2017-07-09
■[book]歌うカタツムリ
これはすばらしい。数年後には、岩波現代文庫ではなく、岩波文庫に収録して、長く読み継がれるべき作品ではなかろうか。
主題は進化論をめぐる論争で、ダーウィンの「知られざるライバル」とも言うべき宣教師ギュリックから話は始まる。ギュリックは、ハワイマイマイ(ハワイ固有種のカタツムリ)の研究から、地理的な隔離が進化に重要な役割を果たすという研究成果を公表した。だがダーウィン派のウォレスから厳しい批判を浴びる。ウォレスは「適応主義者」、すなわち、「種分化は適応の結果」という考え方で、それに従わない者には厳しく批判したのだ。適応か偶然かという対立はその後も、フィッシャー対ライト、グールド対ケインなどの形で、何度も論争となって現れる。しかし著者は、単に振り子が振れているという解釈はせず、弁証法的に議論が進化しているとの解釈を取る。
著者の恩師、速水格や、著者自身、そして著者の教え子などの研究も詳しく紹介されている。それも含め、学問が師から弟子へ受け継がれていることがよく分かる。それは、同じ意見が受け継がれているということではない。しかし、一般的な進化と同じように、学問もまた「生物」のようなものだ、と思わせる。
こうした議論自体が、たとえば社会科学に適応可能なものか考えてみるのも興味深い。たとえば経済学では、政府介入派と自由放任派の対立は何度でも議論となっている。政治学や社会学でも同様の対立は考えられるだろう。ただ、自然科学と違って社会科学は、理論自体が客観的なものとなりえるのかという難題が待ち受けている。
抽象的な議論にとどまらず、具体的なカタツムリの生態について振れられていることも本書の大きな魅力だ。たとえば、オナジマイマイの交尾では、鋭い「恋矢」を相手の体にグサグサと突き刺すそうだ。痛そうだが・・