここに、ビタミンを補給するために採取しておいたコケモモ、ヘビイチゴ、砕いたクルミなどいれて、シロップを絡めながら炒める。
 火が通り、コケモモとヘビイチゴの甘みが強くなったことを確認して、一度中身を別の容器に移し替えて、フライパンを洗う。
 さて、ここからパイを焼いていく。

「オーブンがあったほうがいいが、ないならないで、やりようはある」

 フライパンにたっぷりと油を塗った。そして、フライパンにまんべんなく薄くパイ生地を張り付けていき火にかける。ある程度パイ生地が焼けてくると、中にさきほど別の容器に移した具たくさんのシロップを注ぐ。

「蓋を作らないとっと」

 その横では、パイ生地を格子状にして、石に張り付けて、石ごと焼いていた。
 これが、パイの蓋になる。
 フライパンのパイ生地が焼けたのを見計らって、シロップと余っていたパイ生地を使い、フライパンのパイとパイの蓋とくっつける。

 これで、お手軽な蛇イチゴとコケモモノパイができあがりだ。
 甘い匂いがする。
 旅の途中では滅多に甘いものが食べられないので、きっとセツナたちも喜ぶだろう。

「さてと、皿に移しておくか」

 フライパンが冷めたのを見計らってさらに移す。
 フライパンを型にしたおかげで、きちんとした円形に仕上がっている。格子状のパイの蓋もちゃんとくっついていて見た目はオーブンで焼いたパイと遜色がない。
 さて、食べるのが楽しみだ。
 フライパンサイズのパイなら、一枚あればみんなお腹が膨れるだろう……いや、うちにはセツナとイヴがいたな。時間もあるしもう一枚焼いておこう。あの子たちは本当によく食べるからな。

 ◇

「ケアルガ様、もどってきた」
「……セツナちゃん、やっぱり、鬼です」
「私はだいぶ慣れてきたかな」

 セツナを先頭にして、フレイアとイヴが戻ってきた。
 そのさらに後ろには、よろよろとした足取りでエレンが続いている。遅れてはいるが、ちゃんと訓練を最後までやりとげる根性はあるらしい。

「あれ、ケアルガ様。なにか、甘くていい匂いがします。こんな、森の中で、こんな匂いするはずないのに……」

 フレイアがくんくんと鼻を鳴らす。

「ほんとだ……あっ、ケアルガこの前、アップルパイを焼くってケアルガ言ってたよね。もしかして、作ってくれたの!?」

 どうやら、ラプトルの上での雑談をイヴは覚えていたらしい。

「残念ながら、リンゴは手に入らなかったから、今日作ったのは、ヘビイチゴとコケモモとクルミのパイだけどね。甘いし、栄養たっぷりだ」

 ヘビイチゴ、ケコモモはビタミン豊富だ。
 クルミも、脂質を中心にたっぷりの栄養が詰まっている。俺の作ったパイを食べれば元気が出るだろう。

「うわぁ、楽しみです。もう、おなかぺこぺこです。エレンちゃんが戻ってきたら、朝食にしましょう」

 フレイアはそういうとお腹の音を鳴らした。
 昔はセツナの訓練が終わるとグロッキーで、朝食どころではなかったのに、ずいぶんな進歩だ。

「ケアルガ兄様、やっと……帰ってこれました」

 少し、遅れて青い顔をしたエレンが戻ってきた。
 その、ぼろぼろな様子は一昔前のフレイアと重なる。逆に言えば、がんばりさえすれば、今のフレイアぐらいにはなるだろう。

「お疲れ様、これを飲んで休め」
「はい、ありがとう……ございます」

 座りこんで、ごくごくと俺が渡したポーションを飲んだ。
 これは、体力をつけさせるための各主成分と、疲労回復成分が入ったポーションだ。

 ちょっとしたずるだが、こういうものでも与えないと、今日一日中ダウンしてしまう。
 ポーションを飲み終わったエレンが目に見えて元気そうになっていく。
 それをフレイアはうらやましそうに見ていた。

 気持ちはわかるが、このポーションを作るために必要な薬草はめったに採取できないので、比較的余裕があるフレイアには与えられない。

「じゃあ、朝ご飯にしよう。甘い果実がたっぷり入った特製のパイ。たっぷりと楽しんでくれ」

 お菓子作りは久しぶりだ。うまくいっているといいが……。

 ◇

 パイを五等分にして配る。
 女の子は甘いものが好き。
 その法則どおりに、俺以外の全員が久々の甘いお菓子に目が釘付けだった。

 五等分にするときには気を使った。大きさが違うとけんかになりかねない。
 俺の全力をもって、均等な大きさにした。
 ……だが、その配慮も無駄だった。

 結局はどのパイの中に一番果物が詰まっているかで、口論が起きてコイントスで選ぶ順番が決まていた。
 そんなこんなで、少し遅れての朝食が始まる。

「ケアルガ様、美味しい。セツナ、このパイを毎日食べたい!」
「さくさくで、甘くて素敵です」
「……お菓子を作るって冗談じゃなかったんだね。ケアルガにお菓子なんて似合わないよ。悔しいことに美味しいけど」
「ケアルガ兄様、ってなんでもできるんですね!」

 みんな夢中になって、パイを食べていた。
 食べっぷりを見ると、お世辞じゃないことがわかる。

 俺もたべてみよう。
 パイ生地はサクサクで、煮詰めた酒のシロップと甘酸っぱいヘビイチゴとコケモモが絶妙の愛称だ。アクセントのクルミもいい味を出している。

 あり合わせの材料だが、想像以上の出来になっていた。
 腹にもたまるし、甘味は食べの励みになる。俺以上にみんなが喜んでくれいてるのもうれしい。期会があればまた作ろう。

 先のことを考えるのは後にしよう……今、やらないといけないことがある。
 欠食児童組とセツナとイヴが寂しそうに空っぽのお皿を見ていた。もう食べてしまったらしい。

「もう一枚、パイがあるから。お代わりしたい人に切り分ける。ほしかったら手をあげてくれ」

 俺がそういうと全員が手をあげた。
 フレイアとエレンまでお代わりするのは意外だ。

 俺は苦笑し、もう一枚のパイを四等分した。俺は一枚で十分だ。
 一枚目よりも大きく切り分けられたパイを美味しそうにセツナたちは平らげる。
 ……そんな彼女たちを見て、夢の続きを思い出した。

 あのとき、俺はこう言ったんだ。

『もし、強い職業クラスを得られなかったら。生涯、リンゴ園を守っていこうと思う。美味しいリンゴやお菓子を、たくさん作って、こんな辛い世界で生きてるみんなを幸せにしてあげるんだ! 僕が強くなくて魔族や魔物を倒せなくても、僕の作るものでみんなを応援する。そんな戦いを選ぶよ』

 もしかしたら、勇者なんかに選ばれなかったら、今もリンゴを育てたり、アップルパイを作って、食べる人が美味しいって言ってくれるのを眺めて幸せを噛みしめる、そんな生活をしていたのかもしれない。
 今頃、結婚をしていたのかもしれない。

「なんだ、それ」

 俺が作ったパイよりも甘い幻想を自嘲する。

 もう、そんな道はとっくに消滅した。違う道を選んだのだ。
【癒】の勇者となり、畜生に落ち、畜生だと自覚した上で己の思うがままに、好き勝手生きて、すべてをつかむ。
 そして、そのことを一片たりとも後悔していない。
 金がある、セツナたちのような最高の女たちを手に入れて体も心も自由にできる。圧倒的な力を手にいれた。これ以上の幸せなんてあるものか!

 さらに残ったパイの最後の一口を食べる。
 甘い感傷に浸るのはここまでだ。
 明日には神鳥の試練が始まる。
 俺は、今の俺らしく、やりたいままに振舞おう。

「もしかして、あの夢はおまえが見せたのか?」

 専用リュックの卵が震えたので、俺は声をかけてみた。
 あるいは、こんな甘い夢を見たのも、術者の鏡と成長する、こいつのせいかもしれないな。
 だとしたら、困るな。
 こんな、俺がとっくに捨て去った甘い自分に似てしまうなんてごめんだ。
 まあ、悩むだけ無駄だ。
 今は前に進むしかないのだから。
 朝食は終わった、前に進もう。明日には神鳥のいる渓谷にたどり着く予定だ。
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