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第四話:回復術士は愛をささやく
神鳥を祭る村で手荒い歓迎を受けていた。
黒翼族たちが俺たちを取り囲み、いきなり俺とセツナに向けて矢を放ったのだ。
いつものなら、ここで報いを与える。速やかに皆殺しだ。
だが、曲りなりにもイヴが守ろうとしている人々だ。
広い心で一度目は許すことにした。
黒翼族は運がいい。今回は心優しい俺が相手だから無事に済んだだけで、皆殺しにされても文句は言えないし、イヴがいなければ俺もそうしただろう。
とはいえ、イヴの説得が失敗したらためらいなく皆殺しにしよう。いかに海のように広い心をもった俺とはいえ、二度目は許さない。
……皆殺しにしたあと、イヴを慰めるのが大変だな。
せっかく、仲が良くなってきたのに嫌われるのはつらい。
許してもらえないかもしれない。最悪の場合には、純愛路線を捨てざるを得ない。それはひどく悲しいことだ。イヴをイヴのまま愛したいのに、お人形さんにしてしまうなんて、そんな悲劇があっていいのだろうか!?
「イヴ、頑張れよ」
ラプトルを降りて、俺をかばうように前に出て腕を広げたイヴの背中にエールを送る。
イヴは翼を大きく広げた。それが彼女なりの返事だろう。
覚悟を決めたようだ。さあ、イヴの力を見せてもらおう。
「私はリース家の娘、イヴ・リース。みんな落ち着いて、この人たちは敵じゃない。私を助けてくれた恩人だよ!」
黒翼族たちがざわめく。
イヴがそう言おうが人間は敵だ。疑うのも無理はない。
「お願い、信じて! この人たちを傷つけないで」
イヴは必死だ。
おそらくだが、これは俺の身を案じているわけではない。
俺がその気になれば無傷で切り抜けられることはわかっている。むしろ、黒翼族の身を案じている。
賢明な判断だ。次に手を出した瞬間、彼らは終わる。
そのための準備もしている。俺は疑り深いし、用意周到なので、さきほどからちょこちょこと特別な術式をくみ上げて効率よく皆殺しにする準備を進めていた。
いわゆる転ばぬ先の杖という奴だ。
イヴの言葉を受けて、黒翼族の中の中心人物であろう初老の男性がイヴの前までやってきた。
その背後の黒翼族たちは杖と矢をそれぞれ構えたままだ。
「イヴ姫様、お久しぶりでございます。護衛のものからの定期連絡が絶えて……敵の手に落ちてしまったと考えておりました」
「私一人じゃとっくに殺されてたと思うよ。この人、ケアルガが助けてくれたから、こうしてみんなとまた会えた」
イヴはブラニッカに護衛と共にやってきた。
人間と共存しているブラニッカでは、魔王の権力が及びにくく、隠れるにはちょうどいいと考えたのだろう。
だが、ブラニッカにたどり着く直前、護衛は殺され、イヴだけはなんとかブラニッカに到着したものの、下手な変装はあっさり見抜かれ、殺されそうになっていた。
俺が助けなければ危なかっただろう。
「イヴ姫様、二つばかり聞かせてください。まず、一つ目です。どうして人間があなた様を助けたのですか? その理由がわかりません。……失礼ながら、黒翼族はほとんどの財産を奪われ、人間の喜ぶような魔道具も持っていない。報酬を与えることができぬのです。それどころか、我らの肉体自体が、人間にとって高い商品価値を持つ。捕らえようとすることがあっても、イヴ様を救うとはとても……」
彼らが疑っているのは、俺がイヴを助けて、騙し、そしてこの集落に案内させたのち、黒翼族を皆殺しにすることだ。
もし、俺が狩人ならイヴ一人を捕らえるより、巣穴に案内させて、皆殺しにしたほうが儲けが大きいので、当然そうするだろう。
黒翼族の死体はいい金になる。
魔道具を作るのにかなり適した素材だ。イヴは気付いていないが、たまに俺は抜け落ちた彼女の羽を拾っている。
魔力が良くなじむし、概念の付与がしやすい最高の媒体だ。
さて、イヴはどうこの質問に答えるのだろうか?
「ケアルガが、どうして私を助けたかなんて知らないよ。ケアルガ答えて」
「そこで俺に振るのか!?」
思わず、ツッコミを入れてしまった。
案外、イヴは天然かもしれない。
自信満々に説得するとか言っておいて、あっさりとボールを投げてくるとは。
仕方ない。ちゃんと答えよう。
「理由は二つある。一つはイヴに惚れた。この女が欲しいと思ったから救った。そして、俺は紳士なので、助けたことを恩に着せず、手を出すこともなく時間をかけて口説いている」
イヴが顔を真っ赤にして口をぱくぱくとさせている。
ふむ、あいさつ代わりに好きと言っているのに、惚れていると言った程度で何をいまさら驚くのだろう?
初老の男のほうもあまりにも意外な答えが返ってきて、口をぽかーんと開けていた。
まあいい。話を進めよう。もう一つの理由も話しておくべきだ。
「そして、もう一つは魔王を殺したいからだ。魔王に目をつけられているイヴの近くにいるのは、魔王へとたどり着くために都合がいい。見ての通り、俺は勇者だからな。魔王を殺したがっても不思議じゃないだろう」
普段は化粧を塗って隠している手の甲にある勇者の刻印を見せる。
初老の男が息を呑んだ。
魔族と魔物の天敵にして、人類側最強の暴力装置。
警戒されるのも無理はない。
「勘違いしないでほしいが、俺は魔族だからといって無差別に襲い掛かったりしない。俺の目的は現魔王だけだ。平和のためにイヴを次の魔王にしたいと考えている。イヴは少なくとも、人間側と交渉の余地がある魔王だからな。人間と魔族の平和のために、是非とも魔王になってほしいんだ」
これは嘘偽りない本音だ。
イヴが魔王になることは非常に都合がよい。
黒翼族たちと利害が一致する部分だ。
初老の男は、俺の言葉に嘘がないかを必死に考えている。
「イヴ姫様を救ってくれたことは礼を言う。だが、とてもあなたのことを信用できない」
「はっきり言おう、俺を信用できるかどうかなんて些細な問題だ。その気になれば、真正面からあなたたちを皆殺しにできる。警戒するだけ無駄だし、俺のほうに騙す理由がない」
どちらのほうが立場が上かを明確に伝える。
命をとる、とらないの選択肢はこちらにある。
そこを勘違いされては困る。
「強がりではないようですね。本気であなたは我々に勝てると思っていらっしゃる」
「もちろんだ。強くなければ、とっくに魔王の刺客にイヴを奪われていただろうさ。重ねていうが、俺はイヴが好きだから守っているし、彼女を悲しませたくない。……だから、俺にイヴを悲しませるようなことをさせないでほしい」
これは脅迫だ。
敵対するなら殺すと言っている。その意図はきちんと伝わったようだ。
「……わかりました。信じましょう。それではイヴ様、もう一つの質問です。あなたは何のためにここにこられたのでしょうか?」
さて、ここからが本題だ。
「私は、この人たちと一緒に神鳥カラドリウスの試練を受けに来た。このまま魔王におびえて逃げ回っても、いつか必ず捕まる。だから、神鳥を得て、攻勢をかける!」
今までも十分動揺していた黒翼族たちの動揺がさらに大きくなった。
「むっ、無理です。イヴ様だって知っているでしょう。今まで何人もの腕利きが試練に挑みましたが、誰ひとり成功せず、一人として戻ってこなかった!」
「でも、リース家の始祖は成功させた! なら、私にできないはずはないよ。それに私には強い味方がいる」
ほう、可愛いことを言ってくれるじゃないか。
イヴの信頼が心地いい。
「駄目です。あなたは我々の希望です。息をひそめて隠れ、いつか魔王になっていただければ、黒翼族はかつての繁栄を取り戻します。ですから、ここはこらえて」
「……いつまでも逃げ切れるわけがないよ。そのことは私が一番知ってる。ケアルガと出会わなかったら死んでた。何人も私を守ろうとして死んだ。たぶん、これが最初で最後の攻めるチャンス。それを逃したくない」
驚かせてくれる。
てっきり、俺に言われていやいや神鳥の試練を受けに来たのかと思ったが、ちゃんと自分で考え、自分の意思で神鳥の試練に挑む覚悟があるようだ。
「イヴ姫様、ですが、ですが」
「安心して。私は強くなったし、この人は私が知る限り、今まで会ったどんな人より強い。……私たちを村に出迎えてくれなんて言わない。このまま、神鳥のいる霊峰まで向かうから邪魔しないで」
初老の男は目をつぶり、考え込んだ。
それから目を見開いて、長い息を吐く。
「成長しましたなイヴ姫様。……成長がその男によるものなら、信じていいのかもしれません。試練に挑むなら万全の体調を整えねば。我が村に案内しましょう。大したことはできませんが、最大限の敬意をもって歓待させていただきます」
「ありがとう。ミルじい」
「ようやくその名で呼んでくれましたな。じいは嬉しいですぞ。皆の者、この方々を村へと案内してやってくれ」
その言葉を聞いて、黒翼族たちが動き始める。
やれやれ、なんとか説得はうまくいったようだ。
意外に頭が柔らかい人たちで助かった。おかげで、彼らを皆殺しにしてイヴに嫌われる事態は避けるられた。
初老の男……ミルじいはこちらを振り返って俺とイヴの顔を交互にみた。
「それで、イヴ姫様。こちらの殿方……ケアルガ様はイヴ姫様に惚れたと申しておりましたが、イヴ姫様はどう思っておられるので?」
突然の質問でイヴは慌てふためき、俺の顔を見た。
俺はにっこりと微笑みかける。
助け船は出せない。なにせ、イヴの気持ちなんてイヴにしかわからない。
「友達以上、恋人未満だよ!」
真っ赤な顔でイヴが放ったのは、なんとも微妙なセリフ。
ミルじいも俺も笑ってしまった。
そうか、友達以上、恋人未満か。
なら、これからは早く恋人になれるように頑張らないとな。
そんなことを考えながら、よくやったとイヴの頭を撫でる。イヴは撫でられても嫌がらなかった。
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